『旅々オートバイ』 素樹 文生
旅々オートバイ (新潮文庫)
素樹 文生

素樹 文生という人は『上海の西、デリーの東』という旅行記を出している印象があるが、この『旅々オートバイ 』という本を読むと文学を志向している文体だなとわかる。ひさしぶりに文学的文体の穴に入るような細密さにちょっと重くて読む進めるのがしんどいなと思ったが、慣れたら旅のエピソードや観察のおもしろさもあって一気に読めた。がんばって小説家として立ってほしいものである。
この本は日本中を一年のあいだオートバイで放浪したさまが描かれていて、野宿ツーリングを志向する私としてはいろいろ参考になった。バイク雑誌にはそういう連載はあるのだろうけど、文庫となるとそう多くなく、貴重な参考資料である。多くはオートバイ紀行のエピソード集であるが、文学的内省の網のかかった紀行文である。
著者はクルマでの旅はTVを備えた自分の部屋のようになってしまい、止まりたいところにも止まれないから、風土や空気や季節の中にさらけ出されてしまうオートバイの旅を好むという。かわりに土砂降りの雨や風、寒さ、暑さなどにもろにさらされてしまうのだが、それが空間を移動する旅というものだろう。そのような損な代わりに得られるものが多いことを知っている人がバイク乗りになったり、あるいはクリエイティヴな才能を発揮するという。
日本中を放浪しないとわからないようだが、けっこう日本には各地を放浪しつづけている人がいるそうだ。渡り鳥のように春に北海道に渡り、南下して石垣島に入る。おもにテントや野宿で暮らし、これは旅人とホームレスの境界が引けないような暮らしをしていることになる。旅とはこのような自由な世界をもっているのである。そして哀れみをもって見られるテント暮らしの人たちとも通底する。アジアを旅する人たちとかも合わせると、旅からもうひとつの日本の姿というものが見えてきそうだ。
さすらいのライダーがどう見られているというと、男は自由な本能を会社や学校で束縛されているから憧れの目をもって見られることがあるが、若い女性はオートバイなんか視界に入っていないし(笑)、ライダーなんか無視である。女性にモテたいならクルマである。私もクルマの序列に敏感に反応する女性たちを見たことがあるが、友だちのクラウンで歓喜し、軽自動車に軽蔑のため息を吐いたことを思い出す。女性たちはオートバイには信じがたいほど興味を示さない。バイクを「アリみたい」と形容する。オートバイはおもにひとりで乗る乗り物であり、そういう序列市場からのアンチや逃走もひそかにもくろむ乗り物であるかもしれない。
著者の関心はどこにあるかと考えると、あらゆるエピソードを文学的表現の網にかけることにあることなのだろうかと思う。旅行から文学的考察がすすめられるのである。哲学や社会学ではないな。私なら各地の風景や生業、営み、暮らし、地域の歴史などに興味が向かうのだが、私はそういう考察が跳ねるような野宿ツーリングをしたいと思っている。



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