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08 29
2008

旅へ

『幻の漂泊民・サンカ』 沖浦 和光


幻の漂泊民・サンカ (文春文庫)
沖浦 和光

幻の漂泊民・サンカ (文春文庫)


 昭和前期から終戦まで三角寛の猟奇的なサンカ小説がブームになった。国家統制が厳しくなってゆく世の中に、山中を自由に移動し漂泊する姿にロマンや憧憬を感じたのだろう。柳田國男も渡来系の支配者に対して先住民は山人となってその支配に抗したというロマン的な発想を描いていたようだ。

 ときたま見かける「サンカ」という文字になんなのかという一瞥を加えることはあったのだが、こんかいこの本を読んでみて、漂泊の自由に憧れる「虚像がつくりだした」ものであるという観をもった。定住民というのは時の権力者に支配されてがんじがらめになっているものである。権力に屈せず、権力の網の目からも逃れて、山中を人知れず放浪する自由な漂泊民に憧れるというのは、軍国主義化の時代においてはもっとも激しく希求されたのだろう。

 柳田のように古代からの先住民の末裔だという説もあったが、著者は江戸時代のたび重なる飢饉から逃れて山中に生計の道を探さざるをえなかった人たちがサンカの起源になったとみなしている。天明や天保の飢饉があいついで、餓死者が数多く出る荒廃した幕末期にそのような山中に活路を見出す人たちがあらわれたと考えている。部落民に関わりがあるところなど、零細的なかわいそうな印象のほうが強い思いがした。

 なんども襲ってくる幕藩体制の末期の飢饉のような終末的な状況において、なんとか川魚漁や竹細工のような細々とした商売で山中を漂泊して食っていこうとした人たちが、軍国主義下の都市民によって「犯罪集団」やもしくは「漂泊の自由の民」という手前勝手なロマンやレッテルを貼られていったのである。国家権力の強権化が定住民をはげしく縛りつけてゆくような世の中において、権力の手の中をするりと通り抜けて人知れず漂泊する自由な民に憧れを抱いてしまうというのは、定住民の悲しいサガなのであろう。

 戦後の「寅さん」の放浪であるとか山下清の放浪などのフィクション物語は人びとの憧れを誘ったものである。『砂の器』のような零落した放浪もかすかな憧憬を駆り立てる。社会の硬直化や閉塞状況が強くなるたびにそのような思いが強くなる。近代化の国家主義の時代において、賤民や部落民に近かった零細の民は、都市民の過大なる憧憬やロマンを駆り立てて、「大いなる虚像」としてつくりあげられていったのだろう。

 戦後、欧米化や高度成長期において零細的なサンカや家船のような漂泊民は姿を消してゆき、巷間にのぼることもなくなった。しかし70年代にはいると歴史民俗学や文化人類学がブームになった。「周縁」「底辺」「辺境」「漂泊」などがキーワードとなった。なぜこのようなブームがきたのかと思うが、欧米化のあとには日本回帰の流れがやってきたり、西欧のパワーダウンなどがあって、日本の土着的なものの見直しがやってきたのだろう。五木寛之の『風の王国』(85年)がサンカをとりあげ、サンカ研究書も復刊し、いまでも書店で『三角寛サンカ選集』といったいくぶん「?」的な本も民俗学の棚に見かける。

 権力に守られ、そして権力に縛りつけられなければならない市民というのはかすかにジプシーや遊牧民、あるいはヒッピー、バックパッカーのような放浪の民に憧れてしまうものなんだろう。そしてそのような集団が権力側の目から差別されたり賤民視されていようが、実像からはなれた「憧憬をもった理想」が仮託されてゆくものなんだろう。ある意味では観光のイメージのようなものである。サンカというのはわれわれの「自由を求める心」が生み出したひとつの「虚像」であるのだろう。


サンカ関連書
風の王国 第一巻 翔ぶ女サンカの民と被差別の世界―日本人のこころ中国・関東 (五木寛之こころの新書)サンカの真実 三角寛の虚構 (文春新書)サンカ社会の深層をさぐる

漂泊の民サンカを追ってサンカと三角寛(みすみかん) 消えた漂泊民をめぐる謎 (平凡社新書)山窩物語 (三角寛サンカ選集)サンカ社会の研究 (三角寛サンカ選集)

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