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10 11
2008

旅へ

『日本の川を旅する』 野田 知佑


日本の川を旅する―カヌー単独行 (新潮文庫)
野田 知佑

日本の川を旅する―カヌー単独行 (新潮文庫)


 野田知佑が日本じゅうの川をカヌーでくだったエッセイであるが、まるでいっしょにカヌーでくだったような体験をできるのがありがたい。私はとくに野宿ツーリングに挫折したクチなので、自然の河川にキャンプを張る野田知佑のたくましさがうらやましい。川をくだって、そこの釣り人や農民や出会う人たちの交流も楽しい。なによりも川とそこに暮らす人たちの生活をリアルにまなざしていて、なまなましい地方の人たちの暮らしがたちあがってくるようで、郷愁を誘う。

 野田知佑という人は世界中をカヌーでいく冒険家やアウトドア・エッセイストという位置づけをされていると思うのだが、都市生活や文明生活によって自然の暮らしや生き方からあまりにも離れすぎた人間の生き方に警鐘を鳴らしている文明批評家とみたほうがいいのではないかと思う。冒険家やアウトドアという健康的な名称に隠されると、そういう毒の部分が脱色されすぎてしまう。野田知佑の言葉を読んでいると、自然の中で生きられなくなった現代人に対する強烈な批判や侮蔑が語られているように思う。都市から自然に帰ることの自尊心、都会人が見向きもしなくなった自然を独占できることの優越感が感じられる。すばらしく豊穣な自然から離れていった文明人を哀れんでいるのだと思う。

 野田知佑は自然回帰をうたったヒッピーの血をひきついでいるのかもしれない。世間一般のアウトドア活動にしても、無色脱色されているが、ヒッピーのような文明批判の精神は息づいているのだと思う。文明の豊かさに見失われた自然の豊穣さを満喫しようという思いがある。あるいはヒッピーの自然回帰の流れが商業化されてしまったと見るべきか。

 野田知佑の『旅へ 新・放浪記Ⅰ』(文春文庫)という本はひそかに私のバイブルである。就職を拒んで世界中を旅した野田青年の憤懣や苦悩が描かれていて、私のとても好きな本だ。彼の都市生活への批判はカヌーで世界中を旅するという自然回帰の方向に帰結していったのだろう。自分の好きな生き方を見つけられたということで、すばらしい人生を生きているのだと思う。

男は常に身一つで生きるべし
「無くて済むもの」がいかに多いことか。
――おれの理想は、持物はすべてバックパックの中に入るだけにして、風のように自由に移動して生きることだ。……家も机も女も、みんな小さく折りたたんで、邪魔になったら惜しげもなくポイと捨てなければいけない。男は常に身一つで生きるべきである。
「財産が多いと男は不自由になる。あんたは荷物が多過ぎる」



 野田知佑はさまざまな青春彷徨を経た末にカヌーイストという自由な自分らしい生き方を見つけたのだろう。でもそういう生き方には堅実なサラリーマン的生き方をする人の無理解や差別があったりするのがひとつの事実でもあるのだろう。野田みたいに恵まれて生きられない自然志向・放浪志向の人たちは差別や無理解の中で生きてゆかざるをえないというものである。

 この本は82年に出版されているが、秋田の雄物川の橋の下でひとりのルンペンと出会っている。冬は鹿児島で過ごし、夏は東北にいく。そのような人たちの多くは旅の生活に見切りをつけて生活保護をもらうようになったといっていた。自由な生活はこのような生活と紙一重なのである。

 感銘した部分を抜き書きしてみる。中年の農婦は百姓は毎年同じ作業のくりかえしで死ぬほど単純だと思っている。仕事の内容は一生変わらない、せめて夫婦で仕事ができることが救いだといっている。農家の嫁不足はむかしずいぶんと話題になったものだが、農村の車は若い者の車ほどりっぱで、エラいさんはぎゃくに自転車やバイクである。鬱屈度がそこにあらわれていると野田は見る。

 カヌーで出会う人は転覆したら溺死すると怖れているが、いつから日本人は川をこんなに怖れるようになったのだろうといぶかっている。子ども時代には台風の増水には飛び込んで遊んだものだと野田は憤る。日本の農家には他人が遊んでいるときに働くのは気持ちいいという考えがあり、農休日は日本に根づかなかったそうだ。

 野田知佑は旅で会った人からどうして川くだりをしているのかと聞かれ、「遊び」や「おもしろいから」といっても理解してもらえなかった。経済行為や世のタメになることをしていないと理解してもらえないのである。ここに野田知佑がカヌーにこだわるワケが見えてくるような気がする。ムダで、無意味なことに価値があるのだ、と日本人に訴えたいのだろう。金儲けや目的主義に凝り固まった日本人にこの野田のメッセージが伝わるのはいつのことになるのだろう。



▼『旅へ』のかつて書いた書評というか、抜書き。

旅へ―新・放浪記〈1〉 (文春文庫)

 『旅へ』はバックパッカーやフリーター、プータローとして生きる人たちの「バイブル」になりえる本だと思う。カヌーイスト野田知佑の自伝的著作である。就職を拒んだ野田青年の憤りやみじめさが現われていて、私としてはとてつもなく共感し、感動した著作である。

 「大人たちはたいていぼくの顔を見ると、「早く就職してマジメになれ」と説教した。馬鹿メ、とぼくは心から彼らを軽蔑した。マジメに生きたいと思っているから就職しないで頑張っているのではないか。不マジメならいい加減に妥協してとっくにそのあたりの会社に就職している」

 「あの下らない、愚かしい大人たちのいう「人生」とかいうものに食われて堪るか。俺はあいつらのすすめる退屈な、どんよりと淀んだ人生には決して入らないぞ。そんな反抗心だけが唯一の支えである。――あの俗世にまみれた、手垢だらけの志の低い輩ども。俺を非難し、白い目で見、得意な顔をして説教を垂れた馬鹿な大人たち。俺はただ「自由」でいたかっただけなのだ」 

 「ヨーロッパはいいぜ。あそこは大人の国だから、君がどんな生き方をしても、文句はいわない」 日本で会ったアメリカのヒッピーの青年がいった言葉が、外国に出るきっかけになったのだ」

 「北欧の人たちは「青年期とは滅茶苦茶な、狂乱の時期である」ことを判っているようだった。――「俺も若い時に世界を放浪したよ。そうやってもがいているうちに自分にぴったりの穴の中に落ちつくものだ。グッドラック」


なつかしい川、ふるさとの流れ (新潮文庫) ユーコン漂流 (文春文庫) カヌー犬・ガクの生涯―ともにさすらいてあり (文春文庫) 雲よ (文春文庫) 全国シーカヤッキング55マップ (Outdoor)
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Comment

こんにちは。

平気で野宿とかできちゃう人には本当に憧れます。私には間違いなくそっちへの志向がありますが、実行力がない。大災害が起きたら生きていけるのかと不安になりますよ。

“マジメに生きたいと思っているから就職しないで頑張っているのではないか。不マジメならいい加減に妥協してとっくにそのあたりの会社に就職している”
この言葉いいですね。とてもよく分かりますが、代わりの生き方を提示しないと私のように笑い者……。『旅へ』は良さそうな本ですね。

ところで、現在求職中なのですか?就職せずに自由に生きてみようと考える事はありますか?

こんにちは、rootさん。

野田知佑は川岸に当たり前のようにキャンプを張っています。私は川岸のまっ暗さがコワイです(笑)。私がかろうじてテントを張れたところは町の明かりが見える市街地だったりして、明かりがない河川は視界がきかなくて恐ろしくなります。この根性さえあれば、ツーリングや旅はほんとに気軽に安くあげられるのに残念です。コワイと思い出したらますます敏感になってしまうのが自分でも情けないです(悲)。

『旅へ』はいい本だと思います。野田青年の青春彷徨が胸に迫ってくるものがあります。社会の憤りも激しく、かなり共感を誘うので、ひそかに私のバイブルだと思っています。

仕事はぼちぼち探そうと思っています。私はどこか会社に属する生き方しか知らないといったほうがいいと思います。ほかに自由に生きられる方法を知りませんし、食い扶持を見出す方法を見出せません。

本ばかりで情報を仕入れて、実物の自由な生き方となかなか出会わないということもあるのかなと思います。中途半端に生きてきたおかげで、あまり会社に信用されない履歴を重ねることになって、困ったものです。

こんばんは。

はた万次郎の『ウッシーとの日々』という漫画が好きですが、彼はワンボックスカー(バン?)を後ろの座席を外したり机を設置したりと改造して、旅に出た時は中で漫画を描いたり眠ったりしているようです。ミニ・キャンピングカーみたいなものですね。それを駐車場等に停めて泊まると。もしも将来車を買う予定がありましたら、旅の多い人にはとても便利じゃないかなと思います。

仕事の事、変なことを言って申し訳ありません。私が言える立場じゃありませんでした(汗)。なんとなく、文筆業はだめなのかなと思いまして。現在は本や雑誌もなかなか売れなくて、作家も大変みたいですけど。

では。

こんにちは。

「日本の川を旅する」は立ち読みで目を通したことがありまして、川や湖の汚染を嘆いていたことが一番印象に残っています。
道路でなく川を下るってところに違った旅の形があるように思えます。
どこかの団体や組織に隷属して安心を得てしまうのは、このほうが生きるのが楽だからでしょうね?
何も持たなくても何処に居ようとも力強く自由に生きている野田氏の生き方に強く惹かれます。

rootさん、こんにちは。

いわゆる車中泊というやつですね。野宿ツーリングで山奥の駐車場とか道の駅などに車中泊をしている人たち、ファミリーはよく見かけました。うらやましい限りですね。車で旅すれば、雨や風は関係ないし、駐車スペースさえ見つければ、どこにでも泊まることができますね。

ライダーは空気や風を感じられない旅はつまらないとヤセ我慢でいいますが、車の旅は圧倒的に快適なんだと思います。私はカネも免許もないので、バイクでの旅しか考えられませんが。

本や雑誌はいまネットとかケータイ、フリーペーパーとかたくさん出てきて、無料の情報がおおくなり、たいへんだと思います。さらにマスコミは残業とか長時間労働の巣窟のようですね。アニメーターのように薄月給でも好きなことをできるからやりたいという根性がないとだめなんでしょうね。

たいようさん、こんにちは。

私も川が好きで、川をながめたり、ぼーっとしたりする時間をよく過ごしました。
ちょっと広い川では都会では見られない空の広がりとか空間の広がりとか感じられて、開放感や安堵感を得られるような気がします。

水のせせらぎとか涼しさとか、空気のきれいさはほかではなかなか味わえないものですね。

一級河川などは土手沿いに自転車で沿って走ることができますが、バイクや車などはずっと川を見ながら走るというのはなかなか難しいですね。川の気持ちよさを味わいながら、ずっと川といっしょに下るというのは、舟くだりしかないのでしょうね。

鉄道や車ができるまえは船運が日本の交通網、大動脈であった時代もあったわけで、日本人はけっこう舟が好きだったと思うんですが、都市の河川などいまはゴミのように見向きもされませんね。屋形船や観光船がたまに走っていたりしますが、ドブ川の上だったりします。

野田知佑はそのような川や舟にたいする日本人の変貌ぶりというものに、批判を投げかけたのだと思います。野田知佑の批判精神や自由を求める心というのはなかなか豪快なものだと思います。

川くだりで魚は食べ放題だから、雑誌からの収入があまって仕方がないと野田知佑はいっていましたが、そういう生活をしてみたいものです。

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aさん、こんにちは。

世間や親というのは、一般的な生き方とか規範的な生き方を型どおりに押しつけてくるものですね。

その貧困さ、ステレオタイプなボキャブラリー、ブっ壊れたリピート機械のようなさまは、こちらのほうで悲しくなります。たぶんそういう一般ウケ、世間受けする生き方しかできない、そのようにしかまなざしでしか生きられなかった彼らのほうが哀れになります。かれらは世間受けする仮面や規範でしか生きられなかったのですから、寛容に、悲しげに包容してあげてやってもいいのでしょう。

野田青年はいろいろな生き方に寛容であったヨーロッパ社会にオトナの成熟した社会を見ましたが、その寛容さはいまの日本に社会的孤立やつながりのない孤独な社会をつくっているように思います。規範に寛容な社会はだれからも放っておかれる社会で、それはそれで、寂しい社会でもあると思います。

私は41歳でファミリーをもつことも、子供をもつこともあきらめていますが、やっぱりファミリーをもてない寂しさもひしっと感じることはあります。
あまり人から「結婚しろ」とか「生マジメに生きろ」といわれた覚えがありません。

それらの言葉があまりにもステレオタイプで世間話にしか過ぎないと思っているからか、対立したり憤ったりする価値もない、哀れな通りいっぺんの言葉としてスルーしてしまうからか、ほとんどいわれなくなっているのでしょうか。

たぶんに人の言葉に反発してしまうのは、自分の中でもふたつの対立の葛藤を抱えもっていて、自分でもその言葉に抗しきれないものをもっているからではないかと思います。葛藤の軸を自分から消し去ったり、スルーしてしまえば、他人の言葉もなんのわだかまりもなく、スルーされるものではないかと思います。

対立ではなくて、省みる価値もない問題だとスルーしてしまえば、葛藤もなくなるのではないかと思います。

私はたまに野良犬に追いかけられたりしましたが(笑)、意識したり、目が合ったりするとよけいに追い立てられますが、無視したり、目をそらしたりすると、相手も追いかけてこなくなったことがあります。自分の意識する心が相手にそのような行動をおこさせてしまっていたのではないかと、あらためて気づいたというしだいです。
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