ラファルグの『怠ける権利』があった



 前から読みたいと思っていたが、絶版のため読めずじまいだったラファルグの『怠ける権利』の翻訳がネットで紹介されていた。

 怠惰への権利(怠ける権利) 1884

 かなり短いので、とても本一冊の容量はないので、抄訳だと思う。ざっと読んでみると歴史的な記述が多くてあまり感動するものはなかったが、引用文を並べてみると、なかなか心に響くものがある。ラファルグは労働狂になってゆく時代の狂気をさかんに叫んでいるのである。

 しかしそれから100年以上たってもほとんど変わらない状況から、ラファルグの言葉は以後の社会をなにも変えなかったことがわかる。消費社会や平等社会、福祉国家がますますわれわれを労働狂の社会にはりつける。

 お金を稼ぎ、生きてゆくためには働かなければならないという自明性のもとに、ちっとも労働から降りられなくなってしまっている。なんとかここから逃れる方法はないのか、発想の転換はできないものかと思う。

12時間労働、それが18世紀の博愛主義者やモラリストたちの理想なのだ。なんとわれわれは最後の一線nec plus ultraを踏み越えてしまったことか! 現代の仕事場は大量の労働者が投獄される申し分のない矯正施設となった。そこでは、男ばかりか女性や子どもまでもが、12時間から14時間の間、強制労働に従事させられるのだ!(1) 大革命の〈恐怖政治〉の英雄の子孫は、1848年以降、革命の成果として、工場労働を12時間に制限するという法律を受け入れるほどに、労働の宗教によって堕落させられてしまったのだ。彼らは革命の原則として労働への権利を宣言したのである。フランスのプロレタリアートの恥とすべきだろう! ひとり奴隷のみがこのような卑しい行為をなしうる。英雄時代のギリシア人がこのような堕落を理解するためには、資本主義文明の20年が必要だろう。



そして、ヴィレルメは労働の長さについて次のように言う。徒刑場の囚人たちは8時間しか働かなかったし、中世西インド諸島の奴隷たちは9時間だった。しかし、それに対して、1789年大革命を成し遂げ、あの大仰な「人間の権利」を宣言したフランスでは、労働者に対して1日に16時間働かせ、食事のために1時間半しか認めない工場があった。



だがある経済学者--デステュット・ド・トラシーのことだが--は、次のように答える。
「貧しい国とは、人民が満ち足りている国であり、豊かな国とは、人民がいつも貧しい国である」



生産物を皆に分配し、万人の祝宴を開くために危機(恐慌)という機会を利用するかわりに、飢えで疲弊しきった労働者は、工場の門に駆けつけ、頭を打ちつける。憔悴した姿、痩せた身体、哀れな言葉で、労働者は工場長に訴えるのだ。「シャゴーさま、シュネイデルさま、わたくしどもに仕事を与えてください。わたくしどもを苦しめるのは、飢えではなく仕事への情熱なのです!」。そして、かろうじて立っているこれら労働者は、仕事が山ほどあるときよりも半分以下の安値で、12時間労働、14時間労働を求めた。こうして、産業の博愛主義者たちは、より多くの商品を製造するために失業を利用するのだ。



プロレタリアートに吹き込まれたことが邪悪なものであること、プロレタリアートが今世紀のはじめから自らをゆだねている気違いじみた労働が人間性をたたきのめすもっとも恐ろしい禍いであること、分別をもって最高でも日に3時間の労働に限るときだけ、労働は怠惰を楽しむためのスパイスとなり、人間の身体にふさわしい実践となり、社会全体に有益な情熱となるだろうことを納得させるのは、私の力に余ることだ。



しかし、どうしたことか? 機械が改良され、とどまることなく速さや正確さで人間の労働者を凌駕するようになるにつれて、労働者はそれだけ休息を増やすどころか、機械と張り合おうとするかのように、これまで以上に熱心に働くのだ。なんと無意味で、殺人的な競争だろうか!



資本主義的開発の権利でしかない人間の権利を宣言するためではなく、また悲惨への権利でしかない労働の権利を宣言するためではなく、日に3時間以上働くことから人間を守る青銅の法を鍛えるために、労働者階級が、彼らを支配しその本性の価値を切り下げる悪徳をその心から引っこ抜き、自らの並外れた力の中に立ち上がるなら、〈大地〉は、年経りた〈大地〉は、歓喜に震え、その中で新しい宇宙が躍り上がるのを感じるだろう……。



おお、怠惰よ、われらが長き苦しみを哀れみたまえ! おお、怠惰よ、学芸と高貴な徳の母よ、人間の苦しみを鎮めるものよ!



 こちらでは引用文があった。
 『怠ける権利』

 また関連して、ボブ・ブラックという人の「労働廃絶論」(1985)という文章をみつけた。

 こちらのほうが現代的でわかりやすいし、意味も通りやすい。

リベラル派は、雇用差別を終わらせるべきであると言う。
私は、雇用を終わらせるべきであると言いたい。
保守派は労働の権利を主張する。
カール・マルクスの義理の息子で気まぐれなポール・ラファルグに習って言えば、私は怠ける権利を主張する。
左翼は完全雇用がよろしいと考える。
シュールレアリストを真似て言うと、 − 私はふざけているわけではない − 私は完全失業がよろしいと考える。
トロツキストは永久革命を目指して闘う。
私は永久のばか騒ぎ(revelry)を目指して闘う。



ソクラテスは、手作業の労働者は、良い友人や良い市民になれないと言った。彼らは友情や市民権の責任を果たす時間を持てないからである。ソクラテスは正しかった。労働のおかげで、人々は何をしていようと、時計を見てばかりいるではないか。
いわゆる自由時間(free time)の唯一の「自由(free)」も、ボスにコストがかからない時間という意味でしかない。自由時間の多くは、労働のための準備、労働に行く通勤、労働を終えての帰宅、そして労働の疲労からの回復のために費やされる。
 自由時間とは、生産に必要な一種の特別労働の婉曲表現なのである。その間に、単に自身の出費において職場に通勤するだけでなく、当然のように自分自身の維持管理や修理の責任があるものとされる。



サーリンスは次のように結論づけた。「狩猟採集民族は、私たちよりも働かない。彼らの生活は絶え間のない労苦などではない。常に食物探索に汲々としているわけでもなく、豊かな余暇がある。1人当り年当りの睡眠時間を比べると、彼らは他のいかなる社会よりもたっぷり昼寝をしているのである。」
 彼らは平均して一日四時間働くだけだ。それが「労働」だと仮定しての話だが。



労働は人々の健康に有害」である。事実、労働は大量殺人あるいは大量虐殺である。この文章を読んでいる人も大半は、直接あるいは間接的に労働によって殺されるであろう。この国では毎年、一万四千人から二万五千人の労働者が労働災害によって殺され、二百万人以上が障害者にされている。さらに二千万人から二千五百万人が毎年負傷している。

このように、労働は、人間生活における殺人制度なのである。
自民族を大量殺戮したカンボジア人は狂っていると誰もが考えるけれども、我々は違うと言えるのだろうか? いかに異常だったとしても、ポルポト体制は少なくとも平等主義社会のビジョンを持っていた。我々は(少なくとも)六桁の人々を毎年殺している。それというのも、その生き残りにビッグマックとキャデラックを売るためにである。四万人から五万人に及ぶ交通事故死者は、殉教者ではなく犠牲者なのだ。彼らは無駄に死んだ、と言うより、労働のために死んだのである。
しかし労働には、命を捧げるような価値などない。



連中は、人々の時間を欲しがる。あなたを支配するために、あなたの時間を拘束したいのである。たとえ拘束した時間の大部分が無意味であるとしてもだ。もしそうでなければ、過去50年間に、週の平均労働時間がたった数分しか削減されなかったのはなぜなのか?



 若いころの私ならともかく、だいぶお金と労働に縛りつけられた私はこれらの文章がかなり空想めいた反抗文のように思える。メシを食うために働くしかないじゃないかと一般常識が目をくもらせる。労働しないで、どうやってメシと買い物をするのだ、としか思えないのである。若いころのように体験的に労働からの自由を模索する勇気もちかごろはついえた。それでも自戒をこめてなんらかの可能性やオルタナティヴを思索してみたいと思うのである。

 関連して、アントニオ・ネグリは「労働の拒否」というアウトノミア運動を60-70年代におこなったが、この主張はどの著作を読めばのべられているのだろう。近頃翻訳された話題になった『構成的権力』とか『マルチチュード』という著作はこれらのことをのべていないのだろうね。「労働の拒否か」、あまりにも非現実な空想に思えてしまうなあ、年かな〜。

『イギリスにおける労働者階級の状態(上)』 フリートリヒ・エンゲルス


イギリスにおける労働者階級の状態―19世紀のロンドンとマンチェスター (上) (岩波文庫)
 フリートリヒ・エンゲルス

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 書店で上巻が入手できなくて下巻から読みはじめたが、この本は上巻から読みはじめなければ、その感動はつたわってこないだろう。

 悲惨で壮絶な19世紀のイギリス労働者階級の住居や労働、暮らしがつづられており、エンゲルスの怒りや悲しみ、憐れみ、窮状を訴える声は感動的ですらある。「なんとかしなければ」、「どうにしかなければ」という気持ちがありありとつたわってくる名著とよべるほどの書物になっている。エンゲルスはとてもマルクスの脇役といった程度の人ではないと思った。

 マンチェスターやイギリス各都市の労働者の貧民窟やスラムの窮状が事細かに記録され、経済的になぜこうなったのか、アイルランド人はどのような壮絶な暮らしをしているのかといったことがつぶさに描かれ、このような「社会的殺人」を許すべきではないといったエンゲルスの怒りや哀れみがときには激情的に記される。

「中産階級(現代の用法とはちがうがブルジョワジーのこと)のねらいは――ことばではどういおうとも――労働の生産物を売ることができるかぎりは諸君の労働で私腹を肥やし、こうした間接的な人肉商売から利益をあげることができなくなるいなや、諸君を餓死にゆだねることにほかならないのだ」



 ブルジョアジーの利己性や非人間性を徹底的にエンゲルスは批判するのである。

「もとより餓死者はつねに少数にすぎない。だが、あすにはその列にくわわらないというどのような保証が労働者にあるのか。だれが労働者に地位を保証してくれるのか。……すすんで働く気があれば仕事は手に入ること、誠実、勤勉、節約、さらに賢明なブルジョアジーが労働者にすすめる多くの美徳が、すべて労働者にとって真に幸福への道であることを、いったいだれが労働者に保証してくれるのか。
……そしてあすもまだなにかがあるかどうかは、まったく他人まかせであることを彼らは知っている。風向きがかわれば、雇用者の気がかわれば、商売の景気が悪くなれば、一時的に抜け出すことのできた乱流のなかに突きもどされるかもしれず、そこへ巻きこまれると浮かびあがることはむずかしく、しばしば不可能であることを彼らは知っている。きょうは生きられても、あすも生きていられるかどうかはまことに不確実であることを彼らは知っている」



 労働者は雇用され労賃を得て生活の糧を得る存在でしかないから、雇用がなくなれば、いつ貧困や餓死の危険性にさらされるかわからない。イギリスのあちこちの都市では膨大な貧民窟が形成されている。労働者のだれもが等しくこのような境遇に陥るかもしれなかったのである。

「勤勉かつ有能で、ロンドンのあらゆる富者よりもはるかに尊敬に値する何千もの家族が、人間に値しないようなこのような状態にあるのだ、どのプロレタリアも例外なしにみな、自分のせいではなしに、またどれほど努力していても、同じ運命におちいるかもしれないのだ、とわたしは主張する。
……ただ泊まる場所だけでもある者はまだましである。……ロンドンでは、その晩どこに寝たらよいかわからない人が五万人、毎朝目をさます」



「これらの労働者は自分自身ではまったく財産をもたずに労賃で生活しており、労賃はほとんどつねにその日ぐらしの資である。単なる諸原子に解体した社会は労働者のことなど配慮しない。自分自身と家族の面倒を見ることを労働者にまかせてしまっておきながら、こうしたことを有効かつ継続的におこなうことのできる手段を労働者にあたえない。だからどの労働者も、もっともめぐまれた労働者さえも、つねに失業、つまり餓死の危険にさらされているのであり、また多くの労働者が飢えで死ぬのである」



「あるいはドイツ式にいえば、労働者は法律上も事実上も、有産階級の、ブルジョアジーの奴隷である。商品のように売られ、商品のように価格が上下するほどにも奴隷なのである。……需要が減少すると、価格も下落する。需要がひじょうに後退し、一定数の労働者が売れずに「在庫する」と、労働者はまさに滞貨する。そしてただ滞貨しているだけでは生きてられないので、労働者は空腹で死ぬのである。
……古代の正真正銘の奴隷身分とのちがいは、ただこんにちの労働者が自由であるように見えることだけである。それは労働者が一挙に売られず、一日ごと、一週間ごと、一年ごとに切り売りされるからであり、またある所有者が別の所有者に労働者を売るのではなくて、労働者が自分自身でそのような売りかたをしなければならないからである。それというのも、労働者がある有産者の奴隷ではなく、有産階級の奴隷であるためである」



 こんにち表立って労働者が奴隷であるということがいわれることは少なくなった。このエンゲルスのことばを聞いていると、こんにちでもなにひとつ条件が変わっていないことに気づかされる。自由であるようにみえ、みずからが商品として売り出すがゆえに気づかないだけという。

 アイルランド人は低賃金で最貧困の生活を余儀なくされている。いったら、今日の日本にとって低賃金の中国や東南アジアのような存在であり、アメリカの低賃金労働をささえる移民たちのようなものである。19世紀に「世界の工場」とよばれたイギリスのような先進国でも、すぐ足元には膨大な低賃金の貧困層を抱えなければならなかったのである。

彼らはぼろいをまとい、すさんだ笑いをうかべ、腕力と堅固な背中さえあればよい仕事だったら、なんでもするかまえである――ジャガイモしか買えないような賃金で。……彼は豚小屋犬小屋であればどこでも満足しきって眠り、納屋に腰をすえ、ぼろ服を着ている。……サクソン人はこのような条件で働くことができず、失業することになる」



労働者の欠点はおおむねすべて、享楽欲に自制がなく、先見の明に欠け、社会秩序への適合が十分でないこと、要するに目先の享楽をもっと先の利益のために犠牲にすることができないことに帰せられる。
……過酷な労働と引き換えに、わずかな、そしてきわめて肉欲的な享楽しか買いとることができない一階級が、こうした享楽にわれを忘れてはならないというのであろうか? だれも教育の面倒を見てくれず、ありとあらゆる偶然に左右され、生活状態の安定をまったく知らない一階級が、どういうわけで、なんのために、先見の明を働かせ、「まともな」生活を送り、一瞬の好機から利益をえるかわりに自分たちにとって、また自分たちの永遠の動揺と変転を繰り返す地位にとって、またひじょうに不確実であるずっと先の享楽を考えろというのであろうか?」



 つねに下層に属する者たちは社会から批判される。しかしそのような批判される性向はすべてほかの社会の成員たちが用意し、おとしめた入れ物であるのだが、そこに落としこんでおきながら、自分たちはなにひとつ知らず、かれらの性向ゆえにそこに落ち込んだと非難されるのである。

「……それは個人の行為とまさに同じように殺人である。……殺人とは思えないような殺人というだけのことである。殺人犯の姿が見えないからであり、全員が殺人犯でありながら、それでいてだれも殺人犯でないからであり、いけにえの死が自然死に見えるからであり、そしてこの殺人は作為犯というよりも不作為犯だからである。



 エンゲルスは労働者を貧困や飢餓に追い込むことを「社会的殺人」と名づける。社会のすべての成員が労働者階級を社会的に殺していると突きつけるのである。もしわれわれの社会でもホームレスや餓死者が存在するのなら、私たちも知らず知らずのうちに殺人に手を貸していることになるのである。

「労働者のあいだで見られる堕落のもう一つの原因は、労働が罰であることである。自発的な生産活動がわれわれの知る最高の喜びであるならば、強制労働はもっとも過酷で、もっとも屈辱的な苦痛である。毎日朝から晩まで気の進まぬことをしなければならないことほど、ぞっとすることはない。
……いったいかれらはなんのために働くのか。……彼らが働くのはかねのため、労働そのものとはまったくなんの関係もないことがらのためである。
……そのうえ、ひじょうに長時間、休みなしでまったく単調な作業をつづけるので、彼らに人間的な感情がまだ少しでもあれば、これだけでも労働は最初の数週間ではやくも苦痛とならずにはいないのである。分業は強制労働の動物化作用をさらに何倍にもする」



 これはこんにちでも変わらない分業社会の陰鬱にならざるをえない労働の本質であるだろう。単調で意味がなく、目的は生活の資であり、労働自体ではない。私たちは生活の必要のためにますます自分のためではない労働に生活を奪われなければならないのである。

「このような家父長的関係のもとでは、ブルジョアジーは労働者に反抗される心配がまずかなったからである。ブルジョアジーは労働者を心ゆくまで搾取し、支配することができたし、彼らに賃金のほかに、かねのかからない多少の親切と、おそらくは少しばかりの利益をあたえれば、おろかな民衆から服従と、感謝と、好意をお返しに受けとった。
……自分の雇主から一歩離れて、雇主とは私的利益を通じての、かねもうけを通じてのつながりしかないことが明白になったとき、ほんのささいな試練にさえ耐えられなかったみせかけの愛着が完全になくなったとき、このときはじめて労働者は自分の地位と利益を認識しはじめ、自立的発展をはじめた。このときはじめて労働者は、自分の思想や、感情や、意思表示の上でも、ブルジョアジーの奴隷であることをやめた」



 なんだかこれは家族や夫婦の愛をいっていることのようにも思える。

 引用が長くなりすぎたが、この本はかなり心が揺さぶられる本であった。現代はこの時代のような飢餓が間近にあるような貧困は表面上はかなり払拭された。しかし日雇い労働者の町やホームレスの住居もたくさんあるのである。また社会主義や福祉国家が崩壊・衰退し、この時代のようなむき出しの市場主義に舞い戻る危険性がふたたびめぐってくる様相も呈してきた。過ちをくりかえさないためにこの本は忘れられてはならない歴史の真実をつたえているのである。

イギリスにおける労働者階級の状態―19世紀のロンドンとマンチェスター〈下〉 (岩波文庫) 経済学・哲学草稿 家族・私有財産・国家の起源 (岩波文庫 白 128-8) 空想より科学へ―社会主義の発展 経済学批判 (岩波文庫 白 125-0)
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『職工事情〈下)』 犬丸 義一校訂


職工事情〈下〉 (岩波文庫)
犬丸 義一

4003810031


 下巻ではそれまでの統計データと違い、工女虐待などの新聞記事や職工たちの談話が収録されていて、よりリアルな職工像に迫ることができる。

 明治30年代初頭ころ新聞記事に工女脱走や虐待のニュースがとりあげられて、世間を騒がせたようである。工場法が成立する十年ほど前にこのような無法な労働地帯がまかり通り、朝は5、6時から起きてすぐに働かされ、夜の6、7時に終了する場合がふつうだが、11時、12時まで夜業がおこなわれることもまれではなかった。つまり寝ている時間以外すべて酷使されつづけたのである。休みも月2回が標準であったようである。

 なかでも読むに耐えないのが、埼玉県下足立郡のコールテン織物工場でおこった虐待事件である。何人もの女工たちの聞き取りが羅列されていて、もうこれはすさまじい。鉄道での自殺事件にはじまり、仕事の遅いものを裸体にさらし、あるいは縄で鴨居に縛りあげて殴打し、雪中をひきまわしたり、竹片で陰部をかきまわしたり、盲女になる者もあり、凄惨な虐待事件が工女たちの口から直接語られるのである。小僧も虐待の犠牲になり死んでいる。読むに耐えない。

 こんな虐待や罰則が明治の工場にふつうに蔓延しており、だから脱走や逃走、移動の激しさがおこっていたのだろう。日本の資本主義というのはこのような暴力的酷使からはじまり、その原型をこんにちまでもっているものだと思われる。法律や人権が制定はされているのだが、力関係や実情は基本的には変わらないのだと思う。工場や企業の中に公権力が入ることはめったになく、原生的な力関係は明治のころと同じである。

 仕事は朝の4時、5時から働かされるということはなくなっただろうが、夜の11時、12時まで働かされるということはこんにちでも多く残っており、多忙な業務では徹夜もまれではない。こんにちではそういう事実はポジティヴに解釈されていたり、仕事に精勤していたり、がんばっていると評価され、批判的・否定的に社会に認識されることは少なくなっただけ、始末が悪いともいえなくはない。

 このような明治の労働条件は子どもの就業の禁止や女性の深夜労働の禁止、労働時間の制限や週休二日の導入など数々の権利や法律が介入して、労働条件はだいぶマシにはなったのだろうが、根本的な放置条件は同じのは変わっていない。工場や企業の中に入ると、そのような権利や人権はたちまち消え失せてしまう。このことは絶対に忘れるべきではない。

 この『職工事情』は明治の貴重な労働のありさまを伝える資料であるけれども、明治の労働はどんなに違うのかと思って読みはじめたが、落ち着いて見てみると、基本的なことはなにも変わっていないのではないかという思いがしてきた。現代このような過酷な労働条件は克服された、前近代的な労働状況は改善されたと思われているからこそ、暴力的な労働の本質は放置されたまま残っているのではないかと思う。労働の過酷な本質は制御されていない。われわれは幸福な労働や社会に生きているのだろうかと深く疑問に付さざるを得ないのは変わっていない。


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思えばギャップ・イヤーばかりの人生だったなあ。



 きょう時任三郎のカヌー冒険番組で、茂木健一郎がイギリスの「ギャップ・イヤー」を紹介していた。大学入学が決まった者に一年間旅行やボランティアに過ごす猶予を与えられる制度のことである。仕事にいきづまった節目のときにアウトドアの冒険で人生のリフレッシュをしてきた時任の話にちなんでの茂木の紹介だった。

 「ギャップ・ライフ」(茂木健一郎 クオリア日記)

 日本に広めたいとか、人事のすぐ辞める若者の対策として有効かもという意見があるが、日本ではまずムリだろう。日本は経済機能が最優先される社会であり、ステータスや評価もその一面のみで決められる社会なのであるから、これを高評価することは絶対にない。要は、企業権力が絶対であり、その要請に叶わない者は切り捨てられるのみ。

 このような風土においてギャップ・イヤーは傷口を大きく広げるだけである。経済界の要請と、人間としての欲求や自然さとの対比を。

 経済界は人間性を抹殺して、経済要請だけを尊重させる労働マシーンをつくりたくてたまらない。新卒採用や終身雇用、または退職金や年金はそのあらわれである。一企業の要請に生涯合致する人間をつくりたくてたまらないのだ。

 いっぽう本性としての人間は怠けたい。好きなことをして暮らしたい。自由に気ままに生きたい。あたりまえのことだが、あたりまえのことが許されないのが、経済優先の企業権力が強大になった社会の帰結である。

 経済界の要請はこの自然な人間性を抹殺することに精魂を傾けてきたのである。フリーターやニートはその自然性の発芽である。だから経済界はかれらの給料を安くすえおき、社会保障から排除し、「下流」や「悲惨」だといって、若者を脅かして勤労意欲を高めたいのである。

 ギャップ・イヤーはその自然性を断ち切る間際の若者に媚びを売ってしまって、逆効果になるだけである。はっきりいえば、ギャップイヤーの人生のススメになってしまう。なんといっても、ギャップイヤーほどすばらしい人生はないからである。ギャップイヤーに目覚めてしまったら、この国の経済機構はがたがたになる。

 思えば、私の人生はギャップイヤーばかりである。終身雇用を心底恐ろしく思い、フリーターとしていくつかの職場を見て回った。はじめのころは給料が安くて貯金がたまらず、次の職場にありついたころには給料日までお金がもつかという計算ばかりしていた。ちょっと高い給料の職場にうつるとへたに貯金がたまってしまい、その貯金が尽きるまで転職活動はあまりしなかった。

 つまり貯金のある失業期間とは私にとっては「バケーション」であり、「ギャップ・イヤー」だったのである。はじめは3ヶ月くらいだったものがつぎは半年、長くて9ヶ月は休みをとれた。

 べつになにをするということでもない。本を読んだり、TVを見たり、近所の緑の多い公園で昼寝したり、河川敷でたばこを一服したり、自転車であたりをさまよったりした。なにものにも属さない時間というものを、みんなが働いている昼間に、のんびりと過ごしていただけである。

 私はそういう時間が理想であったのである。といっても時間の感覚はひじょうにすばやくなり、一日一日がなにごともなく、飛ぶように過ぎていったのを憶えている。砂をかむような思いをしたのも確かである。

 日本社会はこのような無為で非生産的な日々を評価しない。なにものも属さず、好きなことをして、好きなように毎日を過ごす自由というものをまったく評価しないどころか、白い目で見る。ほんらいの人間性としてはこのような日々を要求するのはあたりまえの部類に属すると思う。しかし企業権力が強大なこの国ではそのような自然性は徹底的に削ぎ落とされる。

 なにものにも属さず、なんの労働にも従事しない日々というものを人は想像すらできなくなっていると思う。人は数歩離れたところにこんな自由があることに思いもよらないのである。ニートが究極の自由を手に入れているということが理解できないのだろう。ホームレスだって一面ではそうなのである。

 私は本を読んだり、学問を読んだり、社会を探究することが好きである。できればこのような日々や人生を過ごすことが理想である。だけどそれではメシが食えないし、遊んでばかりいると仕事先も見つからない。仕方がなしに長時間を会社に拘束される標準的な働き方をするしかないのである。

 多くの人は怠けたり、自分の好きなことだけをしたいと思うのではないだろうか。けれどそれではメシが食えないし、家族が養えないし、将来や老後が不安である。働き出したら会社の所有物になってしまって、自分の人生を丸投げせざるを得なくなって、人生を失う。徹底的に自分の好きなことができないのが、企業権力が強大になった社会の帰結である。

 人は社会機能から離れて、無所属の時間や行為を楽しみたいと思うはずである。あるいは所属や社会機能にぴったりとあてはまり、生きがいだ、天職だと思う人も数多くいるのもたしかだと思う。しかし経済機能だけの人生はあまりにも狭量であり、狭い井戸の中の蛙であり、人間本来の探究や探索、あるいは怠惰といった性向がおろそかにされすぎるのである。

 人間はそのような探索や探究によって、あるいは見聞や体験を大きく広げることによって、進歩したり、進化してきたのではないか。社会機能に埋没し満足する人生はおそらく人間ほんらいの欲求を満たさないだろうし、人間ほんらいの探索機能を抹殺するがゆえに個人の不全感をもよわせることだろう。

 経済機能だけに埋め込まれた人生はひじょうに悲惨だと思う。人間の幅はこんなに狭いものではないと思う。経済機能だけに終わりたくないと思う人は潜在的にたくさんいるのではないかと思う。しかし失業の不安が、将来の不安が、年金や退職金の不足を脅えるがゆえに、経済機能に縛りつけられるしかない極端に不自由な奴隷なみの人生を送らざるを得ないのである。

 ギャップイヤー、あるいは履歴書の空白期間を日本の社会が評価することはないだろう。ただわれわれは「経済マシーン」でも「労働マシーン」でもない。そうであれば、経済界とべつの論理で、しっかりと人間が怠けたり、遊んだり好きなことをして暮らしたいものだというホンネの欲求を認められる風土をつくってゆくことが重要なのだと思う。まずは経済界の論理が、自分の評価基準となるような愚かな低レベルの認識眼からオサラバすることがさいしょに必要なのであるが。


擦り切れるほど聴いた浜田省吾の詩



 浜田省吾の詩はよく聴きました。1985年ごろからですね。バラード・アルバム『Sand Castle』にハマり、片っぱしからハマショーのアルバムを聴きつづけました。

 80年代の日本はアイドル・ブームまっ盛りで聞くに堪えなかったので、アメリカのヒットチャートばかり聴いていたのですが、日本のアーティストでこれほどまでにハマるとは思いませんでした。中学生のころ好きだったビリー・ジョエルと似ているところがあるのかな? なんだか声も詩もじぶんにぴったりはまりこむという感じでした。

 詩はものすごく好きなんですが、映像でみると、ハマショーってあまりカッコよくない(笑)。なんかズレている(笑)。でも歌と声は大好きです。

 いまからむかしの映像をみると、さらに古くさく、ダサい感じがするのでしょうけど、詩はものすごくいいものがあります。YouTubeで私のオススメの、あるいは自分の心に沁みついた曲たちを紹介したいと思います。

Midnight Blue Train 2005 ミッドナイトブルートレイン

旅から旅へのせつない曲がとても沁みてきます。

JBOY J・BOY

労働と豊かさの果ての日本を正面から批判した曲ですね。

君に会うまでは  君に会うまでは

このラブ・バラードはほんとにいい。

19のままさ 19のままさ

やっぱり19っていろいろいい思い出があるものですね。物語的な曲がとてもいい。

浜田省吾 / ラストショー ラストショー 

ハマショーの爽やかな曲ですね。

浜田省吾 - 片想い(LIve) 片想い

ハマショーの真骨頂かな。でもちょっとしみったれているかな。

浜田省吾−路地裏の少年 路地裏の少年

デビューアルバムは貧乏やフォークを思わせるいい曲がたくさんありました。

AMERICA AMERICA

いいメロディーですね。

Shogo Hamada - Another Saturday もうひとつの土曜日

女性の方はほろりとくるかも。

陽のあたる場所 陽のあたる場所

フクザツな愛を唄っています。

Shogo Hamada - 愛の世代の前に 愛の世代の前に

勝利への欲望をぴりっと批判していますね。

愛しい人へ 愛しい人へ

おだやかな気持ちになりますね。

マイホームタウン bank band マイホームタウン

桜井和寿のバンドが唄っていますが、画一化した日本社会を痛烈に批判しています。大好きな曲。

四年目の秋 四年目の秋

ひとり暮らしの女性を唄った切ない曲。

浜田省吾 - 悲しみは雪のように(PV) 悲しみは雪のように

ハマショーにしてはメジャーな曲ですね。

浜田省吾 / モダンガール モダンガール

なつかしい。

終りなき疾走 終りなき疾走

疾走感あふれる曲。

浜田省吾 涙あふれて 涙あふれて

チンケな演奏がよかったですね。

SNOWBOUND PARTY SNOWBOUND PARTY

リゾート的なアルバムでしたね。

浜田省吾/明日なき世代 明日なき世代

ノリのいい曲。

▼ハマショーの古いアルバム
君が人生の時・・・Promised Land〜約束の地

LOVE TRAINHome Bound

J.BOYSAND CASTLE

生まれたところを遠く離れて
生まれたところを遠く離れて

MIND SCREEN
MIND SCREEN

Illumination
Illumination


気になる新刊情報 2007年10月刊


事的世界観への前哨―物象化論の認識論的=存在論的位相 (ちくま学芸文庫 ヒ 2-3)言葉・狂気・エロス  無意識の深みにうごめくもの (講談社学術文庫 1841)アルチュセール全哲学 (講談社学術文庫 1839)
広松渉の「事的世界観」は重要ですね。漢文みたいで読みにくいけど。丸山圭三郎もソシュール研究から文化論まで広がったすごい人ですね。講談社現代新書からの文庫化ですね。それと現代思想の優れた紹介者今村仁司ですね。

ニーチェ―すべてを思い切るために:力への意志 (入門・哲学者シリーズ 1) (入門・哲学者シリーズ 1)カント―わたしはなにを望みうるのか:批判哲学 (入門・哲学者シリーズ 3) (入門・哲学者シリーズ 3)フーコー―主体という夢:生の権力 (入門・哲学者シリーズ 2) (入門・哲学者シリーズ 2)
入門・哲学者シリーズらしいです。

大森荘蔵 -哲学の見本 (再発見日本の哲学)「死」を哲学する (双書哲学塾)人間とは何か―過去・現在・未来の省察
大森荘蔵の時間論には衝撃をうけました。

東大生はどんな本を読んできたか―本郷・駒場の読書生活130年 (平凡社新書 394)移りゆく「教養」 (日本の〈現代〉 (5))競争しても学力行き止まり イギリス教育の失敗とフィンランドの成功 [朝日選書831] (朝日選書 831)
東大生の読書歴はのぞいてみたいですね。むかしの人は哲学とかよく読んだんでしょうね。

ウェブ炎上―ネット群集の暴走と可能性 (ちくま新書 683)戦前の少年犯罪中国の危ない食品―中国食品安全現状調査
この三冊とも注目ですね。

臨床におけるナルシシズム―新たな理論ゲーム理論で読み解く現代日本―失われゆく社会性 (叢書・現代社会のフロンティア 9)世界権力構造の秘密[新版]上巻 富と権力の強奪史

生きる術としての哲学―小田実最後の講義したこととすべきこと (叢書・ウニベルシタス 874 迷宮の岐路 5)東大全共闘―1968-1969

貧乏人は医者にかかるな!―医師不足が招く医療崩壊 (集英社新書 413I)統計という名のウソ―数字の正体、データのたくらみ中国セックス文化大革命

人智学・心智学・霊智学 (ちくま学芸文庫 シ 8-8)ホロコーストを次世代に伝える―アウシュヴィッツ・ミュージアムのガイドとして (岩波ブックレット NO. 710)革命的群衆 G・ルフェーヴル (岩波文庫 青 476-2)
ちくま学芸文庫はなぜオカルトなシュタイナーを出すのだろう。 G・ルフェーヴルの革命的群衆は群集を肯定的に捉えている?

武士から王へ―お上の物語 (ちくま新書 682)複数の「古代」 (講談社現代新書 1914)猫の大虐殺 (岩波現代文庫 学術 185)

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現代の理論 vol.13(07秋)―季刊 (13) 特集 雇用・労働破壊とたたかう
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血みどろの西洋史狂気の一〇〇〇年―魔女狩り、拷問、ペスト、異常性愛…中世ヨーロッパの「闇の時代」の真相に迫る! (KAWADE夢新書 335)
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増殖するペルソナ 映画スターダムの成立と日本近代
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メディアは存在しない
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現代哲学の戦略―反自然主義のもう一つ別の可能性
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桃山・江戸のファッションリーダー 描かれた流行の変遷
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例外状態 ジョルジョ・アガンベン  
例外状態

純潔の近代 近代家族と親密性の比較社会学  デビット・ノッター著 慶応義塾大学出版会
富豪の時代 実業エリートと近代日本  永谷健著 新曜社

SFから遠く隔たって――。

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 NHKのETV特集で『21世紀を夢見た日々〜日本SFの50年』という番組をみた。日本のマンガやSFは世界に注目されているが、日本のSF草創期をたどるという番組であった。黄金の60年代とよばれ、だいたいは夢を見れた高度成長期と重なるわけだが、SFというのは当時のまさしく技術文明の夢や希望を体現したものであったと思う。

 私も十代のころはSFマンガを片っぱしから読み、SF映画ばかりを見ていた。7,80年代のことである。手塚治虫と『猿の惑星』や『火星年代記』、『ブレードランナー』、『エイリアン』がとりわけ好きだった。異空間や「ここでないどこか」にひたるのが好きだったのだと思う。(SF映画は深い!)

 いまはすっかりSFから遠ざかった。40歳になって新しいものに目がむかなくなったということもあるだろうし、フィクションものはだいぶ興味を失ったし、興味は人文書のほうになったし、だいたい仕事で遅くなってそこまで手を回している暇もなくなった。はっきりいって、「夢も希望もなくなった」ともいえなくない(笑)。

 SFというのは技術文明にたいする夢や希望であると思う。もちろん描かれるのは批判や絶望であったり、今日の社会の矛盾や批判であり、手放しの技術礼賛なんかではない。未来や発達技術を背景にしたり小道具に使われているが、テーマや語られていることは恐ろしく今日のバタくさい問題であったりする。

 それでもSFには夢や希望の底辺がある。技術文明の期待や希望の夢がある。未来の先進文明への期待がある。そういうSFに興味をもてなくなった私は、「夢も希望もない」と思えるのである。

 黄金の60年代が夢見た21世紀にわれわれは住んでいるのだが、もちろんきらきらした科学文明の先端にいるという気分はないと思う。バタくさい、泥くさい世の中にあいかわらず住んでいると思う。技術が進歩したって、人間の社会はたいして変わりはしない。同じ人間の問題や悩みが存在するだけである。本質的なことは60年代となにひとつ変わっていないのだと思う。

 私がSFから遠くへだったいちばんの理由は時間がないということだろう。社会に出るとほとんどの時間を労働に奪われる。学生のときのように3、4時に帰ってきて、あとは自由に読書やTVを楽しめるわけではない。8時や9時に仕事から帰ってきて、疲れて、さあSFをたっぷり楽しもうということにはなれない。社会人になると労働におおくの時間を奪われて、学生のような有閑階級のようなことはしてられないのである。したがって、「夢や希望も失った」のである。

 人生の夢や希望は学生のときにはおおくもてたのだろう。未知数の未来を希望するように、自分の未来も未知数を楽しめたのだろう。それが社会人になり、現実の壁にぶちあたり、閉塞状況に押し込められる中で、私の興味はSFから、より日常的な社会学や思想のほうに興味が向かった。現実の中を生きてゆくことが――そして現実の社会を探ることが、SFよりいっそう重要になったのである。SFの未知数の希望や夢はもてなくなった。

 まさしく私にとってのSF離れは、夢や希望からの墜落だといえるだろう。

 日本のアニメやSFは世界中から憧れられているということである。未来への夢や希望はほかの地域に譲り渡されてゆく。そういう未来への希望がもてる地域に、とりわけ受容されてゆくのだろう。アメリカが戦後、資本主義の夢と希望を振りまいたように、日本も振りまいてゆくことになるのだろうか。当の日本といえば、夢や希望はかつての黄金のSF60年代のように、あるいは高度成長期のようにもてているのだろうか。

 SFは技術文明や消費社会の夢や期待の原動力となってきたと思う。かつての人たちにとって社会主義や民主政治が夢や希望となって社会のエネルギーの原動力となったように、SFは文明の燃料庫だったのだろう。われわれの社会はそこに放り込むなにかをこれからも見い出しつづけられるのだろうか。


猿の惑星 BOX SET火星年代記 メモリアル・エディションブレードランナー 最終版 ― ディレクターズカットエイリアン





『職工事情〈中〉』 犬丸 義一校訂


職工事情〈中〉 (岩波文庫) 職工事情〈中〉 (岩波文庫)
犬丸 義一 (1998/10)
岩波書店
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 中巻では、鉄工、硝子職工、セメント職工、燐寸職工、印刷職工などがとりあげられている。上巻では綿糸紡績職工や生糸職工などの女工の状態がしるされていたが、こちらではすこしく男の職工の状態がわかる。

「鉄工の勤続年数の短期なることは明らかにこれを認めることを得べし」と書かれているように、すこぶる鉄工の移動は激しかった。全国の鉄工を調べると、一年までの勤続者で5割をこえ、三年までで4割、五年以上はたったの一割である。女工のみならず、男もこのような状態なら、いったい生活はどうやって安定したのか、将来の保証はあったのか、結婚や家庭はもてたのか、維持できたのかと心配になるほどだ。フリーターだらけである。まだまだ農業や漁業を男一生の仕事とみる風潮が強かったのだろうか。

「殊に事業繁忙、職工の欠乏を告ぐる場合には単に僅少の給料の差異により軽々しく他工場に行き、事業の閑なるに及びてまた大工場に移る等、工場の間を転々するもの多く、また当初身を本業に投ずるときよりこれを以って終生の業となす決心のもの少なく、中途倦厭し、もしくは多少の貯蓄をなし、廃業するもの少なからず」



「鉄工の貯蓄心に乏しきことは実に驚くに堪えたり。賃金渡し日の翌日には休業する者多きの事実あり。また賃金渡し日には職工の妻はその夫が工場より帰ることを案ずるなり。しかして工場の門前には掛取り群をなして、職工が賃金を受け取るや否や直ちにこれを請求せることは常に見る所なりと」



 こんな職を転々とするフリーターのような男でも妻帯者は三、四割をこえ、給料日のつぎには休んだり、あるいは酒や散財に給料が消えてしまい、妻が工場の門前に待ちかまえているということがあったようである。なんていうか、こんにちの定年まで会社に勤め、家庭を守るといったまともな男は存在しない。それだけ工場労働や明治の労働市場は安定せず不安定だったのだろうけど、こういう無責任男でやっていけた時代がうらやましくもある。

 セメント工場の報告では、残業をして稼ぎ溜めをしたり、翌日は休んで用をたしたり、逸楽をとったようである。金が必要なためにむりな徹夜をおこなうのだが、夜には監督がゆるくなるために受け持ちの場所で居眠りをしたり、受け持ち場所からはなれて寝ていたこともあったようである。

 セメント工場では雑談や喫煙して仕事を休んだり、就業前から帰り仕度をはじめ、仕事が不規律の傾向があったようである。出来高を満たせばそれでよかったようである。

「これらは大抵妻帯者にして、独身者に至りてはおおむね皆着の身着のままなるを常とし、遠き将来は申すに及ばず、明日の慮をなすものなしというて可なり。……老年者はともかく一般職工にありては貯蓄心その他後図の思慮は皆無にして、ただその日の収得金の多からんを欲するのほか脳中に何物もなく、……親切、責任等の思想はほとんどこれを欠如せり。かの入場の際における契約の如きは夢にも実行するの意志なく、機会あれば去りて他の賃銭高き所に行くを常とす。工場においても彼らの出入りに全く重きを置かず、……」



 こんにちの愛社精神や終身雇用といったものは微塵も存在せず、職工たちはワイルドで豪快であった。笑ってしまうが、愛しくもある。このような人たちがずいぶん丸めこめられて、おとなしくなって、こんにちの貯蓄心にとみ、将来や老後を心配して、安定や保証を欲するサラリーマンにどのように変貌していったのだろうか。不安定で流動的な市場に漂わざるをえなかった職工たちをそのような存在にしたのだろうが、私はこのような人たちがいなくなった現在はひじょうつにまらない世の中になったものだと思う。

 燐寸工場にしても煙草工場にしても全体の7割8割は三年以内の勤続者である。印刷職工も出入りがはなはだしかったが、ひまになるとクビになったようで、経営者側の理由もあったようである。フリーターだらけであり、それだけ明治の工業というものは安定せず、将来の見通しも立てられず、あるいは職工自身にも立てる気持ちもなく、浮き草のような人生を妻や家庭ととも送っていたのだろう。社会主義や福祉国家の夢や計画が生まれる前の人生はこんなものだったのである。貧困や不安定さは人々をむしばんだのだろうが、ワイルドで豪快な人生もまた楽しかっただろうと、福祉国家と終身雇用がおおうこんにちの監獄の時代からは思えるのである。

 下巻は女工たちの虐待や脱走の談話がなまなましく記述されているようで、これは真に迫るものがあるようである。


安さの裏にひそむ現代の「女工哀史」



 私はほとんどの服をユニクロで買う。ジーンズでも3000円、シャツでも1000円で手に入る価格から離れられない。センスもいい。多くを人件費やコストの安い中国で製造しているからということだが、私はさいきん『大地の慟哭』という中国の出稼ぎ農民(民工とよばれる)の悲惨な労働状況のレポートを読んだ。つなげてみれば、現代の「女工哀史」によって、私たちは安い中国製の服や物を買っているという現実に思い当たる。

 1845年に出版されたエンゲルスの『イギリス労働者階級の状態』、そして1903年(明治36年)の『職工事情』、1925年(大正14年)の『女工哀史』などの本をまとめて読んでいるが、19世紀のイギリスや20世紀の日本でおこなわれた過酷な労働がこんにちの中国でもくりひろげられているのである。そして私たちはそのような過酷な労働のうえに安い商品を享受しているのである。

 明治・大正におこった凄惨な労働条件はこんにちでも決して終わっていない。まさに私たちの足元にころがっている。というか、私たちがもつ商品やブランドの向こうには現代の「女工哀史」が大きく広がっているのである。

 アメリカでもこのような労働が「スウェットショップ(搾取工場)」とよばれ、90年代中ごろから社会問題として認識されるようになった。たとえばこのような例がある。

スウェットショップからの問題提起」 宮坂純一からコピペ。

1)カリフォルニア州エルモンテ市の不法工場において奴隷状態で就労されている移民の衣服産業労働者、
2)非衛生的な労働条件で長時間労働させられている児童労働を責められた、エルサルバドルの現地工場から製品を輸入しているギャップ(Gap Inc.)(19)、
3)低賃金で長時間労働を強制させていると非難された、東南アジアにあるナイキ(1962年創立のスポーツシューズメーカー)の現地下請け工場、
4)低賃金、児童労働、除草剤の使用、等で非難された、スターバックスのグアテマラのコーヒー供給者、
5)パキスタンの子供たちが縫ったサッカーボールを販売していたアメリカの大手スポーツグッズ会社、
6)ホンジュラスの10 代初めの子供が低賃金で長時間労働を強制されて製造していた衣料品を、アメリカのテレビ界の人気女性キャスターKathie Lee Gifford が保証し、それを販売していたウォルマート(20)、
7)ハイチの工場で標準以下の労働条件のもとでつくられたディズニー・ブランドのグッズ。



 私たちが外国産の安い服や商品を買うということは、このような過酷で凄惨な労働条件を背負った後進国の人たちによって、その恩恵をこうむっているのである。つまりはかつての日本の女工たちが凄惨な労働を課せられた状況を、現代では私たちは後進国に背負わせて、安い価格の商品を手に入れているのである。いわば、明治のご先祖たちの姿を現代の後進国にわれわれは現出させているのである。

「95年に労働省が摘発した工場の悲惨さは、第三世界にまさるとも劣らぬものだった。たとえばロサンゼルス郊外の工場では、六十余名のタイ移民女性労働者が監禁され、1週7日、ときには1日20時間も働かされていた。時給はわずか70セント、脱走者には暴力とレイプが加えられたという。その製品は大手百貨店や通信販売を通じて、高級ブランドとして販売されていた。…同省によれば90年代にアメリカ国内で生産された高級衣料品の6割はスウェットショップがかかわったものだという」(「安さの陰にひそむ矛盾/古沢広祐ー『安ければそれでいいのか!?』(山下惣一・編著/コモンズ) 「PLAY FAIR プレイフェア」(オックスファム・インターナショナル・オリンピックキャンペーン)



Maquila Solidarity Network
カナダのトロントに本部を置くこの団体は、毎年コンテストを行い、年間最優秀スウェットショップ賞を有名ブランド企業に対して贈っている。今年1月、28カ国から2,000人あまりの人々が、「年間最優秀スウェットショップ」2002の名誉に値する企業にオンライン投票をした。今年の受賞者は、他を圧倒したウォルマートで、56%の票を集めた。この世界最大の小売業者は、世界中のスウェットショップで衣料品労働者を酷使し、北米に展開する販売店の従業員の権利をも侵害しているとして告発されている。その他にも次の様な罪を犯している。

・ウォルマート製品の縫製を行っているレソトにある20の工場の労働者は、1日14時間労働で月給は54ドルであるが、この金額では労働者の基本的なニーズの半分も満たすことができない。ウォルマートに製品を納めるある工場では、超過勤務が発覚しないようにするため、日曜出勤をタイムカードに記録しないように命令されているとの報告がある。
企業犯罪防止に全力で取り組む



 私たちは自国から悲惨な労働条件は追い払ったと認識しているかもしれない。私の職業経験からしてそんな話は露とも信じられないが、まあ世間並みに、あるいはマスコミがそういうようにそういうことにしておこう。しかし私たちが手に入れる安い商品や優良な企業の商品は、後進国の凄惨な労働状況のもとに生産されたものであったりするのである。人権無視の労働を、自国ではおこなっていないが、他国に背負わせて、私たちはその血と涙の商品を手にするのである。

 これが日本でマスコミの話題になることはほとんどない。考えてみたらTVニュースや新聞は広告やスポンサーによって成り立っており、企業や商業を非難するニュースなどとりあげる望みなんてありえない。絶望的である。アメリカのように社会運動が盛り上がるということも、企業や労働にたいして沈黙で従順な民に望むべくもない。

 後進国の労働者を酷使した企業のブランドを不買にするという抵抗もできるだろう。商品をその品質のみに目を向けるのではなく、労働から評価するという視点は大事だと思う。私たちはあまりにもそれらを切り離しすぎてきた。貨幣経済とはこのような人間としての痛みや苦しみ、境遇が切り捨てることができるからこそ、こんにちのような消費・労働社会がつくられたのである。しかし商品とはひとりの人間によってつくられたものであり、かれらはよい生活や楽しい人生を送りたいと思うのはあたりまえのことである。私たちはそれを奪ってまでして、安い商品を手に入れたいというのか。

 ただ安い商品を手に入れたいのはあたりまえのことである。しかしその商品の裏には搾取や酷使の労働が貼りついているかもしれない。経済の歴史とはこのような後進国の低賃金を利用することによってその差額によって安い価格で売ったり、高サービスを提供してきたという歴史・しくみがある。19世紀のイギリス、20世紀の日本、そしてこんにちの中国や東南アジアにそれはひきつがれてきた。安さを求める価格の欲望が、凄惨な労働条件に落とし込むのである。経営者が自己利益のためにおこなうというよりか、切り下げられた受注価格に対応するにはそうするしかない場合もあるのだろう。

 まだまだ考察をつづけるべきなのだが、長くなりすぎるので、今回はこのへんで終わりにしよう。あらためて考えるべき問題だし、もうすこし熟考を重ねたいと思う。

 私たちはある商品を買うときにその商品にこめられた労働者の状況というもの思い含めることも大切なのではないかと思う。商品がよくても、その労働者が酷使されたり、不幸であったりしたら、その商品をよいものだと見なすことができるだろうか。商品とは人間がつくったものであり、人生がある。労働や企業の過程もふくめた商品選択や消費をおこないたいものである。


『職工事情 (上)』 犬丸 義一校訂


職工事情 (上) (岩波文庫)
犬丸 義一

4003810015


 明治34年(1901年)におこなわれた職工の調査書である。現在の通産省がおこなった。工場労働者問題が社会問題として注目されはじめたことにより、調査がおこなわれたようである。

 戦前復刻や公刊がなされず、戦後になってなんども復刻された。無法な労働や劣悪な労働環境に国がようやく重い腰をあげたということか。工場法が成立するのは約十年後の明治44年になってからである。それまで無法地帯の工場で労働者たちの苦しみは放置されたままなのだった。

 岩波文庫に収録されたのは1998年である。バブル華やかしきころになぜこの本は文庫になったのだろう。

 げんざいこの明治の悲惨な労働報告を読む意味は、社会主義や福祉国家が崩壊もしくは瓦解しかかり、もとの市場主義にまいもどり、労働条件が切り下げられている中で、かつての労働状況がふたたびたち現われてくる危惧があるからである。私たちはこのような労働条件を克服し、封印してきたはずである。しかしいつこのような無法な労働条件に舞い戻るとも限らない。警世の書として読まれる必要があるというしだいである。

 上巻にはおもに「女工哀史」の中心であった繊維産業の職工――おおくの女工たちの労働状況が描かれている。労働時間や休日、賃金、衛生などがそれぞれの職種ごとに羅列されている。

 長時間労働や徹夜業、劣悪な労働環境、退職者数、そして児童労働者などが注目されており、改善や告発の意志を読みとることができる。

 たとえばある県の製糸工場では朝の4時、5時から就業し、昼休みはだいたい30分、終わるのは6時から7時であり、労働時間は13時間におよぶ。いそがしければ17、8時間になるのもまれではない。ぶっ通しでの徹夜も求められる。繊維業界はほとんどが女工に占められており、明治の女性たちはこのような過酷な労働についていたのである。現代のOLや専業主婦とはほどとおい過酷な現実を背負っていた。

 厳しさゆえに一年でほとんどの者は辞めてしまい、たとえば1000人の工場では出入り1200人に達し、毎年1200人募集したとされる。逃走除名が800人も達している。その工場では死亡者数が10人ほどになっており、帰休したものの中には屑綿塵埃が舞う不衛生な環境で病に伏したものも多くいたことだろう。

 工女たちは地方から集められ、寄宿舎に入れられ、したがって通勤者には不可能な朝の4時5時からの労働や深夜までの残業が課せられたのである。斡旋人や紹介人が地方におもむき、待遇や境遇がよく、労働時間をいつわり、田舎にくすぶるよりは手に職をつけるほうがいいこと、都会に見物に行き飽きれば帰ればいいなどと欺いて女工たちを集めた。

 とんでもない労働条件に驚いて逃亡を企てるのだが、そのような新聞記事が世を大きく騒がせたようである。紹介人は帰国した工女によって土地に実情が知れ渡っていると、嫌われ、子どもにはいたずらの罰には工女に奉公に出すと脅すほどになったようである。

 派遣紹介業がながらく禁止されてきたのはこのような歴史があったからだろうし、現在でも地方の工場が全国に募集をかけているのを見かけたりすると、あまり世の中変わっていないのだなという気がする。派遣紹介業の再開はこのような時代の逆戻りを願って再開されたとでもいうのか。

 児童労働は注意されて調査されており、必ず各職工ずつデータがとられている。14歳未満や20歳未満も多くの職工を占めており、明治の中ごろおおよそ100年前にはあたりまえのように児童労働がおこわれていたのである。

 それにしても職工のほとんどが20代前半までの若者で占められており、このような年齢層ばかりでどうやって仕事が回っていたのかと思う。ぼろぼろにすぐ辞める者ばかりに占められて、よく仕事が回ったものだと思う。それ以上の年齢の者はおそらく農業や漁業に従事し、職工という仕事をまだ大人の仕事や世間でのりっぱな仕事だと思われない風潮があったのではないかと思う。

 私たちはこの劣悪な労働状況をリアルなものと感じられない時代にへだたってしまっているけれど、職業の中にはこのような要素はすくなからず残存しているものだし、いまと変わらないものも多く含まれているものだと思う。経済や企業の実情――ほんとうの姿とはこのようなものではないのか。経済や労働の核や心の部分とは、いつの世も変わらないものではないのか。私たちは労働というものの本質からいつも目をそらしてばかりいるのではないかと私は思う。


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現代の労働市場はどのように生まれたのか



 現代の労働市場はどのようにして生まれたのか。これを頭にたたきこんでおくことは大事だと思う。原因を見極められなければ結果を治しようもなく、予測や行為の結果も判断できなくなるからだ。

 「労働市場から見た現代日本」という講義をみつけたので、復習ノートとさせいただきたい。ほとんどコピペになってしまうので、感想や注釈を入れてしのぐことにしよう。(hamachanの労働法政策研究室)

「20世紀の初め頃、日本で工業化が軌道に乗りだした頃、日本の労働市場の特徴はその高い異動率でした。当時は熟練労働者になるためには一つの工場に居着いていてはダメで、腕のいい労働者ほど工場から工場へ渡り鳥のように移っていったのです。彼らは「渡り職人」と呼ばれました。」



 これがふつうでまともな労働市場というものだと思う。こんにちの終身雇用という制度は異常なしくみだと思うし、人生もつまらない。「終身刑」である。なぜこのような制度が生まれたのか。

「入職して5年後にまだ勤続している者は10%に過ぎませんでした。現代日本の特徴といわれる終身雇用制などどこを探しても出てきません。」



 明治30年代に調査した『職工事情』ではたとえば1千人が紡績工場にいるとしたら、逃走した女工が800人!に上ると報告されている。12、3時間の労働時間がざらで、16、7時間働かされるところもある。夜勤もキツイ。病気で辞めたり死亡したものを合わせると100人を超すというデータもある。キャリアアップをめざすどころではなく、まさしく強制労働キャンプからの「命からがらの脱走」といったほうがふさわしい。いくら多く逃走しても地方の寒村からの補充人員が欠員を生めることができたのである。

「1904-05年の日露戦争後、日本の工業化は重工業段階に入ります。それとともに、雇用管理の仕組みが大きく変わります。それまでは、親方職工が仕事をまとめて請け負い、部下の一般職工に作業を割り振ってやらせるという間接管理の仕組みでした。職場では親方職工が権力を振るい、親方の気に入られなければいい賃金も貰えないという恣意的な労務管理だったのですが、逆に親方と部下の間には親密な関係もありました。ところが、この頃から工場の監督者による直接管理が導入されていきます。」



 そういえば現代の請負制度やアウトソーシングといわれるものはこれとよく似たものになっている。請負制度において親会社は直接指揮をおこなってはならないとされているが、このヘンなしくみはなぜ生まれのだろう。直接雇用になると正社員雇用しなければならないから、これを避けたのか。派遣も有期契約になっており、正規雇用を避けようと画策されるのだが、経済界はそれほどまでに正社員雇用を避けて、流動的な人材市場をつくりたいのか。

「生活の面倒を見て貰いながら、手当を支給されながら工場内の養成施設で訓練を受けた若い職工たちは、かつての先輩とは異なり、自分を育ててくれた企業に忠誠心を持ち、長くその工場に勤続する傾向が出てきました。といっても、異動率が100%から60〜70%に低下したという程度ですが。こうして新たに登場してきた職工たちを、「子飼い」つまり子どもの時から育てた労働者という風に呼びます。
 ここで初めて、いわゆる経営家族主義というのが成立するのです。江戸時代以前の武家や商家の家族主義がそのまま近代日本の雇用関係に流れ込んだわけではありません。家族主義は一旦切れています。20世紀初め頃の雇用関係は、家族的な温情どころか、市場の契約関係でしかありませんでした。使用者と労働者の関係を家族的な暖かいものと考えるのは、日露戦争後に企業内訓練と福祉施設によって作り出された近代の発明なのです。」



 この時点が大事なタームポイントだろう。従業員を長く囲い込もうとする動きが出てくるのである。現代の硬直的な終身雇用が生まれ出た時点や背景をしっかりと理解しておくべきだ。われわれはこの時点の呪縛の中で生きている。

「第一次大戦が終わり、不況の中で解雇や賃金切り下げが行われると、いよいよ労働争議は激烈になりました。争議を主導したのは、工場から工場へと移り歩く「渡り職人」たちでした。この事態に対して、企業側は渡り職人たちを思い切って切り捨て、自己負担で養成した子飼い職工たちを中心とする雇用システムを確立するという形で対応を試みました。」



 労働市場を遮断して、なんとかそれを閉ざそうとする試みがおこなわれる。

「この第一次大戦後の時期に確立した日本の雇用システムの最も基本的な要素が「定期採用制」です。定期採用制とは、従業員を採用するに当たっては、学校卒業時又は兵役終了時といった一定の時期にのみ限定し、それ以外の時期に他の企業に雇われていたような労働者を雇い入れることはしないという慣行です。ここに日本の特徴である長期雇用慣行が成立しました。ほとんどの大企業が一斉にこういう雇用慣行を採用しましたから、一旦どこかの大企業を退職してしまった労働者は、ほかの大企業に採用される可能性はほとんどなくなってしまいます。渡り職工たちは大企業分野から閉め出されてしまい、そういう慣行をとらない中小企業で生きていくしかなくなってしまったのです。」



 新卒一括採用がこの時点からおこなわれてきたわけだ。大企業はそれ以外の門戸を閉ざす。ここに学歴競争は激しくなり、そこからもれる者を「ドロップアウト」や「転落」と捉える認識ができあがってゆくのだろう。定期昇給も導入され、転職にくさびが打ち込まれることになる。

「それまでも臨時工というのはいましたが、本工になるまでの見習のようなもので、だいたい6ヶ月勤務したら本工に昇進していました。ところが、1920年代初め頃から、臨時工はいつまでたっても臨時工のままで、その賃金も本工よりもかなり低い水準で固定されるというのが普通になりました。そして、景気が悪くなると、本工の雇用には手をつけずに、臨時工を先に雇い止めし、景気が回復してくると、まず臨時工を採用するという慣行が定着したのです。一言でいえば、学校を卒業してすぐに採用し、一から「子飼い」で養成した本工たちの雇用を守るためのバッファーとして、この臨時工制度が活用されたというわけです。 」



 この臨時工制度は主婦のパートタイマーやフリーター、派遣として姿を変えて現代に継続している。雇用調整としてのバッファーはいつも利用され、序列や差別をこうむるのである。現代の非正規雇用は戦後になって完成した社会保障制度から外されるから、夫に頼れる主婦のパートタイムにくらべていっそう差別感がはなはだしくなるのである。いったら企業からも国家からも見捨てられたかたちになる。この抜け穴を放置したままの政府や企業はかなり卑怯で小癪である。

「1938年の学校卒業者使用制限令は、新卒技術者の争奪戦を抑制するために、新卒者の割当制をとりました。1939年の従業員雇入制限令や1940年の従業員移動防止令は、軍事産業の労働者が許可なく転職することを禁止しました。しかし、使用者や労働者はこれら法令をすりぬけて違法な採用や転職を繰り返したため、1942年の労務調整令は、およそ重要な工場における政府の許可なき採用、解雇、退職をすべて禁止しました。 」



 これがいわゆる国家総動員体制、あるいはこんにちまでつづく1940年代体制の誕生といわれる事態なのだろう。戦時体制システムが外面的な戦争のみならず、経済的な戦争においても、功を奏するシステムになったのである。つまりわれわれは戦争体制でこんにちまで生きてきたのである。

「この時期(1960年代)にいわゆる能力主義管理の考え方も完成します。ここで定式化された「能力」とは、体力、知識、経験、性格、意欲からなり、一つ一つの職務要件とは切り離された極めて属人的なものです。ということは、企業が求める人材の要件も、具体的な職務から切り離された属人的なものにならざるを得ません。企業が求めるのは、学校で何を学んできたかではなく、企業内人材養成に耐えうるだけの優秀な人材であればよいのです。
 これは日本の教育システムに大きな影響を与えました。学校で何を学ぼうが、あるいは学んでなかろうが、そんなことは企業にとって関係ない、就職時に重要視されるのは、素材としての優秀性であって、それを示すのは偏差値という一元的な物差しです。これを、ある学者は、教育の職業的レリバンスの欠如したシステムと呼んでいます。通常、何らかの教育を受けるのは、その受けた教育に基づいて一定の職業に就くことが目的のはずですが、高度成長期以後の日本では、教育は素材の優秀さを示す目的にのみ集約され、具体的な職業とのつながりを失ってしまったのです。 」




 実社会と学校が乖離してゆくシステムは病気だと思う。学校では職業や経済のことからますます離れ、知識は実社会で役立たず、成績のための道具になり、知識それ自体が求められることはない。不幸な別居や離婚が完全に進んでいるのに別れられない。つなぎとめている子どもはただひとつ成績というモノサシのみである。不幸なかすがいである。学生にも企業も損害を与えつづけるのみである。

 ――いじょう、明治からの労働市場の流れをみてきたが、たんじゅんにいえば、どうやって労働市場から囲い込み、あるいは放出するかという話になると思う。好況なときには従業員を囲い込みたい、不況なときには放り出したい。囲い込みは労使相互からおこなわけてきた。新卒採用や定期昇給、賞与、社会保障、あるいは戦時体制での転職の禁止。

 失われた十年以降は流動性を高めることに重点がおかれ、あるいはいぜんから臨時工のようなバッファーや低賃金の役割は、主婦パートタイマーからフリーターや派遣などに負わされてきたわけである。それだけ囲い込みのふくらみすぎた正社員が大きな重荷と衝撃になったのである。この排出の問題がこれからの大きな未解決問題である。

 流動性をとりもどすことは大事だと思う。労働者の自由を守るのは現代では囲い込みよりか、労働市場が開かれていることだと思う。安定や保障は終身刑や人生の矮小さをもたらす。私はこの仕組みが破壊されていってほしいと思う。もちろん流動的な非正規雇用には大きな問題があるのだが、こういう雇用契約でも楽に生きられる社会を構築することが、囲い込まれて保障されるよりも大切なのではないかと私は思うのである。


江戸時代の写真が見られます。


 江戸時代の日本の写真を紹介しているサイトを見つけましたので、みなさんもごらんになってはいかがですか。大きな写真にとうじの日本の風景や人々が写されていて、なかなか感慨深いものがあります。なんだか外国の人たちみたいですね。このような写真がおおく公開されています。

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 ありがたいサイトなのですが、「こやなぎ名人の元気配信館」というサイトだと思われるのですが、どうもリンクや入り口がどこなのか見つかりません。アドレスをいじって、ようやくページを見つけました。江戸時代の日本の町並みや人をとくと見つめるのは、日本という国はほんらいどんな国でどんな人たちが住んでいたのか示唆してくれることでしょう。


これが江戸だ!
 仙川 増上寺 東京タワー 東京湾

これが江戸だ! Part2
 勝海舟 外堀通り 文久 生麦

これが江戸だ! Part3
 旅行 楽しみ 江戸 江戸城

これが江戸だ! Part4 人力車 大森貝塚 明治 明治維新

これが江戸だ! Part5
 サンフランシスコ 伊藤博文 勝海舟 咸臨丸

これが江戸だ! Part6
 大政奉還 尊皇攘夷 小石川 御三卿

これが江戸だ! Part7
 井伊直弼 伊藤博文 公武合体 安藤信正

これが江戸だ! Part8
 三宅坂 増上寺 尾張 憲政記念館

これが江戸だ! Part9
 利根川 宿場町 東海道 中仙道

これが江戸だ! Part10
 ものまね ヌード 写真 歌舞伎

これが江戸だ! Part11
 隅田川 浜離宮 町娘 商人


むかしの働く人たちの画像も見つけましたので、ごらんください。

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炭坑で働く人たちは、蒸し暑いので、男も女も裸同然で働いた。女性の上半身が裸ですが、むかしの日本はけっこう熱帯地方のように裸でいることに罪や羞恥の意識をもたなかったようですね。いや、というか、それ以上に炭坑は苛酷な環境だったのでしょうね。

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マッチ工場で働く女工たち。日本の近代労働はおおくの女性、それも若い女性によってはじまったのですね。現代の専業主婦になる女性や、事務職のOLといったイメージとまたべつの女性たちがいたのですね。彼女たちは無法地帯のような過酷な労働に従事しました。

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「女工哀史」や「ああ、野麦峠」の舞台となった紡績工場で働く女工たち。長時間労働、劣悪な環境、脱走を防ぐ壁や宿舎、監獄でもあった工場。こんにちでもこのような状況は世界の工場といわれる中国や、あるいは私たちの身近にある工場でもおこっていることなのかもしれませんね。労働とはなんなのか、深く考えさせられる一枚ですね。

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イギリスかどこかヨーロッパの国で児童労働がおこなわれていた工場の写真ですね。学校にすべての子どもがいくという観念はさいきんになって芽生えたものですね。学校という無職期間はいろいろな問題がおこる現代、子どもたちにとって幸せなのか、不幸なのか、考えなくもありません。


フリーター「怠け」言説が隠してきたもの。


 ひところフリーターは「怠けている」「責任感がない」「身勝手だ」「自由気まま」と大人たちに批判された。いまはそれがひっくり返って、「貧困だ」「転落だ」「哀れ」「格差」「一生はいあがれない」と悲愴な目で見られるようになった。

 「怠け」や「責任感がない」と罵られている最中に進行していたことは、若者たちの雇用の排斥や切り下げであったことが、さいきんの認識としては一般的になってきた。ということは、フリーター怠け言説は、若者を大人たちの「正社員共和国」から放り出すさいの煙幕や、若者を切り捨てる際の良心の痛みを緩和してきたということができると思う。

 一方では「怠けている」「やる気がない」と叱っておきながら、一方では若者から雇用を奪い、年金や健康保険の折半を廃棄し、月給から上らない時間給へと切り下げ、解雇が容易で短期の雇用に切り替えていたのである。「怠けている」「怠けている」と個人や本人の資質の問題に帰しながら、一方では若者全体を社会からリストラしていたのである。

 社会的な問題や経済的な問題を、個人の問題に帰す趨勢は、ちょうどこのころ心理学ブームにより、いっそうの勢力をもった。たとえば会社からリストラされてうつ病になったとしても、個人のせいにされて個人の治療だけがめざされる。学校や会社でいじめをうけても、治療がおこなわれるのは個人であって、学校でも会社でもない。社会的・経済的問題はすべて個人の治療されるべき問題となったのである。そのような趨勢の中で隠蔽されるのは、個人に犠牲を強いている社会的・経済的な問題であり、個人に帰せられた背景的な問題はなにひとつ手がつけられないのである。フリーター怠け言説はこれらと同じ構造をもっている。

 それがいまは「貧困」や「一生はいあがれない」という悲愴な言葉でフリーターや派遣などの非正規は語られるようになった。世間に表立って語られる言説とは、べつの様相が深層でおこっていると考えるのが、上の例では妥当と導かれるかもしれない。これらの「かわいそう」言説は社会のなにに煙幕を張っており、なにを隠蔽しようとしているのかと見るほうが、上の例からは正しいと考えるほうが妥当である。

 すこし角度を変えるが、私はこれはバブル期に起こったレジャーや余暇への欲求の経済界からの復讐や懲らしめであったと考えたい。バブル期に浮かれたように、仕事や滅私奉公の人生より、レジャーや余暇に生きるのがこれからの生き方だという風潮が世を覆った。経済界はそこに怠けや労働からの逃走の危機を感じ、働かずに遊ぶものは、このように「非正規雇用のように貧困や下流からはいあがれない人生が待っている」と転落人生を世間に見せしめたかったのではないかと思う。

 平等や保障された人生を約束された労働者はあまりにも傲慢に利己主義になりすぎた。ここらで保障や平等を外していって、一定のそれらの恩恵をうけられない集団層をつくって、社会への戒め・懲らしめとして、世間に曝そうというわけである。世間は非正規に必死にブルっている。ひところの勤勉でまじめで滅私奉公の日本人が古巣に帰省するというわけである。

 かつての日本人は平等や保障を欲したがために必死に働いた。これからの日本人は非正規や下流といった格差を恐れるがゆえに必死に働くという次第である。フリーター「悲愴」言説とは、労働への新たな鞭なのである。

 社会の、あるいはマスコミの語られる言説とは、意図や目的をもっている。事実や客観的様相が語られているというよりか、「意見」が語られているものである。世論を誘導したり、世間を導引するための「意見」と考えたほうがよいと思う。

 成熟した社会の客観性をもてる人なら、これらの言説に惑わされずに、自分の進むべき道を見い出すべきだと思う。われわれは豊かな社会に生きている。そして不必要なモノをたくさん消費する人生を送っている。こんなに豊かになり、多くを消費しておきながら、われわれは生涯の多くの時間を労働に費やさなければならない。これまでの豊かになるための道のりはいったいなんだったのだろうと思う。これ以上の豊かさとはなんなのか、必要なのかと問い直したからこそ、余暇やレジャーは求められたのである。その時点を忘れるべきではないと思う。現代の貧困はかつての貧困とは違う。

参考データ
非正規労働者比率の推移(男女年齢別)

『イギリスにおける労働者階級の状態〈下〉』 エンゲルス



イギリスにおける労働者階級の状態―19世紀のロンドンとマンチェスター〈下〉 (岩波文庫)
フリートリヒ・エンゲルス

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 この岩波文庫は2005年秋に一括重版されたもので、書店では上巻がみつからずに仕方なしに下巻だけを読むことにした。岩波文庫でむかしもこんなことがあった。ベルクソンの『道徳と宗教の二源泉』という本を読みたくなったのだが、たしか書店でいくどか見かけたことがあるのだが、ちょうど絶版の時期らしく書店からことごとく消えていた。必死に探し回ってようやく見つけた思い出がある。

 1845年に出版されたこの本を読もうと思ったのは、市場主義化、非正規化、ホームレス化がすすむ現在の経済社会は、ふたたび社会主義が興隆する前の資本主義に姿が似てくるのではないかと思ったからだ。なにものにも権利や保障、人権が守られないかつての資本主義にげんざいの社会は戻ろうとしているのである。ストライキや労働争議が頻発し、社会主義が勃興した資本主義の前夜にふたたび戻ろうとしているのである。歴史に学べということである。それにしても現在の労働条件の引き落としは、いったい歴史になにを学んできたのかという思いがする。

 この本はひじょうに読みやすい。児童労働や長時間労働、労働疾病、貧困などの悲惨なイギリスの労働状況が、どちらかというと、これみよがしに列挙されている。社会主義をめざして資本主義を批判しているのだからとうぜんであろう。

 この時代に児童労働はとうぜんのようにおこなわれいて、長時間や残業はあたりまえで、子どもたちは不自然な姿勢をながくつづけることにより発育不全になる。そして工場主はそのような子どもたちを虚弱という理由で雇うことを拒絶するのである。鉄工業の研磨工などは金属片のちりを吸い込み、平均年齢は35歳や45歳におよばない。鉱山労働者も肺結核や喘息で40歳から50歳のうちに死んでしまう。爆発や労働疾病などで毎年1400人の命が奪われたといわれている。

 19世紀はイギリスが「世界の工場」といわれた時期である。そしてそのような国の工場では、現代の中国でもそうだが、壮絶な労働条件や労働環境でおおくの人が働いているのである。歴史的にも法律や権利が認められなかったこのころのイギリスはもっとひどいものがあったのである。

 ブルジョアジーの利益や貪欲さのためにプロレタリアートが犠牲になり、奴隷になっている図式はひじょうにわかりやすく、人々の怒りを駆り立てる誘引になる。そのような認識のもと、かずかずの労働争議やストライキ、社会主義運動がおこっていったのである。

 それにたいして現代日本の労働者はひたすらおとなしくなっている。保障や権利に守られ、年功賃金やあらゆる特典がつくという幸運な時代にめぐまれたからでもあるだろう。そのために右肩下がりの時代にリストラや非正規化、賃下げや長時間労働がおこなわれても、なんの批判も文句もいえないのである。守られて軟弱になった労働者はかつてのような過酷な資本主義に舞い戻っているげんざい、かつての人たちのように激しく怒り、抗議し、正当な権利を主張したり、勝ちとったりできるだろうか。われわれはふたたびこのような時代に戻っている、いや、すでにそのような時代であると覚悟したほうがいいのかもしれない。


「自分たちが状況に順応するのではなく、状況が自分たち人間にあわせなければならないことを、労働者は人間として宣言しなければならないからである」

「法律はブルジョワ自身がこしらえたものであり、ブルジョアの同意のもとに、ブルジョアの保護と利益のために発布されたものだからである」

「労働者は、法律とは自分たちにたいしてブルジョアがつくった鞭であることをあまりにもよく知っており、またあまりにもたびたび経験してきた。だから必要がなければ労働者は法律を気にかけない」

「そこではあらゆる教育が、支配的な政治と宗教にたいして、従順で、おとなしく、献身的であるように設定されているので、実際のところ労働者にとってそのような教育は、おだやかな服従と消極性と、自分たちの運命への黙従との、絶えざる説教だけである」



 このような話を聞いていると、私たちはあまりにもブルジョワとよばれる層に一体化し、かれらの利益に盲従しているのではないかという思いに駆られる。私たちは会社や経営者、または国家の利益に一体化してしまい、対立や利益が異なるのではないかという疑いもさしはさめなくなっているのではないかと思う。私たちの利益はかれらとほんとうの意味で同一なのか。

 国家や企業が若年層や労働者をどんどん切り捨て、見捨てるようになった現在、皮肉にも私たちはひた隠しにしていた牙をもう一度とりかえす契機を与えられることになったのかもしれない。そのような時代のほうが利益が同一だと思わされてきた時代より、私はまともだと思うのである。



イギリスにおける労働者階級の状態―19世紀のロンドンとマンチェスター (上) (岩波文庫) 経済学・哲学草稿 家族・私有財産・国家の起源 (岩波文庫 白 128-8) 空想より科学へ―社会主義の発展 経済学批判 (岩波文庫 白 125-0)

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