アメリカ経済壊滅と衰退の坂道
さいきんビジネス書を読まないこともあって、経済について考える頭になっていない。私はテーマごとに本を読む好みがあって、そういう最中はほかのジャンルの思考力が極端に鈍る、というよりか興味をなくす。粘着力がないためにアメリカ金融危機についてねばりついて掘り下げることはできないのだが、ニュースやTVではアメリカの経済動向には注意している。
きょうニュースをみると「世界恐慌突入か」のような見出しが躍っている。ブッシュの出した金融安定化法案が下院で否決され、777ドルも株を下げた。アメリカは公的資金投入に猛反対する人が多く、なんで政府が民間企業を救済しなければならないのかと怒り心頭になっており、全体の危機を考えない自由主義の気骨を感じるけど、危うい人たちが多いと感じるのは日本的なのだろうか。
【米金融危機】NY株、777ドルの過去最大の下げ - MSN産経ニュース
米下院:世界金融恐慌に発展の懸念 安定化法案否決で − 毎日jp(毎日新聞)
米国発金融危機:欧州にも「飛び火」 B&B、デクシア…
こんかいの金融危機はサブプライムローンから端を発したわけだが、どうして日本がニ十年前ほどに犯した過ちと同じことをくりかえしてしまったのだろうと思う。不良債権の大きさがじょじょに知られ、証券大手や銀行大手がつぎつぎと経営危機をささやかれ、倒れてゆく。日本が目の前にブッ倒れていても、アメリカも同じブッ倒れ方をするのである。アメリカはたぶんに破滅願望のようなものが頭にもたげてきたのかもしれない。倒れたほうがラクだと思うような、世界のけん引役や警察の役割に疲れてきたのかもしれない。
サブプライムとか住宅・不動産のバブルというのは、製造業や工業での儲けが見込めなくなったとき、金余りが向かってしまう資産の運用先なのだろう。あまり儲けがなくなったきたから、土地や不動産、住宅ローンで儲けようということになるのだろうが、実体の経済の上昇はすでにその時点で終わっているのだろう。土地バブルというのはすでに好景気や実体経済の終焉時期なのだろう。
証券や銀行の業務というのはよくわからないというか、実感がない。業務や投資にかかわっていないと、いったいどういう仕組みや理由で儲かるのかすら、つかみづらい業界だと思う。株が上った下がった、円が上ったドルが下がったなど、頭で理解しても、現場でかかわっていないとよくわからないというのが私の実感である。
証券や銀行などの金融は製造業や商業、農業などの実体経済の霞や上澄みをすくうような業務であると思う。製造業や商業で余った金が運用先をもとめて、それらの上澄みや儲けをいくらかいただく。実体経済もそれらの投資や融資などに恩恵をこうむるわけだが、けっきょくは実体経済が離れてどんどん宙を舞ってゆくように感じられる。金融経済自体がもともとバブルという感じがする。製造や商業などの足のついた経済ではないのである。
サブプライムの証券化もひどいもので、ほかの金融商品に福袋のように組み込まれて、優良商品のような装いをほどこされて世界中にばらまかれた。リーマンが破綻したのに、危機がささやかれた保険大手のAIGが救済されたのは、ローンの保障保険(CDS)をおこなったからだとされる。ローンが焦げついても保障しますよとリスクの低減がおこなわれたため、世界中に絡まり絡まって、連鎖危機がおこる可能性があるからだといわれる。こんなリスク回避の保障はモラル・ハザードをひきおこすのではないかと思うのだが、サブプライムにしろ、今回の金融危機は常識的感覚の転倒が随所に見うけられる。焦げつく可能性のある融資やローンもすべて安心のあるリスクのない商品として売られるのである。それは不良品を優良品として売るようなものである。こんなモラル・ハザードの金融商品が世界じゅうにばらまかれたら、危機は深刻というものである。詐欺や犯罪と考えたほうがいいのではないだろうか。
1929年の世界大恐慌の恐怖というのものは世界に根強く、今世紀の経済というのはたえずこの恐怖の回避に向けられてきたと思う。アメリカの金融機関がおおく倒れようと、ヨーロッパやアジアの金融に飛び火しても、世界的な危機感の共有によって回避されるものだと思う。アメリカの公的資金投入の否決にはおどろいたが、危機の深刻さから投入せざるをえない事態に追い込まれるのだろう。
日本では91年のバブル崩壊から何年かもって97年に証券や銀行の大手が倒れた。失業者やホームレスがめだって増えたのはその後である。アメリカや世界の金融危機はのちにじわじわと世界を襲うだろう。世界的な不況は銀行という経済の血液を巻き込むことによって、ひきおこされてしまう。実体経済に影響が及ぶのは後々になるのだろうが、深刻な影響を目に見える形に残してゆくのだと思われる。
イランの大統領なんかは「米帝国の終わりは近い」などと宣告している。「資本主義の終わり」だという人もいる。まちがっても社会主義体制になんかならないだろうし、いまの福祉国家や市場主義社会であっても、ほとんど区別ができないくらい似たようなシステムになっている。現代の資本主義の代替策なんかほかにないのである。この制度がつづいてゆくしかないのである。
アメリカの覇権の終わりやドル覇権の終わりだともいわれる。世界の覇権はアメリカの前はイギリス、その前はオランダ、その前はポルトガル、スペインと100年周期でうつりかわっている。アメリカの落日が迫っていることは確実なのだろうが、日本はアメリカともに沈みそうな国であるし、中国もつぎの覇権をになうような近代国家にははなりえていないだろう。覇権の空白期にはいろいろな問題がおこるだろうし、世界は転落したり出口のない暗闇をさまような時期を迎えてしまうかもしれない。
なにより鉄道や車、家電製品のような近代科学技術のつぎにくるものがよく見えていない。それらが一巡してしまったら、つぎにめざすものがない。近代科学技術の踊り場を迎えているのであって、そのために世界はますます暗夜模索のようになってしまう。世界的な衰退期に入っていると見なしていいのだろう。これまでは近代の上昇の時期がながくつづいてきたわけであるが、長い停滞や衰退の時期に入ったと考えるべきなのだろう。先進国の出生率低下はその兆候なのだろう。衰退の坂道に生きる知恵、生き方、考え方、システムを備える必要があるのだと思う。衰退する社会であっても、生きられるよう社会を考えるべきなのだろう。栄華をほこった国や文明もいつかは衰えるときがくる。アメリカの衰退はなにをもたらすのだろうか。
▼読みたいけど金はなし。(オオカミ少年の予測は現実のものとなるのか)。








『江戸300藩 県別うんちく話』 八幡 和郎
江戸300藩 県別うんちく話 (講談社プラスアルファ文庫)
八幡 和郎

こりゃ、ダメ。私の興味と好奇心の範囲ではカバーできなかった。旅行や地方にようやく興味が向いてきた私はなにか好奇心を駆りたてられる材料のようなものはないかとふと手にとってみたのだが、これは興味がはじめからある人向け。
NHK大河ドラマや歴史人物、城に興味がある人は観光風に楽しむことができる本になっている。NHK大河ドラマは私はほぼ見ないのだが、このドラマや歴史が好きな人は城の様子や藩の事情などがわかって楽しめるだろうが、私はそこまで興味や知識ももっていない。人物からの歴史や地方の興味という道筋をこの本はとっているわけだが、おおくの歴史ファンの人はそうだろうが、私は政治史的人物の興味は薄いから、社会科のような方面から興味を駆り立ててほしいと思うのである。
歴史へのメジャーな興味のもち方は、ドラマや小説で歴史人物に魅力を感じ、現地に観光旅行にいくといったふうに広がると思う。おおくの歴史人物に興味をもてば、おおくの地方にいきたくなり、城や城下町の舞台に感銘し、そして藩の事情はどのようなものだったのだろうという線になると思う。そのようなアプローチの結果に生まれたのがこの本のようである。観光や地方にこのように興味が広がるのは、歴史のひとつの醍醐味であろう。
私はそのような人物への興味が薄いから、ひたすら抽象的なアプローチで地方や旅行の好奇心をかりたてなければならない。だいたいは風景や景観のすばらしさで満足するのだが、歴史や時間の軸の興味ももちたい。宮本民俗学とか、宗教民俗学とか、景観論、歴史地理とのか方面からアプローチしようとするのだが、かなり拡散して抽象化してしまって、深く掘り下げられない。地方の歴史と旅行の興味が重なれば旅行はもっと楽しめると思うのだが。

なお、著者の八幡和郎は見覚えがある方もおられるだろうが、官僚バッシングが吹き荒れる中、97年に通産省を退官してTVに出ていた人である。官僚批判より、地方の歴史書をつぎつぎと出しているらしく、この人の興味の核心はほんとうは歴史だったのか、あるいは官僚批判の危険性を知ってしまったのだろうか。官僚批判の急先鋒として活躍した『お役所の掟』の宮本政於は、99年に51歳の若さで亡くなっている。官僚批判はだいぶ影をひそめたのだが、民主党の小沢一郎がひとり気を吐いているといった感じだ。ウォルフレンもがんばっているのだろうけど。官僚批判はどこにいってしまったのだろう。官僚を変えればダムが決壊するような日本の変化は生まれるのだろうか。
▼著者のサイト
八幡和郎のニュース解説「時事解説」
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『出身県でわかる人の性格』 岩中 祥史
出身県でわかる人の性格―県民性の研究 (新潮文庫 い 54-3)
岩中 祥史

いやはや、かなりおもしろかった。
県民性というのは、学問でいうと、社会学とか経済学とか、歴史学、地理学とかいろいろな要素が混濁して納入されており、複雑すぎて因果を証明できないから学問にならないというジャンルなんだろう。そういういろいろな香りが感じられて、さまざまな方向から興味をかりたてられて、おもしろかったと思う。もうすこしこの手の本を読んでみたいと思った。
数年前から県民性がブームであったようである。いまではTVで県民性の番組をやっている。こそばいような、気恥ずかしい感じもするし、かなり演技や枠の入った話ややりとりも聞かれるし、マユツバものであるとか、んなわけないとか、複雑な感情が入り乱れる番組であると思う。
だいたい県民性などという何十、何百万もの人を強引にひとつの性格類型に押し込めることなんてできないのである。まあ、たしかにひとつの県民の性格パターンのようなもの、似たような性格風土みたいなものはあるにしても、みんながみんな金太郎飴みたいなひとつの性格の金型などもっているわけなどないのだ。だからTVではことさらそういう枠やパターンを強調する言動が増えてしまって、まるでロボットのような役割をあてはめられて、気恥ずかしく感じられるし、個性的でなければならないTVタレントは、枠のなかで窮屈そうに県民の役割を演じているように見える。
へんにナルシシズムが満足させたられり、強調されたりして、気恥ずかしい。県やお国というのはどことなくナルシシズムが入っているものである。自慢や優越、または特徴がみんなの前で話されるわけだから、みょうにこそばくなる。自我というものはみんなで話題にされることを好み、認知をのぞむのだが、恥ずかしがる。このような羞恥とはなんなのだろうかと思う。うれしさと、価値がないという思いがゆれ動くからだろうか。自我は自分がいちばん価値があり意味があると思いたがり、しかし他人にとって自我は意味も価値もない存在である。その落差に私たちは人気や偉さを求め、他人にとって価値のない存在であるという恥ずかしさにゆれ動くのである。
県民性がブームになった経緯というのは私はよく知らない。どこから、いつ、どのように火がついたのだろう。日本全国の東京化=消費の魅力が落ちた、終焉したと感じられるようになったからだろうか。いぜんは日本には東京しかないようなメディアがめだったし、全国の地方は東京になろうとした。バブル経済が崩壊し、東京=消費は低迷し、辺境である沖縄からミュージシャンや俳優が押し寄せ、地方が舞台の映画やドラマが増え、あらためて日本には地方があったのだと気づかれたみたいだ。東京化によって隠されていた、私たちは地方や県によって違うのだということにあらためて気づいている最中ではないだろうか。
全国の県民性をならべると、バカにするとか、けなすことか、自分のところは強いんだとか、偉いんだとか、中心だとか、まるで差別や誹謗中傷の優劣感情まるだしになってくる。われわれはふつうそういう上下関係や優劣関係で人を見たり、他県をまなざしたりするのだが、マスコミのような公共な場でそれは少々ご法度である。個人的な蔑視や非難は容認されていても、公共の言論ではけっこう禁止コードすれすれになる。
この本はよく県民性を「暗い」とか、「影が薄い」とか、蔑視すれすれの言葉も平気ではいている(笑)。でもそうじゃなかったら、おもしろみもないし、ホンネも語れないというものである。暗いというのは雪のおおい東北に語られたり、山陰もどうように語られている。存在感の薄い県は笑ってしまうのだが、じじつ、他県にはまったく認知されていないこともおおいというものである。佐賀とか福井とか、鳥取、福島とか栃木とかいったいなにがあるんだろうくらいに印象の薄い県もあるのだが、まあそれすらも自県民にはギャグになってしまうというものなんだろう。
悲劇は中心的な県がとなりにある県である。東京のまわりにある県はどうしても東京と比べられてひときわ田舎の引き立て役になってバカにされるし、愛知のまわりの県は属国になってしまっているし、京都・大阪・兵庫には和歌山や奈良、滋賀の印象はどうしても薄くなってしまうし、九州の中心である福岡とか長崎のほかの県はイメージが薄れてしまう。近くのものほど比較対照の的になってしまうのだが、引き立て役になってしまった他県は悲劇である。埼玉は愛郷心がほぼないそうで、自分の住む場所から一刻も早く逃げ出したいと思っているのは悲劇だが、不謹慎にも笑ってしまう。
県民性というのはもちろんひとりひとり個性や性格が違うのはあたりまえなのであるが、ある程度の性格風土のようなものは認められると考えるべきなのだろう。著者の岩中祥史はたとえば海が近くにあるとか交易がさかんであるところにオープンで開放的な県民性がみとめられると見なしているし、山国や雪国には暗くて閉鎖的で、忍耐強いという県民性を見出している。風土や地理的条件が県民の性格をつくりだすと考えているようだ。たしかにというべきなんだろう。
風土と交易が県民の性格をつくりだしてきたと考えるのは妥当である。とくに交易は土地の性格をつくりやすく、古代の九州や山陰は中国や朝鮮との交易で早くも開けてきて進取の精神はつちかわれただろうし、こんにちではぎゃくに太平洋工業ベルト地帯が繁栄しているように、交易が繁栄やオープンな性格をつくりだすのだろう。職業に性格が依存することもおおい。そのようないろいろな要素が県民性をつくりだすのだが、「どこそこの県の嫁をもらえ」と人々の口にのぼったように、あんがい県民性の性格というのは、ひとつの共通した類型が認められるといっていいのかもと思う。もちろん県民性にまったくあてはまらない人びともたくさんいるというのが事実なんだろうが。
いくつかの銘記しておきたい県民性を抜き書きしたいと思う。県民性をみているとけっこう人生訓というか、生き方が見出されて、興味深いと思うのである。
「働くことはつらいことだ」という質問がある。宮城県は全国で第四位だった。あくせくせずにのんびりと生きていくのがいちばんという考え方をしているにちがいない。そのため、負けることを悔しいとも思わない。
北隣の秋田県には、「嫁をもらうなら山形からもらえ」ということばがあるそうな。働き者で堅実、コツコツお金も貯めるので、夫にしてみれば大いに安心できるからだという。
いまでも東京都民のうち、他県出身者ではこの新潟県民がいちばん多い。長男以外は養えないということで、生活が苦しくなると、親も子どもたちをどんどん外に出した。銭湯、豆腐屋、米屋、看護婦。。
「今の生活に満足している人」の割合がなんと九割近くを占める。全国一。――福井県。
とにかくおとなしくじっとしているに限ると、どこへも行かず、何もせず、自然の流れのままに生きる。平々凡々たる人生こそベストと考える向きには、居心地がよさそうな県である。――岐阜県。
女性雑誌で新しい流行ファッションが紹介されると、名古屋-尾張の女性は、雑誌のページに掲載された商品そのものを買って身につける。自分なりにちょっとアレンジしてみるなどということは、思いも及ばない。
京都人は、曖昧なものの言い方、どちらともとれるような言い方、はぐらかすような言い方を多用するが、これは、いつなんどき権力者が変わるとも限らないのに、自分の考え方や行動パターンをはっきりさせてしまったら、生き延びていけないことがあるのを身にしみて知っているからである。
「大阪の食い倒れ、京の着倒れ」に対し、「奈良の寝倒れ」という言葉がある。何もせずに寝てばかりいて、あげくも身上をつぶすという意味なのだそうだ。
江戸時代、岡山県内の寺子屋数は長野県、山口県に次いで第三位、私塾となると第一位であった。
明治維新の立役者は薩長土肥であったという。辺境にあることがどのような影響を及ぼしたのかを理論的に解明するのはむずかしいが、端っこにいる人間というのは、いじけるか、いまに見ていろという反発心を抱くかのどちらかである。土佐はそもそもが流刑の地であった。反権力、反権威である。
この地特有の台風の襲来が宮崎県人の気風に強く影響していると指摘する人もいる。「自然の試練は、試練とならず、諦めと忍従、怠惰と投げやりに流れる。これにつづく自然の恵む復原は精励を必ずしも必要としないということを知る」。そうした生き方を「日向的台風メンタリティー」「日向ぼけ」と名づけている。
沖縄というところは、人があまりストレスを感じないような社会構造になっている。その一つが、「ユイマール」という地域共同体内相互扶助システムである。ユイマールのおかげで、仕事に就いていなくてもなんとか生き延びていくことができるし、乳飲み子をかかえて離婚しても、さほど困らないで済むようになっている。仕事をしないのは悪いことだという価値観が、本土では強い。沖縄ではそういうことにはならないのである。
いろいろな生き方や考え方、処し方があって、日本人は一枚岩的な生き方をしてきたのではなく、地方でだいぶ違った生き方をしてきたんだなとわかる。そういう価値観や生き方の違いを、昭和の東京時代は押し隠してきたのではないかと思う。東京の中央集権は画一化の時代だった。地方に目を向けると根強く多様性は育っており、こんにちいわれるような格差社会はこの地方の多様性に太刀打ちできないだろうと思ってしまうのである。モノサシを一本化してしまうのは東京のまなざしであり、そのモノサシで優位性を保持したい欲望が根底にあるだけなのだろう。
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天上なる清澄な天ノ川へ、天川村ツーリング
水の透明度になんども驚かされる天川村の天ノ川。思わず、「おお!」と感嘆してバイクをとめて、その水の清澄さに見入らざるをえません。川の水がこんなに澄んでいるなんて驚きのほかのなにものでもありません。
天川村は吉野よりはるかに下った奈良県の真ん中あたりにある村です。修験道の大峯奥駈道の基地となる村のようです。なんとなく大峯奥駈道に魅かれて、縦走したくなります。ハイキングや登山としてですが。
天川村にいくのに下市から、48号線洞川下市線をとおったのですが、荒れ果ていてて、車もほとんどとおらず、とんでもない見捨てられた道といった感じがして不安になりました。そのような山越えのあとの天川村の出現、人の暮らしがあるところにたどりつくことは、たまらない安心感をもたらすものだと実感しました。
言葉での表現はなんど語呂をかえて頭でめぐらせても、うまい表現が思いつきません。写真でお楽しみください。
▼天川村の周辺地図 クリックで動かしてみて山深さを味わってみてください。

天ノ川は思わず目を疑うほどの水のきれいさ、透明度を誇っています。バイクをとめて、なんども見入らざるをえません。こんなに水のきれいな川は、ほかに比肩しうるところがあるのでしょうか。

川の石や小石がなんの曇りもなく川床まで映っています。水の透明度はその水にふくまれる栄養度の少なさをあらわすといいますが、川の水がここまで澄むことかできるという驚きのほうが大きいですね。

すぐ向こうにダム湖があるために進入禁止となった砂浜ですが、たき火跡があるようにキャンプしたくなる場所ですね。「なんじゃ、こりゃあ!」と思わずうなってしまいますね(笑)。

川床の木を見てください。すこしの曇りもぼけることもなく、透明に映っていますね。この川の水がどんなに澄んでいるかおわかりになると思います。

緑色の渓流の深みほど、山を感じさせるものはありませんね。この水の深みの色はなんのだろうと思ってしまいますね。ただ、残念ながらここはダム湖になっていて、流れが止まっているのが惜しいですね。

巨岩がごろごろするみたらい渓谷。観光名所として下市駅からバスで75分もかかる秘境ですね。名水100選にえらばれた洞川湧水群も近くにあり、水の聖地ですね。

近代的なつり橋。コンクリートがななめにたわみながら、しっかりと立っていますね。このようなななめになっていても、ちゃんと支えられるのですね。

道すがら、「おお、温泉が。。、入りたい」と思っても、大阪から天川村まで三時間、夜の山間部を避ける帰りの三時間を計算するとのんびりもしていられません。私はなによりも、まっ暗な山道だけは避けたいですね(笑)。恐怖と不安と、視界の利かない恐れが押し寄せてきます。温泉なんて、家に帰ればシャワーを浴びれると思ってきた私にはその意味がよくわからなかったのですが、こういうロケーションや外での解放感を味わせてくれるものだと少しは見直してきました。

天ノ川ぞいは関西屈指のキャンプ場の集まりになっています。この澄んだ川のほとりで遊んでみたいとだれもが思うのでしょう。ログ風のバンガローが一万円程度とけっこうお高めです。泊まりたい気持ちを抑えつつ、大塔村からの北上をめざします。

天川村風景。天川村は大阪からだと、金剛山脈をこえて、吉野川沿いの下市、山上の吉野の町をへて、もうひと山こえた奥地いった感じしますね。それでも地図をみると、紀伊山地のまだ入り口のように思えますから、人界ではない地は紀伊山中にまだまだ奥深くひろがっているのですね。

天川村にいくのに洞川下市線、48号線をつかったら、荒れ果てた道をどんどん山の上にのぼっていきます。道はぼろぼろ、苔は生えているし、木の枝などがたくさん落ちています。見捨てられた、忘れ去られた道のようで、迷ったかなと思うほどでした。このカメラは暗さを拾わないのですこし残念ですね。しかも平日昼間だったので、自分の身にも重ねられて、不安はどんどん大きくなります。休日だったら人気のない寂しい道にはどんどん行きたくなるのですが、平日昼間は見捨てられる、寂れる気持ちがどんどん積み重なります。自分の弱さを感じました。

きのうの秋晴れから一転してきょうはいまにも雨の降りそうなどんよりしたくもり空で、いっそう不安をかき立てます。ひと気のない紀伊山脈がはるかに見渡されます。見捨てられた土地と、見捨てられた自分が重ねられて、不安になります。働いていて自由に休めない日々には、見捨てられた土地は心を癒すものであったのですが、仕事のないいまの私にはますます心を不安にさせてしまうというのは皮肉なことですね。人間というのはいつもいまと反対のことを求めてしまうのですが、その愚かさをいつでも客観視できるようにしたいですね。

人寂れた道の果てにあったトンネルというより、洞窟といってよいほどのトンネルは、背筋が寒くなるほど恐ろしい気持ちを味わいました(笑)。「ぎゃーあー」という感じで突き抜けざるを得なかったですね(笑)。

ようやくたどりついた洞川の町に山頭火のTシャツが売られていて、思わず「ほしい!」と思いました。「どうしやうもない私が歩いている」。山頭火的たそがれの人生は、どこかに心の慰めとしてとっておきたい薬箱といったらいいでしょうか。三千八百円と高いので見送りました。

洞川の龍泉寺にあった滝の行場。洞川や天川村は水のサンクチュアリですね。天上の水の聖域といったらいいんでしょうか、命の水を厳かに敬いたくなる場所ですね。

龍泉寺には大峯奥駈道の供養塔がたくさん建てられていました。それだけ命を失う人たちが多かったのでしょうか。あるいは奥駈道は死と再生のイニシエーションですから、死んだかつての自分に対する弔いなのだとしたら、喜ばしいことですね。吉野側が金剛界、熊野側が胎蔵界だそうですね。

秋分の日でしたが、飛鳥の石舞台裏の田園にいやに人がいました。赤い花のツヅジが観光名所になっているのでしょうか。日本人の原風景といったところなんでしょうか。

飛鳥を吉野のほうに下ると、このような綱がかかっていました。正月11日に女陰の綱と陰物の石が象徴的につかわれるそうです。飛鳥の下流ではかわりに男綱がかけられるそうです。性交が五穀豊穣や悪疫阻止の祈りにもちいられているのですね。

五條市の吉野川には上流の宮滝に匹敵するような岩場があるのですが、あまり知られた名所になっていないようですね。どうしてなんでしょう。

秋分の日の太陽が沈みます。秋分の日は真東に太陽がのぼり、真西に太陽がしずむ目安となるような日です。むかしの人は山や神社の定点観測でそれを知りました。これから冬に向かってどんどん寒くなったり、暗くなるのが早くなる季節の目安となるものです。ことしの収穫を祝って来年の豊作を祈る重要な折り返し地点でもありますね。季節の死と再生はむかしの人にとってとても重要なことだったのだと思います。それは性交による世界の死と再生に重ねられました。近代はこのような世界観を下卑たものとして隠してしまいましたが、性交こそが生命の豊穣を生み出してきたというのに狭い了見を感じます。
2008年9月刊の新刊・注目本情報
九月も下旬になり、ようやく涼しくなってきましたね。ホット・コーヒーが恋しくなる季節ですね。読書の季節でもありますが、九月には読みたい本はたくさん出ているでしょうか。



『ブログ論壇の誕生』 若い世代ほどブログやケータイに影響を受けやすいのでしょうね。『子どもの最貧国』 女性の貧困とともに考えたい問題ですね。『桃太郎はニートだった!』 怠け者はいつの時代にもいたもので、アンチ労働派の存在も許される社会になってほしいですね。



『ルポ 内部告発』 内部告発がなかったいままでの時代のほうが異常でしたね。会社のために賞味期限切れや産地偽装、建築基準偽装、事故米転売なとがまかり通っていたわけですからね。日本人というよりか、会社人間なんか消費者として、人間として信じられないということですね。『神と仏の道を歩く』 関西の巡拝の道はぜひ成功してほしいですね。日本の仕事以外の価値観の復権になりますね。『性的唯幻論序説 改訂版』 岸田秀の文春新書版が文庫になりましたね。男女関係やセックス資本主義について考えるにはおすすめ。



『おまえが若者を語るな!』 若者もすぐ中年になるわけで、ステレオタイプな説教や郷愁を語り出したらオッサンになるのでしょう。『なぜ人は他者が気になるのか?』 理由とメカニズムを知って他者の目から距離をおきたいですね。『自殺の社会学』 自殺は社会問題としてとりくまなければならないと思いますが、ミイラとりがミイラになりそうで近づく危険性も感じますね。


格差問題はその前提となるモノサシをいつも疑っていたいですが、社会ってそのモノサシが圧倒的に感じられるときもありますね。



『健康不安の社会学』 健康はそれについて考えないほうが健康というばあいもありえますね。『自閉症の社会学』 自閉症というのは自我がどのようにできるかを垣間見せてくれますね。



『隷属国家 日本の岐路』 アメリカの笠の下のつぎには中国の……といったように日本は追随しか生きる道がないのかもしれませんね。



フーコーに、ガタリ、ウィルソンが文庫本で読めるというのはうれしいですね。ただ千円を越える文庫本は高いと思いますが。現代思想が文庫で読める割合はだいぶ増えたと思うのですが、主著より周辺の本が文庫になっている気がしますが。



『親殺し』 子が親を殺し、親が子を殺し、いつの世もあったと思うのですが、別れて自活する時期を早めるべきだと思います。『学力問題のウソ』 学校は学問を教えるより、稼ぎ方と仕事を教えてほしかったですね。
![イラスト西洋哲学史(上) [宝島社文庫] (宝島社文庫 D こ 3-1)](http://ecx.images-amazon.com/images/I/517XfsmYCjL._SL160_.jpg)


『イラスト西洋哲学史』 大学のテキストにつかわれていましたが、奇妙なイラストは哲学は疎遠づけるかも。哲学は自分の興味のあるテーマから近づかないとちんぷんかんぷんのままですね。



われわれは宗教を政治的な依存・服従形態と見るまなざしを教育されるわけですが、知の頂点や深奥と見なすほうが自分の知識のためになるというものです。政治的なまなざしだけで遠ざける人はソンをすると思いますよ。
禅に問う―一人でも悠々と生きる道

『禅に問う』 「一人でも悠々と生きる道」というサブタイトルがいいですね。
鉄道地図の謎から歴史を読む方法―明治以降、鉄道は日本をどう変えたのか (KAWADE夢新書 347)

『鉄道地図の謎から歴史を読む方法』 鉄道が日本を変えたともいえるわけで、近代はこのへんのほうが主な変化だったともいえるのではないでしょうか。
東大合格生のノートはかならず美しい
太田 あや

東大合格生はやっぱりノートもきれいだったのでしょうか。ちらっとは見てみたい気もしますが。
貧民の帝都 (文春新書 655)

『蟹工船』のあとは貧民のスラム街について学ぶのがいいんじゃないかと。格差社会はそこまでいってしまうと、後戻りできない道まできたことが理解されるのでしょう。
四国八十八カ所 カラー版―わたしの遍路旅 (岩波新書 新赤版 1151)

四国遍路は鮮やかな写真で誘ってほしいですね。
黒船以前―パックス・トクガワーナの時代 (中公文庫 な 46-10)

徳川ファミリーの時代はいろいろな面から見てみたいですね。
アキハバラ発00年代への問い

こんなに変わった歴史教科書

輿論と世論―日本的民意の系譜学 (新潮選書)

日常生活と旅の社会学―人間と世界/大地と人生/意味と方向/風景と音風景/音と音楽/トポスと道

旅について哲学や社会学した本って少ないですね。旅について哲学しそうな気がするんですが。
〈産む性〉から降りた女たち ■ 越川芳明・本橋哲也編著/小谷真理・竹村和子・北原みのり・池内靖子ほか
貧困の概念 理解と応答のために ■ ポール・スピッカー
対論 生き抜くこと ■ 雨宮処凛・香山リカ
対人関係のダークサイド ■ 加藤司・谷口弘一編
『武蔵野』 国木田 独歩
武蔵野 (岩波文庫)
国木田 独歩
国木田独歩近代の文学者が自然をどのように描写したのかという興味から『武蔵野』という短編を読んだが、まあほとんど感興はない。人がいうほどの美しさやすばらしさは、私には感じられなかった。武蔵野がどのあたりをさし、どのような風景がひろがっているのかも一端もわからないということが縁遠く感じられたのかもしれない。私は関西の田園風景や山村風景には癒されものを感じるのだが、同じようなものと見なしてよいものだろうか。
この本の短編集の中には古文のような私にはほとんど読めない短編が何篇かある。国木田独歩は明治41年、36歳の若さで亡くなっており、ちょうど現代文と古文のような文体の過渡期に作品を描いていたようだ。苦労しながら、イメージを駆使しながら、なんとか読む。
国木田独歩の年譜を見ていると、日清戦争に記者として従軍したり、日露戦争で雑誌をひと山当てたりしている。日露戦争あとに36歳で亡くなっている。短すぎる。昭和でいうと、高度成長とバブルでひと山当てた人生といったところだろうか。上り調子の40年を生き、下り坂の40年を知らなかった人いうことになるのだろう。日本は40年周期でのぼったり、下ったりするのが好きなようで、戦後の日本も46年目に起こったバブル崩壊で戦前のわだちを踏むように転がり落ちつづけている。
この短編集は古文と現代文が混じった短編集で、たいていはおもろくないながらもなんとか最後まで読む。印象にのこった作品としては、乞食の子をひきとる『源叔父』、故郷への錦を飾られなかった『河霧』くらいだろうか。近代文学というのは評価は残っているのだが、現代の者が読んだとしても時代背景や興味が異なったりしていて、あまりおもしろく読めることは少ないように思う。評価が読ませしてしまう近代文学というのは、文学というものがこんにちの国家の教養レベルや郷土といったものをかたちづくっているからなのだろう。近代文学というのは国家の品質レベル、文明度のバロメーターをあらわすものであり、私たちはその誉れを守るために近代文学は評価されつづけるのである。
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東京の三十年 (岩波文庫)
自然と人生 (岩波文庫)
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牛肉と馬鈴薯・酒中日記 (新潮文庫 (く-1-2))
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『新編みなかみ紀行』 若山 牧水
新編みなかみ紀行 (岩波文庫)
若山 牧水
若山牧水若山牧水という人はよく知らないのだが、酒と旅を好んだ歌人であったようである。明治18年に生まれ、昭和3年に43歳の若さで亡くなっている。私がこの本を読んだのは、近代の文学者が旅や景観をどのように記述したのかの興味からである。
景観や自然というのは視覚によるものがほとんどであって、言葉や言語に刻みつけて表現するのはかんたんではないと思う。視覚によるすばらしさと、言葉の表現はまったく異なるからだ。視覚は直接に与えられるものだが、言葉はイメージであり、頭の中の想像であり、歪曲された頭のイメージである。言葉の紀行は写真に劣るし、想像のイメージははるかに写真におよばない。よく文学で自然の美しさが描写されていたとしても、見たこともない者にとってはその美しさはなかなかイメージできないものである。言葉は風景のすばらしさのなにを描けるのだろうか。
この本に描かれた牧水の旅の地には、私はほぼ行ったことがない。どこの土地を旅しているのかさえ、おぼつかない。牧水が自然や景観の美しさをのべようとも、私はイメージするしかないのである。そしてイメージというのは自分が行って見てきた自然の景観を重ねるしかないのである。悪い本ではないし、旅の感動や歓喜はところどころにつたわってくるのだが、自分のイメージの貧困さは拭いようがない。短歌も解さないものだから、せいぜい彼の旅の足跡をたどるくらいしかできない。
二度とこないだろうからといって寄り道をしたり、宿に泊まっていると雪が降っていたと記述するあたりなど旅情が誘われる。だいたいは大正年間に旅した紀行文なのだが、よく一ヶ月や二ヶ月の旅に出られたものだと思う。お金のない客だと見られたり、泥まみれで山間を大急ぎで歩いたり、自殺志願の若者に間違われたり、と苦労はいろいろあったようだが。
歌人というのは近代の文学者のようにちまたに知れ渡った人たちなのだろうか。近代の文学者というのはこんちにのTVタレントや俳優のように全国に知れ渡っていたものなのだろうか。いまなら文学者は教科書で教えられる超有名人だが、とうじもそうだったのだろうか。活字がTVのような国民衆知のメディアをつくっていたかは疑問である。文学者はいまも名前や本は知られていても読まれてはいないということが多いのではないだろうか。
若山牧水はほぼ自然の美しさをのべるだけで、歴史にはまったく肩入れしていない。歴史の記述が書かれるのは、一片だけ藩の圧政に苦しむ民衆を救った悲劇のヒーローだけである。牧水はいま見える自然の美しさだけに向かい合い、過去を見なかった。大きな政治とか、歴史の話とはほとんど断絶している。近代という新し物好きの過去を断絶した時代のためだったのか、それとも自然の美しさだけで十分であったのだろうか。
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奈良グリーン・ヒーリング三昧
ひたすら緑をもとめる私のツーリング。山をかきわけ、緑のシャワーを浴び、いちども通ったことのない未知の道を探し、渓谷の清らかさや、山々の雄大さを味わおうと、奈良の山中をめぐってみました。
どこが私のいちばんのビュースポットなのか、どんな景色がいちばん好きなのか、どういう景観がほっとするのか、山奥深くにある人びとの暮らしや営みになにを求めているのだろう、どこへいけば私のお気に入りの空間に出会えるのか、さまざまな思いをめぐらせながら、奈良の北へと南へとバイクを走らせました。
私のほっとしたり、緑のシャワーで爽快になったり、山奥や辺鄙なところの暮らしに癒されたり、雄大な景観にわれを忘れたり、といった私のなごやかになった気持ちがつたわる写真であればいいなと思っています。

さあ、きょうは緑のいい景色に出会えるかなと奈良の月ヶ瀬村あたりをめざそうと出発しましたが、道に迷って方角を見失い、桜井市の裏山ばかりさまよいました。古代史的には山の辺の道の裏山なのですが。

長谷寺の奥の院の龍蔵神社にたまたまめぐりあいました。長谷寺は三輪山、室生寺、伊勢神宮など「太陽の道」にならぶためにここから移転したと考えられます。

いまはとんぼが飛び交う季節ですが、とんぼって人間をからかうというか、度胸試しのような感じで至近距離を飛んできますね。とんぼたちの勲章なんでしょうか。子どものころ、虫捕りアミでとんぼの首をちぎったいやな思い出がよみがえります。

トノサマガエルをひさびさに間近に見ました。子どものころはよくつかまえましたが、カエルって人間にすぐつかまりやすい危うい生き物ですね。死んだふりをしたら見つからないと思っているのでしょうか。

九月は稲がなる収穫の時期ですね。稲穂の黄色がきれいに見えてほっとするのは日本人なんだからでしょうか。

榛原(はいばら)あたりのこの段々畑は目が覚めるようにきれいだと思います。黄緑や緑のグラデーションがいっそう美しさを際立たさせていると思います。

流れの速い県道沿いですから、あまりちらちらとわき見していたら危ないのですが、ついつい見とれてしまいます。神々しい風景とまで思ってしまいます。

この日は京都の宇治あたりまでを目標にしていたのですが、木津川あたりで打ち止めでした。そのあたりの田園風景ですが、どうして田園風景というものはたまらなくほっとさせるのでしょうね。家の身近にないからそう思うんでしょうかね。田園に囲まれて暮らしたいと思いますが、農耕はできないでしょうね。

道すがら東大寺が見えました。池から見える東大寺というのもなかなかいいですね。

苔むした灯篭が数え切れないほどならぶ春日神社。本殿への参道には灯篭の列で埋めつくされています。灯篭マニアの通りかと思ってしまいますが、喜捨の功徳という考えがあったのでしょうか。

奈良公園すぐそばには志賀直哉の旧邸宅があります。柳生街道ぞいやすぐ奈良公園にいけて、いい環境に住んでいたと思います。

この日は川上村あたりを通りました。ダム湖の景観は雄大な山の風景を見せてくれて、けっこう感動的でした。

新築の丹生川上神社の上社に寄ってきました。景観がすばらしいのですが、ダム湖からの移転らしいですね。参拝客はおらず、まあ山奥という場所であるからにせよ、新築の神殿と人気のない神社と景観と、みょうな違和感が。

その神社からの眺めはかなり壮大なものがありました。川底からながめられる山はまるごとながめられるわけですから、壮観でした。でも参拝客はだれもおらず、神殿は新築。ふしぎな感じが。。

大迫ダムには数多くの滝が山腹から流れ出していました。きのうは台風が通り過ぎましたから水量はふだんより多いのでしょうが、おかげで清々しい滝音が聞けました。

県道をはずれてダム湖をさかのぼれば、どんどん人が通らないような道や渓谷になっていき、でもそんなところでもぽつぽつと人の家があり、不安になっていったところにすばらしい渓谷の景色と出会いました。たぶん大台ケ原の近くだと思います。景色の美しさや感動はそのときの自分との感情と無関係ではないですね。

吉野の国栖の里。古代王朝のまつらわぬ民、和紙づくりの里、ニホンオオカミの最後の発見地、谷崎潤一郎の『吉野葛』の舞台と話題は事欠かない場所でありますが、秘境感はあまりないのでしょうね。電車はここから紀伊山中はてんで走っていませんが、いまは車がありますからね。

吉野川がおおきく蛇行したところにある国栖あたりの集落。地形や自然が大きく人間を支配しているさまをあらわした景観ですが、都市はぎゃくに自然を制圧した場所で、だからつまらないともいえますね。

そろそろ秋分の日なので、太陽の道にかかわりのある二上山に太陽が沈む風景とか三輪山に日が昇るシーンを撮りたいと思ったりするのですが、夜間にバイクに乗るのが好きでない私は、おっくうになります。二上山あたりから大阪平野を見下ろした写真を撮ったのですが、日はすでに沈んでいました。堺の大鳥神社、正確には高石の等乃木神社あたりに沈むはずなんですが。
▼奈良周遊マップ
『吉野葛・蘆刈』 谷崎 潤一郎
吉野葛・蘆刈 (岩波文庫 緑 55-3)
谷崎 潤一郎

吉野は好きで、なんどか訪れている。桜の満開の時期にはぜったいに行きたいと思うし、ほかの季節にいっても高貴さがただよう場所であるし、紀伊山地の山奥がはじまる伊勢や熊野に通じる地点として興味津々の場所である。いままで知らなかったのだが、文豪の谷崎潤一郎が吉野について書いている本があるのかとこの本を読んだ。
谷崎潤一郎は明治の終わりか大正のはじめに吉野を訪れている。南朝の取材旅行をかねての旅であったが、このころの吉野はどうだったのだろうと思う。電車は通っていたが、いまより手前が終点だったようだ(谷崎潤一郎の「吉野葛」を歩く/東京紅團)。いまは車や道路が発達して秘境感はうすれてしまったが、当時はもっと秘境や山奥という感じがしたのだろうと思う。ただ、いまでもこれから先の紀伊山中は電車がひとつも走っていないから、まだまだ秘境といえるのだけど。
この『吉野葛』という作品はうまいつくりになっていて、吉野の取材旅行記や紀行文と思わせておいて、もうひとつの主題というべき物語に途中からひきこんでゆき、感心した。同級生の津村という男の早くに失った母親の生家探しが語られ、そして母の面影を思うあまり、生家の姪を許婚(いいなずけ)にするのである。いつの間にかこの物語にひきずりこまれ、あっと驚く結末になっているというたくみな構成になっている。
津村の語りもまるで谷崎自身を語っているような口ぶりになり、母に会えると思って信田の森にいくあたり、谷崎自身がいったかのように錯覚してしまった。葛の葉神社は私が育った近くにあり、よくこの池にザリガニ釣りにいったものだから、郷土愛のつながりを感じてしまうのである(笑)。
恋しくば尋ね来て見よ 和泉なる信太の森のうらみ葛の葉
父母をなくした津村は信田の森にいけば、母に会えるような気がするといって子どものころそこまで出かけている。信田の森は葛の葉伝説のあるところであり、安部晴明の母がきつねとなって帰っていったところである。津村は母がきつねであったら、人間のように死なないで会えると思っているのである。亡き母の思慕はまだ見ぬ未来の恋人の郷愁であると喝破するあたり、鋭い洞察を感じてしまう。
母への思慕はまだ見ぬ理想の恋人の思慕であり、または内なる女性(アニマ像)であるというのは、なるほどなと思ってしまう。恋愛の萌芽が母の思慕をつくりだすというのである。私なんか『銀河鉄道999』のメーテルを思い浮かべるのだが、あれは母親とも恋人ともつかない存在であった。葛の葉伝説と似たような底流があり、日本で一番多いといわれる稲荷信仰、きつねの信仰がなんとなくつながりそうな気がするのである。母の思慕、恋人への思慕、そして豊穣を生み出す母なる大地への信仰とつながってゆくのだろうか。
『蘆刈』のほうは『吉野葛』と似たつくりになっていて、紀行文から夢ともうつつともつかない幻想的な物語になってゆく。舞台は木津川や桂川、宇治川が合流する淀川あたりとなっている。ある男に出会い、その男から語られる父のせつない恋愛話が主題である。未亡人に恋し、その妹をめとり、姉思いの妹との関係が語られてゆき、その息子であるこの男はだれの子供なのか、未亡人はもうすでに高齢になっているのではないかという疑問をのこしながら、男は消えてゆく。夜半の淀川を背景にし、語られる物語はじつに幻想的でうつつなイメージがかもし出される。謎を残す物語である。解釈は評論家がたくさん語っているのだろうけど、そこまでつっこんで探そうとまでは思わないけど。
谷崎潤一郎ははるか大むかし、中公文庫から出ていた『文章読本』という本を読んだことがある。ひらがな好きな、ひらがなを多用する、音読みができる文章が名文だといっていたような記憶がわずかに残る。この『蘆刈』の文章はそのとおりにひらがなが多用され、ふつう漢字にすべき言葉もひらがなにされ、句読点も読点も打たれない長い文章になっている。平安女流文学の美を追い求めたということなのだろうか。読みにくいのだが、谷崎がめざしたような音読みのできる文章にはたしかになっている気がする。
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『遊々バイク紀行・日本絶景の旅』 小峰 秀世
遊々バイク紀行・日本絶景の旅―四季の美しい風景を旅するためのルートガイド20選。 (ヤエスメディアムック 173)
小峰 秀世

私が旅に出たくなるのは、風景写真によるものが大きい。その風景をじっさいに見たり、空間に囲まれたり、体ごと風景につつまれたいからである。とくに緑の風景や空気につつまれるのが好きである。ほっとするし、気持ちがおだやかになり、心をなでおろしたくなる。
そのような旅をするのにやみくもにどこか景色がいいところはないかとバイクを走らせるだけでは、ごちゃごちゃした乾いた市街地ばかり走ったり、よい景色とめぐりあえないという痛い目に会うことになる。そもそも日本の絶景とよばれるところがどこにあるのかもよく知らない。絶景のありかを教えてもらわないと。
雑誌はやっぱり見開きで風景写真や壮大な景色が写し出されていて、その風景に魅了される。雄大さや現地で感じる臨場感というものは写真ではつたえることはできないのだが、大きな風景写真はその一端を垣間見せる。大きさな写真は迫力やそのリアルさが違うなと思う。このような景色をながめては、旅への郷愁を駆り立てられる。
この雑誌では北海道のオロロン街道、東北の磐悌山、甲信越の八ヶ岳、四国の吉野、九州の阿蘇山などがとりあげられている。大阪の住民の私としてはできれば近場が多く紹介されているほうがいいのだが、遠くでもいつか訪ねられると思いたい。このような雑誌はいつか訪ねるためにあると思うことにしよう。
ライター兼ライダーと思われる廣瀬達也の文章はひじょうにまじめで硬質で、ツーリングの魅力をあますことなく伝えていると思う。先に読んだ『ナチュラル・ツーリング』の寺崎勉があまりにも投げやりで、内輪的な文章(笑)を書いていたから(それも味といえば味であるが)、なおさら廣瀬達也の文章は際立って見えるのだろう。ツーリングの世界やすばらしい景色に出会ったときの感動などがよく伝わってくる硬質な文章であることを感じて感心した。
ありきたりなことをいうが、旅は電車での移動があるのだが、これはもちろん固定した線路上しか走らないし、電車の走らないところも多いし、地域や場所を多角的に楽しめることはできない。バイクや車は線路以外での往来を可能にする乗り物である。自分の足で好きなところにいけるという乗り物はやっぱり得がたいものがある。他人のサービスや商売、人との関わりから遠ざかれるという点でもメリットは測りがたい。車やバイクに乗る人は百も承知の話であるが、まだバイクに乗って三年ちょっとの私はまだそれをいいたいのである。
雄大な景色や人里はなれた山間につつまれることはひじょうに心地よい。自然のスケールは我を忘れさせる。ちっぽけな「我」や「日常」に埋没している私を、広大で雄大なスケールにとりもどしてくれるからだろうか。「我」が解放されるといったらいいのだろうか。そういうスケールを味わうために人は雄大な自然に向かうのだと思う。
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甘すぎないか、不正転売と偽装問題における企業への信頼
カビや農薬残留がついた事故米が加工食品として売られ、または高級米として転売されるような不正流通が問題となっているが、過去の食品偽装や建築偽装とおなじく、私はいままでふつうにあったことがどうしていま問題になるのかと思ってしまう。むかしのほうが消費者をだましたり、不純物を混合させたり、あやしげな取り引きをしたりといったことは、もっとひどかったのだと思う。どうしていまさらながらと思ってしまう。中国でおこっている粉ミルク問題のようなものを過去の戦後日本はおこしてきたはずである。(森永ヒ素ミルク中毒事件/1955)
なんで日本のマスコミや消費者は能天気に企業や商売を信頼してきて、いまさらながら糾弾しているのだろう。企業や商売はそんなに信用していいものだったのだろうか。性善説で対応していいものだったのだろうか。世間知らずのお坊ちゃまやお嬢様が増えてしまって、企業や商売は信用してもいい、性善説で対応してもいいというそんなひっくり返った時代を感じてしまう。甘くなってしまったのは、われわれのほうではないのか。
そもそもこの不正転売や食品偽装は、どの機関が情報をリークしてきたのだろう。市場参入をみとめ、市場にまかせると、このように不正がおこってしまうから監督や許認可が必要だとメッセージしたい官公庁がリークしたものではないのか。お役人が民営化の流れに抗するための不正暴露ではなかったのかと思う。市場や民間にまかせておくとこんなヒドイ不正がおこなわれるのだと、お役人はメッセージしたかったのではないか。
とはいえ、日本の社会というのはお役所や企業がグルとなった産業育成・保護の体制をながらくもちつづけてきた。つまり企業や産業の育成、保護のためなら、企業の好き放題、やり放題は放っておかれる産業体制ではなかったのか。不正や詐欺のような行為はお役所と産業がグルとなって、国民や消費者の目から隠されてきたのではないのか。国民がメシを食うための産業や企業のためなら国民は少々の犠牲をガマンしろ、目をつぶれといった社会ではなかったのか。それが日本の産業体制というものではなかったのか。
企業と労働者の関係も同じようものだった。産業や企業の育成や保護のために犠牲になったり、法の規制外においておかれるのが、労働者や国民ではなかったのか。カビや毒物が入った事故米を食べさせられるような無法な行為が、日本の労働者にもおこなわれてきた。賞味期限が切れていたり、国産地や生産地を偽るずさんさは、同じようなずさんさが労働者におこなわれてきても、国は見逃してきたのではないのか。企業の放漫さ、無法ぶりといったものは労働者のうえにもまかり通ってきたのである。
日雇い派遣労働がようやく禁止されるような動きになってきたが、労働者の生活や尊厳をふみにじるような雇用形態は、産業育成や保護のために放任されてきたのではないのか。派遣労働の解禁、非正規雇用の増加が、国が約束した国民皆保険からもれる国民を大量に生み出したとしても、産業保護のために容認される国である。ホワイトカラーの残業時間撤廃のホワイトカラー・エグセンプションといった法案が国会にのぼるくらいの国なのである。労働者は守られず、産業や企業の育成や保護が第一の国である。産業のためなら、国民がだまされたり、少々カビや毒が入っていても平気に食わされる国の問題の根源というものは、このような産業保護、国民蔑視の思想や戦略にあると考えるべきではないのか。
名ばかり管理職といった一介の労働者にすぎなものを管理者待遇にして無際限の残業をおこなせる。量販店の店員のおおくは弱い立場のメーカーからの派遣であり、量販店は人件費をまったくつかわずに売り上げを得ることができる。残業時間や長時間労働は増えつづけるばかりであり、無法・人権無視の労働者に対する酷使はどこまでもまかり通る。産業・企業育成・保護のためなら、どこまでも企業は好き放題やり放題をしていいのであり、歯止めも抑制策もない国というのがこの国ではないのか。企業の汚染米不正転売や食品・建築偽装はそのような一面でしかないのではないか。
よく市場主義と保護主義のちがいを、スポーツゲームの監督と審判のちがいにたとえられることがある。日本の省庁というのはこれまで産業の保護主義でやってきた「監督」であったのであり、市場の淘汰や識別にまかせる市場主義に必要なのは、公正な「審判」であるとされる。民間は愚かであるから禁止や許認可が必要とされ、省庁は多大な権限をもってきた監督であった。市場主義にまかせるということはその権限を手放して、市場のミスや不正を監視する審判にならなければならないということである。公正なジャッジをほどこす審判にならなければならないわけだが、日本の省庁はこの道を歩きはじめたのだろうか、あるいはたんなる過去の許認可権限を得るために不正暴露はおこなわれているのだろうか。
国民や消費者、労働者より、産業や企業が守られてきた国である。おかげで国民の大半は不幸になったし、国は富んでも豊かさを感じられない不満が国民につのるいっぽうだった。90年代のバブル崩壊、失われた十五年、長期不況や消費意欲の減退といった経済・景気のトピックというのは、メンタル面から深読みすれば、この国の豊かになっても国民は豊かさを感じられないという不満に対するひとつの心理的抵抗に思える。経済がよくなっても、国民はちっともいい思いをしないのだ。それならいっそ企業も景気も悪くなれ、協力しないということだ。経済や景気というのはあんがいこのようなメンタル面が底流に流れているとも思えなくもない。希望や期待が消費や景気をつくってゆくものであるからだ。
最近の流れである企業の不正暴露は市場改革の流れのひとつとして位置づけることができるのだろうか。企業の放漫さや無法さが、市場のルールで制裁されていっているのか。あるいはたんなる逆戻り――官公庁の既得権益のとりもどしにほかならないのか。官公庁は産業の監督から審判への役割に交代できるのだろうか。そして産業や企業の育成・保護から、国民や労働者の保護や尊厳という考え方に代わることができるだろうか。この考え方の転換はひじょうに大切なことである。産業や企業のための国から、人が生きるための、豊かで幸福に生きる国になれるかは、その考え方の転換にかかっているのだろう。
『おくのほそ道(全)』 松尾芭蕉
おくのほそ道(全) (角川ソフィア文庫―ビギナーズ・クラシックス)
角川書店

日本の文学者は旅をどのように描いたのかという興味から読む。日本の代表的な紀行文だというのに、大阪人からすれば、「なんだ、東北・北陸旅行記」かと思ってしまう(笑)。大阪からの旅行で、東北はそう近くないし、あまり興味が向かうものでもないよう気がする。東北・北陸紀行が日本の旅紀行の代表作になるというのは、江戸が過去の日本(西日本)に対する決別をもてはやしたということなのか。『野ざらし紀行』では江戸から大和や芭蕉の出身地・伊賀と回っているけど。
私は残念ながら俳句を解せない。どこがいいのか、どんなふうにいいのか、なぜこれが佳作なのかよくわからない。味わえればよいのだが、古典伝統と断たれてしまったのが現代だと慰めにする。
芭蕉の旅の目的は奥州平泉や松島、象潟であったようで、歌枕をめぐる旅だった。かれの旅の感興というのは仙台・多賀城石碑でのつぎのような現代訳語にあらわれている。
「古歌に詠まれた名所(歌枕)は、たくさん語り伝えられているけれども、それらを実際に調べてみると、ほとんどの場合、名所だった山は崩れ、川は流れを変え、道は改まり、石は土中に埋まって隠れ、木は老いて若木と交代している。時代が移り変わって、名所の跡がはっきりしないものばかりなのだ。なのに、この壷の碑は、まさしく千年前の記念碑である。この碑を目の前にして、碑に感動して歌を詠んだ古人の気持ちがよくわかる。これぞ、旅のご利益、長生きのおかげであって、旅の苦労も吹き飛び、感激の涙があふれ落ちそうになった。
かれは歴史に出会う旅をしたのであり、歴史によって変わったものの中の変わらないものに出会えて感動しているのである。歴史が消してしまう中で、歴史の痕跡を見出すことに感動を感じている。時間がたっても変わらないもの、残るものに、宝物を見つけたように喜んでいるのである。
「夏草や兵どもが夢の跡」
有名な句であるが、芭蕉はこの句が詠まれた奥州・平泉の地を最大の目的としていようだ。奥州藤原三代の栄枯盛衰の舞台、義経が散った地である。
「……主君義経を死守したのだが、その武功も一時のこと、今や戦場の跡は草むらと化している。杜甫の詩にある「国は滅んでも山河は昔のまま、城は荒れはてても、春になれば草は緑となる」という句のとおりたど、笠を敷いて腰を下ろし、時のたつのも忘れ、悲劇を回顧しながら涙にくれた」
芭蕉の旅というのは「歴史紀行」である。旅の目的はたいていはそうなのだが、たんなるレジャーや観光、物見遊山というばあいもある。歴史と切れた現代を見る旅、あるいは自然や「いま」しか見ない旅というのももちろんある。歴史はつまみ程度の添え物ということもありうる。日本の政治的な歴史をめぐる旅であるというのが芭蕉の旅のようである。歴史の悲劇の人物、または衰退のさまに最大の感興を感じているようだ。
「閑かさや岩にしみ入る蝉の声」
この有名な句は、山形県山寺の立石寺で詠まれている。
「登ってみると、そこは、岩また岩が幾重にも重なりあって山をなし、松や檜などの老木が茂りあい、土も石も古色を帯びて苔がなめらかに覆っている。岩上に建てられた十二の御堂は、どれも扉を閉めきって、物音ひとつしない。
岩場のふちを回ったり、岩の上で這ったりして、ようやく本堂を拝むことができた。ひっそりと鎮まりかえった、すばらしい風景のなかで、ひたすら心が澄みゆくのを感じた」
こういう文章のあとにその句ははさまれている。なるほど背景やそこにいたる道というのも重要な舞台装置なのである。
日本の古典文学の代表作にこのようなオソマツな文章しか書けないが、まあ、芭蕉の旅とはどのようなものだったのか概要がわかってよしということにしよう。旅にどのようなものが求められたのか、が私のこんかいの読書の目的である。
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『ナチュラルツーリング』 寺崎勉&太田潤
ナチュラルツーリング―’林道野宿主義’ 寺崎勉&太田潤の林道紀行・ツーリング指南 (Gakken Mook)

ライダーにはいろいろな趣向があり、メカや性能に興味が向かう人もいるし、自然やキャンプに興味が向かう人もいる。バイク雑誌を私は読まないのだが、そんな趣向ごとにおおくのバイク雑誌が発売されているようで、自然派ライダーとしての雑誌に『OutRider』がある。雄大な風景の中にバイクをはめ込むようなきれいな写真が数多く掲載されていて、私の趣向もこのような自然にとけこむツーリングを好みとする。その雑誌から寺崎勉のツーリング紀行があつめられたのがこの雑誌である。
「野宿ツーリング」や「林道ツーリング」といえば、この人になるのだろうか。『寺崎勉・新野宿ライダー』なる本を、野宿ツーリング初心者の私はぱらぱらと見させてもらうことが多かった。とくにテントの張る場所には学ばせてもらいたいことが多いのだが、私の野宿ツーリングは料理もアウトドアも楽しまないたんなる風景を愛でるツーリングでしかないので、参考にすることは少ないと購入には踏みこめなかった。
なんどか野宿ツーリングにいくうちに夜の闇でテントを張ることが恐ろしかったり不安になることが多くなってきた(泣)。ということで山の中や林道の奥の広場に平気にキャンプを張ることができるこの寺崎勉という人に勇気をもらおうと雑誌を購入というわけである。
この人たちは山の暗闇が恐ろしくないのだろうか。まったく人の気配のない森林を不安に思わないのだろうか。山でのキャンプは景色がいいこともあるし、空気もいいし、森林の中で爽やかさや解放感を感じることができると思う。でも恐くないのか、どうやったらあの山の暗闇、夜の闇での物音、どこからなにがやってくるか不明の恐怖感を克服できるというのだろうか。しょせん、ヘタレな(泣)私にはムリな自然の贅沢なのだろうか。。
林道ツーリングというのは、登山やハイキングとなにが違うのだろうかとひとつ疑問に思った。徒歩でのほうが自然や森林浴ははるかに楽しめると思うし、風景を愛でるのなら徒歩のほうがだんぜん優っている。なぜバイクなのだろうか。バイクは距離を稼げるから、風景や展望をおおく楽しもうと思ったらバイクのほうがいい。徒歩はしんどいし、登山となるとはるかに体力が必要である。カラダがラクで、森林を楽しめるとなったら、バイクのほうが優れているのだろうか。バイクは体力をさほど必要としないから、山や高原を多角的に吟味することができる強みがある。しかし高山のような山岳の一大パノラマを楽しめるのは登山でしかないのであるし、自分の体力と足で登りきった山岳の展望には、体力をつかわないバイクの気持ちよさより、数段の魅力があるのはたしかだが。
またもうひとつ思ったのだが、人はどうして自然や山林のなかを求めてしまうのかということだ。自然や山の風景は爽やかにしてくれるし、自然の展望の大きさに感動するし、自然のふところの中にとけこむことに気持ちよさを感じる。山や自然にはなにがあるのだろうか。なぜ人のいない、ことさら人のこないような自然や山岳の風景に魅かれるのだろうか。
自然の対比として、多くの人は都会に魅かれる。ごみごみしていて、乾燥していて、他人の視線があって、風景に癒しや気持ちの解放感はちっともないと思われるのに、大半の人は都会にひきつけられる。人が創りだした商品や製造物、人がサービスするもの、人気があったり話題のあるものに、大半の人は群がり集まる。人間のサービスや創造というものに「憑かれている」わけだが、その基準に憑かれている人には、自然のよさはわからないだろう。自然はただの風景や通り過ぎる背景、役に立たない通過点でしかないだろう。人間が創りだしたもの、人間が価値あるものと見なすものに飽きたり、食傷したり、または価値を喪失したときに、自然は魅力のある相貌をふたたび現すのだと思う。自然とは人間の商業社会からの脱出口であり、抜け道であるのだろう。人間の商業がつまらないと思ったとき、この世界は商業のためだけに存在するのではないことを、自然は教えてくれるのだと思う。
自然は人間からの解放を与えてくれるのである。人間というのは評価したり、称賛したり、けなしたり、または指示したり命令したり、私をまな板の魚のように吟味したり、動物園の動物をまなざすような存在である。そのような人間の視線がしんどくなったら、自然の自足状態は人を癒すのだと思う。山に登ったり、山間部をツーリングしていると、人にあまり出会わないし、人に会うことも少なくなる。自然は私に視線を向けないから、癒されるということもあるのだと思う。自然は人間にもてはやされるだけが目標でもなく、自身が存在に充足して存在してもいいのだと教えてくれるのだと思う。
しかし自然を疲れた、人間界から逃れてきただけの消極面でながめるのはちょっと違うと思う。人間のスケールが通用しない世界が自然だからである。そのような判別や分別を去る眺望を与えてくれるものが自然というものである。人間のスケールや思惑を捨て去るために自然のふところは開かれているのだと思う。
ところでこのような自然派ツーリングやキャンプツーリングというのは、むかしの自然を愛でた文学や宗教の隠遁者の伝統と重なる部分も多いのだが、ライダー雑誌というのはそういうつながりから一線を引いて、ひたすらバイクの趣味というジャンルに閉じこもっているように思える。雑誌カルチャーってバイク趣味ならバイク、車なら車のみといった感じで、他のジャンルと隔絶する。こういうナチュラルツーリングから、山頭火や松尾芭蕉、西行や鴨長明などの漂泊的伝統とつなげてほしいものである。そうするとべつの雑誌になってしまって、雑誌というのは一趣味に閉じこもるのが正しいのだろうか。あるいは歴史や伝統と隔絶した「現代性」を主張するこそ、「新しさ」や「先進性」があると思われているのだろうか。古きものを断ち切らないと、新しきもののアイデンティティは主張できないというか。人間のやっていることはいまも昔もたいして変わりはないと思うのだが。
▼関連本・雑誌



平日昼間ぶらぶら
社会人になれば、たいていの人は平日昼間ぶらぶらできない。もちろんサービス業の人は土日が休めず、平日にしか休日がとれない人も多いだろうが、平日はみんなが働いているという一般的な観念のうえでの話である。働き出すと、平






