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07 18
2008

旅へ

『ホテルバンコクにようこそ』 下川 裕治



ホテルバンコクにようこそ (双葉文庫)
下川 裕治

ホテルバンコクにようこそ (双葉文庫)


タイ人の怠惰などというものは、それはもう日本人からしたら人格の底を失ってしまうぐらい怠惰なのであり、労働時間とか休日といったレベルの問題ではない。



しっかりカネを蓄え、財をなすような発想は、貧しい風土が生んだ北の美意識なのであって、豊穣な南の国ではカッコいいことでもなんでもない。確かにタイ社会において、倹約家の中国人や日本人が成功することはいとも簡単なことかもしれないが、その過程で、彼らの生き方が、「豊かさとはなんなのか」と突きつけてくる。



 このようなタイ人の労働観に魅かれて、タイ社会に興味をもっている。タイは冬がないから、冬に備えるアリが必要ないようで、貧しいアリの発想で生きる北の日本からしたら、ずいぶん羨ましい社会なのである。といってもむかしの日本人はタイのような熱帯地方の労働観に近いものがあったはずである。江戸時代のころは西洋人にウシのようにとろいと評されていたくらいだから、日本は近代の間に西洋の貧しい労働観にすっかり洗脳されたわけである。土層にはタイ人のような熱帯地方の労働観が日本人もまだ残っているはずである。

バンコクが最も暑くなる午後一時から二時頃に街を眺めてみる。商店や屋台なとで閉まっているところはどこにもない。これを見て、「バンコク人は働き者だ」などと間違っても思わないことだ。確かに店は開いているが、その奥をのぞくと、半分ちかくの店の店員は眠りこけているはずである。……客がいなければ店で眠る。
 スペインやスーダンのように、暑い午後、一定の時間、店も役所も昼寝のために休む習慣をもった国がある。



だいたい三ヶ月から六ヶ月も働くと、彼らの労働意欲は限界に達してしまうらしく、再び、働く気になるか金がなくなるまで休暇に入ってしまうのだ。それも一週間や十日といったハンパな長さではない。一ヶ月、二ヶ月単位で休んでしまうのである。
……そのあたりの計画性はまったくといっていいほど欠如している。気分しだい。行きあたりばったりなのである。
……食事や居住費がべらぼうに安いタイだからこそできる暮らしだが、その勤勉ぶりではつとに有名な日本人から見れば首を傾げたくなるばかりだ。



 このような労働観や生活に魅かれて旅先でタイに沈没(長期滞在)してしまうバックパッカーが増えているそうだが、長時間労働、滅私奉公の日本人からしたら、対極の生き方だろう。だからタイに長くいつくことになってしまうのである。ほんらいの日本人もそのような生き方を望んでいると思われるのだが、システムが許さない。そして勤勉と労働マシーンに擬態して生きるしかないのである。そのような勤勉労働観が身体にしっかりと沁みついた日本人からすれば、タイは人格の芯や背骨がとろけてしまう虚脱感を与えるだろう。

 もちろん著者が観察するタイ人の労働観は一面的なものだと思う。西洋的な労働規律や勤勉観をもったサラリーマンもたくさんいると思う。著者は貧乏旅行やアジアの下町を好むようだから、ことさらそのような一面が目につくのだと思う。北の国が捉えるような貧困や階層、社会問題はたくさんあるはずだし、刹那的で生きざるを得ない環境で暮らしているかもしれず、あるいはそれでも生きられるタイの生活の真の豊かさといったものがほんとうにあるのかもしれない。97年のタイ・バーツ暴落からはじまったアジア通貨危機は、なんだかタイ人の怠けぶりに対する西洋人の恫喝に思えてくる(笑)。

 日本人はタイ人のように怠惰になれないものか。あるいはタイ人のように「戻れないのか」。日本人の勤勉観は高度成長と所得倍増、社会保障の充実などによるニンジンやウマみによって釣られているところかが多分にあると思う。これらがなければ生きられない、ホームレスになると恐怖を植えつけられているところがミソである。最低生活の基準がかなり高いところになってしまったので、低空でも生きられるということに気づかない、忘れてしまっただけと思うのである。日本人は低空飛行でも生きられると気づくようになると、ふたたびタイ人や東南アジアの怠惰な労働観にようやく戻ってゆけるのかもしれない。タイ人や下流社会はそのようなヒントを与えてくれるだろう。

 国家はタイにはけっして学ばないと思うが、庶民や下流社会とよばれている層、あるいはサラリーマン社会はたまらないと思っている人は、タイ人の労働観や生き方にしっかりと学ぶべきである。日本人は寒い国の貧しい西洋人の発想でなく、東南アジアの暑い豊穣な国の発想にかなり近かったはずである。アジアに帰れ。


バンコクに惑う (双葉文庫) 新・バンコク探検 (双葉文庫) バンコク下町暮らし (徳間文庫) アジアほどほど旅行 (徳間文庫) バンコク迷走 (双葉文庫)
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Comment

ややシモネタ気味になってしまいますが、タイ人女性が男性に 「私、子供欲しいの」 と言って男性は当然 「え?」 となるらしいのですが、女性はそのへんの事をわかっているらしく 「ああ、でもねお金を毎月入れてくれとか言わないから」 と言うそうですね。

じゃあいいだろう、と思って男もやるわけです。はなから男は金なんて家に入れないという考え方なようです。知ってるかもしれませんが・・・

この部分を見ても日本とは対極ですよね。

はい、知っています。

同じ下川裕治の『日本を降りる若者たち』にそのことがのべられています。
http://ueshin.blog60.fc2.com/blog-entry-1001.html

うらやましいかぎりですね。日本の男は女性と関係を持ったり、家庭をもったりすると、一生を養わなければならないという壮絶な覚悟を背負わなければならないですね。タイの女性は子どもや家庭をもつと、自覚をもって、自分から稼がなければならないと思うようですね。対極ですね。

なぜこんなに違いが生まれてしまったのでしょうね。高度成長期に女や家庭を男一人の稼ぎで養っていけるという奇跡的な誤解が生まれてしまったのでしょうね。女性はそのことによって男におんぶにだっこを当たり前と思うようになって、それをとうぜんの要求と思うようになって高飛車になってしまったのでしょうね。それは女性としての価値や前提を大げさに捉えすぎていますよね。

女が働く社会はとうぜん不倫も多くなりますね。それから養子についての考え方も異なっていて、ふつうのように貰い子や養子が生まれるようですね。日本の養子は家族や血縁が切れてしまうと壮絶になってしまいますが、タイでは下宿くらいの考えで養子の縁組がおこなわれるようです。

労働にしろ、男女関係にしろ、なんだか日本はタイに学んだほうがいいんじゃないかと思います。

動物の感性

うえしんさん
お久しぶりです。

先日、何気なくTVを見ていたら、動物番組か何かだったのか

パンダが移っていました。

ささの葉を食っては、寝る。
食っちゃ、寝て、食っちゃ 寝て

起きていても
食べるとき以外は パンダ同士じゃれあったり、毛づくろいしたり
特に何もしない。

あれが動物が生きることの原点のような気がしました。
人間も動物の感性を取り戻すべきなのではないかと思いました。

長時間労働、精神的疲弊を伴う労働に支えられた高空飛行と
時間と精神面の余裕がある低空飛行

私なら後者を選びますが、
経済的利益を追いかけるよりもっと大切なこと。
人間の幸福という感性を皆忘れないで欲しいですね。
幸せになるために生きているということを。

古畑さん、おひさしぶりです。

はい、私も動物の生き方を見ているといつも思います。
ほとんどの動物は地上にある食べ物を、労働もお金もなしに食べているだけなんだと。コンビニやスーパーが無料であるわけですね。なんで人間だけがこんな愚かな労働やお金なしには生きられなくなったのかと思いますね。生き物の生の原点はこのようなものに、人間だけはなぜ違うのか。いつも基本の生きかたに還りたいですね。

死についても生き物の死はみんな野垂れ死や行き倒れですね。人間は家族に看取られたいとか、孤独に死ぬのはいやだといったりしますが、ほかの生き物はみんな野垂れ死にですね。動物のこのような死に方に学びたいと思いますね。

温暖化で熱帯の生き物が日本にやってくるという話がありますが、タイの労働観も温暖化で日本に来てほしいですね。セアカゴケグモのような毒グモとかマラリアの蚊なんかより、人間らしいタイの労働観が上陸してほしいですね。

西欧の貧しい寒い国の発想でなくて(備蓄の思想ですね)、南の国の豊かな発想で日本も生きられるようになってほしいものですね。日本人はもともと長らくアジアのスローな感覚で生きてきたはずなんだと思いますが。日本人の脳も生き方も熱帯地方になってほしいものです。

捕食

人間は過剰に余分に仕事をしていると言えますね。
しなければならないことが多すぎるのです。

なぜそうなったか?は、うえしんさんのヘンリーソーロのエッセーで
言い尽くされていると思います。
多くを求めなければいいということですね。
多くを求めるから、過剰で余分な労働を強いられる。

低空飛行であれば、それに見合う労働でいいわけです。

動物の唯一の仕事?といえば、「捕食」だけです。
草食動物は、木の実や果物を見つけること。
肉食動物は、狩りをすること。

それ以外は何もしません。
それは、まさに動物が生きる基本行動であり、超低空飛行と言えます。
まさに 生きるために必要最小限なものを得るためだけに動くのです。

植物は生きるための養分を自力で(光合成)作り出しますが
神様(というか進化)は、動物に捕食のための機能を与えました。
食物を見つけるための目と、探すために移動する足、捕食可能なものか判別する舌など・・・

動物はその必要最小限な仕事(=捕食)以外は自由です。
うえしんさんが言われるように、南国はそこらじゅうに木の実や果物があるから、
捕食にさせ苦労しない。天然で無料のコンビニがあるのですね。

日本も北国の備蓄思想(=アリ)でなく、南国(タイなど)の「必要最小限働いたら、ゆっくりする」というキリギリスの思想になって欲しいものです。
もしくは我々自身がそういう生活を手に入れたいものです。

古畑さん、こんにちは。

なつかしい私のソーローのエッセイに触れていただきありがとうこざいます。

人間は欲深になりすぎましたが、その欲深になった理由を考えると、人間は序列意識が強いことや、人間同士が殺し合うことに求められるかなと生物学的に考えたりします。

偉くなったり、利巧になったり、強くなったりしないと、もし食糧危機などの壮絶な状況になったとき、簡単に強いものに殺されたり、食べ物を奪われたりしますね。そこでどんどんもっと強く、もっと賢く、もっと偉く、といったふうになっていったのかなと考えます。

このような優越競争や序列競争が人間の生を有利にしてきたことから、人類は絶えず固体同士の競争をしてきたのではないかと推測します。そして分業で社会を形成したほうが生存に有利だということで、集団や国家の競争も激しくなったのではないかと思います。

商業は人間のそのような欲望を刺激して私たちに消費をうながしますし、対等願望や優越願望も刺激して、われわれはますます労働から降りられなくなったと考えます。いまの世界の平和は各国が核をつきつけているから維持されているということですが、労働や消費もそのようなパワーゲームの一環なのだと思います。

私たちは権力闘争としての労働の部分が肥大化した今日を生きているのではないかと思います。人間の生存条件をこのようなものと捉えて、それをコントロールする知識が求められているのではないかと思います。

風呂敷を広げすぎましたが、権力の闘いに巻き込まれないで、無駄な労働に奪われない人生を送りたいものです。

日本型ワークライフバランス

日本でも最近「ワークライフバランス」という言葉が言われていますが、これがうえしんさんのいう「怠惰のすすめ」とは似て非なるものであることは明白でしょう。つまり、日本的な文脈では、「家庭のために泥のように働け」ということです。

家に生活費を入れるのは当たり前で、更にその上に、「泥のように子供を作れ」「泥のように育児をしろ」「泥のように家事をしろ」「休日は泥のように家族と過ごし、家族サービスしろ」「泥のように子供を躾けろ」「家族が大事ならばこれくらいできるはず、いや、せずにはおられない筈なのだ」「それができないということは、機能不全家族であり、子供がぐれた時には家庭のせいにされても致し方ない」ということです。

タイから見ればこういう家族観が如何に殺人的であるかは言うまでもないでしょうし、こうした家族に対する脅迫観念を煽った結果が、若い人が子供を産むことを拒絶する少子化であると考えます。

alan_smitheeさん、こんにちは。

日本の勤勉な労働観を叩き壊したいといろいろ考えてきた私ですが、「もう変わらんな」という思いはぼちぼち蓄積されてきております。

新しい「ワークパランス」という言葉が出てきたとしても、またか、なんにも変わりはしない、また不発だとしか思わないような不感症になってきております。

ワークバランスというのは会社より家庭を大事にしろという思想なんでしょうかね。マイホーム主義だったはずの団塊世代はけっきょく会社のくびきから解放されなかったのでしょう。

なんか世間から強制されると反発したくなるというものが人間というもの。政府からいわれると無形の税金が増えたような気がして、ますますおっくうになるのが人のサガというもの。

日本人が怠け者になるのは非正規雇用とか給料も地位も上らないような人たちが増えて、がんばってもなにも変わらないと気づいてはじめて、スローで脱力系の社会制度ができるようになるんでしょうね。

もう日本の一人当たりGDPなんかシンガポールに抜かれたし、GDPもどんどん落ちているし、ここらでひとつ諦めてしまうのも、日本のためというものでしょう。経済大国になったバブル期も日本人はけっして豊かだとも幸せだとも思ってなかったことですし。日本タイ化計画がすすめられたらいいのにと思います。
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