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09 10
2008

旅へ

『日本十六景』 森本 哲郎


日本十六景 (PHP文庫 も 7-13)日本十六景 (PHP文庫 も 7-13)
(2008/08/01)
森本 哲郎

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 旅というのはどのような風景や美に魅かれて旅立つのだろうかと、近代の文学者あたりの紀行文を読みたくなった。近代の文学者の名著とよばれる紀行文はだれの作品があるのだろうか。とりあえず岩波文庫でざっと見てみると「うっ」と言葉につまる(笑)。古文のよう文体で読めないのである。ちょうど、いいころあいに新刊に出ていた森本哲郎のこの本を手にとる。

 この人の旅に出る発火点というのは、日本の伝統的な文学の美である。『万葉集』とか『古今集』などの古典文学である。国木田独歩の『武蔵野』、徳富蘆花の『自然と人生』が自然の美しさ、自然の暮らしの豊かさを教えてくれたという。かれが戦前、赤紙召集されてふところに抱えた書物が『蕪村俳句集』と道元の『正法眼蔵』である。古典文学に裏打ちされた教養によって日本の美しさに出会うことがかれの旅の目的である。

 私などはそのような古典の美とほぼ断絶している。『万葉集』をわかりたいと思うけどなかなか達せず、俳句や短歌の味わいは解せず、明治の文学も現代かな文字に翻訳してもらわないと理解できない。古典の教養はほぼないのである。私の自然に対する美というのは、どこからできあがっていったものだろうか。山岳や昔ながらの田園風景にたまらない郷愁を感じるのだが、こういう美を感じる心はどのような知識によって生まれたのだろうか。山間に囲まれた田園風景に美を感じるのは、『まんが日本昔ばなし』に出てきた田園風景しかないように思うのである。中国の隠遁思想や老荘思想をかじって、すこしはそういうところに感化された部分もあるが。

 こんにちの多くの人も古典の教養と断続していると思う。こんにちの人たちが旅に駆り立てられる風景というのは雑誌やガイドブックによるものであり、グルメやレジャー施設としての観光である。『万葉集』や『自然と人生』によって自然の風景を愛でる人たちがどれほどいるというのだろうか。現代はそういう教養もなしで自然を楽しめる時代でもあるが、森本哲郎は学生時代に多田道太郎や読売新聞の渡邉恒雄とかに知りあっているから、まあこの人たちは旧帝大の教養を背負った特殊な人たちだったのだろう。こんにちのガイドブック・ツアーは江戸時代の物見遊山と通ずるものがあるのだろう。

 自然の美しさや旅の紀行を書くのはものすごくむずかしいと思う。目で感じられる美や雄大なる風景を前にして、いくら言葉を尽くしても語れないし、じっさいに体験する空間を言葉におきかえることも、つたえることもできないと思う。なにを感じ、なにを思い、どのようなことに着目してものを考え、言葉として描いたのか、そのような言葉の造形を知ろうとして近代文学の紀行文を読みたいと思うのだが、古い言葉が教養のない私をはばむのである。森本哲郎の旅紀行は日本の伝統古典をもとにした着想がなされているのである。

 日本人が古来好んできた風景というのは、きわめておだやかな内海や、歌枕として知られた名所であった。そのようなイメージは中国文化からうけとったと思われる。「遠浦帰帆」、「潚相夜雨」、「煙寺晩鐘」といったイメージである。それが昭和になってがらりと変わる。壮大な山河に魅かれるようになるのである。雄壮な滝、展望の峠、大河、大洋の岬、噴煙の山獄などである。昭和はじめに出された鉄道省後援の『日本八景』では、華厳滝、上高地、狩勝峠、室戸岬、木曽川、別府温泉、雲仙岳、十和田湖が選ばれている。

 森本哲郎が選んでいる十六景は、吉野、相模・大山、華厳の滝、福岡・柳川、柳生の里、隠岐島、徳島・眉山、恐山、厳島神社などである。私はこのような風景に対して、紀行文や歴史を描く構想力というものがすごいと思う。風景に対して言葉をつむぐ、言葉を彫りこんでゆくということはひじょうにむずかしいと思うのである。私にとって風景や旅は、言葉ではなくて、視界で捉えるものだからかもしれない。

 ちなみにひじょうに印象に残ったエピソードとして、妻の死によって徳島にうつりすんだモラエスの生涯、森本哲郎が戦時中に体験した軍需工場、学徒疎開などのエピソートがぐいぐいとひきこまれた。


関連文献
自然と人生 (1949年) (岩波文庫)
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日本の景観―ふるさとの原型 (ちくま学芸文庫)
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武蔵野 (岩波文庫)万葉集 (角川ソフィア文庫―ビギナーズ・クラシックス)日本八景―八大家執筆 (平凡社ライブラリー)蕪村俳句集 (岩波文庫)

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