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09 22
2008

旅へ

『新編みなかみ紀行』 若山 牧水


新編みなかみ紀行 (岩波文庫)
若山 牧水

新編みなかみ紀行 (岩波文庫)  若山牧水 若山牧水


 若山牧水という人はよく知らないのだが、酒と旅を好んだ歌人であったようである。明治18年に生まれ、昭和3年に43歳の若さで亡くなっている。私がこの本を読んだのは、近代の文学者が旅や景観をどのように記述したのかの興味からである。

 景観や自然というのは視覚によるものがほとんどであって、言葉や言語に刻みつけて表現するのはかんたんではないと思う。視覚によるすばらしさと、言葉の表現はまったく異なるからだ。視覚は直接に与えられるものだが、言葉はイメージであり、頭の中の想像であり、歪曲された頭のイメージである。言葉の紀行は写真に劣るし、想像のイメージははるかに写真におよばない。よく文学で自然の美しさが描写されていたとしても、見たこともない者にとってはその美しさはなかなかイメージできないものである。言葉は風景のすばらしさのなにを描けるのだろうか。

 この本に描かれた牧水の旅の地には、私はほぼ行ったことがない。どこの土地を旅しているのかさえ、おぼつかない。牧水が自然や景観の美しさをのべようとも、私はイメージするしかないのである。そしてイメージというのは自分が行って見てきた自然の景観を重ねるしかないのである。悪い本ではないし、旅の感動や歓喜はところどころにつたわってくるのだが、自分のイメージの貧困さは拭いようがない。短歌も解さないものだから、せいぜい彼の旅の足跡をたどるくらいしかできない。

 二度とこないだろうからといって寄り道をしたり、宿に泊まっていると雪が降っていたと記述するあたりなど旅情が誘われる。だいたいは大正年間に旅した紀行文なのだが、よく一ヶ月や二ヶ月の旅に出られたものだと思う。お金のない客だと見られたり、泥まみれで山間を大急ぎで歩いたり、自殺志願の若者に間違われたり、と苦労はいろいろあったようだが。

 歌人というのは近代の文学者のようにちまたに知れ渡った人たちなのだろうか。近代の文学者というのはこんちにのTVタレントや俳優のように全国に知れ渡っていたものなのだろうか。いまなら文学者は教科書で教えられる超有名人だが、とうじもそうだったのだろうか。活字がTVのような国民衆知のメディアをつくっていたかは疑問である。文学者はいまも名前や本は知られていても読まれてはいないということが多いのではないだろうか。

 若山牧水はほぼ自然の美しさをのべるだけで、歴史にはまったく肩入れしていない。歴史の記述が書かれるのは、一片だけ藩の圧政に苦しむ民衆を救った悲劇のヒーローだけである。牧水はいま見える自然の美しさだけに向かい合い、過去を見なかった。大きな政治とか、歴史の話とはほとんど断絶している。近代という新し物好きの過去を断絶した時代のためだったのか、それとも自然の美しさだけで十分であったのだろうか。


若山牧水随筆集 (講談社文芸文庫) 若山牧水歌集 (岩波文庫) せどり男爵数奇譚 (ちくま文庫) 草すべり その他の短篇 阿弥陀堂だより (文春文庫)
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