FC2ブログ

HOME   >>  旅へ  >>  『行かずに死ねるか!』 石田 ゆうすけ
08 19
2008

旅へ

『行かずに死ねるか!』 石田 ゆうすけ

ikazuni.jpg


行かずに死ねるか!―世界9万5000km自転車ひとり旅 (幻冬舎文庫 (い-30-1))
石田 ゆうすけ

行かずに死ねるか!―世界9万5000km自転車ひとり旅 (幻冬舎文庫 (い-30-1))


 こういうジャンルがあるなんてよく知らなかった。自転車で世界を一周するというジャンルはいったいなんなのかと思う。旅行家?、冒険家?、それとも旅雑誌や自転車雑誌のライター?、なんだかくくり方がよくわからないのである。冒険家と名乗る人にしてもどうやってメシを食っているんだと思うが、他人の冒険に支援する人というのはたくさんいるのだろうか。

 バイクで野宿するようになってはじめてこういうジャンルを探索することに興味をもったが、それまではまったく耳に入ってこない存在であった。TVではたまに「日本一周した人」があらわれてエライね~、キトクな人だね~という一種皮肉った距離感を感じてきた。旅行で日本一周や世界一周をした人がエライ人としてとりあげられることは専門雑誌では多かったのかもしれないが、マスコミではあまりなかった。世界旅行を褒め称える価値観は社会では共有されておらず、猿岩石は大人気になったにせよTVの番組であったし、一部の旅行好きな人たちのジャンルに限定されていたと思う。自転車で世界一周をした人が本を出したり、講演などの活動をするようになったのは、新しい流れではないのかと思う。

 自転車というのは町乗りに限定される乗り物であるという固定観念が強い。母親が買い物に出かけるママチャリ、子どもが遊びに出かけるチャリンコ、駅や学校、会社までの通勤にもちいる自転車。その町乗りの道具を旅行や世界一周に用いるという発想は通常はもたない。旅行には鉄道や飛行機、クルマをつかうのが常識であるからだ。

 あえて自転車をで旅をするというのは、近郊の距離感をひきのばして、世界をひとつながりの土地だと把握する認識をもたらすものである。つまり近所の感覚が日本や世界までひきのばされるのである。鉄道や飛行機があるために返って日本や世界はひとつの地つながりの世界であるという感覚を失ったのかもしれない。自転車旅行の効用はその断絶を消滅させることかもしれない。近所とは世界なのである。

 戦後の日本はひとつの家、ひとつの会社に定住して、定年まで勤めるという生産至上主義の定住民の発想で生きてきた。民族大移動がおこったのはたとえば明治の紡績業の発展による女工や職工の移動、戦後復興期における農村から都市へのサラリーマンの移動などがあり、ながらくその体制で固まってきたわけである。民族大移動は盆や正月の帰省に限られた。こんにち都市で育った子どもたちは帰る田舎をもたずに都市の定住民として帰る場所をもたない。だからアウトドアの興隆や自転車世界一周のような非生産的で漂流民の生き方が、都市民の憧れや郷愁を駆り立てるのだと思う。われわれは生産至上主義の発想や時代の曲がり角に足を踏み入れつつあるのだと思う。生産主義者の頭には理解できない事柄だと思うが。

 石田ゆうすけは7年5ヶ月もかけて世界を一周している。7年である。ほとんどサラリーマンとしてのキャリアを捨てないと、こんなことはできない。「行かずに死ねるか!」とそこまで世界を見て回る旅は、サラリーマンのキャリアより重要な価値になっているのである。自分のやりたいことや好きなことより、サラリーマンの価値と人生のほうが重要で大事であるという人はだいぶ少ないと思うが、生活やキャリアのために仕方なく仕事に従事しなければならないという人が大半であると思う。著者はあえてその天秤を旅のほうに賭けたのである。生産や生活より大事なものを見つけることが承認、容認されるような社会がくることは幸せなことだと思う。

 同じような世界一周自転車の旅は先ほど読んだ坂本達の『やった。』を思い出すのだが、くらべると坂本のほうが現地の人との親切や思いやりに出会って感動的なエピソードも多いのだが、もちろんこちらの本のほうも一気に楽しんで読める。近所を出かけるチャリンコで世界を旅して回るのである、おもしろくないわけがない。

 考えてみたらわれわれは世界は危険で強盗や殺人などひどい目に会うという固定観念に支配されている。よくアフリカや中近東などの治安の悪い国にチャリンコの無防備な装備で旅するものだと思う。世界とは、われわれから金品を奪い、強奪する強盗殺人の国だとなぜか観念している。ニュースが伝えるのは世界の悲惨な事件であるからだろう。だけど大半の人は犯罪など一生起こさない人たちが町を営まないと町など形成できるわけがないのである。日本でもTVで殺人・強盗を毎日報道するが、われわれは近所を恐ろしくて歩けないといった不安で町を歩くことはない。世界もそういうものかもしれない。

 旅行といえば、ふつうは鉄道やクルマで移動するものだと思われているが、自転車で旅をする人は増えたのだろうか。鉄道は観光地産業をつくり、商業化し、みんなが同じところにめざすという混雑とハダカの王様をつくったと思う。クルマは鉄道の固定化した線以外の道や景色の選択する自由を与えたが、目的地一直線の速さを至上とする道程・過程を楽しめる乗り物ではない。バイクはクルマに近いが、機動性や自然や季節に近い空気を感じることができる。自転車はそれらよりいっそう寄り道を楽しめる自分の身体に近い乗り物である。たとえお金があり、クルマやバイクがあろうと、人は自転車に乗り、旅をすることを好むものだろうか。カネや便利さではヒエラルキーの底辺に位置し、軽蔑される価値観を与えられるかもしれないが、チャリダーはあえてそういう価値ヒエラルキーに反逆・転倒する存在であるかもしれない。鉄道やクルマの近代化と違う道が用意されてきた感がする。

 自転車旅行というものが、近所へ出かける近郊の乗り物であるからこそ、生産の時代から非生産の人生を楽しむ、世界を見て回るといった、生活や労働のためでない人生のために生きられる社会の曲がり角・メルクマールになってほしいものである。希望はあるのだろうか。


参考URL
 チャリダー・石田ゆうすけさんの世界旅
 石田ゆうすけのエッセイ蔵
  満点バイク~自転車旅~ 女性の自転車アフリカ旅をやっている。

いちばん危険なトイレといちばんの星空―世界9万5000km自転車ひとり旅〈2〉 (世界9万5000km自転車ひとり旅 (2)) 洗面器でヤギごはん 世界9万5000km 自転車ひとり旅III やった。―4年3ヶ月の有給休暇で「自転車世界一周」をした男 (幻冬舎文庫) リヤカーマンアンデスを越える―アタカマ砂漠、アンデス山脈越え1000キロ徒歩横断 リヤカーマン アフリカを行く―歩いてアフリカ大陸横断11000キロの大冒険 (学研のノンフィクション)
by G-Tools

関連記事
Comment
Trackback
title>
Trackback URL
Comment form









管理者にだけ表示を許可する






プロフィール

うえしん

Author:うえしん
世の中を分析し、知る楽しみを追究しています。興味あるものは人文書全般。神秘思想、仏教、労働論、社会学、現代思想、経済学、心理学、歴史学。。 そのときの興味にしたがって考えています。

Kindle本、2冊発売中です。

google adsense
全ての記事を表示する
ブックガイド特集
月別アーカイヴ
FC2カウンター

Page Top