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05 06
2006

バイク・ツーリング

熊野川の美しさと驚きの十津川村


 この三日ほど、原付で野宿ツーリングをやってきました。大阪から出て三重県の津で一泊、伊勢神宮をめぐって熊野浦で一泊、新宮から熊野本宮大社をへて大阪に帰ってまいりました。なによりも熊野川の美しさには魅入られました。また十津川村の山の斜面にへばりつくような居住群には驚きました。

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伊勢神宮の天照大神を祀っているところです。それにしても太陽が日本のいちばんの神だなんて、原初的?

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二日とも海岸にテントを張りました。不安もありましたが、飛び出るような星の数々と、朝日を拝めたのが感動的でした。

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熊野川の景色には魅了されました。山が落ち込んだところに広い熊野川が流れ、広大な景観をかたちづくっていました。たまりませんでした。

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広大な砂州を形成し、たいへん広がりのある景観が開かれていました。

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江戸時代に蟻の熊野詣といわれたそうですが、このすばらしい景観を見にきたのではないかと思うくらいです。

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熊野本宮大社です。なんか伊勢神宮にしろ、建物を拝みにきただけって感じもしないでもありません。

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山の斜面にへばりつくように十津川村の数々の居住群は築かれていました。「よくこんなところに住んだな」って思いました。すばらしい景観です。

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切り立った山の間を十津川が流れていきます。この広大な景観が川や水の重要性を伝えているのでしょう。

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真ん中の一本線が吊り橋です。かなり怖いでしょう。

07 16
2006

バイク・ツーリング

かやぶき屋根の美山町はじつにすばらしい


 かやぶき屋根が多くのこった京都府の美山町はじつにすばらしい。大阪付近にもかやぶき屋根がのこった民家は何軒かあるのですが、ふつうは一軒だけがぼつんとあるのですが、この美山町の北村集落は、何軒も群居していて、圧倒されました。じつに美しい。全国三位の多さだそうです。

 かやぶき屋根というのは、古き日本の原風景を思わせて、癒されます。緑の田園や青々とした山々にとりかこまれたわらぶき屋根はじつにまわりの景観にとけこんでいます。癒しのご褒美をまとめて喰らったみたいな気持ちです。日本の農村や山村もわらぶき屋根にふきかえたら、農村回帰がおこるかもしれませんね。

 大阪からは原付で迷いながらですが約6時間ほどかかりました。京都府の真ん中、若狭湾に近いところに位置し、あたりには電車がまったく走っていないので、まずは行けないとあきらめていましたが、やっぱりバイクを私有することの意味は大きいですね。

CIMG0065_11.jpg 50軒のうち38軒がかやぶきです。目を疑いましたね。認識するのにだいぶ時間がかかりました。
CIMG0042_1.jpg 坂をのぼってゆくと、集落の展望が開けてきます。
CIMG0045_12.jpg 家屋の多くは江戸時代後半にたてられたそうです。丹後と京都をむすぶ鯖街道が、鉄道におされて衰退してゆく時代と軌を一にしているのでしょうか。
CIMG0057_11.jpg 宮本常一と柳田国男の本を片手に古き日本人を思ってみるのもいいかもしれませんね。赤松啓介の夜這い論も。。

 ▼リンク
 美山町 ウィキペディア
 かやぶきの里 北村
 京都・美山ナビ


07 30
2006

バイク・ツーリング

バイクでめざすのはひたすら関西の山村


 去年十月にとった原付免許だけど、私がバイクでめざすのはひたすら緑のある山の中だということがはっきりしてきた。とくに山の向こうにも山深くの中にも、人びとの暮らしや集落があるのを見つけると、なんとも気持ちが和むのを知った。

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 大塔村とちゅうの山里風景     高野山系の山なみ

 私は大阪に住んでいるけど、関西の町や風景がどのようになっているのかまったく知らないのである。大阪の町並みはいやというほど見てきたけど、周辺の奈良や和歌山、京都の風景や町がどのようになっているかまったく知らないし、ましてやいまだに山の奥深くにも人々の暮らしや営みがあるなんて想像すらもできなかった。

 つまり人は大阪のような都市や市街地にしか住んでいないとすっかり思い込んでいたのであった。だから山の奥にも人びとの暮らしがあることにカルチャーショックを覚えるのである。

 市街地に住んでいるものには山奥の暮らしがどんなものなのか想像すらできない。山々に囲まれ、山の向こうにはどんな土地があるのかと想像するような暮らしとはどんなものなのだろうと思うのである。

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 天川村の山に霧がかかる     和泉山系の山なみ

 大阪に住んでおれば、電車でこういけばあの町があり、こういう風景になっていると想像できる。ぜんぶ電車や道路、町でつながっていることがわかる。でも奥深い山々でつながりが分断された山奥の暮らしではどうなっているんだろうと思う。子どもの時にはこの山々の向こうにどんな世界があるんだろうと思ったりするのだろうか。

 まあ、私は自分の住んでいる大阪という町しか知らなかったということだ。ほとんどの日本人は都市部に住むと習った覚えがあるから、山間部には人は住んでいないと無意識に思っていたのだろう。とんでもない。山の向こうにも山のあなたにもげんざい、たくさんの人たちが暮らしている。そして私には市街地の風景より、魅かれるものを感じるのである。

 「離れ里」や「隠れ里」といった風景で暮らす生き方とはどのようなものだろうと思うのである。どこまでいっても家と町と道路がある大阪とちがって、山々に分断された暮らしはどのようなものなんだろうと思うのである。

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 名張川に暮らす集落       熊野の山なみにも人々の営みがあります

 いまはそういう自分の空白の関西を埋めるために四方八方の山々の中に潜り込んでいるわけだ。ハイキングマップを片手にきょうは奈良、きょうは和歌山、または北摂をめざそうと思いをめぐらす。

 こういう山中のツーリングに来ているのはたいがいドデかいバイクで、いくらミッションといえ原付で走る私は恥ずかしい(笑)。でも60㎞を走ればじゅうぶんである。マウンテンバイクに慣れた私にはペダルをこがないでも勝手に走ってくれるだけでうれしいのである。車が追い抜けない狭い道では車に申し訳ないが、とくにトンネルなんかあせるが、私は走り屋でも飛ばし屋でもないのである。ガソリンも4リットルしか入らないから、山中でガス欠になったらどうしようかとひやひやものである。

 都市の暮らしというのは便利である。たくさんのモノを、好みのモノを、細分化する趣味を満たしてくれるのは都市でしかありえない。職業だってたくさんあるだろう。でも風景や自然という贅沢な贈り物は都市にない。バイクで走っていてもすこしでも早く市街地から抜け出して、山の中に潜り込みたいと思う。気分が爽快になり、気持ちが和む。私はきょうもどこかに山里のいい風景がないかとバイクを走らせるのである。


05 01
2007

バイク・ツーリング

若狭へ野宿ツーリングにいってきました。


 連休の三日間、若狭方面に野宿ツーリングにいってきました。私の目的は、日本の原風景を見ることと、雄大な自然に触れること、そして満天の星の下で寝ることです。こんかいのルートはいまいち好みの田園風景に出会えなかったので残念でしたが、テントで寝ることにようやく慣れてきたようです。

 ルートは大阪から出て兵庫の和田山で一泊、ハチ高原をへて鳥取砂丘、山陰の海岸、若狭湾の海岸線を走って一泊、琵琶湖岸をへて帰ってきました。野宿ツーリングの魅力がつたわる写真になっていればいいんですが。

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 たしか和田山を出ての中国山地あたりの田園風景だと思います。こういう日本の原風景に出会うと心が和みます。兵庫、京都、福井の海岸線を走ったのですが、ロードサイドの店がことごとくつぶれていました。地方経済が壊滅状態になっているという感じでした。大丈夫なんでしょうか。

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 鳥取砂丘です。たんに砂浜がのびたただけとも思わなくもありませんが。

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 余部鉄橋です。集落の上を鉄橋が走っていて、有名なところです。う~ん、なんでそんなに名所なんでしょうか。

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 山陰の海岸の漁村です。海の色がかなりきれい。こういった漁村で育ち、生きる人たちの人生とはどのようなものなんだろうかと、大阪暮らしの私は思うわけです。

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 二泊とも公園にテントを張りました。川岸はけっこう怖いし、海岸の砂浜がベストなんですがいいところが見つからず、人里から離れすぎるのは怖いし、夜も遅く真っ暗になって場所を探すのも困難で、けっきょく公園に落ち着いてしまったわけです。朝の三時、四時の星空を見ると、夜空にこんなに星があるのかと驚くくらい星々に埋めつくされます。

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 若狭の常神半島の御神島。島を貫く洞窟があり、年に一度光が貫く先に埋蔵金があるという伝説があり、レイライン探究をした私としては、これは太陽信仰の名残りに違いないとめぐってみました。朝日の射す場所で季節を知ったから神となったのか、それとも漁民にとっての山当てが重要だったから聖なる島となったのか。神とは原初、季節や場所を知るための重要な目印から生まれたものだと思われるのです。

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 私の愛車のYB-1。原付です。うしろにテントと寝袋をつんでいます。ツーリングをしていると、ほかのバイクに比べてちっこいので情けないです。速度も60㎞がせいぜい。車が飛ばす山中では危ないです。ポリさんにも気をつけなければなりません。でも私には充分なんだけどなぁ。こんかいは京都と奈良の境でチェーンがはずれてたいへんな思いをしました。

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 琵琶湖岸です。杭が生活感を漂わせて詩情のある風景になっていますね。

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 宇治田原から信楽にかけての田園風景は私の好みです。山の色もグラデーションがあり、適度に傾斜地に田園がつみかさなり、立体感のある集落をかたちづくっているところが私の好みなんだと思います。柳生にしてもそうですが、このあたりの田園風景はなぜか私の好みですね。写真はあまりいい写りにはなっていませんが。

▼去年の野宿ツーリング
熊野川の美しさと驚きの十津川村

05 05
2007

バイク・ツーリング

田園風景と緑の山々と古戦場


 緑の風景をもとめてまた野宿ツーリングにいってきました。

 奈良県の伊賀上野や滋賀県の信楽、琵琶湖の長浜をへて、関ヶ原や鈴鹿山脈を見てまいりました。緑ある風景に癒される写真になっていればいいんですが。

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 こういう緑に囲まれた村の風景というものが私はとても好きです。

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 段々畑のむこうに民家が集まっています。人家より田畑が多く面積をとっています。人家はあくまでも端っこです。

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 山々と田園と。日本の風景というのは東京や大阪のような都市ではなく、こういうものであり、いまも多く占めているのではないでしょうか。都会の者は知らないだけかもしれませんね。国の中心ははたして都市なのか、と思います。

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 琵琶湖湖畔の田園風景。ここらへんは水田面積がやたら広く、一面にひろがり、集落が固まっています。高いところから見えるその風景には感動しました。五月の連休中はちょうど田植の時期ですね。あちこちで田植がおこなわれていました。

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 琵琶湖に夕陽が沈みます。黄昏の気持ちになります。

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 琵琶湖の長浜近くにテントを張りました。波の音をすぐ近くに聞きながら、遠くの町の灯りが見えるというのは、なんともいいシチュエーションでした。

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 夜になると月明かりと町の灯りと、波の音だけです。月明かりに照らされて波が丸く縁取られていました。

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 琵琶湖の朝焼けです。町の中の家の中で朝を迎えると、まずこのような朝の風景を見ることはありませんね。だから自然の中でキャンプしたくなるというものです。

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 伊吹山に陽がのぼります。川面に霧が立ち上がっていて、なんとも神秘的な風景でした。伊吹山は日本武尊が白い大猪の神と戦って死んだところとされていますね。太陽信仰と関わりがあるのだと思います。

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 伊吹山を抜けると天下分け目の関ヶ原古戦場跡に出会います。ここは石田三成が陣取った陣地です。

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 関ヶ原の戦場というのはまさに東と西の闘いだったという気がします。

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 兵たちの夢のあと。関ヶ原のいまの田園風景です。決戦がおこなわれたのは九月十五日でしたから稲刈りは終わっていた時期なんでしょうね。庶民たちは弁当をひろげて為政者たちの合戦を見ていたことでしょう。参政権のない彼らは他人事です。参政権があっても同じことですが。

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 新緑豊かな五月の山々に清らかな川が流れています。

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 雄大な山に見とれました。鈴鹿山脈の烏帽子岳というそうです。急峻なのか、圧倒的な姿でした。

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 山道を抜けたところに村が現れてきます。まさか人が住んでないと思うところに村が現れるとびっくりします。

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 この山も垂直に切り立った崖のように立ちはだかっていて、圧倒されました。藤原岳というのでしょうか。崖崩れが大きくおこっていますね。

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 無残にも削りとられた山の姿。採石場があって荒涼とした姿をさらしていました。

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 石大神(しゃくだいじん)とよばれる神が坐ますところだそうですが、そんなことはおかまいなしに山は削りとられています。

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 柳生の里に春が来ました。水がはられた水田にはおたまじゃくしやヤゴや、タニシや、たくさんの命が育まれることになりますね。こういう季節のサイクルから都市民はどんどん疎外されてゆきますね。


08 15
2007

バイク・ツーリング

野宿ツーリング~白川郷・岩屋岩陰遺跡篇~


 ことしは盆休みがとれましたので、白川郷まで野宿(原付)ツーリングにいってきました。4日間の行程です。高くて深い山並みを期待していたのですが、思ってた以上に深山幽谷という感じはしなかったので残念でした。人家のまったくない秘境を期待していたのかな。飛騨の山並みというよりか、どこにでもありそうな山岳・山村風景だったので、ちょっと拍子抜けです。

 「長良川」とか「岐阜」、「飛騨」という「記号」のみに遠くまできたという感じは喚起されましたが、こんかいはあまり遠くまで旅にきたという感じがしなかったです。もう山中ツーリングはだいぶ慣れてきて新鮮味がなくなってきたのかな~。どうも私は既知のものにすぐ飽きてしまうみたいです。

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小川が流れて、むこうには山並みが見える、そんな日本の原風景に魅かれますね。都市民にはそう見れることのない風景ですね。

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「うだつの上る」の発祥の地の岐阜県美濃市です。うだつとは火災の防壁らしいですが、金持ちのメルクマール?としてすっかり定着したことばですね。古い町並みがよかったです。いまのうだつとは車だったりマイホームだったりするのでしょうね。私はうだつをあげようとしなかった人生の後悔がたまにきざす年齢になりました。

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ライダーはバイクと風景を撮りたがりますが、私にはそういう神経があまりわかりません。たぶん原付バイクであるから、カッコよさとか誇りがないからでしょう。こんかいのツーリングで発進ができなかったり、坂道がのぼれなくなりましたが、バイク屋に駆け込んだらクラッチ関係だといわれましたが、チェーンが緩みすぎていてことが原因だったようです。

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単線線路の向こうには川が流れ、山並みが迫る。田舎の風景という感じがしますね。

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長良川は鮎つりのメッカですね。絵葉書のような三角形の藁帽子と長い釣竿をもった釣り人が判を押したようにたくさん並んでいました。

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きました。こんかいの漠然とした目的だった白川郷です。大阪からは原付で二日でこれました。このようなわら葺屋根の大きな家はほかにはないものですね。世界遺産ですね。

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緑の山並みと田園に、白川郷のわら葺屋根はほんとうにマッチしますね。紹介されるような大きな家ばかりではなく、小さな家もあって、ここにも格差があるんだなと思いました。

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まとめてわら葺屋根を撮りたかったのですが、うまい撮影スポットが見つけられませんでした。白川郷はいまは観光商業の町ですね。ほんらいの農家で食っている人は少なくなったのでしょう。

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白川郷のほんとうのすがたは盛夏にあるのではなくて、やっぱり真冬の豪雪にその真価があるのだと思います。まっ白な雪に深く覆われた白川郷こそがこの地方にしかないものでしょう。でもそんな寒い季節にはツーリングでこれないからこそこの土地の価値があるのだと思いますが。

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飛騨高山の古い町並みです。とてもいい感じでしたが、観光商業地にすっかりなっていますね。商売になりすぎたらつまらないし、技巧や演出に思えてきて、古さのありがたみがなくなります。つくられない古さにこそ価値があるのだと思いますが、その維持はむずかしいのでしょう。

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飛騨高山の川岸にテントを張りました。迷った迷った。人里はなれた自然の中では恐すぎるし、人がたくさんくるようなところでは落ち着いて寝れないし。けっきょくはかなり市街地の真ん中の河川にテントを張りました(笑)。朝早くに撤収するから朝もやの中の自然ツーリングがまた気持ちいいんですね。

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下呂温泉あたりにある縄文遺跡といわれる岩屋岩陰遺跡です。天文観測の考古学的実証がおこなわれた遺跡ですが、場所が場所過ぎますね。なんでこんな山奥なんだ。古代にこの地に権力の中枢があったとはとても思えないし。場所が天文施設の信憑性に懐疑をもたらします。

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ななめに傾いた岩の隙間から春分・秋分の光がさします。たしかに天文観測の施設として役割をはたしていますね。このライン上には古代大和では三輪山や伊勢斎宮跡など「太陽の道」が並びますね。

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夏至のころの太陽の光が刻まれています。

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冬至前後の120間太陽の光が差し込むそうです。これは完全に意図的な建造を直感させますね。冬至というのは太陽が死んで新たに生まれ変わる季節です。生命や神はそこから新しく生まれるわけです。この差し込む方向に再生する神や権力者がいなければならないわけですね。つまり太陽の光によって新たに神として受胎するわけですね。古代の天皇は古墳や墓にこのような機構をこめました。

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この巨大な岩は運んだのか、もともとあったのを利用したのか。それもかなり傾斜のある山腹です。山奥です。こんな場所にこの施設をつくるほどの価値があったのか、さいしょの疑問に舞い戻ります。

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飛騨の山並みです。思ったように高い山々でもなく、人里はなれた深山幽谷という感じがしませんでした。フツーの山並みでした。「飛騨ー!」という感じしなくて残念でした。

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三日目には岐阜や名古屋のかなり下までおりてきて、木曽川の河口の長島という中洲にテントを張りました。探すまでかなり走りつづけました。いいロケーションで寝たいですからね。けっきょくは堤防のコンクリートの上にテントを張って、強風のおもりには自分の体重とリュックにかけました。

リンク
日本の考古天文学 金山巨石群と太陽暦
美濃市観光協会
飛騨高山 観光ナビ

白川郷や岩屋岩陰遺跡をマッピング。


09 24
2007

バイク・ツーリング

野宿ツーリング ~紀伊半島一周篇~



 連休の三日間、紀伊半島の海岸線を一周めぐってきました。大阪に住んでいる人なら一度は紀伊半島を海岸線沿いに一周ぐるりと回ってみたいと思うのではないでしょうか。白浜ならいったことがあるにしても、枯木灘や串本、熊野灘の光景はなかなか出会うことがないと思われます。

 愛車のYB-1(原付)にテントをのせて、ひいーひいーいわせながら、大阪から熊野市までいってきました。9月はオフシーズンなのか案外すいていて、よかったです。やっと私の頭の中に紀伊半島の海岸線や風景の地図が書き加えられました。

 なおこれまで使用していたデジカメは紛失したため、オリンパスの710万画素の新しいデジカメを買いましたが、メモリカードのトラブルで一日目の白崎や日ノ御碕の写真を消去しなければならなくなり、残念です。


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一日目は白浜の対岸線にテントをはりました。波音を聞きながら、月明かりをながめる、なかなかいいロケーションで満足でした。ホテルや町に泊まると、このようなじかに月明かりや満天の星々に触れることはできませんから、野宿は魅力的なんですね。

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白浜のリゾート地の灯りをながめながら眠りにつきました。白浜はなんでこんな繁栄したリゾート地になったのかと考えましたが、阪神間の人たちが海水浴場を自分たちの近くから追いやり、「南洋」や「太平洋」といった海のイメージをここまでもってきたからかなと思いました。

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円月島です。ぽっかり開いた穴に夕陽が沈んだり、月が見えたときなんか、聖なるものとして崇められたのではないかとレイラインに関心のある私は思うわけです。太陽は大地の子宮に夜のあいだ戻り、ふたたび東の空から生まれるわけです。この地にそんな信仰はなかったのでしょうか。そんな地はよみがえりや再生が願われる場所でもあったわけです。

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三段壁です。絶壁に立つと恐いです。いのちの電話の看板があるところなどなかなか複雑な気持ちになります。

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白浜には田辺に住んだ南方熊楠の記念館があります。再訪です。写真にとりたかった。漱石と同窓であったこと、アメリカやイギリスへの洋行がすごいなと思いました。この人は子どもの頃から気に入った本を写本するという趣味があり、少年時代の好奇心のあり方を終生維持できた幸せな人なんだと思いました。それにしてもどうやってメシを喰っていたのかばかり思ってましたが。

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枯木灘とよばれる風景の中の一写真です。このへんを走る電車はこの海岸線だけにあり、電車で町のつながりをイメージしていた私は、これ以北の広大な山中には人なんか住んでいないのではないかと思っていました。電車と車は土地の感覚を劇的に変えたんでしょうね。

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串本の橋杭岩です。これはすごいのひと言に尽きます。このような岩が40ほど連なります。鳥居が立てられていましたが、そりゃあ、たしかに祈りたくなりますね。自然の中に「意志」や「目的」をもとめると、だれがなんのためにつくったのか、と考えたくなりますよね。

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ふたたびやってきました。雄大な熊野川の風景に見とれて、もう一度やってきました。切り立った山と青い川の広大なランドスケープに大きな解放感や雄大感を与えられます。この風景はたいへんにすばらしい。

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やばい。ガソリンがもうなくなる。4ℓしか入りませんからね。熊野川をさかのぼって絶景の瀞峡(どろきょう)を見ておこうと思ったら、山中でガソリンが切れかかりました。地図で頼みにしていたガソリンスタンドもとうぜんのように休みや跡形もなかったりしますね。車にガソリンを分けてもらうしかないのかと必死に海岸線まで降りようとあせりまくりました。

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ガソリンがもうないのに、ガソリンスタンドがあると思われる海岸線の町までこんなにも距離がある。嘆息の一枚です。気を落ち着かせるためにばしゃり。

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どど~ん、どど~ん。波音が轟音のようにとどろく熊野灘、七里御浜に二日目のキャンプを張ることにしまた。風がすさまじく、波打ち際もどんどん高くなり、砂浜の真ん中に張ったテントがばたばたと飛びそうになったので、必死にかつぎあげて、防波堤まで避難しました。

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防波堤の近くでは風は弱くて、助かりました。こんな日にも水平線には漁り火が点々と灯っています。こんな夜にも人々の仕事や労働があると思うと、生活や労働というものは決して生やさしいものではないと感慨にふけります。

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手掘りのトンネルです。ぎざぎざの掘り跡がかなり生々しかったです。トンネルを掘ることの労苦がしのばれる思いです。

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熊野市あたりの集落はなんか貧しい感じがするな~と思っていたら、一階建ての住居が多いみたいですね。二階建ての家ってけっこうハクがあるんですね。でもその分お金がかかり、働く量も増えなければならないのですけどね。

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雨にふられた北山村の山中に神秘的な霧がかかります。バイクは雨に降られたら濡れねずみのような気分になってよくないですね。でもそのような反面このような景色や自然と触れられるのだから、まあよしとしましょう。


05 03
2008

バイク・ツーリング

出雲へ野宿ツーリングにいってきます。



 連休の四日間、野宿ツーリングにいってきます。だいたいの目的地は島根県の出雲大社あたりをめざそうと考えています。瀬戸内の島なみを見れるところまで走って、あるいは都市部がいやになったら山間部にもぐりこんで一泊して、二日目には出雲大社にだとりつきたいと思っています。

 いままで私が野宿ツーリングにいった場所は、大阪から熊野、若狭、紀伊半島、関ヶ原、白川郷といったあたりになります。都市部や観光地より、山間や山村のなにげない風景に出会うことを喜びとしています。

 これまでの野宿ツーリングの記録です。

 熊野川の美しさと驚きの十津川村
 若狭へ野宿ツーリングにいってきました。
 田園風景と緑の山々と古戦場
 野宿ツーリング~白川郷・岩屋岩陰遺跡篇~
 野宿ツーリング ~紀伊半島一周篇~

 原付バイクなので距離は稼げませんし、こないだスピード違反でつかまったばかりなので、スピードを抑制して走ろうと思っています。もちろん都市部の幹線道路とかスピードの出やすい場所に気をつければポリさんなんかどこにも存在しないように思えますし、山間部のクルマが飛ばす狭い道路ではうしろの迷惑も考えてとろとろ走るわけにはいきません。柔軟な走りで捕まらないよう祈りたいと思ってます。

 私の野宿ツーリンクは景色を楽しむ旅です。「こんなすばらしい景色があるのか」「こんな山奥に人の営みや山村があるのか」といった新鮮な驚きに出会うのが目的です。バイクのスピードを楽しむのでも、バイク自体を楽しみにツーリングに出かけるわけでもありません。バイクは移動のための「手段」なのであって、ともすれば劣等感を抱かされ勝ちになる大型バイクとは「目的」が違います。

 原付バイクは小さくて、遅くて、なさけない思いをさせられることが多々あるのですが、目的地に一直線や走る目的をめざすわけではない私は、原付バイクの遅さの風景の楽しみを堪能したいと思っております。自転車でもいいくらいなのですが、自転車のほうが風景や写真を楽しめるわけですが、やはり体力がありませんし、距離も稼げませんからね。

 この野宿ツーリンクは知らない風景に出会う旅です。知らない風景に新鮮さと驚きを感じにいく旅です。大阪の都市に住む私は地方の風景というものをまるで知りませんでした。都市部や繁華街、ショッピングセンターにしか興味が向かない人なら、ただの退屈な風景や「通過点」にしか過ぎない景色だと思います。私はそのなんでもない、忘れられたような山間部や山村に癒しやすばらしさや、新鮮さをものすごく感じます。人がまばらにしかいない風景に癒しを感じるのでしょうね。だから観光地や都市部はできるだけ避けたいわけです。

 野宿テントはだいぶ慣れてきたといっても、やはりかなり迷いますね。満天の星の下のいいロケーションで寝たいのですが、夜の闇はなにか恐ろしいものが出てきそうな気もして、不安もかなり強いですね。山の中でテントを張るのはたぶん私はムリです(笑)。恐すぎます。山の夜の暗さは私にはかないません。海岸の砂浜がいちばん張りやすいと思っていますが、いい場所がないばあいは公園に張ることも多いですね。空の下で、自由に気の向いたままに、いいロケーションで寝ることは、野宿ツーリングのひとつの目的であり、楽しみですね。いいところを見つけて夜空の星の多さに驚きたいと思っています。またテントを早く撤収するため早朝から走り出すことになるわけですが、自然の中の早朝ツーリングもまた最高に気持ちいいものです。

 旅館に泊まるとか、スケジュールの決まった観光地めぐりとかは私は好きではありません。あまり人にもてなされるとか、箱に収められたような行動はつまらないと思っています。

 私は二十代のとき、旅行がものすごく嫌いでした。集団や群れで「浮かれろ、楽しめ、孤立するな」、と強迫されている気がして、観光地や旅行に群がる人たちを憎悪してました。バブル時代とかに海外旅行ブームとかがあって、旅行会社の集団管理的な強制を感じていたのでしょうか、集団で行動することにかなり抵抗感を感じていました。とにかく群れの画一化・規格化の流れというものにものすごく腹を立てていた二十代の私でした。

 いまは集団で群れずにひとりで行動することがごくあたりまえになって、集団で群れないことの内攻感や孤立感はだいぶ薄れてきましたので、私は自由に地方を散策できるようになったというわけです。若い人はまだ集団で群れなければならない、孤立してはならないという強制の声に多くは縛られているのかもしれませんね。私は自分の中に組み込まれたそんな内攻の声と長いあいだ闘わなければならなかったのですね。ひとりになる自由と好みというのは、私たちの精神の中に多くの人たちによって防御されているのだと思います。

 荷物はいつも背負っているリュックにカッパと着替えを少々入れて、テントと寝袋はバッグに入れてシートのうしろにくくりつけるのですが、シートが狭くなるので、うしろのバッグがずり落ちてウィンカーを隠してしまいます。これは道交法違反で点数を引かれるのでしょうか。ウィンカーを隠してしまうのはヤバイと思いますが、シートの狭さについバッグはずり落ちてしまいます。なんとかならないものでしょうか。

 まあ、それではこんな感じで行ってまいります。なんかあまり期待感とかうきうき感とか、楽しい気持ちがないなあ~。四日間の連休という気分も先の三日間勤務のためにどこかにふっとんでしまいましたし。走っているうちに自由と解放感をとり戻して、楽しみたいと思っています。みなさんも連休を楽しんでください。あるいは「楽しみの強制」に腹を立てて、なにもせずに安穏と過ごすのもいいでしょうね(笑)。無事に安全にいってきたいと思います。すばらしい景色に出会えたらいいと思います。


野宿ライダーと野宿関連およびバイク本
寺崎勉 新・野宿ライダー―心すれば野宿ライダーになれるかもしれない本ナチュラルツーリング―’林道野宿主義’ 寺崎勉&太田潤の林道紀行・ツーリング指南 (Gakken Mook)野宿ライダー、田舎に暮らす
自由に至る旅―オートバイの魅力・野宿の愉しみ (集英社新書)風と旅とオートバイ―ツーリング・シーン12章 (広済堂文庫)アタシはバイクで旅に出る。―お湯・酒・鉄馬三拍子紀行〈1〉   エイ文庫
野宿大全―究極のアウトドアへの招待野宿完全マニュアル―究極のアウトドア案内 (三一新書)野宿のすすめ―女を野宿に連れ出す方法サラリーマン野宿旅




05 06
2008

バイク・ツーリング

出雲大社へ野宿ツーリングにいってきました



 連休の四日間、大阪から出雲大社まで野宿ツーリングにいってきました。去年の盆休み、白川郷までいけましたので、原付バイク(YB-1)でも可能な距離として島根県まで足をのばしてみました。

 私のツーリングというのはまだ自分の足(バイク)で「こんなところまでこれるのか」という喜びを探索する試みなんだと思います。バイクの免許をとって三年、そういう喜びを追究する時期なんだと思います。ただそろそろ「こんなに遠くこれた」とか、「こんな遠くまできたのか」という喜びはだいぶ減じたのだと思います。つぎはどんな楽しみを求めたらいいのでしょうか。

 GWは27度まであがって平地の服装は夏のようでしたが、私だけ真冬のジャンパーを着こんで浮いておりました。二日ばかりミスったかなと思う気候がつづきましたが、三日目雨が降り、山の上は死にそうに寒かったです。GWに高山をめざす人は気をつけなければならないですね。GWといえども空気はまだまだ冷たく、真冬の装備がバイク乗りには必要なのかもしれませんね。

 それでは私の野宿ツーリングを写真でお楽しみください。180枚撮ったうちで、載せたい写真のみを選びました。なんだか私は自然崇拝というか、古代宗教の残るところに魅かれるようですね。野宿はこんかいあまりいいロケーションに恵まれずに不満足に終わりました。野宿ツーリングが郷愁されるような写真になっていればいいですね。 




 私のツーリングというのはこういう緑の風景、緑のシャワーを浴びてくる癒しの旅なんだと思います。こういう山々と緑の風景につつまれていると、ほっとするし、安らぎを感じます。すばらしい光景に感嘆しどおしです。

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 一枚の壁のような巨岩が祀られていましたが、私はこういう光景に魅きつけられるのですね。巨岩信仰とはなんだったんでしょうね。

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 一泊目は和田山の川岸にテントを張りました。ここはけっこう安心して眠れました。都会では見れない満天の星空に驚かされますね。

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 テントから見れる町の灯りです。町の灯りがまったくない山中にテントを張る度胸は私にはありません。町の灯りが安心をもたらしてくれます。

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 鳥取の白兎(はくと)海岸です。因幡の白兎で有名なところで、傷を負った白兎が大国主命に助けられるところです。ここらへんは大国主命の神話にいろどられているところみたいですね。

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 島根あたりはこのような陸からぽつんと離れた島がたくさん祀られていました。海の向こうからの富、あるいは古代、朝鮮や中国との交易が盛んな場所柄、海の向こうに聖なるもの、あるいは死の国が設定されたのでしょうか。

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 米子の自衛隊駐屯地に戦車を見つけました。ナマで戦車を見たのははじめてかも。子どものころはよくプラモデルをつくりました。

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 山陰の漁村の風景です。赤い屋根が多かったですね。海の色もかなりきれいですね。でも冬は雪と寒さに閉じ込められるところなんでしょうね。

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 この島も鳥居が建てられていました。向きは海側に向けて建てられていて、船の目印にされた島なのか、それとも山の方角に神がいたのでしょうか。

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 たぶんこれが加賀潜戸(くけど)とよばれるところです。望遠ズームで撮っていますが、古代信仰を勉強した私としては、このような大地の穴から太陽や世界の森羅万象が生まれるという古代信仰に興味を魅かれます。死者の世界に通じる穴であり、また新生の場所でもあったわけです。つまり女胎のアナロジーですね。ここは猿田比古大神と関係があり、太陽再生を祈る「太陽の洞窟」であったようですね。宗教の根源には死と再生があることをお忘れずに。

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 出雲の荒神谷遺跡です。銅剣や銅鐸がたくさん見つかったところですね。まさかこんなところにこれるとは思ってもみませんでした。出雲平野はかなり広くてその奥の山のほうに埋められていたという感じですね。

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 出雲大社です。荘厳な場所であるという雰囲気が漂っていました。おそらく神を祭る宗教というよりか、ナショナリズムのほうが濃厚かも。国家を祀っているという雰囲気は伊勢神宮の厳かさと似ているのかもしれませんね。

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 砂浜にぽつんと立つこの島も祀られていました。このような信仰がかなり盛んな場所のようですね。海の向こうからの神がさいしょにとまるところなんでしょうか。異界の入り口であったのでしょうか。

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 日御碕の岸壁ですね。古代、出雲の権力が大和に権力をゆずったという神話がありますが、これは出雲からみると大和は冬至の太陽がのぼる方角のことをさしているのだと私は憶測します。冬至の太陽は一年の死と再生です。一年の神は新しい神に復活します。だから出雲は古い神が死ぬ死者の国であり、新しい神が大和に復活することを祈る場所であったと推測できるのではないかと思います。でも十月の神無月になぜ全国の神が出雲に集まるのでしょうか。

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 二日目のテントは日御碕あたりにテントを張るのは恐すぎて、しょぼく出雲の公園にテントを張りました。夜にぽつぽつと雨が降り出し、つぎの日のツーリングが危ぶまれました。

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 ここも鳥居が立てられていました。海にぽつんと浮かぶ島に神が坐ますと考えられていたのでしょうね。

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 米子の方角から見える大山(だいせん)は天にも届きそうな圧倒的な存在感をかもしだしていました。ほんとうに天にも昇りそうな、あるいは天に吸い込まれるような巨大さを見せつけていました。山を信仰するという気持ちがよくわかりました。これは望遠レンズで写しています。

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 三徳山投入堂です。TVでみて来れることはないと思っていたのですが、ルートをまちがって温泉に入ろうと思って向かった先にありました。山の下のほうから望遠レンズで写していますが、かなり高いところまで上らないとじっさいは見れません。修験者のものであって、甘い観光気分で見れるところではないのでしょうね。

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 三日目は兵庫県養父(やぶ)の川岸でテント。この日は最悪でした。高山で霧のような雨に降られ、鳥取でビジネスホテルにでも泊まろうと思っていたのですが、やんだから海岸線にでもテントを張ろうと思っていたらルートをまちがい、凍えそうな日の沈みかけの山中を必死に走り、猛スピードのクルマに追い越されつづけ、山中でテントを張る根性もなく、暗がりのわずかな町の灯りを頼りにテントを張りました。かなりみじめな気分になりました。野宿ライダーは自然と闘う。

▼主だった場所をマーカーしました。


05 19
2008

バイク・ツーリング

ようやく普通二輪の教習に通います



 ずっと迷いつづけてきたが、ようやく普通二輪の教習に通うことになりました。ことしの冬の寒い間に免許をとって春から乗れるようにしたいと思っていたのだが、迷いつづけてここまできてしまった。

 私は原付のミッションに乗っているから排気量は違うにしても中型の教習を受ける必要があるのかという疑問もあったし、学科なんか独習のほうが私の肌に合っている。ただ一発試験は中型の練習ができないためと、仕事の関係で休みは何回もとれるわけではないので、あきらめざるをえない。何回か練習できる場があればいいのだが、ライダーの友人がいない私は練習もできない。教習の12万はかなりイタイのだが、選択肢はないようである。

 これで原付の免許とおさらばできる。原付は法定速度が30㎞という非現実的な速度制限があって、私はほぼスピード違反の常習者になっていた。ねずみ捕りに一回、白バイに一回、覆面パトカーに一回というようにバラエティー豊かな手段で捕まってしまったから(笑)、もう観念である。こんなものに乗ってられっか、ということでオサラバである。

 クルマの流れの速度で走りたいのである。もちろん原付はだいたい60㎞ほどしか出ないが、流れの速い大きな道路でなければ、その速度ではクルマの迷惑にはならない。つぎつぎにクルマに抜かれてゆくことが屈辱なのである。また危ないし、クルマが追い抜けない狭い道路でとろとろ走ることは大迷惑である。もう私は30㎞制限で走ることはなくなっていて、だいたい50~60㎞は出していた。

 この非現実な速度制限はなぜまだつづいていて、原付はポリさんの罰金の絶好のカモになりつづけるのだろうか。これは警察の罰金収入の利権のために残っているのだろうか。あるい警官の新人研修や点数稼ぎのてっとり早い手段のため?、あるいは少年犯罪防止の側面から少年の乗る原付を捕まえるのだろうか。

 警察はまるで多くの人が犯罪にひっかかるような規制を張ったほうが、警察権力の網の目にかかりやすいと踏んでいるのだろうか。この30㎞制限は私にとってはふつうに道を歩いていて捕まって罰金をとられるような恐ろしくて不快な体験である。30㎞制限のほうが犯罪であると認識しているくらいだ。法的に訴えでもしないと変わらないのだろうか。警察はいたいけな原付少年から罰金と罰点をぶったくる犯罪集団なのか。

 原付からオサラバしたかったもうひとつの理由は、原付の小ささ、カッコ悪さである。私はスクーターと体格のバランスの悪さはかなりカッコ悪いと思っていて、スクーターだけはぜったいに乗りたくないと思っていた。だから私はYB-1というスポーツタイプの原チャリに乗っているわけだが、この原チャリもバランスがたいそう悪い。大型バイクと体格のバランスを見ていると、まるで大人が三輪車に乗っているような恥ずかしさを感じる。オモチャのようである。だから乗り換えたくてたまらなかったのである。

 この原付はそろそろ3年くらい乗っていて、まあ10万のモトはとれただろう。たぶんにバイクの楽しみの多くはこの三年間で味わったと思う。「こんなところまでこれる」とか「こんなところがあったのか」という驚きや発見は、最初の乗りはじめた時期のみに感じられるものである。新鮮さや発見は、道や街を知ってゆくごとに薄れてゆく。原付で乗り回したこの三年間がバイクのいちばんの楽しい時期であったのだろう。

 このバイクは中古で買って、かなりオールドタイプであって、ブレーキはきいきい鳴る、雨のつぎの日にはエンジンがかからない、クラッチがすぐに伸びて調整ができなくなる、といった故障だらけであった。買い換えるにはもう原付は乗りたくないし、普通二輪の教習とバイクは高くつくし、と膠着状態に長いあいだ縛りつけられていたのである。タイヤが古くなってつるつるになっていたため、雨の日のスリップ転倒やキャッツアイを踏んでしまったためだが、パンク転倒などの痛い目にも会った。

 原付の免許で困ったことはクラッチやギアの操作法を教えてくれなかったことである。原付の問題集や解説書にはたしかそんなことは書いていなかった。だから店で買って帰るときや、それからの一、二週間、クラッチとギアの使い方がわからず、エンストばかりしていた。一速、二速の意味がわからなかったし、まさか信号のたびにニュートラルに戻さなければならないのも知らなかった。ギアやクラッチとはなんぞやとひとつも理解せずに無我夢中で乗らなければならなかった。原付のミッションに乗る場合にはペーパー試験だけではなくて、実技講習も必要なのではないかと思う。いまはほとんどオートマのスクーターばかりかもしれないが、このへんはどうなっているんだろうと思う。

 苦労のかいもあっていまはミッションをマスターしたが、それだけに普通二輪の教習の意味はあるのだろうかと思う。スクーターからの人はクラッチやギアの方法は教えてもらったほうがいいと思うのだが、ミッションの原付に乗っている人は普通二輪の教習を受ける必要はそうないと思う。というか、原付に乗っている人は普通二輪の教習を受ける必要があるのかと思う。もう公道で走ってきて規則や実際を体験しているのだから、なにをいまさら学ぶ必要があるのかと思う。まったくはじめて乗る人ならぜひ教習で教えもらいたいと思うはずであるが、原付でも曲がりなりにも交通規範を知ってきた人にとって、普通二輪の教習を受ける意味ってなんなのだろうと思う。

 私はクルマの免許がないから、学科の数もかなり多い。土日しかほとんどは受けられないだろう。なんか学科は予約がいらないようだから、仕事帰りに寄れるときもあるだろう。学校のような場所に通うのはひさしぶりだから、ちょっと気分が重いし、技能で人から見られたり、注意されたり、試験の経験もできれば味わいたくないものであるが、免許であるから仕方がないのだろう。

 晴れて250ccのバイクが乗れるまでがんばりたいと思う。ほしいバイクとしてはクラシックなデザインのシンプルなものを考えている。ススギST250とかカワサキ・エストレアなんかがめぼしいものかなと思っている。もちろん中古の20万円くらいで見つけたいと思っているが。

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 スズキ/ST250 メーカー希望小売価格: ¥366,450
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カワサキ/エストレヤRS メーカー希望小売価格: ¥483,000

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うえしん

Author:うえしん
世の中を分析し、知る楽しみを追究しています。興味あるものは人文書全般。ビジネス書、労働論、社会学、現代思想、経済学、心理学、精神世界、歴史学。。 そのときの興味にしたがって考えています。

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