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08 21
2008

書評 社会学

『イギリス人はおかしい』 高尾 慶子


イギリス人はおかしい―日本人ハウスキーパーが見た階級社会の素顔 (文春文庫)
高尾 慶子

イギリス人はおかしい―日本人ハウスキーパーが見た階級社会の素顔 (文春文庫)


 かなりおもしろいし、みなさんにもおすすめの一冊。

 イギリスがげんざいも先進国や大国であるという思い込みを抱いている人には、現地在住の日本人の目から見たイギリスの荒みぶりをしっかりと読んでもらいたいものである。

ほとんどの化粧品や、有名デザイナーの洋服のタグには、「ロンドン」、「パリ」、「ニューヨーク」と印刷されていて、この三つの都市が世界最高、あるいは最大のようなイメージを与えている。……なぜ、ロンドンが世界三大都市のひとつに入っているのだろう。二十五年たったいまも、私には理解できない。ほかの二つの都市に比べ、ロンドンは物の数も少なく、揃ってもいず、時代遅れで、そして、貧しい。



英国人は待つ。彼らの人生とは待つことなのだ。彼らは考えない。改善、改良、生み出すということは想像外のことなのだ。

日本人は行列が好きだ。……ロンドンには、もっと、行列好きな羊がいます。日本の羊はいら立っているが、英国のそれは待って当たり前。待たずにバスが来たり、列車が動くと動転するのだ。郵便局、銀行、デパートや映画館のトイレ、スーパーはむろんのこと、劇場のチケット売り場……、そして病院は最悪。

ナイジェリアの病院だって、こんなに待たせないわよ!

この分だと、いくら近代的なテクノロジーが発明されたり設置されても、この国じゃ使われなくて捨てられるんだ。この国に進歩はないね。
あんたは日本人か? 日本人はあんな機械(切符販売機)なんか、すぐ使い方を覚えたろ。これで英国人がどんなにバカであるかわかるだろう?



 イギリスは「イギリス病」や「没落」などのイメージはもっていたのだが、本書に描かれた72年からイギリスに在住の著者のなまなましい生活体験はよりいっそうのイギリスの凋落ぶりをうかがい知ることができる。というか、のろまでぼんやりしている、著者がいう「北極の白熊さん」はその愚鈍が笑えて、愛嬌があるように思えてくる。

 社会システムが機能していないのである。バスや電車の到着時刻を守るのは労働者であり、企業や機構であり、そして客や社会であるのだろうが、イギリス人はとっくにそのような「文明の約束」を果そうとしないようである。日本ではご承知のとおり一分二分の交通機関の遅れで目くじらをたて、過密スケジュールにおおくの死傷者が出したことは記憶に新しいことだし、機械や機能はどんどん改良されて新しくなってゆく。

 文明とか社会機能というのは、そこを構成する人の「気概」や「道義心」のようなものが支えているものだと思う。もし社会の人の「まあ、いいか」とか「そんなにきっちりする必要なんかないじゃないか」とか、「しゃかりきになる必要はない」というムードが社会的に共有されるようになると、文明や社会機能はどんどん遅れ出し、約束は守られず、仕事はなされず、そして停滞してゆくのだろう。文明を支えているのは、文明の夢や希望、願望にほかならないのである。もしそのマインドに翳りが見えれば、たちまち文明はその自転車操業をやめてしまうのだと思う。イギリスは産業革命や大英帝国の時代をへて、文明の上り坂を下りはじめたのかもしれない。日本人が盛りを過ぎたといえ、必死に勤勉に働くのはまだ「文明の夢」あるいは「アトムの夢」をいまだにもっているからだろう。

欧米では会社の利益、あるいは、持ち主の利益が優先で、労働者を、鼻をかむチリ紙かハンカチぐらいにしか考えていない。雇用主に愛されていないと知っている労働者は、気に入らないとただちにストライキをする。職場をやめたいときも、会社の都合なんか考えない。やめたければその日にすぐやめる。

英国の労働者階級のいいかげんさは、働いても報われないという不満に由来しているのである。



 社会とか会社というのはやさしさをもつか、冷酷心で対応するかで、その性能を大きく変えるものだと思う。日本が平等で仲間意識がつよい社会だとすると、英国では上下の敵対心や階級闘争がその社会機能を正常に機能させていないといえると思う。しかしやさしさをもつ支配者層はぎゃくに恐ろしいものである。どこまでも忠誠心や勤勉の奉仕を期待できるがゆえに際限がない働きすぎ社会をつくってしまう。やさしい支配者層は労働者の無限の奉仕を手に入れられるのだが、労働者の人生は失われたもどうぜんである。厳しくも見捨てられた社会のほうが、自分の人生を生きられるという点でマシではないかと思うのである。イギリスやヨーロッパの人たちが何週間ものバカンスをとれるのは、そのような「冷たい社会」があるからではないかと思うのである。

 イギリスは1947年に世界で最初の福祉国家になり、とうじは医療費が無料であり、失業すれば失業手当をたっぷりもらえた。そしてビートルズやパンクにより働かない若者があらわれ、73年にオイルショックをへて、ストライキばかりする甘やかされた労働者に嫌気をさし、福祉や教育を削るこんにちの市場主義改革のサッチャー女史が世界に先駆けてあらわれたのである。ブレア首相は未婚の母に働いて自分の収入を得てくださいと演説したが、英国の未婚の母のおおくは頭から働くことなど考えないそうである。福祉とは恐ろしいものである。

 この著書のウリは映画監督のリドリースコット(『ブレードランナー』、『ブラックレイン』)のハウス・キーパーを務めたことにあるように描かれているのだが、たしかにリドリー・スコットの私生活を知ることは期待できるのだが、そんなウリとは関係なしにイギリス社会・文化論としてじゅうぶんに楽しめる書物である。なにより上から目線のイギリス概要ではなくて、在住者の目線による日常のイギリスが描かれているから、もっとイギリスが理解できる。著者本人も感情的にイギリス人につっかかっていて恐ろしい(笑)女性であるが、彼女の人生遍歴も興味深いし、社会の洞察眼もひじょうに鋭いと思う。ただ本人は物欲主義者と自認しているようにこの立場は私とは相容れないのだが、げんざいの日本を支えているのは表立っていわれないが、大半が物欲主義者だから、こんにちの日本の勤勉・消費社会は成り立っているといえ、私たちの社会はまだこの段階にいるのだなと思う。読んで損のない本である。


イギリス人はかなしい―女ひとりワーキングクラスとして英国で暮らす (文春文庫) イギリス人はしたたか (文春文庫) わたしのイギリス あなたのニッポン (文春文庫) イギリス・ニッポン 言わせてもらいまっせ (文春文庫) ロンドンの負けない日々 (文春文庫)
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Comment

読みました。

実は、以前、中古で入手して読んでいました。
「日本人!?日本人がなぜメイドをするの!?」
と英国の人々から不思議がられたそうですね。
「先進国の日本の人がなぜ?」という具合に。

メイドさんは発展途上国からの人か、イギリスの旧植民地からの人、
と相場は決まっていたようですね。

ミセス・スコットの頑固さがいいですね(笑)。

これは『ウィーン愛憎』(中島義道)でも触れられていますが、
ウィーン市内でも、地価・家賃がぜんぜん違う場所があり、
上流の人が住む地区とそうでない比較的貧しい人々が住む地区がハッキリしていて、「あの人の住んでいる地区はダメだ」なんて、土地の貴賎が明瞭にされている、と書いてありました。
中島氏は住んでいる地区の貴賎によって人間をえり分ける行為は許せない、と憤慨していました。日本で大都市でも、そういう事を言う人もいるが、西洋ほどハッキリした境界線で区切られているわけではない、とありました。

もちろん、大都市につきものの「スラム街」は行政の力で再開発してより美しくして行くのが良いと私は思います。
ちょっと問題が大きくなってしまいましたが、ご意見・ご感想をお願いします。

黒田            謹言


黒田様、こんにちは。

この本はなかりおもしろかったですね。
とくにイギリスの凋落ぶり、社会機能の破綻ぶりに私は興味を魅かれました。
まるでロシアの物品不足のような行列がロンドンでもあったなんて知りませんでした。
資本主義でもロシアのようになったのか、あるいはイギリスもかなり社会主義に近づいていたのか。

それに対していまの日本はサービスの高度化、緻密化をかなり要求する社会になっていますね。
ショッピングセンターの年中無休化、営業時間延長化、電車・バスの1分2分の遅れに目くじらを立てることなど、イギリスの物品不足や行列、待たされることなどの現状と比較すれば、日本のすがたがよりよく見えてきますね。

私は日本もはやく東洋ののろまなウシといわれるような社会になってほしいと思います。サービスや商品の高度化をめざすより、のんびり、とろとろでいいから、自分の好きなこと、時間がとれる社会のほうがいいと思っています。

イギリスの階級についてですが、階級というのはいまいち私にはぴんきません。
じっさいの階級というのはどういうものなんでしょうね。
私は解釈や基準はあいまいなものだし、明瞭なものではないし、という考えをもちますから、階級のようなものも見かたや視点を変えれば、なかなかつかみにくいものかもと思ったりします。

もちろんイギリスやヨーロッパは階級社会だとはよく聞きます。
そういう「社会物語」をみんなで演じたいのかなとも思ったりします。

対して日本はまれにみる平等社会が身体に血肉化した人たちだという話を聞きますね。
「天は人の上に人をつくらず、人の下につくらず」という福澤諭吉の言葉が浸透しているようですね。

でも平等社会というのはみんなを見わたして足並みをそらえないといけないわけですから、恐ろしい全体主義になりますし、自由もなくなりますね。

そういう意味では呉智英が提唱するような「封建主義」にも、下々の者は自由に好き勝手に生きられる自由を、見捨てられる代わりに、得られることができるかもしれませんので、長所がないわけではないと考えます。

社会はどちらを選択しても問題や悲惨はのこってしまうのであり、あとは好き嫌いや忍耐の問題なのかなと思ったりもします。
長所だけを、あるいは欠点だけを見てしまっても、どうしようもないのでしょうね。
日本はながらく平等主義で全体主義をやってきたのですから、舵はほかの方向にずれてゆくのかもしれませんね。

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うえしん

Author:うえしん
世の中を分析し、知る楽しみを追究しています。興味あるものは人文書全般。神秘思想、仏教、労働論、社会学、現代思想、経済学、心理学、歴史学。。 そのときの興味にしたがって考えています。

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