『雑談力』 川上 善郎
![]() | 雑談力 おしゃべり・雑談のおそるべき効果 [マイコミ新書] (マイコミ新書) (2008/07/23) 川上 善郎 商品詳細を見る |
雑談やおしゃべりといったものをなめちゃいかんと思う。学校でおしゃべりはいつも注意されるし、近所のおばちゃんの雑談はムカつくし、仕事中のほかのやつの雑談はどうにかしたくれといったように、他人の雑談は不快である。
それは集団や群れというものが脅威であり、自分を排斥したり、評価したり、仲間はずれにしたりといった「権力」や「暴力」が雑談に付与されるからである。この権力の読み方や対処の仕方をまちがうととんでもない目に会う。人間は雑談によって「仲間」をつくり、そして「権力」をもつのである。
この「承認」と「不承認」のパワーゲームを読みとらないことには、人生苦労がついてまわることになる。「空気を読まない」とひところ騒がれたが、雑談による権力のゲームをしっかりと読み解かないと、雑談の「悪口」に追い立てられることになるだろう。
雑談は「権力論」として読み解いてほしいのだが、この本はそういう点からいえば、すごく甘い。おしゃべりを「不穏な権力」として読み込んでいない。おしゃべりを夫と妻の会話時間のような軽いデータに還元したりしているのだが、陰口や悪口や仲間外れといった目に会った人なら、この雑談やおしゃべりの輪の「権力性」「制裁力」といったものの暴力を思い知っていることだろう。なぜ雑談の暴力や権力、あるいは序列といった不穏なものから読み解こうとしないのだろうか。
人がおしゃべりする動機は、孤独でないことの確認や、つまり仲間であるということや、自分を他人に理解させるための手段や、思いやりや支配を示す方法、儀礼としておこなわれるという。仲間に拒否されていないことをメッセージするために雑談はおこなわれたりして、つながりや同盟が誇示される動機がおしゃべりにはある。
おしゃべりの目標には、社会的な関係を深める、社会的なリアリティを作り上げる、お互いの体面を尊重する、共通の課題を達成する、お互いに楽しむ、といったものがあげられている。仲間とやつらの境界がつくられ、仲間内での解釈がつくられてゆく。場所の気まずさやシラケたムードが緩和されるために雑談が強要されるときもある。
雑談は類人猿でいう「毛づくろい(グルーミング)」なのであるが、言葉のある人間は雑談によってつながりを維持し、ときには仲間であることの承認や不承認をあらわし、敵と味方の境界がつくられてゆくのである。極端にいえば、雑談は「戦争になるか、ならないか」の分岐点をつくる土台なのである。
悪口の社会的効用があげられている。集団は制裁やジャッジの力をみずからにもつものである。悪口はルール作りの道具になったり、ホンネの新人教育の道具になったり、悪口によって派閥が形成されたり、情報通貨としての効用をもったりする。否定できず同調を強制される悪口によって派閥という仲間は形成され、集団のルールや規範はかたちづくられ、そして情報は駆けめぐる。悪口はいろいろな「踏み絵」を踏ませて、仲間と敵のふりわけや、解釈や評価のメディアが集団内でつくられ、そしてルールや規範も練り上げられてゆく。つまるところ悪口や雑談は社会のルールや仲間と敵をつくってゆくのである。
雑談の権力性、仲間意識のウチとソトを甘く見ているようでは、人間社会は渡ってゆけない。



コメント
私も雑談は好きではないです。
嫌いすぎて、仲間の輪に入れなかったり、不快感や嫌悪感を表明したりして、おかげで群れを敵に回したりしていろいろイタイ目にあって、雑談は恐ろしい力をもつとあらためて思うしだいであります。
雑談とかよく人としゃべる人、つるむ人は権力をもちます。集団や群れという人数の権力であり、多勢に無勢で、負けてしまいます。お局さんのような長くいる人は雑談や職場のつながり、経験などで、その場のヌシのような権力をもつにいたります。新しく入ったものはその権力に迎合したり、媚びなければなりませんから=空気を読むということですが、屈従しなければ、その職場に受け入れられませんね。
だからそのような序列を受け入れたくない人は雑談したり空気を読まなかったり、仲間の輪に入らなかったりして、職場から浮いて、排斥されたりします。リトマス紙というか、踏み絵のようなものをさいしょに踏まされるわけですね。私もこのような媚びることができなくて、会社に溶け込めないで、よく苦労しましたよ。
雑談は嫌いにしても、その雑談の権力の流れには注意深くなって、そこそこのつながりや雑談が保てないと、敵や合わない人となって、立場がヤバくなってきたりします。人間関係、職場というのは微妙な権力構造でなりたっているものだと思います。
群れの力を保持する戦略をもたないと、人間の集団というのは渡ってゆくのがなかなか難しいようですね。仲よしゴッコに会社に来ているんではないといいたくるなんですが、そのようなことに費やす者のほうが会社では力をもつものですね。
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>仲間と敵のふりわけや、解釈や評価のメディアが集団内でつくられ、
>そしてルールや規範も練り上げられてゆく。
>つまるところ悪口や雑談は社会のルールや仲間と敵をつくってゆくのである。
うーん、たかが雑談、されど雑談。
この本より(読んでないですが)、うえしんさんの見解が私にはピッタリきます。
職場の休憩時間、お昼休み、会議がはじまる前の着席してる間、
自動販売機の前で待つ間、様々な時と場合の雑談がありますが、
雑談好きはその職場で不思議な権力を持つような気がします。(特に女性)
私はそういうお局様は敬遠したくなるのですが、話に乗っていかないと、
敵とみなされることもあり、その人だけの「敵」でもまぁいいのですが、
職場の「敵」になったり、浮きすぎるのも居心地悪いので、
多少の雑談力は必要かもしれないですね。
でも、自分にとって、働きやすく居心地のいい職場は、雑談好きのひとが
あんまりいないことろの方かな。気軽にしゃべれるならいいのですが、
雑談に力を注がなきゃいけない職場や関係とかは私には向いていないです。