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01 14
2006

社会批評

若者たちのサイレント・テロ


 c01_011.jpg 日本でも自爆テロがしずかに進行している。

 サイレントテロという便利な言葉を知った(はてなダイアリー)。ニートやひきこもり、晩婚化、自殺などを広義の自爆テロととらえ、社会への消極的抵抗、沈黙の異議申し立てとひとくくりにするわけである。これで若者のばらばらな行動がひとつの点で結ばれる視点が得られる。

 共通の敵はこの社会のシステムである。だけどこのシステムは変えようがないし、若者は改革する政治的手法をもたないし、怒りは内攻化し、社会からの離脱や自らの幸福や生命を生け贄にささげるのである。

 基本は戦後社会システムの不快感である。やってられないよと思うのだが、やるしかない。だけどたまらないから、社会的活動から後退するしかない。若者はそのような消極的抵抗をテロリズムのようにしずかに進行させてきたのである。

 オウムはまだマシだったのかもしれない。目に見えるかたちでそれをやったからだが、ただ彼らはなにに対して怒っているのか正確に言葉に表現できなかった。目立つテロは氷山の一角にすぎず、はるかにおおくの若者がサイレントテロを進行させており、そしてそれよりさらにおおくの若者が不満をかかえつつ、社会に擬態しているのである。

 70年代に政治の失敗をしてから、若者は政治の言葉をもたなくなった。政治は恐ろしい、アブナイとなって、若者はひたすらポップカルチャーや恋愛家族主義、美少女信仰に逃げ込んだのである。政治的変革の手段をもたなくなった若者はひたすら個人的幸福をめざしたのだが、蓄積された不満は社会からの消極的撤退というかたちをとり、この社会システムの自壊や自滅をひそかにのぞみつづけているわけである。

 ニートやひきこもりは企業社会への不満、晩婚化や少子化は結婚システムや女性差別への不満、自殺はこの社会すべてにたいしての怒りであろう。若者は怒りの矛先を見い出せず、不満を言葉にもいいあらわされず、マトモな社会的活動からの撤退というかたちでその怒りをいいあらわすのである。

 この社会的活動からの撤退という若者の行動を、サイレントテロという言葉でひとくくりにするのは、ひじょうに重要な視点である。若者は社会から脱落しているのではなく、社会への消極的テロリズムをおこなっているとわかるからである。ひと言でいえば、社会を変えよといっているのである。もちろんジジイの政治改革などハナからのぞめるものなどないだろう。

 変革の方向は、労働社会の解体だろう。企業社会の権力の脱骨化がまず必要である。人生を労働と企業に奪われる人生は、豊かさが達成された現在では不要なものである。企業に奪われた人生を個人に返す時期がきたということである。

 また社会主義の解体も必要である。国家や企業が年金や健康保険などの生命の保障の権力を握ってしまったから、人々は生命を人質にとられ、自由を強奪されてしまったのである。生命の保障権を握られているから、若者はサイレントテロをおこすしかないのである。

 変革がおこせないのなら、たぶんこの社会は若者のサイレントテロとともに自滅か自壊してゆくほかないだろう。世の大人たちは若者の一見ばらばらな社会的活動からの撤退が社会への怒りという一点に収斂されることを悟るべきである。ひたひたと足元から崩れ去ってゆくのを指をくわえて待ちつづけるのか。


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Comment

仰ることはその通り。
愚鈍な権力者達に「サイレントテロ」の存在が気づかれると潰される恐れがあるから、口に出したり、文字にするべきことではないと思う。
権力者の愚かさを逆手に取るのが世直しの近道なのだから・・・・。

サイレントテロに社会的なメッセージがふくまれていないとは思いません。

自爆テロに導かれるような社会の閉塞状況を変えてほしいと思っているのではないですか。「やってられっか」ということを言葉や怒りではなくて、行動の停止で訴えているのではないでしょうか。

自分の人生を台なしにしてしまわざるをえない社会からの脱出をだれもが願っているのではないかと思います。

メッセージや変革や世直しなんてどうでもいいんですよ。
もう諦めてますから。

う〜ん、サイレントテロって言葉、始めて聞きましたが思わず辺見庸が紹介しているメルヴィルの『代書人バートルビー』の抵抗のかたちを思い出しました。で、このバートルビーが書かれたのは何と1853年、つまりペリーが黒船に乗って浦賀沖に現れた年なんですね。その時に既にバートルビーはウォール街で”I would prefer not to” とサイレントテロを実行している!(てゆーか、日本人がちょんまげ姿で尊王か攘夷かなんてやってるときに、高度資本主義の現代とさほど変わらないたたずまいのウォール街を舞台にメルヴィルは抵抗の一つの在りようを提出している、その彼我の歴史的蓄積の違い!因みにマルクスの『共産党宣言』が出版されたのが1848年でしたっけ、はぁ〜。)


『たんば色の覚書 私たちの日常』 
http://homepage2.nifty.com/hikarukikkawa/henmi-sikei.htm

代書人バートルビー Bartleby the Scrivener
http://www.ftrain.com/bartleby.html

強烈ですね。『代書人バールドビー』。
仕事を拒否して、弁護士事務所をのっとり、しまいには餓死ですか。
辺見庸の文章にはその理由が説明されていませんが、バートルビーはなんで拒否をはじめたのでしょうね。
「しなければならない」ことからの身体的拒否なんでしょうかね。

私は願わくばこんな退行に陥らないような社会になってほしいと思っています。声高に反対を主張するのではなく、撤退や退行することでしか「NO」を表示できない社会ってかなり悲惨な生きづらい環境だと思います。

この社会ではもう「がんばれない」人たちがたくさんいる。
がんばらなくても生きていけるような社会になってほしいものですね。

有意義な情報ありがとうございます。

通りすがりのコメントにきちんと対応いただき、ありがとさんです。で、ちょっと補足をば。
バートルビーの"I would prefer not to" はある意味とても優雅で気品に満ちた、しかしながら断乎とした拒否です。メルヴィルはバートルビーを知的でかつ慎ましく描くことでこの作品の狂言回しの役を担っているバートルビーの雇い主である弁護士、「私」の狡猾さや醜悪さを浮き彫りにしています。(マルクス主義者だったらブルジョワジーの醜悪さと言うところでしょうか。)つまりバートルビーの拒否は、わたしはそんな醜悪な存在にはならない、という選択であり積極的な意志であって、退行ではありません。
かってニーチェは「人は自ら憎むところのものとなる」と言いましたが、バートルビーはブルジョアジー(別にブルジョアジーという言葉を使わず資本主義でも商業主義でもグローバリズムでも言葉は何でもいいんですが)を憎むことによって自らが彼らと同じ存在になるのは嫌だ、と慎ましく拒否しているわけです。仮にその先にあるものが自餓死だとしても。そこを辺見庸は徹底的に個的な抵抗のあり方として、あるいは抵抗の原点として見つめているのだと思います。サイレントテロという言葉でくくられる今日の一連の社会現象も、欺瞞だらけのおっさん、おばはんにはなりたくねぇ、あんたらの価値観なんか、そんなのカンケーねえ、とそういうことだと思います。メルヴィルは150年も前に現代を先取りしていたのではないでしょうか。

ところで、わたしも数日前知ったのですが、「人は自ら憎むところのものとなる」というニーチェの箴言をマルクスはコインの裏側から見ています。

吉本隆明 親鸞とマルクス
http://www.1101.com/shinran/2007-10-16.html


だからどうした、と言われると困るのですが、バートルビーの自餓死を避ける道すじは、やはりこのあたりにしかないだろう、と。先日の新聞によるとガンと脳梗塞に襲われ闘病生活にあった辺見庸も、何人もの末期患者を看取ってきたベテランの看護士さんに「辺見さん、人間って死ぬのも大変なのよ、簡単には死ねないのよ。」と言われて何か光らしきものを見出したらしいです。
ではではおじゃま虫でした。

アンモナイトさん、鋭い補足ありがとうございます。

バートルビーの拒否というのは、対する人への狡猾さや醜悪さを浮き彫りにするものなのですね。彼らのようになりたくないということなのですね。

ニーチェの「人は自ら憎むところのものとなる」というのは鋭い言葉だと思いますが、たしかによく絶対に親のようになりたくないと思っていて、気づいたら親のようになっていたというのはよくある話ですね。

拒否も反対もじつは対立項がなければ成立しないもので、ふたつがあるからこそ成立するもので、同じ穴のムジナともいえます。拒否や反対はじつは反対すればするほどそこに引き寄せられ、力を与え、自分自身をもそのような存在にしてしまうものだと思います。

解決策として考えられるのは、過大にそれを意識しないこと、スルーできるようなることだと思います。消極的抵抗というのはまだ過剰に意識しているのかもしれませんね。敵に力を与え、自分もそれに近づいてしまう。

こんにちの若者が絶対になりたくないもの、それはやっぱりカネや経済や企業の利己主義や功利主義のようなものに染まってしまうことではないかと私は思っています。無垢な精神を保ちたいのではないかと思います。

二項対立の中では敵の手中に絡めとられてゆくばかりだと思います。対立を大したことではないとスルーできるようになれば、自ら憎むものへの接近を防げるのではないかと思ったりします。

バートルビーは生き残れば、自ら憎むものになっていたかもしれません。生きて憎むべきものにならないためには、パラドクスですが憎む対象を憎まなくなったときに訪れるのではないかと思います。


私は学校を卒業して一度も社会で労働をしたことがありません、もちろん税金も払っていません。ただひたすら図書館の本を読みふける毎日です。

私もたぶんサイレントテロリストです。
'80年代にはすでにポピュラー音楽の世界では、パンク(積極的反抗)の次の段階が、テクノ(なにもしない。ダンスフロアで踊るだけ)であると言われてきました。
「贈り物は受け取るな!」
'80年代に預言されていましたね。

君たちはストライキをしているんだ!

 
無職の諸君、君たちは意識せずストライキをしているんだ!
ニートもそうだ! 死ぬな!
 
我々30万人、一丸となって一斉ストライキを続けよう!
誰がなんと言おうと、ただ「これはストです。」とだけ言え!
 
君たちの行為は国家が有する腐敗社会に対する
歴とした抗議活動である。
 
テレビを消せ!ラジオを消せ!新聞を焼き払え!
人の無責任な忠告を聞くな!
  
日本社会復帰大学
http://www.ar-ltd.co.jp/support/index.html
 
お前らは人の言うことを気にする限り、「カモ」なんだよ!
お前らは「人を騙したくない」、そう思ってるだろ!
残念だが、平成時代は「グルーポン」のような時代なんだよ!
お前らはそれに疑問を感じて、ストライキをしてるんだろ!
屈するな!続行しろ!
何もしないことで社会を変える、お前らの抗議方法を支持する。
 
 
この抗議運動をサイレント・テロと呼ぶ人間には、こういう意図がある。
『国民は「テロは悪いこと」だと思っているから、こう呼んで行動を抑制させよう。』
 
本質は「サイレント・スト」である。
 
 
※賛同される方へ
自由に転載してください。あなたの善意が人の命を救います。

 

なんでもかんでも{ 若者 }のせいww
ものが売れない原因がなんでいつも{ サイレントテロ }w
新聞もブログも99%はネタとしてみるべき 

なぜに若者だけ?
年寄りも買わないんだが。

と言っても釣りブログだから無駄か。

わかってるのにコメントしてしまう未熟者です。

おじいちゃんまた新しい言葉考えたんだね。
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サイレントテロ

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世の中を分析し、知る楽しみを追究しています。興味あるものは人文書全般。ビジネス書、労働論、社会学、現代思想、経済学、心理学、精神世界、歴史学。。 そのときの興味にしたがって考えています。

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