『論争 格差社会』 文春新書編集部
論争 格差社会
文春新書編集部

多くの人の論文が集められているからおもしろいかなと思ったけど、さしたる感興のわく本にはならなかった。たぶん格差社会論自体にあまり興味をいだかなくなったからだろう。私は格差社会の序列を恐れることより、なんでみんな好き勝手に自由に生きられる世の中にならないんだろうと思う。あいわらずヒエラルキーを気にした横並び社会なのである。
おさめられた論文は『日本の不平等』の大竹文雄、『希望格差社会』の山田昌弘、斉藤環、さいきんブログを閉鎖した本田由紀、小谷野敦、『不平等社会日本』の佐藤俊樹など、対談に森永卓郎や日下公人、渡部昇一などが出ている。まあ、豪華な本だが、内容のほうはいまいち。
対談でひきこもりの支援活動をおこなう二神能基という人の言葉がひびいた。
「戦後ずっと日本がやってきた経済主義、所得で幸せが分かれる格差社会論みたいなものとは全く違う価値観で世界を見る若者たちが、生まれてきています」
「うちの若者を見ていると、物余りの中で「生産拒否症候群」(木田元の命名)で、ものをつくるのはいいことじゃないという感覚が広がっています。大量生産、大量消費でやってきた日本への懐疑ですよ。正社員になって、たくさん稼いでたくさん税金を払いましょうという方向に対して、それも違うなという連中が増えてくれば、これは非常に大きなレジスタンスになりえます」
――そうなんですよね、私も労働や会社ばかりの人生からずっとオサラバしたいと思ってきたのだが、35歳以上の求人減のカベにぶちあたって、いまは安定を欲した働き方に擬態するしかないのである。
あいかわらずあっけらかんとした日下公人は、渡部昇一とひとむかしまえの上流階級のいやみったらしい話をしたあと、いっている。「〜パトロンがやってきた福祉は、役所が代わりにやっている。これだと心が通わない。基準をつくり、型どおりにお金を配るから、貰った者もあまり有り難みを感じない。〜それで日本には、パサパサした、乾いた人間関係が蔓延しました」
日垣隆も自立に関していいことをいっている。「入試や就職試験も、キミたちのためにあるのではない。採る側の都合で、それらの関門がある。
自分が合格するかどうかは、もちろん個人にとっては人生の重大事であるが、企業にとっては全然肝心なことではない。相手の都合で入試や就職試験があると認識できないことと、恋心を抱いた相手に対してストーカーになってしまうこととは、まったく同じ構造だ。
家族以外の社会というものは、およそ自分の都合では決まらず、他者の都合の総和で成り立っているという事実と向き合うことが、自立のイロハである。
〜自己都合中心の仕事観は放漫である〜」
――この意味もいまではよくわかるようになったが、若いころというのは自分の好きなことや才能で食って生きたいと思うものなんだな。仕事が他者の都合や必要によってはじめて生じているということがなぜか認識できない。仕事や世界は自分の好きなことや才能のためにあるべきだとどこかで思い込んでいる。
それは子どものときに教育や消費ですべてお客さんだったという事情も関係しているのだろう。20年前後も自分のための教育や消費ばかりおこなってきておいて、急に社会に放り出されて、仕事というのは他人の必要や都合を満たすためにあるということなんてわかりっこない。それで他人の都合を満たすためだけの人生に剥奪感や無意味感を抱くというわけである。この180度の転換をどうなしとげるかが、ニートと会社人間の別れ道になるのだろう。あるいはどうやって自分の都合を大事にできる社会をつくってゆけるかだ。
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なつかしのバラードをYouTubeで
またまたYouTubeで、おもに懐かしいバラードを集めてみました。いい曲を聴きたいですね。バラードは私の音楽を聴く原動力です。悲しい気持ちや切ない気持ちにさせられると、なにか心が洗われる気がします。
邦楽はリンク切れになる確率がかなり高いので、見れるだけ儲けものと考えてもらいたいです。お目当ての曲がみれなかったら、ごめんなさいと謝るしかないですね。すいません。(著作権業者のためにCDを買いましょうか)
【2007/5/6】 リンク先は壊滅状態だと思われますので、アーティスト名の検索のリンクから曲名をたどってみてください。聴ける場合が多いです。
【2008/1/14】 削除されていた動画のリンクを貼り直しましたので、お早めにお楽しみください。
▼邦楽バラード
×off course 夏の日
オフコースのビデオは好きだったですね。さわやかになれる。
今井美樹 - 瞳がほほえむから
「♪迷ったはるかな日々〜」 サビが陶酔的ですね。
誰より好きなのに / 古内東子
古内東子はあまり知らないのですが、むかしOLに人気だったとか。
永井真理子 - ZUTTO
「♪ずっと〜 ずっとね〜」のフレーズがよかったですね。
森高千里 - 雨
健気な女性の気持ちを歌っていますね。
加藤いづみ - 好きになって、よかっ た
線の細そうな女性だったですね。
ひだまりの詩 Le Couple
ほんわかとしたいい曲ですね。ル・クプルは残念ながら離婚したそうですね。
荒井由実 あの日にかえりたい
「♪青春の後ろ姿を 人はみな忘れてしまう〜」 名フレーズですね。
松任谷由実 - 守ってあげたい
ユーミンは著作権注意なので長くは見れないと思います。お早めに。
オリビアを聴きながら /尾崎亜美
むかしは尾崎亜美のほうが弾き語りっぽかったけど、杏里のほうもなかなか。
安全地帯 - 恋の予感
当時のチャラチャラしたヒット曲の中ではかなり深みのある曲でした。
サイレント・イヴ/辛島美登里
深刻なクリスマスソングでしたね。
×野性の証明
大好きな映画でした。ラストシーンの銃撃戦から薬師丸ひろ子が撃たれるシーン、町田義人の歌まで。「♪ありがとう ぬくもりを ありがとう 愛を かわりに俺の命をおいてゆけたなら 男は誰もみな 無口な兵士 笑って死ねる人生 それさえあればいい」
「かもめはかもめ」研 ナオコ
「かもめはかもめ ひとりで空をゆくのがお似合い」
防人の詩(さだまさし)
まるでおシャカさんに訊くような歌でしたね。「海は死にますかー! 山は死にますかー!」。
秋桜 さだまさし
山口百恵のほうがいいですかね。
円広志 - 夢想花
いまは関西でコメディアンっぽく活躍しています。
渡辺真知子 - かもめが翔んだ日
迫力の歌唱力で歌われる名曲ですね。
竹内まりや - September
このころの竹内まりやが後年の円熟したアーティストになるなんて思いもしませんでした。
竹内まりや 不思議なピーチパイ
このころはアイドル全盛期でアーティストの息をする位置がなかったのでしょうか。
八神純子 みずいろの雨
この人も歌唱力がありましたね。いまでいったらキャリアウーマンっぽいですね。時代は松田聖子とか小泉今日子とかのアイドルの時代になってゆくのですね。
八神純子 パープルタウン
アメリカナイズされたカッコよさは時代にどれだけ受け入れられたのでしょうか。
浜田省吾 - 終わりなき疾走(LIVE)
ハマショーの自身の音楽人生を歌っています。「♪罠に満ちたゲームに奪われて見失い〜」「俺は見つけたい カネが買えないものを もう一度〜」
浜田省吾 - MONEY
「マネー」です。「♪マネー・チェンジ・エヴリシング いつか奴らの足元に ビッグマネー叩きつけてやる〜」です。
Puffy - アジアの純真
なんか二人とも顔が腫れぼったいよ。
Puffy - これが私の生きる道
思いっきり、ビートルズです。アメリカでウケるというものです。
柴田淳 - 片想い
この熱い、せつないまなざしに見つめられて、思わずCDを買ってしまいました。
×Down Town Boogie Woogie Band - 港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ
族っぽい格好がカッコよかった時代はどこにいったんでしょうね。
爆風スランプ - 無理だ!
「無理だ ワニの腕立て伏せ カメの腹筋」
NHKのど自慢 幸ちゃん いいわけ
笑(衝)撃の「NHKのど自慢」。『探偵ナイトスクープ』で追跡されてたんでしたっけ。
×Age.35
大好きだったドラマのワンシーン。瀬戸朝香と全編に漂うせつないムードが好きでした。思わず挿入曲のアンドレ・ギャニオンを聴きこみました。
▼洋楽バラード
Boz Scaggs - We're All Alone
バラードの最高の名曲。ボズ・スキャッグス『ウィー・アー・オール・アローン』
Boz Scaggs - Jojo
これもまたなつかしい。
Rita Coolidge - Don't cry out loud
リタ・クーリッジの『あなたしか見えない』
Water Is Wide By: Karla Bonoff
いまさらながらですが、カーラ・ボノフの歌声に惚れそうです。
The Eagles- New Kid In Town
ひじょうにおだやかな曲ですね。
Eagles - Take It to the Limit
なんとも諦観のただよう曲ですね。
We've Got Tonight - Kenny Rogers & Sheena Easton
シーナ・イーストンとケニー・ロジャースのデュエット。
Sheena Easton - For Your Eyes Only
シーナ・イーストンの『007』に使われた曲ですね。
survivor-the search is over
こういう深刻なバラードが私は好みなんだ。
Survivor-the moment of truth
サバイバーの『ベストキッド』からのヒット曲。
High on You
サバイバーってこんな感じの曲調でした。
Stevie B - Because I love you
異様にきれいなバラードでしたね。
There Goes My Baby Donna Summer
なんか頭の中にリフレインを思い出した。戦争の歌? ドナ・サマーって社会派?
Louis Armstrong - What A Wonderful World
リンク切れしていたもので。ほんとになんてすばらしい世界なんだって思える曲ですね。ルイ・アームストロング。
Eighth Wonder - Cross My Heart
リンク切れしていたので、パッツィ・ケンジットの美貌をふたたび。でもエイス・ワンダーのほかの曲をみると、曲は美貌以外売るものがなくなってゆくような。
Debbie Gibson - Out Of The Blue
年をとった私は素直に「かわいい」といえる。デビー・ギブソン。
▼BILLY JOEL特集
『ピアノマン』から『イノセントマン』まで8枚のアルバムを聴いていた私のビリー・ジョエル選曲集です。といってもメジャーな曲しか選べませんが。
Billy Joel--She's Got A Way
むかしは幻のアルバムといわれた『コールド・スプリング・ハーバー』におさめられた曲。せつないバラード。
Scenes From An Italian Restaurant
ビリージョエルのオトナっぽさが味わえる曲。
Billy Joel - Souvenir
短いですが、じわっと涙がにじみそうな曲。
You're My Home - Billy Joel
初期のころはこのように線が細い声でした。
Billy Joel - You're Only Human (Second Wind)
ビリージョエルの自殺防止の曲だったんでしたっけ。ビリーがコミカル。
Billy Joel - Honesty
やっぱりこの曲はすばらしい。
Billy Joel - Just The Way You Are
『素顔のままで』 この曲が好きな人は多いんじゃないでしょうか。着飾らない君のほうが好きだよという唄です。
Billy Joel - Piano Man
このせつないピアノの弾き語り。
Billy Joel - The stranger
イントロと口笛がせつないですね。
Billy Joel - Tell Her About It
また、なんでこんな青少年向けの歌を歌うんだと思いましたが。
Billy Joel - You May Be Right
スタンドのマイクで遊びまくっています。しかしなんで邦題が『ガラスのニューヨーク』? たしかにアルバムのタイトルは『グラス・ハウス』でしたが。
Prelude: Angry Young Man
ピアノの技術がすごい曲ですね。
Billy Joel - River of Dreams
思わず踊り出したくなるノリのいい曲をつくるのは天才級。
Billy Joel We Didn't Start The Fire
ひたすらアメリカの有名人が歌われます。このビデオは顔写真つきです。ヒアリングが試せますね。
Billy Joel- The Ballad of Billy the Kid
クリント・イーストウッドの『荒野の七人??』がつかわれています。
Billy Joel - Goodnight Saigon
『ナイロン・カーテン』にてベトナム戦争が歌われましたね。
Billy Joel - Allentown
いいっスよね〜、こういう労働が歌われる歌って。
Billy Joel - Pressure
バラードで感動したいファンとしてはちょっとの曲でした。
Billy Joel - Uptown Girl
「山の手」を歌うなんてビリージョエルって庶民派?
大和朝廷の太陽の道をゆく
『太陽の道』 謎の北緯34度32分 (no,1)
『太陽の道』 荒俣宏
磐座みぃ〜つけた新聞
奈良、太陽信仰の道
北緯34度32分に古代遺跡や神社がならぶラインがある。春分と秋分の日の日の出と日没が結ばれたラインである。そこには大和の三輪山と二上山が相対峙し、西にいくと日本武尊(やまとたけるのみこと)が白鳥となって舞い降りた大鳥大社があり、東にいくと長谷寺、室生寺があり、さらには伊勢神宮の移転元といわれる伊勢斎宮遺跡がある。
かつての人たちは日の沈むところに死者に国を思い浮かべ、日の昇るところに再生を願った。二上山は死の山であり、その西麓にはたくさんの墳墓がつくられ、そして日の昇る三輪山は聖なる山、神のご神体として崇め祭られた。そして季節の変わり目も生命の盛衰を司るものとして、その交差点に神社や神が祭られた。
その太陽の道を大鳥大社から三輪山までめぐってみました。古代の人たちはどのような思いでこの太陽の道をながめたのでしょうね。
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日本武尊(やまとたけるのみこと)が白鳥となって舞い降りたといわれる大鳥大社です。太陽が沈むところの暗喩だったのでしょうか。 |
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堺には日置荘とよばれる地名がのこっており、日置部といった人たちは自然暦を司った。そこにある萩原天神です。 |
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二上山の麓には當麻寺(たいまじ)があります。死者の国への入り口だったのでしょうか。 |
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奈良から見た二上山です。ふたつコブの山が特徴的です。この山の向こうにはおびただしい墳墓がつくられました。 |
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太陽の道に位置する多神社です。その線上には三輪山と二上山があり、その南北の鏡作神社と畝傍山から夏至と冬至の日の出が三輪山から昇ります。 |
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卑弥呼の墓といわれる箸墓です。むこうの山は三輪山です。 |
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神として崇められる三輪山です。大和の人たちはこの山のあらゆる方向から日の出をなかめたのでしょう。再生を司る神でもあったのでしょう。 |
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三輪山の麓にある大神神社です。この神が伊勢神宮にうつったといわれています。 |
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暗くなってしまいましたが、三輪山の麓から畝傍山や耳成山の突起が見えます。むこうは葛城・金剛山脈です。 |
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秋分の日から一日たってしまいましたが、日が沈むところ。葛城山のほうに沈んでいますが、場所が悪かったのでしょうか。 |
『階級社会』 橋本 健二
階級社会―現代日本の格差を問う
橋本 健二

なかなかショッキングな本である。日本の経済格差はすでに戦前の水準に達しており、格差を表わしたジニ係数ではアメリカ、ポルトガル、イタリア、イギリスにつづく位置に来ており、平均の半分以下しか稼げない比率を貧困率というが、メキシコ、トルコ、アイルランド、アメリカにつぐ15.3%にもなっている。「日本は平等な国だ」という一昔前の常識はまったく通用しなくなっているのだ。
ほかにこの本で興味深く読めたのは東京での階級の棲み分け、『下町の太陽』や『いつでも夢を』といった昭和三十年代の映画の下町や労働者階級を肯定したメッセージ、梶原一騎の壮絶な階級闘争、アンダークラス化する若者たちや、もともと下層性をびていた女性たちのさらなる貧困化が顕著になってきたということなどである。
こういう階級論の本を読むとたいそう自分の位置の現実をつきつけられたり、脅かされたりするわけだが、しかしはて、いくら経済格差が広がってきたとはいえ、いまの日本に階級意識といったものが厳然と存在するかといったら、ほぼそういう意識はないと思う。階級とよべるほど人々のライフスタイルや環境、意識が違っているとはとても思われない。階級というのはほかの人たちと共通性や一体感がまったくもてない状態であると思うのだが、日本人のライフスタイルはまだまだ画一性や共通性が強いと思う。資本家階級や労働者階級といわれても、そんなに違いがあるとは思えない。金のあるなしの違いが人間自体を変えてしまうようにはとても思えない。
階級論というのはこの本でも指摘しているとおり、そのヒエラルキーを承認することである。金持ちや収入が高いこと、地位が高いことなどを無条件に絶対的と見なす価値観のことである。つまりはこの階級論に釘づけられると、無条件にその価値観を肯定したり、必死に階級上昇をめざしたり、階級表示の見せびらかしに走らされるということである。支配的価値観の脅しや恐怖の洗脳なわけである。「あなたは古い恥ずかしい車に乗っているから何年に一度かは新しい車に乗り換えましょう」という商売と同じである。
私は若いころ、大人たちの価値観が大嫌いだった。会社で出世したり、組織に隷属したり、金があることや大きいことを自慢したり、みんなと同じ趣味やレジャーに走る画一的大衆といったものを強烈に毛嫌いしていた。こういう価値観をもっていると、とうぜん私はアンダークラスに位置づけられるわけになる。いったら、階級論はほかの価値観のヒエラルキーがまったく入れられないのである。ほかの価値観は勝手に「負け」にされるのである。
日本人は豊かになることや金持ちになること、会社での滅私奉公などの高度成長期の生き方をめざしてきて、目的が達成された80年代には自分たちの生き方を反省する気運が盛り上がったはずである。だからこそ若者たちは経済的脱落してもかまわないといって、フリーターやニートになってきたのである。
階級論や格差論はこういう流れに水を刺すわけである。カネでの価値序列でおまえたちは最低だ、どん底だぞと脅すことによって、もう一度パン食い競争をうながしているわけである。いったら格差論は金儲けの価値観の郷愁であり、みんなでふたたび金儲けや地位をめざそうというレトロ、アナクロニズムである。この恐怖戦略が平等で豊かな社会を一度は立ち上げてきた日本人にどれだけ功を奏するのだろうか。
階級論というのは、けっきょくはカネのヒエラルキーのことである。金ですべてが買えるという価値観の肯定である。私たちは自分たちのヒエラルキーが低いといって、ふたたびそのような価値観に帰ってゆくのがいいというのだろうか。階級社会の「事実化」や「リアリティー化」、「一般常識化」といった流れには巻き込まれずにいたいものである。階級を事実化するということはその前提の価値観を肯定するということである。
なお橋本健二さんのホームページははてなアンテナで更新状況をチェックさせてもらっている。ほんのたまに「読書日記」を読まさせてもらっています。
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80年代MTV世代に捧ぐ曲たち
夢中になって見ていた80年代MTVのプロモーション・ビデオをあなたは何曲覚えていますか。またまたYouTubeで集めてみました。はじめて見られる方も80年代のヒット曲をごたんのうください。洋楽は邦楽に比べて残っていることが多いのですが、見れなくなることも多々ありますのでご了承ください。ちなみに選曲者はバラード好きです。
【2007/5/6】 リンク先は壊滅状態だと思われますので、アーティスト名の検索のリンクから曲名をたどってみてください。聴ける場合が多いです。
【2007/12/31】 リンクを貼りなおしましたので、動画が削除される前にお早めにお楽しみください。
I'll Be Over You - Toto
たしかに空から後悔を歌っているような曲ですね。
Rosanna - Toto
TOTOといえばこの曲がよくかかってましたね。
Gloria Estefan - Don't Wanna Lose You
やっぱりグロリア・エステファンのバラードはいいなあ。
Night Ranger - Sister Christian
じつにいいバラードだったんですけど、ナイトレンジャーってハードロック?
Steve Perry - Foolish Heart
じつに後悔と嘆きが伝わってくる曲ですね。
Atlantic Starr - Always
うん、じつに心洗われるいい曲だったんですけど、なにかつくりめいたものが。。
Kenny Loggins - Footloose
もう大ヒット。大ヒット。アメリカ人は映画のヒット曲が大好き。
Kenny Loggins, Dangerzone
『トップガン』からのヒット曲ですね。
Berlin - Take My Breath Away
こっちは『トップガン』からのバラード。
Debbie Gibson - Only In My Dreams
むかしはアイドルには反発していたけど、いまは心が和む。(笑)
Yes - Owner Of A Lonely Heart
じつにカッコいい曲&不吉なビデオでしたね。
John Waite - Missing You
じつにいい曲でしたね。
Robbie Nevil - C'Est la Vie
ロビー・ネヴィルには入れ込みました。
The Romantics - Talking In Your Sleep
ロマンティクスってヒット曲がつづきそうな気がしたんですけど。
Air Supply - Even The Nights Are Better
じつにエア・サプライっぽい曲ですね〜。
Madonna - Live to Tell
マドンナの重苦しいバラードでしたね。
Madonna - Borderline
ブレイク以前? 以後でしたっけ?
Madonna - Burning Up
これはファーストアルバムからのシングルでしたね?
madonna-material girl
もうほとんどマリリン・モンロー。
Madonna -True Blue
なんかおだやかなマドンナ。。
We Don't Need Another Hero - Tina Turner
『マッドマックス』に出ていそうなティナ・ターナー。
Rock This Town - Stray Cats
これは50'sというんですか、じつに新鮮でした。
Pet Shop Boys - West End Girls
ペットショップボーイは人気でしたね。
Big Country - In A Big Country
アイルランドを思わせる曲でしたね。
Frankie Goes To Hollywood - Relax
シブイというか、ちょっとコワイ曲でしたね。
Natalie Cole - Miss You Like Crazy
きれいな曲でした。
Phil Collins - One More Night
さみしそうな曲でした。
RUN DMC walk this way
ラップとアディダスとエアロスミスが印象づけられましたね。
The Bangles - Walk Like An Egyptian
街行く人がエジプシャンの格好をしてコミカルでした。
Swing Out Sister - Breakout
まさしくスウィング・アウト・シスターがブレイクした曲。
Dexy's Midnight Runners - Come On Eileen
素肌にオーバーオールが貧相でした。
Rockwell - Somebody's Watching Me
「だれかが私をみている」なんてブキミですね。
The Pretenders - Don't Get Me Wrong
プリテンターズって何曲か活躍しましたね。
Peter Gabriel - Sledgehammer
ピーター・ガブリエルのじつにこったビデオでしたね。
Georgia Satellites - Keep Your Hands To Yourself
アメリカ・カントリーっぽい曲でした。
Robert Palmer addicted to love
バック・バンドのおねえさんがキレイというよりか。。コワイ。
Guns N' Roses - Welcome To The Jungle
この高音がすごかったですね。
Laura Branigan - Gloria
うん、ローラ・ブラニガンって走り抜けましたね。
Billy Joel - Leave A Tender Moment Alone
ビリー・ジョエルのじつに通っぽい曲。
Martika - Toy Soldiers
マルティカというアイドルがいました。
Eighth Wonder -Cross My Heart
ボブの髪型のパッツィ・ケンジットのほうが美しい。
Hall & Oates - Family Man
ホール&オーツの独特のノリの曲でしたね。
Hall & Oates - One On One
女性のアイドルだったダリル・ホールと?のジョン・オーツ。
Jody Watley - Some Kind Of Lover
ジョディ・ワトリーってノリのいい唄を歌っていましたね。
Stacey Q - Two Of Hearts
印象に残る歌でしたが、このボーカルの人の印象はあまりない。
Blondie - Heart Of Glass
『ハート・オブ・グラス』のころはまだFMで聴いていたような。
Blondie - The Tide Is High
『夢見るNo.1』ってタイトルでしたが、「潮の干満は高い」?
These Dreams - Heart
ハートってハードロック?
I Ran (So Far Away) ~ A Flock of Seagulls
テクノっぽい曲?
Natalie Cole - Pink Cadillac
「ピンク・キャデラック」でよく曲ができたもんだ。
Bananarama - I Heard A Rumour
バナナラマってどのあたりのグループだったのだろう。
George Benson - Give Me The Night
ジョージ・ベンソンってほかに有名な曲がありそうですが、私はこの曲が印象に残っています。
Wang Chung - Dance Hall Days
ワン・チャンのこの曲は好きでした。
Simple Minds - don't you forget about me
シンプル・マインズはいまいちだったかな。
Pointer Sisters - Jump [CUT]
ノリのいい曲でしたね。
Jonny Hates Jazz Shattered Dreams
しゃれた曲でしたね。
Billy Idol - Eyes Without A Face
ビリー・アイドルはコワイおにーさんでしたが、曲はけっこうまともかも。
Nena - Liebe ist
ネーナの去年のヒットみたいです。わき毛はなんのビデオでしたっけ?
『神社の系譜』 宮元 健次
神社の系譜 なぜそこにあるのか
宮元 健次

これはおもしろかった。神社の配置関係には自然暦の関係がぴったりとあらわれるという検証をおこなっている。
たとえば大和平野では三輪山と二上山が日の出と日没のラインにぴったり重なっているが、その中間に春日神社をおけば、夏至と冬至のそれぞれの日の出に兵主神社と玉烈神社があり、夏至・冬至の日没にはそれぞれ鏡作神社と畝傍山があることになる。太陽の日の出と日没が象られているわけである。
古来、日の沈むところはあの世であり、日の昇るところは再生の地であるといわれてきた。大和平野では二上山が死に場所であり、三輪山が再生の山であった。二上山の西麓にはおびただしい墳墓があるが、そこは他界の場であったからである。
太陽がいちばん弱まるのは冬至であるが、反対にいちばん強まるのは夏至であり、初期の天皇陵の多い畝傍山から夏至の方角にあるのが三輪山であり、そこにある大神神社につよく再生が願われたのである。伊勢神宮の天照大神は三輪山にある檜原神社の大神大明神が降臨したものといわれ、東西の一直線にならぶのである。
神社は太陽による死の国と再生の国を物語っているというわけである。そしてその配置は大和朝廷の平定した常陸(ひたち・日立ち)から、死の国・出雲の「日沈宮」まで結ばれることになるのである。
この死と再生の自然暦の配置は家康までひきつがれ、家康は生誕の地より東の再生の場所である久能山に葬られ、そして日光東照宮は江戸城より北極星の方角に建てられ、北極星は古代より帝王を意味した。家康は神として再生することを願ったのである。
古代の人たちは太陽の日の出と日没に死と再生の場所を見てきたのである。神社はその配置関係をあらわしたものなのである。場所の関係はわかったとして、太陽による出没があの世を思わせた気持ちというものがいまいち実感をともなわない。山の向こう、日の昇ったり、沈んだりするところに他界を想像できるだろうか。
なんで伊勢神宮に天照大神(太陽神)が祭られているんだろうと私はそんな時代錯誤なと思っていたが、私たちは太陽の出没に他界を見る神社の世界観に囲まれて暮らしていることになる。まるで古代エジプト人だ(笑)。だけど夏と冬に生命や人生の盛衰を見るのはいまでも可能だろうし、太陽なくして地球上の全生命は生存できない。私たちは先人たちのこめてきた意図や気持ちに畏敬の念をもちつづけるべきなのだろう。
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『おんなの浮気』 堀江 珠喜
おんなの浮気
堀江 珠喜

なにか漠然とおもしろいかもと思って買ってしまったが、たいしておもしろくもなく、啓発されるところもなかった。
雑誌の延長のようなエッセイがつづくだけの新書である。データで分析するなどの学問をほとんどしていない。この著者は文学研究なのか、ほとんど社会学的視線がない。だから浮気したいかな、してもいいかな、とさまよっているような文章で、そんな自己や世間の風潮をつきなはして冷静に客観的にながめる視点がない。これは社会学者に料理してほしい題材だろう。
一婦一夫制と人間の生態はしっかり合致するのかといった論考あたりならよかったかも。雑誌のような扇情的な文章なんて読みたいとも思わない。自己を客観的に見たり、世間の風潮を反省するような視点が得られないと、学問をした気にもなれないし、得るものもない。
これは新書で出される本ではないと思うのだが、おんなの浮気ごころはおいしいかもと買ってしまう私も私である。この著者はまえに『人妻の研究』(ちくま新書)という本も出していて、男の煽情ワードを煽る戦略本を出しているようである。こんかいは新書の体裁だからつい買ってしまったが、この本はエロ小説の棚におくか、主婦向けの棚においてほしい。
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企業は社会保障の廃止をめざすのか
関西しかやっていないだろうけど、『雇用破壊〜格差社会にもの申す』(アンカーSP)という報道番組を14日深夜にみた。おもに製造業の偽装請負や非正規雇用の問題をとりあげていた。宮崎哲哉や片山さつき、仙谷由人、小島典明(阪大)、脇田滋(龍谷大)、雨宮処凛といった人たちが出ていた。
派遣というのは一年後に直接雇用に移行しなければならないから、偽装請負が横行しているという違法行為が叩かれていた。請負というのは派遣先の正社員から指示・命令をうけてはならないらしい。実態は派遣であり、企業は直接雇用をどこまでも避けたいらしい。
工場などの製造業は派遣や請負がどんどん進行している。派遣や請負はそこの会社に属してながら、よそ者のような気持ちを味わわせるものである。そして給与は社員の半額程度であり、昇進もないし、社会保険が支払われることもめったにない。つまりは非正規雇用であり、アルバイトである。不安定雇用であり、使い捨て労働であり、結婚も子どもも持つことがむずかしいだろう。
いまの日本企業は従業員に生活や人生の保証をするといった温情主義・家族主義的な、かつての日本企業のイメージをどんどん捨てつつある。まだ多くの人はそうであろうけど、企業は生涯を保障してくれるというあたたかくて、やさしいイメージを抱きつづけているのだろう。
だからこそ、かつての日本人は企業に忠誠心をつくし、愛社精神をもち、長時間残業をいとわず、企業につくしてきたのである。滅私奉公には見返りがあった、もしくはそう好都合に考えてきたのである。そして会社人間や社畜とよばれるものになった。
そんな都合のいい話があるわけがない。企業は経済論理で動く。好調なときにはそのような約束はできるが、、調子が悪くなるとたちまちその約束は捨てられる。それが経済やお金というものである。それなのに日本人は企業に聖人君子のような温情主義を期待してきたのである。この異常な観念の源泉には、年金や健康保険によって人生が保障されるというメルヘン的な依存心の育成があるのだろう。
企業はこのメルヘン的な人生保障の約束をどんどん反故にしつつある。そのメルヘンは大企業や専業主婦、または多くの日本人の脳裏の中にのこっているのだろう。現実には非正規雇用の急激な伸びによってそのメルヘンがどんどんつき崩されているのだが、おおくの日本人はまだまだその現実を認めようとしないのである。
企業は従業員の生涯保障なんてしたくないのである。必要なときだけ雇用したいのが企業というものであり、経済論理である。たとえば私たちは住まなくなった家の家賃を払いつづけるわけなどないし、乗らなくなった電車の定期券を買いつづけるわけなどない。企業も同じである。これが当たり前すぎる当たり前のことなのだが、どうも日本人は人間は違うといって、住まない家賃や乗らない定期券を払いつづけることを正当なことだと、人間の権利やとうぜんの保障だと思い込んできたようである。企業に生涯の保障を抱え込ませて、有利さを企業の長期雇用にあるようにひっぱってきた。労働市場を育てることのほうが重要だと思うのだが。
企業は社会保障をどんどん捨てたい。国家の社会保障は見捨てられたかたちになっている。国民は社会保障にしがみつきたい。企業は給料を下げたい。そのような要求が絡んで、いまの企業の中には正社員や派遣、フリーターといった雇用形態が混在している。その格差は競争やがんばりのモチベーションとして利用可能かもしれないが、そこには年功賃金のような多くの人がしぶしぶ納得するような格差の正当な理由などまったくないのである。同じ仕事をしていて、だれが正社員とフリーターの違いを納得させることができるのだろう。
なし崩し的に企業の社会保障は人々から奪われている。そして温情主義的な企業関係の中で労働者はすっかりおとなしくなってしまっている。待遇も給料も低くても、社会保障がなくても、フリーターや非正規雇用者はなにもいえず、黙ったままである。社会も政治家も世論も声を上げず、沈黙したままに、この給与ダウンと社会保障の喪失はどんどん進行しつつあるのである。ものすごく大きな日本人の生き方の転換につきあたっているというのに、人々は傍観か、無視しているだけである。
なにが必要なのか。どうなればいいのだろうか。まずいちばん大事なことは企業と国家は社会保障をどうするのかコンセンサスを得るべきだ。企業は社会保障をどんどん捨てているのに、国家はそれを違法と見なすのか、取り締まるのか、それとも合法か、はっきりすべきだ。国家は企業が社会保障を与えないことを奨励するのか。
これまでは企業が従業員の社会保障の支払や手続きは肩代わりしてきた。この役割を企業に放棄させることは、事実上の社会保障の廃止に近い。つまりは企業のみならず、国家も社会保障を廃止するのかということだ。非正規雇用の問題とはとどのつまりこのことである。社会保障は廃止なのかということだ。社会保障は一級国民だけのものになるのか、そうすればほかの人たちは税金も払わないし、国家と無関係に生きようとするし、戦争は一級国民だけの義務になる。
もうひとつは正社員と非正規雇用の格差問題である。給与や生涯賃金で二倍〜四倍ほど格差のある関係はこのまま放置されるべきなのだろうか。もし同一賃金同一待遇をめざすのなら、正社員のレベルが引き落とされるべきなのか、非正規雇用が上げられるべきなのか。正社員が落とせないから非正規が生まれたといえるので、非正規雇用を上げるしかないのだろう。といっても政府にも労働局にも実行力は皆無だろう。このままこの状態はつづき、人手不足がやってこないかぎり、非正規雇用のレベルが上ることはないのだろう。
私がずっと思ってきたことは企業なんか信用するなということである。いくら生涯が保障される終身雇用が約束されたからといって、全人格的に企業に人生を捧げるなんてまちがっている。私たちは会社で働くためだけに生まれてきたのではない。人生を謳歌するためには必要以上に企業や労働に人生を捧げてはならないのである。
企業は冷酷で、残酷で、非人情的なものである。それが経済やお金の論理というものである。そういう面から出発して、企業とのつき合い方を決めるべきなのである。メルヘンな終身保障なんて期待して、全人生を企業に捧げるべきではないと思う。ほんらいは非正規雇用の関係が企業とのふつうのあり方くらいに考えるべきなのだろう。そうすると企業とのドライで一面的な関係やつき合い方も見えてくるというものである。企業とは敵対して、闘争する関係なのである。温情的な関係を期待しておとなしくなるべきではないのである。
人はお金のために創作するのではない。
YouTubeにリンクを貼っていた音楽が著作権違反でどんどん削除されている。私はYouTubeにリンクを貼ることによって、自分の好きな曲や聴いてほしい曲をみんなに知らせることができて、とても楽しい気持ちがしたものだ。かつてない経験であり、たぶんこれまでは自分の選択した曲をみんなに聴かせることができたのはTVやラジオの音楽番組担当者だけだっただろう。
ふつうは自分の好きな曲を口頭や言葉で知らせることくらいしかできない。友人間ならCDの貸し借りなどができるだろう。でもいっしょに聴けるという機会はそうそうない。YouTubeは私の選択でいますぐみんなに曲を聴かせることができるのである。こんなに便利ですばらしいしくみはこれまでなかった。
友人間で音楽や書物などの著作物を貸し借りする場合、お金をとる人なんてまず皆無だろう。いい音楽や有益な本などがあれば、人は喜んで友人にそれを貸すだろう。
音楽や知識というのはもともとはこういう性質のものだ。いいものがあれば、人は喜んでそれを人に与える。知識や音楽はそうやって人のあいだを流通するものである。
しかしわれわれの社会は貨幣社会である。音楽や書物はお金によって流通する。お金がなければ、流通や製造、販売の手段をもたないのである。友人に貸し借りするような流通手段だけでは、私は生活するためのお金を稼げない。もし音楽や書物を無料で創作・流通していたら、かれはほかに生活の糧を得なければならなくなるだろう。
だけど音楽や知識というのはいいものがあればみんなと共有したいものであり、もし彼がよいものを創作すれば多くの人に知らせたり聴かせたりして、喜んでもらったり、認めてもらいたいと思うだろう。音楽や書物の創作者はもともとはこういう気持ちから創作していると思う。彼は自分の創作物に喜んでもらったり、認めてもらいたいと思っているのである。知識や情報にしても、人類の多くが有益な知識を知らないでいることも大いなる損失である。
お金というのはそういう流れを遮断したり、拒否したりするものである。いっぽうでは創作物のなくてはならない流通手段になるのだが、いっぽうではお金のない人を拒絶したり、お金の払わない人には届かないしくみになっている。もし台風情報や津波注意報が有料でお金を払う人にしか得られなかったら、どうなるだろう。げんざいの知識や音楽の流通はこのようなしくみによって遮られているのである。お金は人類の共有財産を隔離したり破壊したりするのである。
しかしインターネットはお金をかけなくても著作物の流通を可能にした。著作物はいっさい無料でも流通できるようになったのである。パッケージ化や物流、販売などの手間がいっさいなくなり、そしてその障壁のための金銭の支払がいっさい必要でなくなってしまった。著作物にお金を払う障壁がいっさいなくなってしまったのである。
創作者はほんらいの人に喜んでもらったり、認められたいと思う気持ちに出会うことができるだろう。しかしそれでメシを食う音楽業界や出版業界はたまったものではない。それによって一銭も稼ぐことができなくなるからだ。創作者だって同じことである。
音楽や知識はインターネットによってみんなで去有されるしくみがつくられた。もともと音楽や知識はみんなの共有財産として存在すべきものである。とくに知識なんて多くの人と共有しないことには人類の損失であり、流通を助けるお金がいっぽうでは遮断する役割も果たすというのは流通手段の失敗である。
お金は分業と協同の社会をつくった。みんながそれぞれの分担業務をおこなうことによって、すばらしい高度な分業社会をつくった。しかしお金は最高の協同システムを築けるというわけではない。ほんらいは人類が共有すべき知識や情報を遮断、分断している。お金はみんなが共有すべき知識や情報の流通に適さないようである。
インターネットは知識の共有にはもっとも適したかたちだろう。だけどすべてが無料になるのなら、創作者にはお金が回ってこない。しかし知識や情報はタダで回るようになったのである。私たちはお金による知識の分断から解放されたすばらしいシステムをもったのである。これは知識の革命である。
しかし著作物関係者はお金を稼ぐができない。私たちはお金という流通、協同社会をどうにかできないものだろうか。それともせっかくの知識や情報の共有を手放してでも、お金による知識の遮断・分断をめざすべきなのだろうか。協同社会のあたらしい流通手段はないものだろうかと考える時期にきているのかもしれない。
『現代倫理学入門』 加藤 尚武
現代倫理学入門
加藤 尚武

これは難しすぎた。倫理の具体的な例が多ければわかりやすかっただろうけど、原理的な理論になるとかなりわからなくなる。論理学や言語学に近づいてきて、そこからはさっぱり理解しかねた。数学の証明問題に近いといったらいいか。ミルやカント、ベンサムらの学説などの紹介は有益だったけど、まさか私はここまでわかりにくいとは思わなかった。不覚である。
「他人に迷惑をかけなければ何をしてもよいか」「貧しい人を助けるのは豊かな人の義務であるか」「科学の発達に限界を定めることができるか」といった章立ては魅力的である。しかし内容はいかんせん難しすぎる。
でも倫理の問題はもっと知りたいと思う。自分が生きてゆくうえで倫理的問題は一時たりとも避けて通れない問題であると思うからだ。めげずにまた倫理学の本に挑戦したいと思う。
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『私たちはどう生きるべきか―私益の時代の倫理』 ピーター シンガー
私たちはどう生きるべきか―私益の時代の倫理
ピーター シンガー Peter Singer 山内 友三郎

現代の社会は自分自身の物質的な私益を追求する以外に、このために生きるという目的をもっていない。われわれの仕事の唯一の目的は、「ずっしり重い金銭と家財を持って墓に入ること」(ウェーバー)なのである。アメリカの鋭い観察者トクヴィルは「このように金銭の愛着が人の気持ちを強くつかんでしまった国を、本当に他に知らない」といっている。
人生は富や物質の獲得のためだけにあるとはとても思えない。だけどそうしない食べていけないシステムの中に私たちは生きているし、たとえ街中にホームレスがいっぱい増えたとしても、私たちは私益以外の営みを抑制される世の中に生きている。貨幣経済は自分の生きる糧を自分で稼ぐことを強制することによって、人びとに強制的に仕事に従事させる社会である。だからそこから落ちこぼれる人を救う論理をもたないのである。
アメリカの重役の給料は平均的な労働者の85倍、または160倍にもなっているという。「飢えで死にかかっている者に食物を与えなさい。もし食物を与えなかったら、あなたはその人を殺したことになる」(アンブロシウス)といった中世西洋の宗教的倫理は、カルヴァンにより富は神の救済のしるしとなったのである。現在では景気浮揚のため経済学者がその承認をあたえる。
ピーター・シンガーはオーストラリア生まれの倫理学者である。動物解放の活動家らしい。この本は私益以外のなにか人生の目的はないか、それは環境破壊で不可能な生き方になっている、といったことを探った本である。350ページのびっしりとした本であるが、長さを感じさせず、議論の筋道を楽しめる本である。ただ私としてはシンガーの奨めるような倫理的な生き方といったものがいまいちぴんとこなかったように思う。個別的な論理にはおもしろいものがあったが、全体としてははっきりとした輪郭が見えにくい本のように私には思えた。
「勝ったからといってわれわれは満たされない。だから繰り返し繰り返し勝たなければならない。成功の味は、単にもっと多くの成功をという気持ちをあおるだけだ。負けた場合には、次こそ成功しなければならないという強迫観念がいやます」――ヨット競技者の言葉である。
オーストラリアのアボリジニなどは、「彼らは所有しているものをすべて持ち運ばなければならないので、物質的な財を獲得することは、彼らの人生において大きな役割を果たしていない」
「世界の人口の70パーセントは、家族や部族への忠誠心のほうが私的な目標に優先する社会に生きている」
私益や物質的な富だけを求める人生というのは、やはりこの貨幣経済のシステムのせいなのだろうか。貪欲に私利私欲にならないと、不況になったり景気が沈滞すると煽られる。そして意味のない新製品をつくったり、買いつづけなければならないのである。ホームレスが増えつづけようが、会社での部下や同僚が安い給料、低い待遇で働かされているのを目の当たりにしながらも、私たちは自分ひとりの高給と物質的財をもとめつづけなければならないのである。おおよそ倫理的な生き方とはいえないし、人生の目的とはとても思えない。やはり貨幣経済のせいなのだろうか。
社会主義は倫理的な生き方だと思われた。しかしそれは権力の独裁と経済の沈滞をもたらした。福祉国家にしても赤字累積と個人の無気力と依存心をもたらした。ふたたび私益と貪欲が賞賛される世の中になった。
貨幣経済やシステムがこのようなものであろうと、人はたった一度の人生を価値のある意味のある生き方にしたいと思うはずである。金儲けや見せびらかし消費だけが人生の目的ではないと人はふと立ち止まるはずである。人より豊かになったり、勝ったりする人生にそんなに意味があるものか。そのほかの生き方はないものか。私たちは本当に意味のある人生を送っているのだろうか。いつまでも胸に抱えておきたい重要な問いである。
安くなったメガネに驚いた。

私はかなり視力が悪いから、メガネは安いレンズが買えずにいつもメガネには5万円くらいかかっていた。それが今回、スリープライス・ショップで買ったら、たったの一万三千円でメガネ一式が買えて、驚いた。いままでのバカ高い価格はなんだったのかということになる。スリープライスショップというのは五千、七千、九千円のセット価格でメガネが買えるという店だ。
韓国のメガネが異様に安いことはちらほら聞いていた。7千円くらいでできたそうだ。日本のスリープライスショップの安さの理由は、フレームを中国でつくり、レンズを韓国でつくるからだそうだ。サングラスで千円で売っているのだから、安くできないわけがない。
いままでメガネ屋は暴利をむさぼっているのだろうか。いままでの店の言い分によると、メガネは医療品だから繊細な技術や経験が必要だとか、職人技が必要だとか宣言している。だけどスリープライスショップの安さの前ではまったく説得性をもたない。ファーストフード方式でできるものだったのである。
私はモノは安ければ安いほどいい。モノに価値があるとは思えない。自分の貴重な労働の時間を捧げているのである。それに勝るモノなどないと思う。モノの価格によるグレードなんてちっとも信じていない。高ければ自分の価値が高まったとか、まわりが尊重してくれるだのの広告神話なんてアホらしい。モノは私の社会的価値をあらわすのではなくて、あくまでも「機能的な」モノであればいいのである。だからアホらしくて高いものなんて買わない。というかお金がないから買えない(笑)。
ユニクロもファッションの価格破壊をもたらしたが、たぶんに服に価値はないという宣言をふくんでいるのだと思う。スーパーよりそこそこのセンスがあればいい、ファッションに自分の価値は投影されないということで私はユニクロの安い服を買う。
メガネはファションであるべきだと前々から思っていた。こんな私でも十代のころは流行にこっていた「ポパイ少年」だったころもあり、メガネは流行を意識してかけてきた。80年代にはセルフレームの丸っぽいボストンタイプや黒ブチの四角いメガネが流行った。90年代にはまん丸や楕円のロイドタイプやオーバルタイプが主流になった。いまは横に細長いメタルフレームが人気だ。TVを見ていると、だいたい流行りのメガネを多くの人がかけているのがわかる。私は老眼鏡のようなメガネをかけたかったので、近いのが見つかってよかった。
スリープライスショップはメガネのファッション化をもたらすだろう。というか、いままでの高いメガネ屋の値段はなんだったんだと憤慨する。たぶんに日本の円が高くなり、中国などの生産工場が安い価格で急速に発展してきたからだろう。高い値段にあぐらをかいてきた日本のメガネ業界は後進国に衝撃を受けるのである。私たちはこのような中国ショックというものに消費者として恩恵を受け、労働者として打撃を受ける。まちがっても生産者を守る世の中ではなくて、かれらがほかの業種に移りやすい世の中を緊急につくりだすべきであると思う。
ところで目が悪くなるのは、近くばかり見ているために眼筋が固まってしまったからだと思う。眼球をひっぱる筋肉が硬直して固定してしまったのだ。腕や足の筋肉が緊張したままの状態に近いと思う。だから上下左右の眼球のストレッチが初期には効くと思う。ただし近眼が強くなると、眼球はフットボールのようにふくらんだままで網膜も薄くなっているので、網膜はく離の危険もあるので、慎重さが必要なのがむずかしいところだ。
ど近眼のおかげで私は18くらいのころから飛蚊症(ひぶんしょう)と長いつきあいになる。視界に蚊が飛んでいるような黒いものが見える症状のことである。これは仏教のこの世の幻をたとえるのにも使われていた由緒正しい?病気である。だいたいは年をとってから起こる。本を読むにも黒い塊がじゃまになったりする。だいたい視界が暗いとき、つまり気持ちが落ち込んでいたりするときには増えたかなと思う。空や光を直視すると、その多さにへきえきする。
でもいまではだいぶ気にしないことも覚えたし、網膜はく離の恐れもあると医者に脅されて医者に行ったこともあるが、20年くらいたってもなんともならないのでいまはほとんど心配していない。不便なものなので、みなさんは目の健康に気をつけましょう。
『マーフィー 眠りながら巨富を得る』 ジョセフ マーフィー
マーフィー 眠りながら巨富を得る―あなたをどんどん豊かにする「お金と心の法則」
ジョセフ マーフィー Joseph Murphy 大島 淳一

眠りながら巨富を得るというのは、成功や富を実現したように潜在意識に思い込ませれば、その成功が現実に実現するということである。棚からぼた餅的な発想でないわけではないが、努力や勤勉がすっとばされているような気もするが、まあこの心の法則は真実でもあるのだろう。
私たちは自分の考えていることが現実になるという心の性質をもっている。心理学の交流分析では人生脚本といって、親からおまえはこんな人間だといわれると、一生そのような人間を演じるのだという考えがある。マーフィーはこのはたらきを成功や富のために用いようとしているのである。
あたかも実現したように潜在意識に刻み込むと、そのような現実が後からやってくるのである。成功や富や幸福にそのような心の法則を用いない方法はないだろう。
ぎゃくに否定や批判ばかり考えていたらそのような現実をつくることになるし、欠乏や貧困を思い浮かべてばかりしたら、じっさいに欠乏や貧困をひきよせることになってしまう。あなたの日ごろ考えていることがあなたの現実なのである。
考えるということは、すでにしてこの世界の現実である。あなたの世界の中では、その世界しか存在しないのである。すでにあなたはそのような世界を現に生きているのである。現実にひきよせるのは時間の問題だろう。心理学では予言成就という言葉があり、まさにこのことである。聖書では、「私がおおいに怖れていたことが私にふりかかった」(ヨブ記)といっている。否定や欠乏ばかり思い浮かべるのではなく、成功や幸福を思い浮かべない手はないというものである。
私たちは考えが現実をつくるという法則を知らずに、よういに否定や批判、欠乏ばかりに目を向けがちになる。それが現実になるという結末を知らないからだろう。または批判していると自分が偉い人間になった思い込むもできるし、楽しいことより不平不満に目を向けることのほうがラクだからだろう。ニュースはそのような面ばかり見せる。そして自分の現実をそのような否定的なものにつくりあげてしまうのである。
この心のカラクリを知ったのなら、私たちの考えかたというものにもっと注意深くなることに気を使うようになるだろう。私たちは心に関して、車のハンドルの存在を知らずに、アクセルを踏みつづけるようなことをしているのである。ハンドルというのは考えることの内容や種類のことである。
なお、マーフィーはキリスト教である。神に祈る言葉がしょっちゅう出てくる。しかしキリスト教的な本というよりか、自己啓発がメインであるから、神かがり的な言葉は気にする必要もないだろう。というか、宗教というのは、いつでもわれわれに自己啓発、または心の有効な用いかたを教えてきたのだろう。宗教は無条件の服従をきらった近代の政治的人間がその側面を嫌悪しているだけなのである。心の利用法まで排斥するのは、医者に服従するのはいやだから医者を排斥するのに似ている。
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