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09 24
2008

歴史・地理

『武蔵野』 国木田 独歩


武蔵野 (岩波文庫)
国木田 独歩

400310191X  s0210r.jpg 国木田独歩


 近代の文学者が自然をどのように描写したのかという興味から『武蔵野』という短編を読んだが、まあほとんど感興はない。人がいうほどの美しさやすばらしさは、私には感じられなかった。武蔵野がどのあたりをさし、どのような風景がひろがっているのかも一端もわからないということが縁遠く感じられたのかもしれない。私は関西の田園風景や山村風景には癒されものを感じるのだが、同じようなものと見なしてよいものだろうか。

 この本の短編集の中には古文のような私にはほとんど読めない短編が何篇かある。国木田独歩は明治41年、36歳の若さで亡くなっており、ちょうど現代文と古文のような文体の過渡期に作品を描いていたようだ。苦労しながら、イメージを駆使しながら、なんとか読む。

 国木田独歩の年譜を見ていると、日清戦争に記者として従軍したり、日露戦争で雑誌をひと山当てたりしている。日露戦争あとに36歳で亡くなっている。短すぎる。昭和でいうと、高度成長とバブルでひと山当てた人生といったところだろうか。上り調子の40年を生き、下り坂の40年を知らなかった人いうことになるのだろう。日本は40年周期でのぼったり、下ったりするのが好きなようで、戦後の日本も46年目に起こったバブル崩壊で戦前のわだちを踏むように転がり落ちつづけている。

 この短編集は古文と現代文が混じった短編集で、たいていはおもろくないながらもなんとか最後まで読む。印象にのこった作品としては、乞食の子をひきとる『源叔父』、故郷への錦を飾られなかった『河霧』くらいだろうか。近代文学というのは評価は残っているのだが、現代の者が読んだとしても時代背景や興味が異なったりしていて、あまりおもしろく読めることは少ないように思う。評価が読ませしてしまう近代文学というのは、文学というものがこんにちの国家の教養レベルや郷土といったものをかたちづくっているからなのだろう。近代文学というのは国家の品質レベル、文明度のバロメーターをあらわすものであり、私たちはその誉れを守るために近代文学は評価されつづけるのである。


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