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04 25
2004

風景写真

四天王寺の古本市 2004/4/25


CIMG0014.jpg 今日は大阪四天王寺で古本市がやっていました。どうしてこんなところでやっているんだろう。
CIMG0015.jpg 5月2日(日)までやっているのでお近くの方は寄られてみてはいかがですか。
CIMG0017.jpg 四天王寺へはそもそも私はカメを見に行ったのだ。この池にはカメがたくさんいます。でも日本のクサガメやイシガメではなく、ミドリガメばかりだ。
CIMG0012_thumb.jpg
おまけ。日本橋の近くにある異様なアパート。出窓みたいな部屋がたくさん出ていてその異様さに目を奪われます。(クリックで拡大表示できます。)

04 25
2004

風景写真

大和川上下流紀行



 空の広さと川の流れに心が癒される私の愛する大和川の写真です。大阪の都会には見られない青い空の広さや空間の広がり、澄んだ川面の姿や緑の多さに私はたいへん心を癒されています。

 デジカメを買ったのでさっそく大和川の河口からあたりから上流のほうまで写しました。癒されるかな?

CIMG0003_11.jpg 大和川大橋から河口へはジョギング・ロードがずっとつづいています。ここには白いウミドリみたいな鳥が群居しています。
CIMG0004_21.jpg 阪堺大橋を越えた河口への大和川。広さと深さを増しています。
CIMG0006_21.jpg 海へと口を開いた河口です。この先には大阪湾があり、淡路島や四国へとつづいています。
CIMG040251.jpg 海へと広がった大和川の最河口。ゆるやかに波打った川面が海の近さを物語っています。
CIMG040253.jpg 上流へと遡った南海高野線ふきんの大和川です。電車が陸橋を越える音が夕方にこだまします。
CIMG040254.jpg 大和川が大きく蛇行したところです。水面に映った緑の影が鏡面のように反射しています。
CIMG00181.jpg 吾彦大橋をさかのぼった緑に囲まれた大和川。ホームレスの青テントがぽつんと何年も前からあります。
CIMG00201.jpg 近鉄南大阪線を越えると小高い土手になっていて、町を見下ろせるとても心地よいジョギング・ロードになっています。
CIMG00221.jpg この土手はとても気持ちいいです。晴れた日には空を見上げたいところです。
CIMG00251.jpg 阪神高速まではこの気持ちいい土手がつづきます。空が澄んだ日は最高のサイクリング日和です。
CIMG0031.jpg 中央環状線を越えるとふたたびジョギング・ロードになります。前方には特徴ある二つコブの二上山が見えます。
CIMG0034.jpg 前方の山は左から二つコブの二上山、葛城山、大阪府の最高峰、金剛山が連なっています。
CIMG0035.jpg こちらは生駒山系の山々です。この土手は住宅街を下に見下ろせるほどの高さになっています。
CIMG0040.jpg 柏原市役所まえの大和川岸は広い野原になっていて、とても気持ちいいところです。
CIMG0041.jpg 石川が合流するところです。江戸時代の大和川付け替え前はこの川が淀川へとつながっていたそうです。
CIMG0044.jpg 大和川が山へと入ってゆくところです。
CIMG0045.jpg 大きな岩があり、山の川の表情を見せます。
CIMG0046.jpg 山の中を流れてゆきます。
CIMG0048.jpg 山の中で流れが速くなっています。
CIMG0049.jpg 山を越えてここはもう奈良県です。
CIMG0059.jpg 大和川の約20Kmの道のりはこのマウンテンバイクが役に立ってくれました。

05 01
2004

風景写真

山あいの村落――雨山


 今日は熊取の雨山に登ってきました。山に囲まれた田園風景がなんとも味わいがありました。山の中のダム湖も深い緑をたたえて静かにたたずんでいました。
   
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CIMG0108_thumb.jpg

05 05
2004

風景写真

大阪・能勢の長谷の棚田で癒されます。


 大阪にもまだこんな自然ゆたかな棚田がのこっており、しかもわら葺屋根の家すらのこっているなんて新鮮な驚きがあります。むかしの日本の原風景を見るようです。

 緑ゆたかな自然に見ているだけで心癒されますし、またすり鉢状の空間が心地よい解放感を与えてくれます。惚れ惚れするような棚田です。

 ▼アクセスは能勢電鉄山下駅から森上バス停で下車。長谷川南の小高い道をのぼってゆきます。ハイキングでは三草山へのコースです。
 
CIMG0405051_thumb_1.jpg 森上バス停から西へ高度を上げてゆくと棚田が右側に降りている様子が見えます。
CIMG0028_thumb.jpg 左奥には低い土地が見え、長谷川が流れています。
CIMG0029_thumb.jpg 目線を右横にもどした図です。
CIMG0030_thumb.jpg 棚田がまだ山のほうに上がっています。これは神戸の山を切り崩した住宅街と発想が同じなんだろう。
CIMG0031_thumb.jpg 眼下には棚田が広がっています。わかりづらいですが、わら葺き屋根があります。
CIMG0038_thumb.jpg わら葺屋根の家です。むかしは緑の田園風景にものすごく溶け込んでいたんだろうな。
CIMG0039_thumb.jpg 手前の棚田と向こうの棚田がそれぞれの角度にあわせて傾斜しています。
CIMG0048_thumb.jpg 棚田を下から見上げた図です。奥のほうまで棚田がつづいています。
CIMG0051_thumb.jpg 山の色と田んぼの色が見事に同化しています。人工物であっても自然の美しさが残っていますね。

05 16
2004

風景写真

御堂筋ぶらぶらスナップ



 大阪・御堂筋沿いを南からぶらぶら北に歩いてみました。街中で写真をかまえるというのは恥ずかしくもあり、勇気もいるものです。人にとっては価値のない街中の写真を撮る気恥ずかしさがありますし、人の写真を勝手には撮ってはならないみたいな暗黙の了解もあると思いますからね。

 まあ、私なりに大阪の表情を切り取ってみました。私がふだん大阪で見ているものと思っていることを感じくれればいいなと思います。


CIMG00051.jpg 難波駅から南海通に向かいます。ここは心斎橋へとつづくミナミの中心街です。さあ、ここからはショッピングと人々の歓楽と欲望の集合がはじまります。
CIMG00061.jpg 南海通の中。人でうじゃうじゃ。ゲーセンやフード・ショップ、ファッション・ショップが並び、活気にあふれています。大阪の消費欲望の中心です。消費が人生の最大の娯楽・目的になった人たちが毎日集まってきます。
CIMG00122.jpg いわずとしれたグリコの看板がある道頓堀。クレジットカードの広告が目立ち、借金無間地獄の現代を垣間見せています。食べることから金転がしの毎日へ。
CIMG00182.jpg 長堀通をこえると高級ブランドショップが並ぶようになりました。ルィ・ヴィトンです。ここらはいぜんは完全にオフィス街か、卸問屋の地域だったはずですが消費街が拡大しています。生産より消費の時代へを象徴しています。
CIMG0019.jpg こちらはカルティエです。むかしはデパートの中に入っていたものが路面店が増えました。ブランドへの欲望と需要が拡大したということです。
CIMG0028.jpg 南御堂です。五木寛之がNHKでいってしましたが、むかしの大阪人はこの御堂の近くに商売の地をかまえたかったそうで、けっこう信仰心が大阪人にはあるそうです。私にはなんの寺か身近にいてもわからなかったけど。
CIMG00301.jpg 高架の下にある船場センタービル。卸問屋がずらりと並んでいます。車の移動・輸送のための高速道路に押さえ込まれ、閉じ込められたようにも見えます。卸問屋の活気は外からはうかがい知ることができません。
CIMG00401.jpg 北御堂の仏像。はじめて見たのですが銀ピカの仏壇にはびっくりしました。ここは何? 大阪のカネへの欲望の象徴? 金銀財宝教の殿堂か?外には蓮如と親鸞の銅像が雨ざらしの中、立っていました。
CIMG0055.jpg 北浜にある緒方洪庵の適塾跡です。福沢諭吉などを教えたそうです。こういう知の伝統が大阪にあったことは頼もしいかぎりです。
CIMG0060.jpg 緒方洪庵の銅像です。医者であり、蘭学をものにしたそうです。明治以前には学校がなかったような教え方をされますが、江戸時代にもそれぞれ階層別の学校がたくさんあり、多くの人が学校に通っていたそうです。
CIMG0074.jpg 中之島中央図書館です。そんなに本は充実していなかったと思いますが、ここで自習する学生さんはぴりっと身がひきしまるみたいです。場所に力を借りるとはけしからんと思いますが、まあ人の勝手です。
CIMG0086.jpg 堂島川の橋の下にホームレスの青テントがつらなります。高度成長の時代にホームレスはいなかっただけの話です。経済成長と国家の保障のもと、人々は自由に生きる権利さえ失っていたのです。奴隷の保障か? 自由の恐怖か?
CIMG0089.jpg 堂島川に高速道路が走ります。江戸時代には廻船でにぎわったこの川はひっそりと役目を失っています。川が輸送の主役だった時代、川はもっと輝いていたんでしょう。川ってもっと楽しい空間であると思う。
CIMG0104.jpg 堂島アバンザにあるジュンク堂。知の殿堂だ。書店に知のサロンのようなものがあれば、文化の厚みも増えるのにと夢想したこともあるが、いまはひとり知を楽しむほうがいい。
CIMG0113.jpg 大阪駅前ビルのシャッター・ロード。日曜日だからふだんより店が閉まっていますが、このさびれ具合が私には心地よい。人ばかりの梅田のオアシスでもある。
CIMG0122.jpg 梅田の旭屋書店のビルです。むかしは哲学書の専門書が山のようにあると思いましたが、ジュンク堂ができてからは負けています。
CIMG0126.jpg 大阪の文化をつくりだしてきた阪急電鉄です。宝塚や芦屋の高級住宅街、阪急デパートなど電鉄がハイカラなことをしてきました。南海沿線に育った私としてはちょっとうらやましい。
CIMG0003_12.jpg ここはたまらん。人がなんでこんなにいるのかといつも思う。JRや地下鉄から阪急にのりかえるときの回廊。人でうじゃうじゃ。うぎゃーっ。
CIMG0006_13.jpg うわぁ、ここも人でうじゃうじゃ。梅田の地下街です。地下街というのはスキマや人の逃れるところ、隠れる場所がないから窮屈で緊迫した場所に思える。地下街ってあまり心地よくない。





 ▼写真というのは目のコピーと移動である。目というのはほんらい自分のいる場所のものしか見ることができないものである。写真はその場所に規定された目の移動や複製を可能にした。

 私たちは自分のいるところや行ったところしか見ることができない。写真はそういう場所につなぎとめられた目の移動を可能にしたわけである。

 われわれは写真によって目や場所の共有を可能にしたのである。もちろんこれは目だけの話である。写真は音もにおいも肌感覚も伝えてはくれない。実体験としての可視やその場所に存在したという実感はともなわない。

 したがって多くの欠損感を写真はわれわれにもたらす。欠損感をおぎなうため、われわれはその写真の場所へと身体を、五感を移動しなければならないわけだ。

 欠損が欲望の発火装置である。われわれは多くの目を共有することによってそれだけの数の欲望も手にすることになった。荘子は山中の村以外出たことがない人を幸せだといったと思うが、多くの目を共有するわれわれは幸せになれたのだろうか。


05 22
2004

風景写真

沢と山里の柳生街道


 私の好きな柳生街道の写真です。私は一度登った山はあまり登らないのですが、この柳生街道だけはもう4,5回は行っています。

 ここのよさは微妙なところです。大したところではないといえば、大したことないといえるからです。ただ、ここには私の好きな山の要素――沢のせせらぎと山里の風景がふたつとも揃っています。

 沢のせせらぎはほんとうにいい。空気もものすごくひやりとした感触を味わえます。都会では絶対に味わえない自然の中の河川の原始的な姿を見ることができます。都会ではコンクリートに囲まれた河川の姿しか見ることができませんが、山の中ではゆいいつ、自然の河川の姿を見ることができますし、山の静寂の中でせせらぎの音を感じることができます。

 里山の風景は山の中にただ田んぼがどこまでもつづいているだけなんですが、これが私にはいい。都会の住宅地で育った私には日本昔ばなしに出てくるような山すその田んぼの姿が現代にもあると知ってカルチャーショックを受けたわけです。そののどかさは抜群です。


CIMG0032_1.jpg 苔むした岩の間に水が流れています。昨日の雨の増水のため、せせらぎの音もかなり大きめです。静寂の中、せせらぎだけが聞こえてきます。
CIMG0036_12.jpg 自然な川の姿です。
CIMG0044_12.jpg 岩の間を川が流れ落ちいてます。
CIMG0045_11.jpg 川の水蒸気でひんやりした空気と苔が岩に生えています。
CIMG0046_1.jpg 山の川の特色は大きな岩がごろごろと転がっていることです。平野の河川では見ることはできません。
CIMG0060_1.jpg 岩だなを滝のように水が流れ落ちています。
CIMG0062_1.jpg 岩に朝日観音とよばれる仏像が彫られております。私にはよく味わいがわかりませんが。
CIMG0080_1.jpg こういうのが自然な川の姿というものです。
CIMG0091_1.jpg 山中にとつぜん現れる峠の茶屋。江戸時代から奈良と柳生をむすぶ休憩所として往来客をもてなしてきたそうです。車や鉄道がない時代、人々はとうぜんのように山道を昇り降りしていたんでしょう。
CIMG0003_1_11.jpg 山を降りるとこういう山に囲まれた風景がずっとつづきます。こののどかさがいいのです。
CIMG0032_1_1.jpg 山の間に田んぼがずっとつづきます。
CIMG0051_1_1.jpg 山すそに田んぼはあるのですが、人の気配はまったくありません。不思議な空間です。
CIMG0052_1_1.jpg 山あいの田んぼの中に民家があります。しかし人の気配はせず、静まり返っています。こういうところに住み、生活するって住宅地育ちの私には想像もできません。
CIMG0061_1_1.jpg 山の上に民家が何軒かあります。わら葺屋根が残っていました。こんな山中の小高いところに住むってどんな感じなんだろうと思う。
CIMG0063_1_1.jpg 歩けども歩けども山の中に田んぼがつづくだけ。人もほとんどいません。
CIMG0064_1_1.jpg 山と田んぼがあるだけです。人工物であるのに人の気配がしないところにこの風景の魅力はあるのではないかと思います。
CIMG0070_1_1.jpg 道路のまわりには田んぼと山々がつらなるだけです。
CIMG0075_1_1.jpg 水田に山の影が写っています。
CIMG0086_1_1.jpg 山があり、川が流れ、田んぼが広がり、木々が生えています。日本の原風景というものなんでしょう。
CIMG0088_1_1.jpg 山と田んぼの緑の色が見事に融けこんでいます。
CIMG0093_1_1.jpg 山と田んぼがつづくのみ。
CIMG0094_1_1.jpg 自然な姿の小川が流れています。
CIMG0098_1_1.jpg ふたつの木がありますが、これは川岸です。
CIMG0102_1_1.jpg どこまで道を進んでも山と田んぼの風景はつづいてゆきます。
CIMG0108_1_1.jpg ここらでハイキング・コースは終わり、円成寺へのバス停へと向かいます。のどかな山里の風景の見納めです。
CIMG0121_1_1.jpg 奈良へのバスは二時間に一本しかありません。


05 23
2004

風景写真

大阪リバーサイド逍遥


 大阪の川の表情を撮ってみました。私は長年大阪に住んできましたが、やっぱり知らないところも多くあります。そういう知らないところを見ることはひとつの驚きでもあります。マウンテンバイクを無目的に走らせながら、それらを写真に収めました。

CIMG0006_14.jpg 西成から大正へ阪神高速をわたった木津川の写真ですが、あとで気づいたのですが左岸にホームレスのテントがずらっと並んでいました。
CIMG0018_12.jpg 木津川から大阪ドームをのぞむの図です。
CIMG0021_12.jpg まったく木造だけの家がありました。う~ん、木造の味わいがあるなぁ。
CIMG0022_12.jpg アメリカのTVに出てきそうなキャンピング・カー(?)を発見。喫茶店をやっておりました。
CIMG0029_12.jpg おそらく木津川と道頓堀川と尻無川が合流するあたりだと思います。
CIMG0031_11.jpg なんか銀ピカの建造物があると思ったら水門でした。
CIMG0038_1.jpg 安治川にはエレベーターで降りるトンネルがあります。エレベーター・ボーイ(?)がいて、びみょうに気まずい。
CIMG0039_1.jpg 安治川の下のトンネルです。なんでこんなものがあるのかと思いますが、おそらく船の航行をさまたげないためだと思われます。
CIMG0055_1.jpg この建物から川の下にトンネルが伸びいているわけです。
CIMG0043_1.jpg 此花区の六軒家川ですが、船の荷捌き場があったそうです。この川に全国から廻船が集まっていた江戸時代の風景を見てみたいです。
CIMG0060_11.jpg 大阪中央卸売市場です。安治川ぞいにあり、はじめて見ました。すいかのダンボールが山のようにあり、パチられないかなと思いました。
CIMG0075_11.jpg 水上バスです。川はむかしは船の道路のようなものだったから、商都としての大阪にはたくさんの水路がはりめぐらされていました。川の用途や楽しみ方をもっと充実させてもらいたいものです。
CIMG0077_1.jpg 堂島川からはキタの高層ビル群が見えます。なんとなく高層ビルのほうに魅かれるんだな。
CIMG0088_11.jpg 屋形船というのでしょうか、宴会ができる船です。でも護岸がコンクリートでは、おもしろみが欠けるのではないでしょうか。まあ、夜景はけっこういいかもしれません。
CIMG0097_1.jpg 木津川ぞいを南に下っていて、ふと護岸コンクリートをのぼると、ホームレスの家がずらっと並んでいました。食料の調達はどうしているのかと思いますが、ここは人の目がありませんから快適なんでしょうね。ただわれわれの街にわれわれが恐ろしくて近づけない地帯ができたことは残念です。
CIMG0101.jpg 水門です。船が通るたびにぱかっと開くかするんでしょう。
CIMG0104_1.jpg おそらくホームレス収容所のようなものがありました。ここいらはほとんど工業地帯なので、住宅地から離れていて人は安心できるんでしょう。労働と貧困は人々の暮らしから遠ざけられるのです。
CIMG0114_1.jpg 南津守から大正へのぐるぐる回りつづける千本松大橋です。高すぎて怖い。
CIMG0124_1.jpg けっこう緑の多い住吉川です。散歩できる道になっています。でも護岸が高すぎるし、水量が少ないし、、川の味わいが出ていないな。
CIMG0126_1.jpg ここにもホームレスの青テントがあります。川と海と公園はホームレスばっかりです。仕事先がないのもあると思いますが、日本の住宅が高すぎるのもあるんじゃないかとふと思いました。
CIMG0010_1_2.jpg 阪神高速下の小川の道ですが、ここもホームレスのテントに占領されています。



 水の安らぎを求めて大阪の川の写真を撮ると、どうしてもホームレスのテントや小屋の写真ばっかりになってしまいます。大阪にはそれだけ多いということです。なにかが悪いのか、それともこのままのほうがいいのか。もうすでに当たり前の風景と化しつつあるようです。

 さいしょ、今日は西成の風景を撮ろうと思っていたのですが、コワすぎてカメラを向けるのはできませんでした。南海線路ぞいに露天が並んでいて、ブランドのパチもの、AVビデオ、ガラクタみたいなものを売っている店がたくさんありました。無法地帯みたいでした。

05 29
2004

風景写真

大阪ウォーターフロント周遊記


 大阪の海は案外近くにあるはずなのですが、大阪人が目にふれることはあまりありません。工業地帯が海浜地帯を陣取っているからです。大阪の岸壁をめざしても、どこもかしこも工場にはばまれるばかりです。

 海はもっと近く親しみのある憩いの場であってほしい。海はもっと安らげて楽しめる場所であってほしい。そういう願いをこめて大阪のウォーターフロントをめぐってみました。


CIMG00261.jpg 住之江区から大正区の要塞のような工場を写しました。いったいなにをつくり、なにがおこなわれているのか、働く人はどんな人なのか、知らない者にはさっぱりわからない工業地帯。
CIMG0042.jpg 橋の下をレジャーボートが行き過ぎます。ボートは金持ちの道楽?  川や海を楽しむということがふつうの人にはなかなか手に入りません。
CIMG00442.jpg 大正区のパイプでできた工場の建造物。労働の現場というのはオフィス街やショッピングモールのぴかぴかしたところばかりにあるのではありません。学校やマスコミはあまりにも現実から遠ざかりすぎです。
CIMG0047.jpg 大阪の海側には渡し船がいくつもあります。船の航行のために橋がかけられないからですが、なんだか観光目的に乗せてもらうのは気が引けます。ほんとうにただなんでしょうね?
CIMG00491.jpg ものすごく高くにある橋。コワくないかな? 山の高いところにある道路をスカイ・ロードといったりしますが、まさしくこれもスカイ・ロードです。空を飛んでる気分になれるかな。
CIMG0057.jpg 私の近くでは空き缶のリサイクル採集の光景が当たり前になりました。この人たちってみんなホームレスなんでしょ? 住宅地に不気味な光景がきざしはじめましたが、リサイクル社会というのは「金持ち」の主婦が始めるものではないのでしょう。
CIMG00621.jpg なにかの船着場です。漁船かな? 海という感じがします。大阪の人でも大阪の船着場ってほとんど見ることはないんじゃないでしょうか。
CIMG00771.jpg 弁天町にある高いビル。ランドマークになるんでしょう。あれ? これはツイン・タワー? もうひとつの棟はどこ? あれれれ?
CIMG0081.jpg 関西汽船と加藤汽船。船が見られると思ったら、加藤汽船のほうはつぶれているのかな? 中ががらがら。船会社はどこも苦しそうですね。船旅ってとってもノスタルジックな印象を残すものですが、やっぱり速さにはかなわない。
CIMG00911.jpg 港区岸壁からUSJをのぞむの図です。私はUSJに行ったことがありません。いっしょに行く人がいないからです。むかし近くで働いていましたが、USJがオープンするためにその会社は移転していってしまいました。
CIMG0092.jpg 大阪中央体育館ですよね? 上部は緑の多い公園になっています。私も建築の高校に通っているころ、こういう発想で郷土館を設計しようとしましたが、いまはまったく建築と関係のない仕事をしています。
CIMG0099.jpg その公園から街をながめるの図です。いいですよね、小高い公園から自分の街をながめられるのって。ビルやマンションではなく。どこの街にもあってほしいものです。夜なんかぼーっとしたいな。
CIMG0102.jpg 海の上を渡る高速道路。いや、安治川だ。役に立たない海や川は道路にめちゃくちゃに蹂躙されるんだなって感じがします。
CIMG0004_12.jpg 大阪ウォーターフロントの立役者の天保山の海遊館。海を遊ぶって発想はどんどん育てていってほしいと思います。ただ、観覧車とマーケットプレイス、サンタマリア号だけでは物足らなさ過ぎ。このまわりの光景はてんでふつうで躍ってません。
CIMG01171.jpg 江戸時代、天保山は物見遊山の名所だったそうです。江戸時代の浪花っ子のほうが遊び上手だったんでしょう。だれが江戸時代を暗黒時代といったんでしょうね。
CIMG01221.jpg 天保山の遊覧船の図です。江戸時代の人のほうがはるかに遊び時間も多かったんでしょうね。現代人は金と労働時間は山とあるけど、遊び時間に関しては江戸時代より未開で野蛮なんでしょう。だれが現代人はなんでもかんでも進歩しているなんていったのか。
CIMG0009_12.jpg 大阪港突堤から南港をながめるの図です。陸地は競うように海へと伸びていっています。こういう拡張主義はいつまでつづくんでしょうね。人口が減り始めた現在、ようやく時間はとまるのでしょうかね。
CIMG0010_12.jpg 同じく突堤から海へ、此花区方面へと目を向けた図です。大阪湾です。晴れていたら神戸や淡路島の山影がおそらく見えると思います。
CIMG0017_12.jpg 自転車で漕ぎ疲れたから読書するの図です。今日はかなり疲れました。5.6㎞は漕いだんでしょうかね。この突堤はあまりにも静かでのどかなものだったのでこの後寝ました。
CIMG0016_13.jpg 読書していたら轟音が鳴り響きました。サンタマリア号が通り過ぎました。風が気持ちいいんでしょうね。
CIMG0028_12.jpg 港区から南港に阪神高速が走っています。鉄骨をぐるぐるに巻いて、よくこんな長い距離を保っていられるなと思います。尊敬するよりか、ここまでして陸と陸がつながらなければならないのでしょうか。
CIMG0054_1.jpg 公園でオスのハトが求愛行動をしているどこにでも見られる光景です。オスのハトはメスと見えるのなら手当たりしだい誘っているみたいです。
CIMG0056_1.jpg 木津川にホームレスのテント群、いや、いまは小屋群がならびます。97年くらいから大阪のテントは増大しはじめましたから、もう7年くらいはテント暮らしが定着してきたことになります。新しい文化や日本社会はすでに始まっているのかもしれません。
CIMG0057_1.jpg 「商売繁盛、笹もってこい」の今宮戎です。この神社はどうして毎年1月10日になると人でいっぱいになるんだろう? 神社関係は私にはさっぱりわからない。神や仏を信じているわけではないのに人はどうして集まるのだろう? 願掛けの精神が大事なのかい。
CIMG0065_1.jpg おそらく飛田新地です。なんといえばいいのでしょうか、遊郭です、売春宿です、赤線跡です、料亭です。玄関に妖艶な女性がお待ちしております。私は自転車で通り過ぎました。カメラをかまえてよかったものなのか。
CIMG0081_1.jpg 帝塚山を走るチンチン電車です。しかしなぜチンチン電車は残ったのだろう? むかしの繁栄地を通っているということで近くの人の必要があるからなのでしょうか。チンチン電車の踏み切りはほかの電車のようなまったく封鎖的なものではなく、電車が来ていても人は平気で渡るのどかさがあります。



06 13
2004

風景写真

晴れた日に六甲山系から大阪湾を望む


 今日は六甲山系の東お多福山に登ってきました。台風一過のため、頂上からの展望ははるか大阪湾一帯を見渡せるほど明瞭でした。たぶん私が山登りした中でいちばん視界がくっきりしていた日だったと思います。こんなにすばらしい展望ははじめてです。

 でも写真に撮って見るとやっっぱりそのすばらしさはぜんぜん画像に写しとられていません。スケールが違いすぎるんでしょうね。この小さな画像ですみませんが、展望のすばらしさをすこしでも味わってみてください。



CIMG0009_thumb.jpg
山を登ってゆくと芦屋市や神戸市の市街地、大阪湾が見渡せました。
CIMG0042_thumb_1.jpg
手前に神戸の湾岸線が見え、かなたには大阪の泉州沖が見渡せます。写真ではぼんやりしていますが、肉眼では泉州のコンビナートまではっきり見えました。
CIMG0089_thumb_1.jpg
これは神戸の西のほうを望んでいます。ポートアイランドや淡路島の山影が見えているんでしょう。
CIMG0091_thumb_1.jpg
ここはおそらく宝塚や伊丹から大阪平野を望んでいます。肉眼ではもっとくっきり見えましたよ。
CIMG0103_thumb_1.jpg
六甲山系から見た大阪平野一望です。右手のほうに小さく梅田の高層ビル群が写っています。巨大な人間の棲家。
CIMG0108_thumb_1.jpg
右手のほうに大阪湾が青く写っています。大阪平野が広がっています。大昔は海や池がげんざいの平野部まで覆っていた名残のようなものが感じられました。

06 27
2004

風景写真

河内飯盛山から大阪市街をのぞむ


 四条畷からのぼる河内飯盛山から大阪市街をながめてみました。飯盛山は生駒山系の北のほうに位置し、大阪と奈良をへだてる山々としてそびえ、また大阪と京都をむすぶ淀川ぞいをはさんでおり、交通の要所でした。大阪市街や京都市街までの道が一望できる場所にあります。とうぜん中世最大の山城がありました。

 今日はとても曇ってました。写真が暗いです。でもすこしは大阪市街の風貌を知ることができると思います。

 帰りに東大阪・八戸ノ里駅にある司馬遼太郎記念館に寄ってきました。私はファンでもないし、ちょっとしか著作を読んでませんが、東大阪に住んでいたということで少しは親近感がありますのでいつかは行ってみたかったのです。


CIMG0019_thumb.jpg むこうが北摂山系で手前の生駒山系のあいだには淀川が流れ、京都へとつながっています。軍事上の要所となってきたところです。ほとんどまっ黒ですいません。
CIMG0023_thumb.jpg 中央に大阪の高層ビル群が写っています。大阪の市街地が石の粒のように見えます。
CIMG0025_thumb.jpg 南のほうを写しましたが、むこうの山影は葛城山系なのでしょうか。
CIMG0043_thumb.jpg この木はなんていうんでしょうか。やわらかなグリーンが栄える葉です。
CIMG0059_thumb.jpg ふもとにある野崎観音で坊さんが経典をばらばらと大きく繰りながら祈願をおこなっておりました。坊さんも「パフォーマー」だなぁと思いました。真ん中の小さい女の子がなんともかわいかった。
CIMG0061_thumb.jpg 司馬遼太郎の書斎です。庭のサンテラスに向かってイスがおかれています。落ち着いたところです。でもここは東大阪で、ちゃりんこに乗った大阪人が猥雑な感じをかもしているところです。
CIMG0063_thumb.jpg 司馬遼太郎記念館の外観です。コンクリート打ちっぱなしの建築といえば安藤忠雄です。4万冊の書架がありました。私も読んだ本があったりしてすこしうれしかったです。やはり歴史書とか郷土史の量がすごかったです。でも物足りないところでした。もっと直筆の原稿や書き込みの資料を見たかった。



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うえしん

Author:うえしん
世の中を分析し、知る楽しみを追究しています。興味あるものは人文書全般。ビジネス書、労働論、社会学、現代思想、経済学、心理学、精神世界、歴史学。。 そのときの興味にしたがって考えています。

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