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12 25
2014

映画評

『LUCY/ルーシー』は神秘体験を映像化した映画です

 リュック・ベッソンの『RUCY/ルーシー』(2014)を見た。レビューを見てみると、これは神秘体験・悟りの映像化ということをみなさん知らないようだ。悟りや神秘体験がどのようなものか、あまりにも知られていないようだ。




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 ルーシー(スカーレット・ヨハンソン)は新開発のドラッグによって10%しか使われていないとされる脳を100%目覚めさせる。そのことによって人を超能力のように操ったり、物を動かしたり、人の心・記憶を読んだり、しまいには時間を超越し、宇宙にまで飛んでいってしまう。

 『マトリックス』でもこの世はヴァーチャル・リアリティだと悟ると超人的な力を手に入れるわけだが、この映画では現実的な日常世界のそのような神秘体験を描いてみせたといえる。ハリウッド映画はSF映画の枠をこえて、すでに宗教が悟りといっていた世界観を描いているのである。つまりこれは宗教が悟りや神秘体験といったことがらを映像で見せた映画なのである。

 これを見た人のレビューではあまりにも神秘体験を知らないようなので、神秘体験がどのようなものか、むかし引用したことのある宗教書とかニューエイジ本とかの引用をここにふたたび載せておくことにする。

 怪しい、理解を絶する世界観である。オカルトであるw けれど仏教にせよ、悟りというのは大マジメにこのような解脱の段階をもとめていたのではないのか。むかしの宗教はそれを霊や神という概念で表現したのかもしれない。こんにちのニューエイジではそのような概念をつかわない理論を描きつつある。

 「あちら側」の世界である。わたしも言語や価値観の幻想といった次元では理解しているが、物質・物理界まで悟りは超越するのかと疑問である。物質・肉体を人間はこえることなんてできるのかといまでもわからない。霊魂とか幽体離脱のオカルトの世界である。

 とりあえず、一部の人たち、宗教者たちはこのような世界を語ってきたということで引用をおいておきます。たんなる妄想・オカルトなのか、真実の世界なのか、わたしには判断はできません。ただ一蹴する気もありません。判断の材料としておいておきます。




気がつくと、わたしは炎のような雲に包まれていた。一瞬、火事かと思った。どこか近くが大火事になっているのかと思ったのだ。ところが、つぎの瞬間、燃えているのは自分の内側であることに気づいた。その直後、えもいわれぬ知的な光明をともなった極度の高揚感、歓喜の絶頂がやってきた。そして、宇宙が死せる物質によって構成されているのではなく、一つの「生ける」存在であることを知った。単にそう考えたわけではない。わたしは自らの永遠の生命を自覚した。永遠に生きるという確信をもったのではなく、自分に永遠の生命があることを自覚したのだ。さらに、人類すべてが不死であることを知った。あらゆる物事が協力しあいながら、互いのためによかれと思って働いていること、あらゆる世界の根本原理が、いわゆる愛であること。そして、長期的に見れば、誰もが幸福になることは絶対に確実であること。宇宙の秩序とはそういうものであることを知ったのだ。――R.M.バック

4892031143無境界―自己成長のセラピー論
ケン・ウィルバー 吉福 伸逸
平河出版社 1986-06

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「この世界はわれわれ自身の心が作り出した虚妄の世界である」

「一切の現象は心のみであって、外界の対象は存在しない、そして、そのように思う心自体もまた、固有の相はなく、刹那ごとに生滅し、知覚できないと知るべきである」 

「一切の形あるものは本来、心にほかならないから、外界の物質的存在は真実には存在しない」

「一切の現象はみな心からおこるもの、すなわち心が妄りにはたらくことから生じるものである。もし、自分の心が自分の心を見ることをやめれば、そこにはいかなる相のとらえられるものとてないからである」

「心が動いて主観としてはたらくとき、真実には存在しないのに対象がそこにあらわれる。もし心が主観としてはたらくことができなければ、客観も存在しない」

「世間の一切の認識対象は、すべてこれ衆生の(根元的無知)にもとづく妄心のはたらきによって現象しているのである。それ故、一切の現象は、鏡の中に現れる影像と同じく何ら実体のあるものではなく、ただ心(が現し出している)だけで虚妄である。何となれば、心がはたらきをおこすと種々の現象が生じ、心がはたらきを止めれば、種々の現象もまた生滅するからである」

4003330811大乗起信論 (岩波文庫)
宇井 伯寿
岩波書店 1994-01-17

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 「いったん次のことを信じるのを自分に許せば――「許せば」という言葉に注意してください――次のこととは、あなたは肉体次元を超えて存在するということです」

 「肉体が殻やおおいのようなものだということに気づいていますか もしあなたに幻想の必要がなくなればあなたは肉体をもつ必要がなくなります」

 「わたしとあなたをへだてているいまこの時点での唯一の違いはあなたの五感がいま記録しつつあることをあなたが信じているということです あなたは五感の力を受け入れ、その制限を自分に課しています」

 「あなたの全意識はこの小さな肉体にはおさまりきらないのです あなたはどこかで赤ん坊が泣いているのをきいてそれが自分だとわかります そのように、゛自分″というものに同一化できるには何ヵ月も、いや何年もかかるのです」

bce6d0920ea054c7b70fd110_L__SL500_AA300__201412270846309b8.jpgエマヌエルの書
パット・ロドガスト ジュディス・スタントン
ヴォイス 1993-04

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 「あなたがたは無意識の深層レベルにおいて、並外れた慧眼、奇跡と見がまうほどの明瞭さ、そして肉体を成す個々の微細胞にそなわった意識されることのない深い叡智をもって、みずから知るところの肉体を自分自身で創造しているのです」

 「体の感覚器官は、自己の体験を物理的な知覚結果に変換するよう強制します」

 「物質的現実は、現実がまとうひとつの形態であると申しあげるほうが、おそらく意にかなっているでしょう」

 「環境はあなたが形づくるものであり、まさに文字通りあなたの延長であると言えます。つまり、あなたの意識から外に向けて拡張した、物質化した思考なのです」

 「「内なる自己」は、まさに文字通り思考や感情を、それらに対応する物質的複製へと魔法のごとく変容させて体を創り上げます。……あなたがたは原子や分子を使い、基本的構成要素を「自分自身であると称する形」に創り上げることで、自分の体を築いているのです」

 「眼鏡や補聴器が体にとって人工物であるように、内なる自己にとっての体の感覚器官は基本的に人工物なのです」

 「あなたがたは言葉を創造するのと同じほど確実に、物体を創造しているのです」

 「感情や気持ちを象徴的記号である言葉に置き換える時と同じくらい、そうと気づかず努力もなしに、みずからの肉体を形づくっていることに気づくのは、それほど容易ではないようです」

 「人類は己の息づかいと同じほど、意識することなく自動的に物質としての対象物を創り出しています」

 「すべての物質的な「現われ」を有しているものには、あなたがたには知覚できない別の形態も存在します。あなたがたには、それらが特定の「振動周波数」に達し、凝集結合のすえ物質化したと思われる、その瞬間の現実だけを知覚するのです」

 「現在あなたがたは、みずからの物質的肉体だけでなく、あなたがたが「時間」と解釈しているものの特定の振動周波数にも焦点を合せています。歴史のなかの現時代以外の諸時代も、いっせいに存在しています。……繰り返して申しあげますが、あなたがたは単にそれらの振動周波数に同調していないだけなのです」

 「基本的にあなたがたの知るところの「時間」は存在しません。そして、すべての被造物は同時に存在しています。……あなたがたの言う「過去」も「現在」も、地上における時代のすべてが存在しています。……あなたがたはただ、極めて限定された時空間座標の場に意識を絞り込んでおり、それらを現在の現実として受け入れ、他のすべての体系から己を閉ざすことを選んでいるだけなのです」

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ジェーン・ロバーツ ロバート・F・バッツ 紫上 はとる
ナチュラルスピリット 1999-06

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「神は単一の存在で、自分の手で天と地を創造し、それから人間という生物を創造したとあなたは教えられてきた。しかし、実はそれはあなただったのだ。朝の太陽も、夕刻の空も、あらゆるものの美を創造したのもあなただ」

 「あなたが生きているこの人生は、夢だ。大いなる夢、言わばうわべなのだ。それは、思考が物質と戯れている姿であり、夢見人であるあなた自身が目覚めるまで、あなたの感情をその中に拘束しておくための深遠なる現実をつくり出しているのである」

 「思考なしにはあなたの身体は存在せず、物質さえも存在することはない」「物質とは、思考を最も大きく変容させることによってつくり出される思考のレベルなのだ」

 「あなたが宿っている身体は、魂を運ぶ車であり、この物質界に生き、遊ぶことを可能にするために選ばれた、洗練された手段にすぎない。にもかかわらず、この手段でしかないものを通して、あなたは自分の本質が自分の身体だという幻影にどっぷりと漬ってきた」

 「あなたにとってこのレベルが存在しているというのは、あなたの肉体、つまり、あなたの化身にある感覚器官が、物質という、光の周波数の中で最も低いレベルを感知するようにつくられているからです」

 「限りない思考を使えば、化身や、すべての場所、すべての宇宙を超越できるのだともし知っていたら、あなたは二度と限定されることを選びはしないだろう」

 「すべてひとつである状態は、本当にわずか一瞬、ほんの一呼吸しか離れていないところにあるのです。自分の存在の内奥で、どんなものとも別の存在でありたくないと願うとき、あなたはもはやそうでなくなります。すべての思考から自分を分離してきたのは、あなたの価値観、限られた思考、そして変容をきたしてしまったアイデンティティなのです」

 「神が最も至高な形で表れたものとはいったい何だろうか。それは思考である。父なるもの、人間が自分の人生を創出する舞台、すべてのものの生命の力、そして生命物質とは、広い意味で言うと、思考である。思考こそが、過去、現在、未来を通じて存在するすべてのものの究極的な創造主だからだ。

 身体の分子構造、細胞組織を互いにつなげているのは、神の真の姿である壮大で崇高な思考だ。思考なしにはあなたの身体は存在せず、物質さえも存在することはない」

 「身体は、真の存在=自己を構成している、変動する光でできた最も複雑で高度な電気系統を宿すためにつくられた。あなたの本当の姿は身体の大きさがあるものではない。実は、ほんの小さな光の点なのだ!

 あなたが宿っている身体は、魂を運ぶ単なる車であり、この物質界に生き、遊ぶことを可能にするために選ばれた、洗練された手段にすぎない。にもかかわらず、この手段でしかないものを通して、あなたは自分の本質が自分の身体だという幻影にどっぷり浸ってきた」

 「 愛すべき主たちよ、在るものすべての美と輝きを、自分の思考過程を通して創造したのは、あなた自身なのだ。想念から光へ、光から電磁場へ、物質へ、そして形体へと、考えることで、感じることで、すべてを創造し存在させてきたのは、あなた自身なのだ。思考が光へと下りてきた存在であったあなたは、自分がなった光に思いをめぐらせ、自分自身であるその光を愛したのだ。そうすることによって、光をさらにもう一段下げて電磁場をつくり出した。神はあなたの思考過程を通じてこの電磁場になったのだ。その電磁場に思いをめぐらせたとき、あなたはそれをさらにもう一段下げて、物資体、あるいは「凝縮した思考」をつくった。

 皆が存在を初めてまず最初にしたことは、「思考から物質をつくる科学」を認識することだったのだ」

 「一般に信じられていることとは裏腹に、あなたの脳が思考をつくり出しているわけではない。脳は、意識の流れから思考がその内部に入ってくるのを許すだけなのだ」

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▼悟りを描いた映画。というか宗教化したSF映画。
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10 04
2014

映画評

『風立ちぬ』 自分の夢と危険なナショナリズム

 『風立ちぬ』を見た。見終わった感想としてはおもしろくなかったし、感動もなく、感想はないというしかないと思った。

 


 ただ疑問に感じるところがあった。昭和初期に軍用機をつくった主人公は、戦争反対の立場からすれば、殺戮と破壊の兵器をつくった「悪人」として断罪されてよいはずの人物である。しかしこの映画では悪役にもされず、断罪もされず、どちらかというと共感できる、好感をもてる「こちら側」の人物として描かれていることだ。

 「夢」を追うすばらしい共感できる人物として描かれている。最後のシーンに飛行機の残骸と婚約者の死が描かれるだけである。それまではずっと夢を追う、こんにちでは推奨される人物として共感されている。

 たった一シーンだけ貧しい子どもたちに食べ物をほどこして拒否されるシーンが描かれるだけである。かれは正義感の強い、人助けのする好青年なはずである。このシーンがはさまれた意味はなんだろうか。

 なぜ殺戮と破壊の兵器をつくった人物が断罪もされず、共感されているのか。

 青年が無垢に、純粋に夢を追ったことが戦争の道具として用いられ、ナショナリズムに奉仕することになり、ナショナリズムの惨劇をあじわっている。これを宮崎駿自身の人生とも重ねると、世界的評価をうけて、国民的映画監督として賞賛される宮崎駿におおいかぶされるナショナリズムとも近いともいえるのではないか。

 青年が夢中になって追った夢がナショナリズムの道具として用いられている。これではまるで戦争に奉仕した主人公、堀越二郎とおなじすがたではないのか。宮崎駿自身はインタビューでそういう意図で映画を描いたのではないといっている。ではなんのために描いたのか。宮崎自身がそういった姿をまだ相対化できていない、否定することができずに、投げ出したかたちであらわすしかなかったいまの姿をあらわしているのではないのか。

 自分の夢がナショナリズムであったのだ。戦争を反対する立場でありながら、自身の夢はナショナリズムを追うことだったのだ。そのつながりの区分けや否定をできていない。なにが悪で、なにが善だったのか、自分でも整理できていないのではないのか。

 この作品は昭和初期の『プロジェクトX』である。そしてそのプロジェクトXは戦争のナショナリズムに奉仕し、貢献することになった。戦後の昭和の経済プロジェクトはナショナリズムではなかったのか。戦争に貢献するようなナショナリズムとなにが違ったのか。戦後のわたしたちはその区分け、判別をできていない。自分たちの夢や貢献を否定できずにいる。戦争を導いたようなナショナリズムとは違うのだといった漠然とした思いを抱いている。

 「健康的」なナショナリズムがあり、「不健康」なナショナリズムがあるといった意見もある。しかしほんとうにそれを画然として分け、明確に線引きができるつながりのないものといえるのか。わたしたちの個人が描く夢自体がナショナリズムの正体そのものではないのか。

 わたしたちの夢や目標は正義であり、人はその夢に向かって励むことがこんにちの人生の理想であり、正常な人生と思われている。しかしその目標はナショナリズムに貢献し、他国を排撃し、他国を滅ぼすような価値観を最終的にもたらしてしまうナショナリズムそのものではないのか。

 しかしそういってしまえば、人はなんのために生きるのか、なにを理想にめざして生きるのかといった人生の無意味さにつき落とすことになる。ナショナリズムを否定すれば、人は人生に勝ちを求めることも否定され、偉くなること、賞賛されるような人物になることも否定されてしまうではないか。人生そのものの否定になってしまうのではないのか。

 老荘思想や仏教では、そのような人生の否定、欲望の滅却を肯定した人生観を語ってきた。それでも充足できる、あるいは安楽の境地があるといってきた。しかし世俗の人間がそういった価値観、人生観をうけいられるとはとうてい思えない。しかも欲望はこんにちの貨幣経済、資本主義の原動力である。おろかに欲望、夢に邁進することが貨幣経済の循環・流通には必要不可欠のことなのだ。

 こんにち、スポーツや経済、文化でのナショナリズムが否定されることはない。戦争へと結びつくナショナリズムは否定されるだけである。ではその違いはなんなのか。どこでどう区分けすることができるのか。夢を肯定して、危険なナショナリズムにならない線引きはどこで可能なのか。そういった問いかけをあまりにもおろそかにしすぎてきたのではないか。

 ふつうの人が人生に抱く夢、人生への希望、渇望が、人を殺戮や破壊へと導くナショナリズムとどう厳然と区分けできるのか。わたしたちがめざす人生の目標、夢自体にそういった殺戮と破壊の心根がそなわっているのではないのか。近代と資本主義の欲望、夢といったふつうに人に刻印された人生観こそ問われるものではないのか。

 トルストイは栄光と名誉にうめつくされた自分の人生を晩年に否定するようになった。その栄光や名誉をめざす人々の人生自体が数々の惨劇をもたらすのではないのか。宮崎駿はその手前で立ちすくんでいる。まあ、たいがいの人は凡庸で、無価値で、無意味な人生に耐えられないのはあたりまえのことなんだけど。


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 【テレビ放送を見ての追記】 2015/2/21

 けっきょく、主人公の堀越二郎の生き方は肯定されていたのか、否定されていたのかということがこの映画がわかるかわからないかの判断のキモになるのではないかと思う。

 主人公は少年からの夢を追いつづける人物として全体的、表面的に肯定的に描かれている。しかしところどころや外枠にこの青年にたいする批判的な面ものぞかせる。美しさをもとめる代償として犠牲になったもの、目にしなかったもの、かかわらなかったもの。菜穂子は美しさの代償として死期を早めたかもしれないし、主人公はエリートで庶民の貧しさや格差と無縁の世界に生きている。主人公のつくった飛行機によって戦場から帰還することのなかった戦闘員たちもおおぜいいる。

 宮崎駿はテレビのインタビューで「この国のおかしさは堀越二郎を描かないと出てこない」といっていた。基本的にこの物語は批判の背景に浮かんだ小春日和のような物語なのかもしれない。夢を追う少年は肯定的に描かれていた。しかしその背景、見えない多くの部分は、否定的・批判的なものに覆われている。

 この物語は前景の肯定を描きたかったのか、後景の否定を描きたかったのか、そのへんがはっきりしない。前景は夢を追う青年の肯定的な物語である。しかしその背景、後景は否定に染められている。

 わたしはやっぱり菜穂子の死が美しさを追い求めた代償であり、戦争へとつきすすんだ時代背景からも、この物語は肯定的に描かれたわけではないと考えられずにはいられない。


06 05
2014

映画評

『潔く柔く』は心の傷を癒すだけの映画ではなく

 ツイートをまとめて、すこし加筆しました。


潔く柔く きよくやわく
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 なるほどこれはいい映画だ。長澤まさみと岡田将生のアイドル恋愛映画でもあるが、内容はそんな柔のものではない。心の傷やトラウマものをあつかった物語に思えるのだけど、じつは告白をはばむものを、そういう設定で解きほぐしてゆくからくりが仕組まれてた映画だ。うまい。


 長澤まさみ役のカンナは幼なじみを裏切りそうになったときに交通事故で亡くしてトラウマ、岡田将生のロクはつきまとう女子を交通事故で亡くす。いっけん、トラウマ・心の傷ものの物語を解きほぐしてゆくような内容なのだが、普遍的な、だれもが告白できない心の壁を外すカラクリの二層。


 これはいい映画だ。おすすめ。泣けるし、長澤まさみも美しい。心の傷というトラウマ映画ではなくて、普遍的な心を開くというプロセスのセラピー映画だ。「潔く柔く きよくやわく」予告





 ロクが死なせてしまった女子の姉が時の止まった家庭の中で、「生きていていいの?」といった問いをロクに向ける。そしてその姉に生まれた娘は口がなかなかきけない。ロクと出会い、話せるようになる。なかなかユング的な心象風景に思えるのだけど、どういったセラピーのプロセスか。


 少々、魂の生まれ変わりのようなスピリチュアルなものも匂わせるのだが、妹をなくした姉が背負わなければならなかった家庭の十字架を娘の代にまで継続させてしまって、ロクがその罪悪感を溶かせたということになるかもしれない。姉は家庭の太陽だった妹のような存在になれないという罪悪感の解消をだれかに必要としていた。姉妹コンプレックスの解消としてのエピソード。


 たぶん男女それぞれが死なせてしまった対象というのは、心の壁や閉じさせようとするものの象徴であって、それは人を死なせてしまい、裏切ったような罪悪感に近い要素なんだろう。だからこの映画はトラウマの罪悪感を解消する映画ではなくて、規制や道徳といった鎖をはずす映画。


 深読みすれば、死なせてしまった対象というのは、子どもから大人に成長するために殺してしまわなければならない道徳的規制、さらに深層をいえば、その規制の砦である「父殺し」や「母殺し」を象徴するかもしれない。


 幼なじみや小さいころの恋の対象は、親への思慕の移行対象であって、この「親殺し」の罪悪感が、この映画ではテーマになっているのではないか。そういった意味でこの映画はひじょうに深いところを突く普遍的なものにたどりついているのではないか。(大塚英志『人身御供論』参照)


 「潔く柔く」は童話でいったら、「カエル王子」に相当するか。気持ち悪いカエルと結婚させられて、壁に投げつけたらハンサムな王子に。この気持ち悪さがこの映画では人を死なせてしまった罪悪感に相当しているか。タブーや道徳規制を解消するプロセスのセラピー。


 長澤まさみは告白できない系の役に出ることが多いね。「プロポーズ大作戦」もそうだった。できないのは男のほうだったけど、長澤のほうもおなじだった。「潔く柔く」では男女とも告白とうけいれることができないトラウマにかかっている。その解消のプロセスが、死なせてしまったトラウマの解消と平行する。


 あまりにも好きすぎてもう一度みた。最高傑作と個人的には思うんだけどね。興行的にもふるわなかったらしいし、評もよくないけど、閉じた心を開くプロセスを観客に体験させる映画。漱石の三角関係の悲劇が心を撃つ『こころ』の後日譚にも思える。


 いくえみ綾の原作マンガよんでみたけど、登場人物がおおすぎてさいしょの数巻とおしまいの数巻しかざっと読めなかった。カンナとロクのエピソードだけ読みたかった。映画から見る者にとっては凝縮された主エピソードだけのほうがいいのかもね。


 ほかのブログで指摘されていたが、カンナはさいごまでかんたんにメゲてしまう。ほかの女性にロクをとられそうになって、「はじめて走った」といっている割には、かんたんに挫折する。ラストシーンなのにである。成長していないのである。ロクの助け舟によって恋は成就するが、まあ心をかんたんに開けないことがカンナの所以でもあるのだろう。


 この罪悪感がなにかというと、カンナの友人関係においては仲間関係をひき裂くことであったし、もしかして友人の片思いの相手を奪ってしまうかもしれないし、同性の嫉妬を買ってしまうかもしれないという罪悪感が、初恋や思春期のころにあったのだろう。


 男女ともには異性の独占権利を手に入れてしまって、相手のほかの可能性や幸福を奪って独占してしまう恐れでもあるだろう。男にとっては彼女の幸福や異性の期待を一身に背負ってしまうことになってしまうし、経済的な安定や人生の幸福といった罪深い重荷も背負ってしまう。女性にとっても幸福や異性の期待を一身に背負う。そういった責任や可能性の排除が、思春期の男女にそれぞれかかってくるのだろう。


 一歩をふみだす勇気というのは、そういった自分にたいする自信や可能性を思いうかべられないことには、まじめに思う相手なら、なおさらその責務に恐れを抱くものではないだろうか。それは自分自身の自信や肯定感にかかわってくることなのだろうけどね。


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02 23
2014

映画評

おすすめ順 ツイート映画評まとめ――「Roots」「藁の楯」「キック・アス」ほか

 おすすめ順にツイートした映画評をまとめておきますね。見終わった感想なのでとうぜんネタバレもふくみます。


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「Roots」 たぶん一話と三話とびとびに見た。アメリカの77年の大ヒットテレビドラマで、視聴率45%の社会現象になった。黒人奴隷と白人の関係が絶妙にえがかれている。三話でクンタ・キンテの逃亡癖を皮肉を聞かせながら諭してゆくヴァイオリン弾きのフィドラーが死んだのは泣いたね。

「Roots」 一話ではアフリカ部族の男になる通過儀礼の話はあまりおもしろくなかった。奴隷船での反乱をくわだてるラストで終わるのだが、二話見れず。三話では逃亡とあきらめからの定着、結婚とクンタ・キンテのアメリカへの帰順が描かれる。

アメリカの大ヒット物語というのは、「男というものはどういうものか」、「男はどうあるべきか」というテーマがずっしりと構えていて、「Roots」は黒人奴隷の物語を描いていながら、「アメリカの男はどうあるべきか」という普遍のテーマが琴線にふれたのだろうね。

「Roots」は黒人の奴隷の苦難の歴史とどうじに、イギリスからのアメリカの自由、なにものかの束縛や隷属からの自由といった、アメリカ白人自身の隷従と自由も重ねることができたのだろうね。黒人奴隷の物語はわれわれ自身の隷従も示唆するのだろうね。

男の理想というのは自尊独立であるから、どうしても社会の隷従状態とどこかでぶつかり合うことになるね。ほこをどこで収めるかという問題になるね。というか、男らしさは国家や集団のために死ぬことが多いのだが、その隷従状態の屈辱は男らしさから外れないわけ?

「Roots」を見ているが、たしかにアメリカで77年に大ヒットした理由がわかるドラマだろうね。人はどこかで社会の奴隷状態をいくつも経験しなければならないから、共感を重ねることができるのだろうね。ただ二話、四話とつづきを見れなかったのがイタイ。

原作のアレックス・ヘイリーの『ルーツ』は絶版か。三冊本だからね。黒人奴隷の話はなにがしかの社会の奴隷状態に重ねることができるんだけどね。

「Roots」六話まで見終えた。なんどか見たくなる心に残るドラマだね。でも残念なのが、二話と四話を見れないという痛恨の極み。三話のクンタ・キンテが脱走ばかりして、諭すヴァイオリン弾きのフィドラーの回がいちばん印象に残ったかな。この人、自分の奴隷状態の嘆き方が会社人間っぽいかも。

黒人の奴隷って鎖でつながれていたわけではなくて、農場の中で動き回ったり、夜は自分の家?部屋で眠ることもできたし、結婚ももちろんできた。脱走したって食えなくなる、もしくはつかまるので逃げなかっただけ。奴隷と賃金労働者のなにが違うのだろう?と思うね。

「Roots」は黒人奴隷の自由の問題をあつかっていながら、男になるとはどういうこともテーマにしていたから、アメリカで大ヒットしたのだろうね。アメリカは男らしさとはなにかをテーマにした映画がヒットする国。シュワルツェネッガーやスタローンのマッチョ派、イーストウッドの知性派男。

「Roots」、全編を再アップされている。これで心残りだった二話と四話みれる。仕事終ったらさっそく見る。黒人奴隷の何世代にもわたるルーツの話だけど、人はなんらかのかたちで奴隷状態をガマンしなければならないのはいつの時代もで同じだから、心にしみる。

77年のアメリカ大ヒットドラマ「ルーツ」はやっぱりいいね。ずっと頭にこびりつく愛しきドラマに思える。勇敢な男になりたかったクンタ・キンテが、アメリカで奴隷としての立場を受け入れてゆく回がいちばん感慨深いかな。だれしもがそういう経験をつんでゆくわけで。

「Roots」四話見た。前後がぎゃくになったが、これで全編みた。四話ではクンタ・キンテはすっかり奴隷の身分になじみ、娘のキジーの代に。キジーは売られ、家族はひきさかれる。白人のだんなの子をはらみ、子のジョージはなぜかお調子者w キジーは恋をするが、自由を忘れた男とは別れる。

「Root」 クンタ・キンテの死に際を見れなかったのが心残り。キジーは売り払われ、父の死に目にも会えず、母もどこかに売られていた。子のジョージはお調子者だが、闘鶏で儲けた金でついに自由を買うことができるようになる。キジーの恋のエピソードはクンタの娘を思わせるね。

「Roots」は年をとればとるほどしみる話だね。だれもかれも労働者はどこかに奴隷状態の鎖につながれていて、隷従か自由かという問題は、黒人奴隷ほどひどくないにしても、おおくの人をとらえる問題ではないかと思う。黒人奴隷と賃金労働者はなにが違って、どんなところに同じものがあるのか?

「Roots」の動画をもう一度見直すか、それともアレックス・ヘイリーの絶版の原作を読むか。それほど愛すべき作品だね、「Roots」は。登場人物のなかでは、奴隷の身分に自嘲的、自虐的に向かっていたヒュドラーがいちばん印象的だったかな。

クンタ・キンテ「トビーはよく働く黒人です。ここにおいてください」。屈強な肉体と逃亡と自由の夢をみるクンタが、白人のだんなに媚を売るセリフが違和感ありすぎて、黒人奴隷の状態をよくあらわしていたね。



藁の楯
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「藁の楯」 おもしろかった。こんなクズを守る必要があるのか。しかもクズを守るために移送チームも死んでゆく。ただ内省がおおくて、もっとエンターテイメントに徹してもよかったと思うんだけど。ふつうの市民がつぎつぎと襲ってくるとかね、ゾンビなみに。

「藁の楯」 犯罪被害をうけた近親者は報復を容認すべきだという心情が高まっているようだが、これをやればただの犯罪者と同等の人殺しであって、それを防ぐために国家や裁判の経由をへなければならない。ほかの機構に棚上げすることは文明であるための歯止めだと思う。

クズを守る以前に人が人を裁くという暴力性、身勝手さ、尊大さといった問題にわたしはつまづいてしまうね。人を裁くなんてほとんど身体の自由を拘束されたものに暴力をふるうような権力の暴走があるのだから、権力をもっているということに自覚的にありたいね。

「藁の楯」はゾンビみたいに10億の懸賞をめあてに襲ってくるシーンをふやしていたら、まさにゾンビ映画になっていたね。そういうゾンビ映画ってカネの欲望にとり憑かれた人たちの暗喩になるし、なによりマスコミで悪者とされた犯罪者を容赦なく叩いたり罵倒したりする尊大さの批判になるね。

「藁の楯」の感想のつづき。犯罪者を裁くというのは国家の警察や軍隊の暴力や権力のうしろだてがあるからこそなりたつ行為であって、人が人を裁くというのは国家の暴力を前提にしていること、せおっていることを忘れたくない。マスコミでガス抜きするけど、国家暴力をまとっている。

市民は人を殺すことも、人の自由を監禁することも犯罪である。しかし犯罪という悪を犯したものだけにはその禁を越境することができると思われている。犯罪者を裁くということにおいて、犯罪と同等のことがゆるされると思っている。


東京家族
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「東京家族」 じつによかったね。ゆったりとした時間の展開なんだけど、ぜんぜん退屈ではない。小津安二郎の作品のほうを先に見たかったのだが、さすがに白黒の世界に入れなかった。もとの映画に忠実につくられたのかな。セリフがところどころ古風だったものね。

「東京家族」って広島の子どもたちがすべて東京にいってしまって、こんな家族がばらばらになる立身出世の制度なんてけしからんといっているのかな。次男の妻夫木の彼女を認めるエピソードは、女々しい男のやさしさを認めたことになるのかな。まあこの映画、テーマよりゆったりしたセリフ、時間がいい。

「東京家族」 仕事や金儲けに縛られて、てんで家族のつきあえる時間をなくした戦後日本にたいする批判なのかな。「東京なんか二度といかん」。中島朋子の声音を変えた演技が、生薬のCMの声といい、おどろいたね。

人間って「場所の存在」であって、場所が離れれば縁もかなり遠くなる。場所がおなじであれば家族となり、離れれば疎遠になる。また場所を同じくするものは葛藤を大きくするばあいもある。場所の重要性をもうすこし認識すべき。




「うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー」みた。浅羽通明の『時間ループ物語論』を知って以来、みたかった作品。未読だし、もう絶版になっているね。無限ループの世界って成長しないでおなじところをぐるぐるとまわっている現代の理想的世界を批判しているわけかな。成長せよと。

「ビューティフル・ドリーマー」は「終わりなき日常の世界」を批判しているのではなくて、直線方向の成長、進歩的時間のことを称揚しているのかな。漱石の高等遊民とかニートのアンチとして。進歩史観的な成長はまだ必要なのかという気がするけど。オタク世界から抜け出せというメッセージもいわれたね

無限ループってどちらかというと経済社会、機能社会のほうが無限ループであって、ここに成長はあるのかという気がするけど。経済的成長は人間的成長なのかと。経済的成長のほうが人間のゆがみ、コンプレックスや欠如の痛みをふせぐ無限ループという感じがするのだけど。

しかし「ビューティフル・ドリーマー」は無限ループに気づいて、それが夢だとわかってその世界をつくりだしたおっさんと闘う内容であって、どのような意味や思想をこめているか、まったく言葉であらわしていない。ヒントもメッセージも言葉であたえない。深読みするべきなのかという気もする。

わたしは中学のころ、「うる星やつら」をちっとも見たいとは思わなかったね。「ガンダム」は見ていたけど、そう魅力的なものではなかった。手塚治虫のマンガが好きで、映画の「999」は好きで、「猿の惑星」が好きなという感じだった。


キック・アス (字幕版)
(2013-12-09)
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「キック・アス」 なんともハチャメチャで、複雑な映画。ソーシャル・ネットワークでの承認がひとつの中心テーマ。ダメ男のさせないヒーロー願望は親近感を抱かせるかもしれない。しかし娘を殺人武器にする父親の復讐はなにを暗示しているのか。防弾チョッキに父が銃を撃つシーンが少女の初登場。

「キック・アス」はどこに解釈をおいたらいいかわからないな。三人の少年少女たちの物語で、キックアスは母が死んで父だけの家庭。ヒットガールも母の復讐のために娘を殺人マシーンにつくりあげる狂気の父親とふたり。悪役レッド・ミストだけ両親が健在で、ギャングなのに家庭の理想を築こうとしている。

「キック・アス」 こちら側は母の不在の家庭で、男性倫理の暴走が描かれている? 正義をめざしたキックアスが復讐狂の父親に生み出された殺人マシーン・ヒットガールの残酷な復讐劇にまきこまれる。正義は個人的復讐と変わらないということ? でも悪として糾弾されているわけではない。

悪役ギャングの子どもレットミストだけが両親が健在で、父が理想的な家庭のありかたをめざそうとしているのがこっけい。残酷なギャングの父でありながら、家庭ではよき父親たろうとしている。そのギャングに母を失ったふたりの少年少女たちが戦いと復讐を挑もうとしている。

「キックアス」はじつはよき家庭を目指すという保守的な理想にたいする批判が根底にあると見なすことができる? ギャングの父親が残酷な仕事を放り出して、子どもと映画を見にいくという理想的な父親を演じようとする。そのギャングと戦う子どもの家庭は母の不在。

「キック・アス」は父のありかたや家庭のありかたをヒーローモノで偽装した映画、マンガだということでができるかもね。両親健在の家庭に片親家庭の子どもたちが復讐と攻撃を加える。片親家庭の世論への反発、もしくは良識的家庭への反逆が根底にあるかも。


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「ザ・パージ」 一年で12時間だけ犯罪が許される近未来のアメリカの話。設定はよいのだが、一家族だけの話にしたのは社会的なひろがりをもたらさないね。さいご近所の人たちに殺されかけるのはアメリカ人がひじょうに恐ろしく思うことだろうね。助けたために災厄の原因になったホームレスに救われる

「ザ・パージ」のような近隣の疑惑や追放というのは現実の中国の文化革命でおこったことで、富裕層や知識人がその対象にされたことは、ふつうの人たちの優越にたいする嫉妬心があからさまになった実例だろうね。こういう嫉妬心が平等や社会主義の原動力なんだね。


オブリビオン (字幕版)
(2013-11-11)
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「オブリビオン」 トム・クルーズ主演のSF映画。信じていた世界がじつはうウソだったという話。これまでの世界と元の世界に恋人と妻がいて、古妻と新妻のどちらがいいのかという話にも思えたが、ハードコアSFみたいな観賞感。元妻のウクライナ出身のオルガ・キュリレンコが魅力的。


エリジウム (字幕版)
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(2014-01-21)
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「エリジウム」みた。「第9地区」のニール・ブロムカンブ監督による映画ね。さいごのシーンは感動で泣けた。犠牲になることではなくて、市民の制限をはずせばおおぜいの人が助けられるという話ね。貧困と格差がまえの作品と同じテーマになっているのだけど、途上国との格差までふくまれているのか。

「エリジウム」はアメリカ本国だけの貧困や格差を語っているのではなくて、世界レベルの格差や貧困をふくめているのかな。いやになるくらい荒廃している。ストーリー自体はさして高度ではないのだけど、格差の設定は秀逸だね。


アナと雪の女王 (字幕版)
(2014-07-08)
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「アナと雪の女王」みた。三月に公開だね。英語字幕だったので読解力はなかったが、ストーリーの大枠だけはつかめた。これは制御できない冬と夏の愛の力の融合だね。冬の死と春の再生の物語は人類の物語の元型になっていて、「桃太郎」も「眠れる森の美女」も冬の死と春の再生をうたっているね。

キリストの再生も冬の死と春の再生をうたっているのだと思う。この人類の元型の物語が、子どもの心にどう訴えかけるかだな。季節の物語を人は成長や人格の向上のメタファとして読んできたのだろうね。季節の再生は人格の成長も暗喩する。

人間は近代になって機械の暗喩を手に入れたのだが、それまでと年のふしめには季節の暗喩の物語をまだ用いている。正月もクリスマスも冬の死と春の再生の物語だね。それは人格の成長の暗喩にもなっているというわけね。


戦争より愛のカンケイ [DVD]
オンリー・ハーツ (2012-06-08)
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「戦争より愛のカンケイ」 とってもフランス的な政治的な映画。タイトルが残念すぎるね。物語はほとんどなく、ユダヤ人を隠す子孫とアルジェリア移民の子孫の恋愛というより、思想の結合。

「戦争より愛のカンケイ」はGyao!では「大人向けのエロティックな作品」と紹介されているのだが、ヌードとだれとでも寝る女は出てくるが、それは政治的信条のため。ファシズム男を改宗させるために男と寝る、ヒッピーで政治運動家の母の娘が主役。

「戦争より愛のカンケイ」はもう高度な政治的な思想の表現のために登場人物が動くだけ。喜劇やコミカルであるが、深刻なユダヤ人迫害の問題を母にもった男と、ナイジェリア移民の虐殺と差別を抱えた男の娘がくりひろげる政治思想的な映画。とっても政治的背景の素養が必要。


モンスターズ・ユニバーシティ(吹替版)
(2013-10-24)
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「モンスター・ユニバーシティ」 自分はそうでないのに努力でのしあがることをもちあげた作品で、わたしは「シュガー・ラッシュ」のほかの人になることより、あるがままを肯定するメッセージのほうをだんぜん支持する。努力で成長するというメッセージはこれからもメインであるかもしれないが。

「あるがままの肯定」って努力しなくなるといえば努力しないといえるけど、はたして自分の否定や自虐によって成長をうながせるかという思いがある。それより自己への否定や自虐をとりさることのほうが重要な気がする。自分を言葉によって評価、加点・減点しない自己像。


英国王のスピーチ (字幕版)
(2013-05-15)
売り上げランキング: 2,420


「英国王のスピーチ」 吃音症の話でもあるけれど、国王の自信をもっていく話に思えた。じわじわと涙が出る。友だちの信頼感が根本的によい方向にもっていったみたいだね。そこで皇室の立場を軽くあつかう。前に見たような気がするけど、地上波で放送したことある?

吃音というのは不安になったときに筋肉がどもる自動ループができあがっているんだろうね。この自動機械を解体するには不安の解消と機械の解体が必要だろう。不安は瞑想でだいぶ消せる。だけど筋肉の自動反復の解体はむづかしい。これは機械的な反復で治すしかない?

アルコール依存症とおなじく吃音症もそのことの罪悪感や羞恥心ばかり考えている。頭の中がいっぱいになっているから、よけいにそれにとり憑かれる。だから瞑想でその考えを消す。不安にとり憑かれることはその反復をいや増す。

基本的に人は考えることでものごとが解決するような思い込みにひたっているのだけど、思考なんて身体のできごとの解決に何の用もなさない。ぎゃくにそれが身体の不可解な反復のスイッチになっている。思考による不安で頭がいっぱいになることが身体のスイッチなのにね。


ゼロ・グラビティ(字幕版)
(2014-04-08)
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「ゼロ・グラビティ」 ずっと脱出劇。困難な状況からのつなわたり。心理的には主人公の女性は娘をなくしており、その再生と再起の心理ストーリーのことが描かれているのだと思う。ロシアの衛星の破片で損害、漂流して、ロシアの船にのり、中国の船にのったことはなにか意味するか。

「ゼロ・グラビティ」はジョージ・クルーニーがいい味を出している。ずっとおしゃべりのおっさんだけど、そのありがたさがじわり。これは映画館の迫力で見たい映画だね。

「ゼロ・グラビティ」は宇宙に放り出されて漂流して、クルーニーに助けられて、ソユーズに乗り込むときはひとり。船に入ったときには胎児帰りのようなシーン。死と再生がここからはじまるわけね。

この映画はずっと娘をなくした衝撃からの立ち直りが、象徴をとおして描かれているのだろうね。男に助けられたり、宇宙船をのりかえたりは、「三匹のこぶた」の壊れやすい家から堅牢な自我の家を思い出したね。


すーちゃん まいちゃん さわ子さん
(2013-11-20)
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「すーちゃん まいちゃん さわ子さん」 益田ミリの脱力系マンガを映画にする時点でべつものになるのはわかっているのだけど、やぱりあの独特な間合いは出ていない、というかつくれないのだろうね。三十すぎの独身女性にはとても共感できる話なんだろうね。

「すーちゃん まいちゃん さわ子さん」 真木よう子が脱力系の役はちょっとふさわしくなかったかな。柴崎コウはいがいに脱力系でもOK。脱力系ってほんとうは政治的な文脈におくと、怒りの先のあきらめや絶望に発していると思うんだけどね。

「すーちゃん…」に映画的な要素や展開を期待する自体がまちがっていて、ほとんど物語がない趣向の四コママンガが原作だからね。物語すら脱力。


ガタカ (字幕版)
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(2010-10-01)
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「ガタカ」 遺伝子操作で優秀な弟は兄に勝てなくなる。なりすましを契約した優秀者は足の不自由で、主人公が旅立つときになぜ死をえらんでしまうのだろう? 基本的にこの映画は劣勢とか劣等の壁を打ち破れ、突き抜けろというメッセージ。刑事が疑うのはみずからの疑心ともいえるね。

「ガタカ」は遺伝子的に「不適格」と烙印をおされて底辺に押し込まれている人間が、遺伝子の超優秀なものの血液や尿を借りることによって、「適格者」になりすまして宇宙飛行士になる話。殺人容疑にかけられてバレそうな内容は「砂の器」に似ている。差別や劣等の烙印をはねとばす可能性に賭ける話。

「ガタカ」 ネットではけっこう傑作とか名作とかいわれているようだけど、むかしSF好きなわたしが知らなかった97年の作品。SFは設定だけで、内容は『砂の器』に似ていて、でもこっちのばあいは成功する。限界や壁をこえる人間の可能性がうたわれているから、高評価なんだろうね。


ワールド・ウォーZ (字幕版)
(2013-12-20)
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「ワールドウォーZ」 まあ、おもしろかったんじゃない。どこまでも追いかけられて、飛行機の中でゾンビに変わってゆくシーンは絶望的。終り方はいいカタルシスを味わえるね。

「ワールドウォーZ」 ゾンビ映画のタイトルが世界大戦と冠するのが謎。韓国やイスラエルがなぜ舞台になったのか。ゾンビがなにを象徴するのかあいかわらずわからないな。

ゾンビはむかし共産主義を排斥したい時代にはそれを象徴することができたかもしれないが、いまはそういう思想的な対象ってべつにないと思うしね。ゾンビってなんなのだろうね。

「『ナイト~』を、60年代カウンターカルチャーの革命が挫折したことへの苛立ちから作った。『ナイト~』のゾンビたちは敗れ去った革命の亡霊なんだ。」 / “ベイエリア在住町山智浩アメリカ日記 - 『ランド・オブ・ザ・デッド』速報②ゾンビ家元ロメロ大いに語る


「『ドーン~(ゾンビ)』のゾンビが象徴するものは違う。彼らは消費社会のなかでCMに洗脳されたアメリカ人みんなだ。彼らは何も考えずに意味もなく毎週ショッピングモールに集まり、必要もないものを買いまくる。いくら消費しても飽きることをしらない。」

「我々はどんどん、何も考えずに消費するだけのゾンビになっていくんだ。」

「「人が人を食べる」というのも、資本主義の競争社会を象徴しているように思える」 / “『 ゾンビランド 』|小梶勝男”


かつてロメロがゾンビを産み出した時は大量生産大量消費の人間の愚かな欲望の象徴だったけど」

人が人を食うというのはたしかに資本主義の競争の象徴だね。欲望だけにつき動かされるショッピングモールの消費者というゾンビ像も今日的だね。けっこうわたしたち自身のすがたかもねということか。



 つづきはほかに見たあまりおすすめしない映画評です。


10 20
2013

映画評

織田作之助原作・映画『わが町』絶賛――過酷な労働自慢で妻と娘夫婦を死なせた男の半生

 56年(昭和31年)の古いモノクロ映画に『わが町』という映画があるのだが、これは絶賛する。織田作之助原作で、川島雄三監督の作品。

 織田作之助は『夫婦善哉』がなんどもドラマ化されているが、『わが町』という秀作もぜひドラマ化してほしいものである。司馬遼太郎の『坂の上の雲』にぜひぶつけたいね、日露戦争が出発点になっていることだし。

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 大阪の下町の庶民、タアやん(他吉)が主人公で、フィリピンのペンゲット道路で過酷な労働にたえたことを人生の誇りにしている男で、そのせいで妻と、男手ひとりで育てた娘と夫を死なせてしまう。

 ペンゲット道路は2600人の労働者のうち、600人もの人命を事故や風土病で亡くしてしまう難工事。

 いつも子供ができた女を放っておいて、フィリピンに出稼ぎにいくかという人生の選択に娘・孫の二代にわたって迫られる危機に問われる。

 妻は他吉がフィリピンに行って女ひとりで稼ぐ過労にたおれてすぐに亡くなってしまうし、苦労して育てた娘の夫もフィリピンにやってしまい、そこで伝染病で亡くなり、娘もショックで亡くなり、孫娘だけがのこされて、ふたたびもとの状態に逆戻り。

 孫娘も成人して婚約者をつれてくるのだが、こんどの婚約者は他吉のフィリピン自慢に抵抗して、「みんな日本に帰りたかったと違いますか、タアやんを恨んでいると違いますか」とつっかえす。

 そこでしょげかえった他吉はフィリピンでしか見れない思い出の南十字星を四ツ橋のプラネタリウムで見ながら死んでゆくという筋立てである。

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 冒頭のシーンに象徴的にあらわれているのだが、ペンゲット道路の完成から帰ってきた他吉は、日露戦争の凱旋帰国のお出迎えの行列にまちがわれる。これが意味することは、他吉というのはお国のためにたくさんの兵士を死なせた日本のすがたそのものであるということである。

 織田作之助の原作は昭和18年の戦時中なのだが、戦争批判に通じる話であり、また昭和31年の高度成長期前に映画化されたということはのちの労働至上主義、経済至上主義への批判にも重ねられることができる。

 他吉は過酷な労働が自慢で、そのせいで妻、娘夫婦を死なせてしまい、孫娘の夫もまた過酷なフィリピンに出向かせようとしている。同じ過ち、選択の危機をむかえているのだが、他吉はその過ちに気づかずに、妻と同様、娘夫婦を死なせ、孫娘の婚約者まで同じ道を歩ませようとしている。

 だけど、子供のころから他吉に負けない強情だった孫娘の婚約者・次郎は、他吉がペンゲットで労働者を死なせてしまったことを自慢ではなくて、かれらから恨まれるほどの過ちだったと告げられる。

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 まるで『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のように過去の同じ過ちの時点につきかえされる。他吉は妻を過労で死なせてしまい、娘夫婦を死なせてしまってもまだ過ちに気づかない。そればかりか、苦労して育てた孫娘の夫婦も同じ道に歩ませようとしている。

 他吉の口ぐせは「人間はからだを責めて働かなきゃあかん」である。

 他吉にはたとえ労働者をおおぜい死なせようとお国自慢のために工事を完成しなければならないと考えている。それが他吉の誇りであり、男や娘の婿もそうしなければならないとフィリピンに追いやり、死なせてしまう。

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 だけどそれに懲りる他吉ではない。また一から孫娘を育てはじめるのである。

 孫娘の婚約者にも同じ道を歩ませようとするのだが、こんどこそは相手がだまっていない。他吉の誇りがまちがっている、死んでいったものたちは他吉を恨んでいると完膚なきまでに批判するのである。

 これは戦争によってたくさんの兵士たちが死んでいったことへの批判であり、戦後の経済主義のなかで労働者が酷使されているということへの批判にみごとに通じる。この映画はまさに日本の目的のため、お国自慢のために殺されてきた労働者・国民の告発の物語である。

 大阪庶民の豪快な男が主人公の物語にみえるのだけど、この姿にダブるのはまさに軍国主義に傾いた日本であり、戦後の経済主義に邁進した日本そのものの姿である。

 男たちを死地におもむかせ、それでいてまだ懲りずに同じ道を歩ませようとしている。そのために夫も妻もなくしてまた娘をひとりで育てることになるのである。同じふりだしにもどっているのに、お国自慢と誇りが忘れられない。

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 孫娘にその過ちを批判された他吉はしょげかえり、たいせつな働き道具の人力車まで失い、ケンカに巻き込まれて、さいご思い出の南十字星をプラネタリウムで見ながら、息をひきとる。

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 大阪下町の豪快な憎めない男が主人公の映画である。悪気もなく、くったくのない、下町の愛すべきただのオヤジである。娘も孫娘もりっぱに育てる。それでもまわりの女性たちや男たちをつぎつぎと死なせて、自分のしてきたことがまちがっているとは露とも思わない。

 明治から昭和にかけての日本はほんとうにこういう道を歩んできた。たくさんの男たちを殺して、妻や子供たちを苦しめてもまだ気づかない。そうしてまた同じ過ち・ふりだしに舞い戻るのである。

 織田作之助の見抜いていた日本の過ちはいつ終わることになるのだろうか。

 この作品は傑作だと絶賛したい。映画のほうはなにをいっているかわからないセリフも多いけど、昭和の知らない作品にこんな深いメッセージのこめられたものがあったなんて。



▼織田作之助の『わが町』は青空文庫で読めます。二編ほどありますが、こちらの『わが町』は初出形式のようですね。専用ソフトで読むのをおすすめします。

 動画のほうはこちらで見れるかもしれません。「わが町 主演:辰巳柳太郎 監督:川島雄三 1956年

B009IY1ZF8わが町
織田 作之助
2012-09-27

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08 25
2013

映画評

おすすめ順 ツイート映画評―「レボリューショナリー・ロード」「幸せがおカネで買えるワケ」「ロボット」

 さいきん見た映画のツイートをまとめておきます。おすすめ順にならんでいますので参考に。



「レボリューショナリー・ロード」これはよかった。サラリーマンと郊外住宅地の退屈な日常から逃れようとする話で、このテーマだけを真正面からとらえた物語はそう見たことがなかった。「終りなき日常」をそのまんま映画にした物語だ。だけど悲劇で終って、なんの解決も提示しないのが残念。

ほかの人の評価をみるとさっぱりわからないという人もいて、「終りなき日常」からの逃走願望をまったく感じない人がいることを知ったね。こういう人たちが幸せな家庭を最終目的にできる人たちだね。でも男ならともかく女性のほうからいいだして、崩れてゆくパターンもあるのかと驚き。ふつう男だろ。

ディカプリオとウィンスレットの主演ならとうぜん「タイタニック」の日常版をえがいたことになるのだろうね。「タイタニック」が先がないがゆえに人生を輝かせたに対して、この作品ではくりかえしの日常がどこまでもつづいてゆくがゆえに人生に耐えられなくなる。こちらが人生のリアルというもの。

「レボリューショナリー・ロード」は家庭や日常生活に耐えられるか、その重荷を背負ってゆけるのかのリトマス紙になるだろうね。さっぱりわからない人はおおいに家庭向きなのでおめでとうw

「レボリューショナリー・ロード」はリチャード・イェーツの『家族の終りに』(61年)が原作。活字のほうが周辺情報をみっちり組み込んでいるんだろうね。61年ならそのあとにヒッピームーブメントがあったわけど、またひとめぐりしたわけかな。詩人のイェーツとはまた別人。




「幸せがおカネで買えるワケ」 ニセの家族で友だちの消費をつりあげてゆく「販売家族」の映画の話。 デミ・ムーアとデイヴィッド・ドゥカヴニー主演。設定だけで十分に社会風刺の話ね。さいご隣家の友人はローン破綻で自殺したが、いまいち尻つぼみの終わり方。設定だけで十分意味のあるつくりね。

社会的見栄とか地位をきそってしまうと、どこの家族も販売プローモーションのようなニセ家族になってゆくのだろうね。こういう見地を生み出してくれるのが社会学なのだけど、まわりの友だちだけならそういう批判的見地はめばえないのかもしれないね。

セレブをきそってビジネスとしての「販売家族」になってしまっているというのは、アメリカや日本の消費社会にあてはまることだね。「幸せがおカネで買えるワケ」は劇場未公開でDVD販売だけ。日本はこういう批判は自由なほうなのかな。

ライフスタイルを売ってアフィリ・ブログなどで儲ける機会はネット社会になってますます拡大したわけだけど、わたしたちはそれもひとつの販売計画にすぎないという冷静な目が求められるのだろうね。憧れやセレブもひとつの「商品」だね。

憧れやセレブもひとつの販売商品であり、夢や憧れを焚きつける社会にはその販売戦略にまきこまれる危険がたえずあるのであり、またそうしないとお金や生活が回らないという社会でもあるね。わたしたちは販売しないと生きてゆけないのであり、またどこかで罪悪感や歯止めも必要なんだろうね。

「幸せがおカネで買えるワケ」ではニセ家族に消費を焚きつけられた隣家の夫はローン破綻で自殺してしまうのだけど、アメリカの人はローン漬けでも懲りない面々だと思うのだけどね。まあ、こういう隣家との競争は商売や販売であるという冷静な自覚があるだけでOKだろうね。

憧れが煽れば儲かります。というか憧れがないとお金なんて回らないのだけどね。


ロボット (字幕版)
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(2013-05-15)
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なにもかも濃すぎるインド映画だね。後半のロボット編隊はギャグのようにすごい。

インド映画の「ロボット」はさいしょインド映画の違和感から見るのやめようかなと思っていたけど、感情を植え込むあたりからひきこまれたかな。殺人を犯すようになったり、ロボット編隊では完全にひきこまれたね。みょうなミュージック・クリップは4,5本入っていて、シェークスピアなみの装飾語w

インド映画ってハリウッドや西欧の影響はちゃんと受けておきながら、ダンス・シーンのような独自のインド文化をちゃんととりこんでいるのがすごいね。中国映画でもこんな独自の文化表出をもっていないのにね。

感情を植え込むあたりからロボットは調子がおかしくなって人間と齟齬をきたすようになるのだけど、たとえばアメリカ映画なんかでは感情があるから人間らしくなった、すばらしいというテーマが多いのだけど、インド映画では悪。日本でも感情がなければ死人とおなじだとなるのだけどね。

インドでは感情は悪。アメリカでは人間らしさ、自分らしさ。感情がなければ死んでいるもどうぜん。感情こそが人間らしさをつくるという考え方をしている。わたしはトランスパーソナル心理学や仏教を読んだから、インド式に感情は悪や災いをもたらすものだと考えるね。

感情に自分らしさや人間らしさの根拠をおいてしまうと、ジェットコースターなみの感情のゆれを経験して、うつや悲観の感情にのみこまれてしまう。そもそもインドでは感情や思考、概念が虚構や幻想であるというベースがあるんだろうね。

アメリカでは「スタートレック」のスポックとカーク船長のような「論理と感情」の対立で感情を捉えるわけだけど、感情を主体においてしまうと感情の荒波のなかでほんろうされる小舟になってしまうと思うのだけどね。西欧は「論理と感情」=「理性と動物」という侮蔑図式でやってきたからね。


ダブルフェイス 秘めた女 [DVD]
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一度ではわからないから二度目見た。まわりや自分の顔が変わってゆくからわからないんだな。ソフィー・マルソー主演。

「ダブル・フェイス 秘めた女」はフランス顔とイタリア顔の区別もできないから、顔が変わったのか変わらないのかわからないw ソフィー・マルソーと母の顔の変化だけはよくわかるが、夫や子どもの変化がつかみがたい。

死んだフランス娘になりかわっていたというのは、事故の衝撃を抑圧するだけではなくて、憧れにすりかわろうとしたという解釈を読むことができるし、イタリアのフランスへの憧れとも読むこともできる。wikiによると養子に出された衝撃の抑圧もあるのだと。

「自分だと思っていたが、自分ではなかった。自分は死んでいた」という物語は自分の記憶・アイデンティティはほんとうなのかという普遍的な問いをもたらすね。ほかの憧れにすり替わっていたという話も、「憧れの人になろう」や「自分でないだれかになろう」という欲望の現代では普遍的なテーマだね。

「自分はほんとうに自分が思っている自分なのか」、こういった問いを発せさせる「ダブル・フェイス 秘めた女」は佳作なのではないかな。まあ、一回見てもかなり混乱する話なんだけどね。イタリア顔ってラテン系なんだよね?


私の叔父さん [DVD]
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連城三起彦の『私の叔父さん』って映画化されていたのね。連城三起彦の『恋文』という短編集は舌を巻くほどうまかったね。このうまさはなんなのか、と言葉につかめなかったけどね。

映画のほうの「私の叔父さん」見た。連城三起彦の名作で、わたしのなかでも強く印象にのこっている。兄妹の禁断愛もので、娘にまで祟られる話。子どもをつれての写真のメッセージがいちばん印象にのこるね。

映画の妹役の女優はいまいちだったかな。この作品は文章自体が抑制的で、映画では高橋克典だけが抑制的だったので、その文体の魅力をつたえられなかった気がする。写真に隠されたメッセージとか含蓄を読む深い作品で、もしかして再度見たほうが好きになる作品かもね。

「私の叔父さん」は兄妹の禁断愛という縛りと、もうひとつ男側としては経済力や自信がないために女性を自分の人生の巻き込んでしまう恐れと後悔がひとつのテーマなんだよな。男にはその側面が痛いかもね。


スター・トレック イントゥ・ダークネス (字幕版)
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「スタートレック イントゥ・ダークネス」 これはしんどすぎたね。アクションがずっと連続していて、字義通りまったく息をつくひまがない。これは想像以上にツライw むかしのスタートレックはもっとおっとりのんびりしていたはずだが。

Mr.スポックはいった。「感情の排除は思いやりの欠如ではない」。カーク船長はいった。「教えてくれ、感情の捨て方を」。「スタートレック」ってずっと「感情論」をやってきたの? 禅的な感情か、それとも社会的な感情か。

シリーズものはあまり知らないこともあって、カークもスポックもずいぶん若い印象が。悪役のカーンは敵になったり、利用したり、利用されたりの関係。あのアラブの悪の枢軸を暗喩しているとかの説も。カーンといえば、「カーンの逆襲」のカーンとまた違うの?

「スタートレック」は息もつかせないアクションより、もっとヒューマンでたがいがたがいに皮肉をいい合っている関係がおもしろかったのだけど、またそういうものに重点をおいてほしいね。それはTV向け?


サンシャイン2057 (字幕版)
(2013-06-25)
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「サンシャイン2057」 宇宙空間のなかでの人間の卑小さや広大な宇宙での存在といった味わいはあったと思う。ただ人がだれか助かるというヒューマンな要素はなかったので物語としての充実はないね。神と出あうわけでもないし、神を信じた前船長はただの狂信者か。

「サンシャイン2057」という映画は、人間が生存できない宇宙空間の圧倒的な過酷さを描き出していて、宇宙や自然の畏怖を感じさせられるようになっている。だけど太陽を神のように崇めて呑み込まれる前船長を狂信者のように描いたということはそれに立ち向かえということか。


八月のクリスマス  (吹替版)
(2013-05-15)
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「八月のクリスマス」 98年の韓国映画。はかなくて、せつない恋の物語なのだけど、ところどころ感覚がわからないところや、テンポが少々たいくつだったかな。自分の死を知らせないこと、思いを秘めたまま消えることがそんなに美化されるものか。美しい物語ではあるのだけれどね。


ジャックと天空の巨人 (字幕版)
(2013-07-23)
売り上げランキング: 10,764


「ジャックと天空の巨人」 おもしろかったね。基本的に姫を手に入れるおとぎ話に忠実なストーリーで、巨人はすべてCGだからできた映画だね。子どもが見たらそうとうインパクトはあるだろうね。ところで巨人って悪とか邪悪なものの象徴?

ジャックとお姫様にキャラの肉づけはほとんどなくて、その人ゆえの必然性・愛着がわきにくい印象かな。おとぎ話はキャラの個人性ってなかったものだっけ? そういうキャラのほうがだれでも感情移入しやすいわけ?

もうちょっと巨人が襲ってきてどうにもならないところまで追いつめられなかったのが物足りなかったかな。巨人を手下にすることのできる冠ってなんのことだろ。自分の心に対してはただ念じるだけでいいみたいなことなのかな。


世界にひとつのプレイブック (字幕版)
(2013-11-23)
売り上げランキング: 3,420


「世界にひとつのプレイブック」 掛け野球に夢中のデ・ニーロ一家と、イカれた息子と、友だちのイカれた妹。この騒々しい設定がなければもっとシンプルに楽しめたのではないかと思うほど、野球狂ファンのエピソードはやかましいし、わからない。ジェニファー・ローレンスが光る、けど不明という感じ。


ラ・ワン [DVD]
ラ・ワン [DVD]
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マクザム (2012-11-30)
売り上げランキング: 42,059


父親の不在と新生がテーマのようだね。悪役のラ・ワンやデジタル画像が集まるシーンなんて迫力だったね。

「ラ・ワン」はゲームの人物が現実にあらわれるといった子ども向けの目線をもった映画だけど、父と母の愛の歌もうたっていて、どの世代向けにつくられたのかわかりにくいけど、両方の世代をとりこんで家族の愛をうたっているのだろうね。

インド映画ってダンスシーンが大好きだけど、映画見ていても踊り出したくなる活力がインドにはみなぎっているのかな。映画ってしずかに見るものと思っているけど、インドでは踊りだしたい感性のうえに映画があるのかな。

アメリカのミュージック・ビデオの魅力が映画にとりこまれたのかな。それともインドに独自にあったダンス音楽がもとになっているのかな。


その男は、静かな隣人 [DVD]
アットエンタテインメント (2009-04-03)
売り上げランキング: 135,890


「その男は静かな隣人」 職場で無差別殺人を犯しそうなダメ主人公がほかの男が犯した無差別殺人から女性を救ってヒーローになるが、憧れの女性は半身不随に。ネタバレをさいしょに見るべきではなかったな。主人公の結末はもっとポジティブであったらよかったのにね。

「その男は静かな隣人」という映画はアメリカでも犯罪報道にたいする違和感というものがあるのだろうな。心の中の葛藤が物語になったような映画で、それぞれの登場人物が心の声といえそうだな。


タイム・トラベラー ~戦場に舞い降りた少年 [DVD]
ポニーキャニオン (2007-04-04)
売り上げランキング: 167,097


きれいな終わり方をしたね。タイム・トラベラー~戦場に舞い降りた少年~

「タイム・トラベラー~戦場に舞い降りた少年」というのは、母の再婚をこばむ少年が、戦時中の孤児になった少女を癒し、未来を知った少年が少女をふたたび救い出そうとする話。母の再婚を承認するためにどうして少女を救うエピソードが必要だったのだろうね。

伏線がなかなか感嘆するのだけど、戦時中に孤児になった少女メイというのは、再婚しようとしている母の心細さと重ねることができるかもしれないね。そのメイが未来にどうなっているかというと、さいしょに伏線をはられていて、「おお、あの人か」と感嘆するね。

この映画というのは母の心細い心情を助ける、救う話だったのかもしれないね。戦時中に孤児になったメイは未来に母となるわけではないけど、心情的には同一だったのかもね。再婚家庭の子どもには効く話なんだろうね。

うーん、原作はロージーが家に迎え入れられるのか? 映画のほうがきれいな終わり方。 / “『メイの天使』(メルヴィン・バージェス著、石田善彦訳、東京創元社)


ショーシャンクの空に(字幕版)
(2013-05-31)
売り上げランキング: 1,800


「ショーシャンクの空に」を見た。みんなのシネマビューでは8,69点という高評価なのだが、そんなにすごい映画には思えなかった。ちょっとした感動はないこともないのだけど、名作とよぶほど心が動いたわけではないのだけどね。

「ショーシャンクの空に」はおなじスティーブン・キングの原作「グリーンマイル」とカンチガイして見てしまうことがあったかもね。おなじ刑務所モノだしね。「ショーシャンク」は地上波ではあまりやらないのね。

「ショーシャンクの空に」は無実の有能な銀行員が刑務所員たちの税務対策にのりだして重宝されて、所長の悪どいマネーロンダリングに利用される話。ために無実の証言者も殺されてしまう。それで脱獄して秘密をばらす。このエピソードの中にモーガン・フリーマンが改心する内容が含まれていたとね。


ファイナル・デスティネーション(2000) (字幕版)
(2013-05-31)
売り上げランキング: 9,774


「ファイナル・デスティネーション」 よくできた映画だね。飛行機事故を免れたゆえに次々と死の危機が襲ってくる話。予知夢めいたつくりをしていながら、人の普遍的な死の不安をよくあぶりだしているね。

「ファイナル・デスティネーション」の続編は5作までつくられているのね。「デッド」か「ファイナル・デッド」の名のつくタイトルに変わっているけど。死の回避というシミレーションは、子どものときの夢でも見ていたほどの普遍的なものだと思うね。


ドニー・ダーコ [DVD]
ドニー・ダーコ [DVD]
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ポニーキャニオン (2003-02-19)
売り上げランキング: 22,396


「ドニー・ダーコ」という映画をみた。暗い画面でなにがなんだか。事故があったあとの生き残った未来は、その時点に戻ることによって帳消しになるということか。ネットの解釈に教えられるまでさっぱり。ぼんやりは推測できるのだけどね。


ペイ・フォワード [DVD]
ワーナー・ホーム・ビデオ (2010-04-21)
売り上げランキング: 1,728



「ペイ・フォワード 可能の王国」 もっと社会的な話かと思っていたら、アル中とかトラウマとか心理的な話が多かったとはね。息子が母のお相手に教師をひきあわせるという発想も日本でムリっぽい。そしてさいごに可能性を広げたトレヴァーはなぜ死ななければならなかったのか?


13F(字幕版)
13F(字幕版)
posted with amazlet at 15.02.25
(2011-10-01)
売り上げランキング: 8,081


「13F」というSF映画をみた。99年の作品で「マトリックス」と同じ年で、仮想現実という内容もおなじだったのに、まったく知らない映画だった。「マトリックス」がヒットしすぎて影に隠れたのかな。大ヒットが出ると仮想現実の反転という結末はもうね。


プラダを着た悪魔 (字幕版)
(2013-06-25)
売り上げランキング: 1,128


「プラダを着た悪魔」ってやっぱり女性の方はそれでもファッションや編集の仕事に憧れるわーとなるんでしょうね。アンハサウェイはさいしょから報道志望の否定派だし、さいごにも同僚を蹴落とす仕事なんかやってられないわと二度目の否定。たぶん憧れの目には否定なんか染みないのでしょうけどね。

人から憧れられること、自分が価値あると思いたいという欲求を否定するには、どのような見せ方が効くのか。「プラダを着た悪魔」ではのぼりつめた上から見てもそれでも。。という見せ方。これは憧憬しか見ない人も多いだろうなという感想。

「プラダを着た悪魔」 人を蹴落とす生き方を否定するわけだけど、これってほしいものや自分の利益をおさえる道徳律にならないかな。体制や強いものにたいしての無抵抗主義、奴隷主義のイデオロギーにならないか。対個人としてわかるのだが、対社会に対して無抵抗はよいことなのか。


猫の恩返し / ギブリーズ episode2 [DVD]
ブエナ・ビスタ・ホーム・エンターテイメント (2003-07-04)
売り上げランキング: 4,537


「猫の恩返し」は猫の国につれさられることが、「自分の時間を生きない」という意味に捉えられているのね。猫の国がどうして自分の時間ではないのかというつながりが希薄に感じたが、セリフのはしばしに出てくるのね。


信さん・炭坑町のセレナーデ [DVD]
アミューズソフトエンタテインメント (2011-04-22)
売り上げランキング: 74,870


昭和30年代のノスタルジーを描いたというより、炭鉱町の一片を切りとった作品かな。信さんがどうして憧れられる人間なのか、友だちのオカンに惚れるのも感情移入できなかった。 信さん・炭坑町のセレナーデ

友だちのオカンなんて子どもにとって女でも男でもないべつの生き物としかいいようがない存在だったのだけどなあ。女として惚れる人なんかいたのかなあ。子どもにとっての「規制」とも考えられるもするのだけど。


パラダイス・キス
パラダイス・キス
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(2014-04-30)
売り上げランキング: 18,618


「パラダイス・キス」 う~ん、なんなんでしょうね。タナからボタモチ物語に見えるのですが。でも自分の足で歩け。才能を見つけくれるものにラブという話ですか。映画はマンガにくらべていろいろ端折っているのでしょうが。


スチューデント(字幕版)
(2013-06-01)
売り上げランキング: 8,477


「ソフィー・マルソーのスチューデント」 まったくなにを訴えている映画かわからなかったな。さいごの教員試験の口述でこのテーマをいっているんだろうけど、「は?」という感じ。88年の作品で、82年の「ラ・ブーム2」から6年後には、ハダカを見せる女優になっていたね。

フランスという国の女優は、教員や文学論をめざすインテリ女性を理想として演じさせていて、日本という国ではとてもありえないだろうね。日本でアイドル女優として売り出された女優がインテリ女性としてもちあげられたりすることはないだろね。


スイートリトルライズ [DVD]
ポニーキャニオン (2010-10-06)
売り上げランキング: 36,507


江國香織原作の映画「スイート・リトル・ライズ」さいごまで見れなかったけど、もういいかな。女性の理想形を描いていそうなんだけど、なんでこういうのが理想なのか男のわたしはわからないだろね。ダブル不倫の話だけど、体温が足りないということなのかな。


05 27
2013

映画評

さいきん見た映画のツイート備忘録――「ザ・ワーズ」「午後3時の初恋」「おおかみこどもの雨と雪」など

 さいきん見た映画のツイートをまとめました。こういうのが見たいとかこれは見るべきだという選択基準が自分でうまくまとまっていないのを痛感しております。

 前半もしくは本文ではおすすめ、よかった映画をとりあげております。

 真ん中にラインを引いた先から、もしくは「追記」リンクからはわたしにとっての及第点、あまりよくなかった作品をならべています。かんたんに割り切れないのですが、膨大な量になるために便宜的に分けています。


ザ・ワーズ 盗まれた人生 [DVD]
東宝 (2013-09-20)
売り上げランキング: 3,351


「ザ・ワーズ 盗まれた人生」 これは佳作だな。作品を盗まれた老人の人生がじわっと涙をにじませた。過ちを償うことはできない、ただ抱えて生きるしかないといいたかったのか。この焦燥感が胸を焦がせるね。ラストがわかりにくいが、部屋に入れた若い女性はもしかして自分の娘? なにに気づいた?

人の原稿をいつわって自分の作品とした主人公はこの秘密を妻にいって別れることになる。作品を書いた老人は創作にかまけて娘の死を導いてしまい、妻と別れる。その元妻があたらしい家庭を築いているシーンは泣けたね。この後悔が作品を生み出すのだが、紛失。主人公がそれを出版することになる。

老人の若いころ、戦時中に出会ったパリの娘と結婚して、創作に賭けるようになる。ヘミングウェイの『Sun Also Rizes』が出てくるところなんて芸が細かいね。『武器よさらば』の筋立てに似ているしね。

「ザ・ワーズ 盗まれた人生」は小説や創作、あるいは名誉にトチ狂った男たちが妻や娘といったたいせつなものをおろそかにした結果、過ちと後悔を抱えて生きるしかないということをいいたかったのかな。ラストが娘との関係だとしたら、またその過ちを増やすことになるということなのかな。


B004CFBR06ハナミズキ スタンダード・エディション [DVD]
TCエンタテインメント 2011-03-04

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「ハナミズキ」 恋愛話にしてはずっと離れすぎているわけだけど、これは父のすがたを追う、父の承認を確認できてはじめて結ばれる機が熟すということをいいたかったのかな。父の承認、生まれたことの承認。自己価値の承認を確認するまで、女性はうけいれる用意ができていないということ?

「ハナミズキ」はふたりともずっと父のあとを追うんだね。生田斗真は父の漁師だし、 新垣結衣は父と同じカメラマンを頼ってニューヨークにいく。そして生まれたルーツであるカナダの灯台まで。新垣は子どものときから父は死んで不在であり、存在の承認を得るまでルーツをたどるんだね。

恋愛物語は恋愛話だけではなくて、承認や自己価値の問題をふかくもっているようで、恋愛関係で考えるより、自我の承認の物語と捉えたほうがいいかもね。相手に承認されるか、自分を承認できるかということが深いテーマになる。人物の関係はひとりの自我の世界を象徴したものになる、ユング的にね。

「ハナミズキ」の新垣結衣は北海道育ちからどうして恋愛話としては成就しない東京とかニューヨークにずっと離れていったのか。父のルーツをたどる必要があったからで、それは父から存在することの承認を得られていなかったからではないのか。だから父の死=不在があったわけで。

生田斗真の父は漁師の仕事をついでおきながら事業の失敗によって死んでしまう。それから生田斗真はふらふら。こちらのほうの父の承認はどうなったのか。新垣結衣の承認があるまで、愛した女性の承認まで自我の成熟はおあずけということなのか。


B002ZUSAKA珠玉のアジアン・ライブラリーVol.6「午後3時の初恋」×「遠い道のり」 [DVD]
エスピーオー 2010-03-03

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「午後3時の初恋」 なかなかよかったかもね。切ない台湾映画。人格が分裂している話か、それとも霊魂がのりうつった話かわからないけど、ハッピーエンドになってほしかった物語。それはないわけだけど。

台湾の女の子の名前は「チンチン」で、それはないわな。おとなりの台湾で。時計店の女の子の話で、時間がテーマということをいっているのだろうね。

おすすめの映画だね。静謐な時間の雰囲気のいい映画。時間の後悔について語っているのかな。「Gyao!」で見れるかもね。


B002QV1H8Kディア・ドクター [DVD]
バンダイビジュアル 2010-01-08

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「ディア・ドクター」 過疎村に歓迎されるニセ医者の映画ね。これはある意味たんじゅんな話であるから、話をどうくり出すかという技巧が問題になる物語なのだろうね。エピソードがよくわからない点もあったのだけど、評価はどう位置づけたらいいかわからないな。


B00BCT3N48ツナグ(本編1枚+特典ディスクDVD1枚)
バップ 2013-04-24

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「ツナグ」見た。ふつうに泣ける映画。ただ傑作や名作とはいえないだろうね。それぞれのエピソードにもっと技巧やひねりを加えられる余地はあったと思う。橋本愛の友だちへの殺意の後悔がいちばん後をひくが、ほかの二つのエピソードはあっさりしすぎ。技巧がもうすこし狡知であってほしかったね。


初恋のきた道 (字幕版)
(2010-09-30)
売り上げランキング: 8,482


「初恋のきた道」 チャン・ツィイー主演。これは恋愛のはなしというよりか、村の人たちが憧れた知識とか教育への渇望を意味しているのかな。会えない、会えないで待ち焦がれるということがほとんど描かれていて、村の教育への渇望が主題だったのかな。

鄧小平の改革解放がはじまったのは1978年からだとされる。「初恋のきた道」がつくられたのは99年。世界の工場のいしずえがつくられ、沿海部都市と農村の格差がひらいた時代だろう。農村の都会への憧れや知識の渇望がえがかれた作品でもあったのだろうか。

おっさんになれば、世に恋愛物語といわれる映画であっても、恋愛のほかの主題を読み込めるようになる。むしろ恋愛映画というのはそのほかの主題を恋愛にたくしているといったほうが近いのではないかと思うようになった。

風景がとにかくきれいな作品。恋愛話だけに思えるかもしれないが、成就した話はあまりとりあげられていないので、渇望や期待がおもな内容だったといえるのじゃないかな。地理的に閉鎖的な町ではなく、開けた展望のいい風景もそのことをあらわしているのじゃないかな。


カールじいさんの空飛ぶ家 (字幕版)
(2012-07-04)
売り上げランキング: 2,587


「カールじいさんの空飛ぶ家」 これは解釈がわからない映画だな。冒険好きな妻と冒険に出ることができずに、亡くなったあとにじいさんはひとりで冒険に出る。男の子と鳥と犬をひきつれて。憧れの冒険家がその鳥をつかまえようとする悪人に変わる。いったいどういう意味なの、この映画?

そうすか! ふつうの人生のすばらしさですか。「冒頭に凝縮されたつつましやかな暮らしこそが、真に冒険的だったというテーマがそそり立つ」/虚構より実人生の尊さを謳い上げるラディカルなアンチ・ハリウッド映画 / “カールじいさんの空飛ぶ…”

憧れの冒険家が悪人に変貌してしまうというエピソードはたしかにアンチ冒険譚ですね。でもこれ、アンチ冒険譚、日常生活のすばらしさを訴えたメッセージってつたわるの? トルストイも栄光や名誉よりふつうの人の人生のすばらしさを説いたことを思い出したね。

物語や虚構におもしろさやわくわくを求めている観客に、そうではなくて、ふつうの実人生のほうがすばらしんだといっても納得されないだろうね。観客は物語に埋没してそこから楽しさをくもうとしているので、そのメタ否定にはなかなか気づきにくいね。

「カールじいさん」がアンチ冒険、アンチハリウッドだとしたら、さいしょの10分のふつうの人生のすばらしさは伝わったけど、後半や物語からのメッセージはうけとりにくかったのかもね。「みんなのシネマレビュー」 

「カールじいさん」で憧れの冒険家は鳥のケヴィンを生け捕りにしようとするのだが、ケヴィンは母鳥であり、ひながいた。冒険家は家族をこわすが、カールじいさんはケヴィンを守る=家庭を守るという対比なのだろう。


B000063UPMマルホランド・ドライブ [DVD]
デイヴィッド・リンチ
ポニーキャニオン 2002-08-21

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「マルホランド・ドライブ」見た。たしかに聞きしにまさる難解な映画だが、後半でぽんぽん種明かしはある。いきいきとしていたナオミ・ワッツの変貌ぶりがすごいね。解釈と二度見ないととても理解できないね。前半は願望のあらわれた夢というわけ?

いきいきとした夢と希望にあふれたナオミ・ワッツのような女性がいちばん痛い目や事件に巻き込まれないことを願うばかりだったのに、後半では転落とやつれた顔。これは狙われていたわけ? そうだよね。


自虐の詩
自虐の詩
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(2014-03-28)
売り上げランキング: 14,092


映画の「自虐の詩」みた。いがいに泣ける作品だった。自尊心、自己肯定をえるまでの話にまとめているね。貧乏や父の犯罪で、自分を軽んじて生きるしかなかった女性が自己肯定をえるまでの物語。あのマンガと実写のズレはとうぜんあるわけだけど、ドン底の自己肯定は泣けるね。意外。

映画の「自虐の詩」は通天閣のあるあたりが舞台になっていたけど、原作は東京の話だったんだね。ああいう人情ものとか貧乏ものには新世界のあたりが合うのだろうね。日雇い労働者のリアルな町はそう思えないのだけど。なぜ人情のイメージがへばりついたのか?

幸江は内縁の夫イサオに自己肯定をおしえられたのだろうね。映画ではイサオはカタギな商売につけないヤクザもののまま。それでも幸江がイサオの生活を支えるのは、自己肯定のお返しをしようとしているからだろうね。承認の力。

「自虐の詩」を映画で見たのだけど、かなり泣けたので原作を読みたい。ただあのマンガの画風はうけつけないかもね。西原理恵子の貧困悲惨女子の「女の子ものがたり」とか「パーマネント野ばら」というのはこの「自虐の詩」に影響をうけたのか、もしくは「失敗例」に思えるね。

また見てしまいました。傑作だね。自己蔑視から承認を得るまでの自己肯定の描き方が鮮やか。自虐の詩

『自虐の詩』はストーリーの流れとしては現在のひも男をかこっている幸江が、過去の承認を思い出して自己肯定という流れになっているのだけど、さかのぼると現在もまだダメ男と共依存する関係になっているのはすこしおかしいかな。自己肯定を得られたらこういう自虐的関係をつづけられるか?

自分の価値を低く見積もっているからひも男であるとか、搾取的関係にもなぐさめをみいだしてしまうのが、幸薄女の特徴ではないのか。根本にあるのは自己蔑視や自己軽視である。自分がよいもの、愛されるものに値しないという自己観である。


B00AHRI4H2おおかみこどもの雨と雪(本編1枚+特典ディスクDVD1枚)
バップ 2013-02-20

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「おおかみこどもの雨と雪」 なぜか涙がにじむシーンがたくさん。子育てものって涙腺のトリガーをひくものがたくさんあるのね。おおかみというのは異質性の象徴で、親はそういう比較の異質性というものをずっと感じるものかな。子離れをずいぶん早くに設定して、親の自覚をうながしているのでしょうね

これは親の子離れ・自立のための物語であって、親目線のためにつくられた映画なんでしょうね。でも子どもが見たらこういう映画をどう捉えるのでしょうね。

野生のたくましい雪のほうが人間の女性らしいしおらしい大人になってゆくのに対し、貧弱だった雨のほうが自然に帰ってゆく対比が目をひくね。強さを出したものはしおらしくなり、弱さを経験したものはたくましくなってゆく。

「おおかみこどもの雨と雪」はいい作品だったと思うし、親目線の子どもの自立を描いた爽やかな映画だと思う。ただし子どもが見るかもしれないアニメとしては雨の強さや勝利、雪の恋愛や承認をもっと入れるべきであったと思う。子どものどきどきわくわく感はないだろうね。


レ・ミゼラブル (2012) (字幕版)
(2013-06-23)
売り上げランキング: 10,905


あたらしいほうの「レ・ミゼラブル」を見た。民衆の地鳴りのような自由への希求は見せるね。ミュージカルという形式は普通の映画なら地の文として消えるところが言葉で話される。そこはシェークスピアばりにいいところだし、だれに向かってどこに話しているのという場面でもあるね。

ジャン・バルジャンの改心と善行のエピソードが薄められていて、そこを弱めれば「レ・ミゼラブル」のいいところが失われてしまうのではないか。かわりに民衆の虐げられ、貧困や足蹴にされている現実が大きくクローズアップされている。主役のエピソードは民衆のありようをかたちにされたものでしょうね

きのう見た97年版でくわしく説明されているストーリーが今回の版では割愛されていて、そこをカットすればジャン・バルジャンと娘のコゼット、彼氏とのエピソードが見えてこないじゃないかと思ったけど、かわりに民衆が主役としてせりがっているのかな。ミュージカルの各場面は脈絡を忘れさせるし。


レ・ミゼラブル (字幕版)
(2010-10-01)
売り上げランキング: 8,375


97年の映画「レ・ミゼラブル」を見たけど、これ道徳訓のような物語と思っていたけど、「法には慈悲がない」といったテーマや共和制の革命、孤児の娘を育てる父親といったテーマがかさなって、なにをいいたかったのか焦点が絞れなかった。ユゴーの原作は一巻しか読めず、記憶ももうないね。

「レ・ミゼラブル」は貧しい人たちがやむをえず犯罪を犯してしまうようなことを法を裁けるのかといったメッセージがあったのかな。共和制の革命者たちはあっさり銃殺されてしまうし。貧困を克服できない国家や法を告発しているのかな。


テッド(字幕版)
テッド(字幕版)
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(2013-07-01)
売り上げランキング: 5,101


「テッド」という熊のぬいぐるみが毒舌にしゃべる映画をみた。まあ、かわいいテディベアが下ネタ・ジョークを連発するさまは楽しいが、これは35になった男の自立の話である。この映画を見たから視聴者が自立のきっかけをつかめるかは疑問だな。自立できる理由を描いていない。


麒麟の翼 ~劇場版・新参者~
(2013-05-15)
売り上げランキング: 14,710


「麒麟の翼」 まあ、泣けたね。つながりをまとめてみると、格差社会であえいでいる若者カップルの未来を閉ざしたのは、真実を見ようとしない目、教師の隠蔽の姿勢だっということになるのかな。

「麒麟の翼」は教師の隠蔽のために、子とつながろうとしていた親は命を失い、それに巻き込まれるかたちになった格差社会の若者カップルも命を失ってしまったということかな。教師の真実を隠す目というのは、格差社会の世渡り術を教えていないという告発に妥当するのかな。

「麒麟の翼」は格差社会の犠牲による犯行とマスコミや世論に思わせておいて、いやじつはそうではなかったというストーリーだから、こういう読み方にたいする批判であったわけだな。でもそれでは教師のウソが、親子の絆をつなげられないようにしただけの物語になる。格差問題より親子問題が重要?




04 16
2013

映画評

賢明な選択のために―『精神科医がすすめる“こころ”に効く映画』 高橋 祥友

4532196191精神科医がすすめる“こころ”に効く映画―シネマ処方箋 (日経ビジネス人文庫)
高橋 祥友
日本経済新聞出版社 2011-12-02

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 精神科医なりの映画の解釈を読みたいと思ったのだけど、精神科医の話は別項目としておかれている感じかな。

 あらすじがていねいに紹介されていて、解釈よりどの映画を見るか参考にするためのカタログ本に近い。たとえばこんなふうに。

子供が巣立ってふと空しく感じるとき『愛と追憶の日々』

自分とは一体なんであるかと混乱してしまうとき『17歳のカルテ』

もう自分のピークは過ぎてしまったのかと不安になるとき『レスラー』

人生でなにを達成してきたか不安に感じるとき『永遠と一日』



 テーマや問題別の項目から見たい映画を選べるふうになっている。テーマやメッセージはなにを語っているかと先にわかる映画はすくないからね。話題性や大ヒットという情報で選ぶより、こういうテーマやメッセージで映画が選べるようになりたいね。

 わたしは韓国映画の『八月のクリスマス』を見たくなったかな。不知の病にかかった三十代の男の恋。ネットで映画をさがしたけど見られなかった。こういう本から見たい映画をさぐるとおめあての映画はなかなか見れないことがあるね。

 『レスラー』もいいかなと思った。もうかつての栄光がすぎてしまったという話だね。わたしもそういう中年のあきらめ方みたいな作品に魅かれるような年になったのかな(泣)。著者は、スター選手より、代打選手や敗戦処理選手に魅かれるといっているのだけど、中年以降になるとそういう下り坂の下り方を無意識にまなぼうとするものかもしれないね。

 上記の引用のようにこの本の映画チョイスはあまり若者向けではないかもね。著者は53年うまれで、この本は04年に出されて11年に加筆訂正されたものだ。もう五十代の目線で見られたものが多いのだろうね。

 『愛と追憶の日々』はこの本でもとりあげられているが、わたしは田嶋陽子の『ヒロインは、なぜ殺されるのか』での解釈がよほど心に残った。「主婦という自己犠牲からの脱却」という項目で45ページも解釈されている。そういう解釈もこの本に期待したのだけど、この本はカタログ本と見なしたほうがいいようだ。

 だいたい30作品くらい紹介されている。あらすじを読んでこれを見たいという映画に出会えたらいいね。著者は「シネマセラピー」という言葉もつかっているのだけど、映画はセラピーになるのかな。

 わたしはあまり映画の選択眼というものが育っていなくて、なにを見るべきか、なにを基準にするべきかの自分の基準がないのだろうね。ビデオ借りるより本を読む時間を削りたくなかったので、テレビで放映される映画くらいしか見てこなかった。

 ネットでたくさん見られる機会がふえたので、こういう本を手にとった。あらすじやちょっとした紹介でこの映画はなにをテーマにしていてなにを語っているのか事前にわかるようになれたらいいのだけどね。そういう判別ができないと、自分にとって見るべき価値ある映画のなのかの判断ができない。

 自分に合わない映画を見てムダにしたくない思いが強いのだろうね。本を選ぶときにはそういう確認をしっかりとしたうえで買うからね。



ヒロインは、なぜ殺されるのか (講談社プラスアルファ文庫)「死にたい」気持ちをほぐしてくれるシネマセラピー上映中―精神科医がおススメ 自殺予防のための10本の映画映画にみる心の世界―パノラマ精神医学シネマサイキアトリー―映画からみる精神医学シネマのなかの臨床心理学 (有斐閣ブックス)

04 06
2013

映画評

『シュガー・ラッシュ』はいまの自分に不満な大人のための寓話

 『シュガー・ラッシュ』はゲームの悪役・壊し屋ラルフがヒーローになろうとした物語である。

 これは傑作だと思う。大人には自己啓発に対する物語として楽しめるし、子どもにとってはゲームの世界の向こうにある想像の世界にわくわくできるだろう。(以下完全ネタバレ)

 
 ▲「誰だって"ヒーロー"になれる」という予告CM。その否定じゃないのか。


シュガー・ラッシュ (字幕版)
(2013-07-17)
売り上げランキング: 3,711



 冒頭からグループ・セラピーの語りではじまっていて、これは自己啓発の物語であるとわかるようになっている。グループ・セラピーというのはアルコール依存症などを治すための自助的な集まりで、それぞれが自分たちの悩みを語って共有しあう。

 壊し屋ラルフは悪役を30年つづけてきて、ヒーローの修理屋フェリックスのようなヒーローに憧れる。メダルをとればラルフもヒーローになれるとほかのゲーム世界に冒険をはじめる。悪役というのは仕事や職業のことであり、自分の仕事に満足できない不満をかかえている大人が主人公にされているといえる。

 「自分でないだれかになりたいこと」。

 自己啓発や成功哲学というのはそういうことを語ってきたのではないか。夢や希望というのは、「いまの自分に満足しない、もっと輝いた、認められた自分になりたい、そういう自分になれるはずだ」という願望のことである。自己啓発や夢というのはそういうことを煽りつづけてきたし、社会にも奨励されていることである。

 この物語は悪役ラルフがヒーローになりたいと願う物語で、さいしょからムリなのである。この物語は自己啓発や成功を否定するテーマをもっているのではないか。

 「だれか自分でないヒーロー」に憧れるということは自分の否定のことである。自分にたいする不満や幻滅のことである。この社会はだれか有名人や成功者に憧れて、そういう人間になれ、有名になったり成功しろと煽る社会である。ずっと自分にたいする不足や不満を感じさせられる社会である。壊し屋ラルフというのはそういう社会の成功と自己否定にとりつかれた今日のみんなのことである。

 コインを奪われたラルフは欠陥プログラムであるヴァネロペのレースを助けることによってコインをとりかえすことになる。この少女も欠陥というハンデを背負っていて、悪役ラルフとともに自己否定と自己幻滅にとらわれているだれかである。欠陥プログラムをもっておりレースに出れば故障と見なされ、このゲーム世界が抹消されてしまうためにゲームに出れない少女である。少女はゲームにすら参加できない。

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 ▲ヒーローになりたいラルフとレースに出たいヴァネロペ

 ラルフはこの冒険の結果、悪役の自分に肯定できるような体験を得ることになっているのだが、わたしにはなぜそのような肯定と受容がおこったのか、いまいちわかりにくかった。

 この自分でないだれかに憧れて、自分のゲーム世界から飛び出て、そのふたつのゲーム世界を終了させてしまったのがターボである。こんにちの社会でいえば、成功者や有名人に憧れて外に飛び出した人になる。ゲーム世界では伝説の禁忌譚とされているのだが、結末にシュガー・ラッシュのゲーム世界の大王を乗っとっていた秘密が暴露される。じつはこれ、今日でいう成功のひとつのかたちでないのか。

 この社会での成功者のような人物が悪役にされているのである。欠陥バグにも感染され、奇怪な怪虫のような極悪人としてえがかれる。成功や自己啓発の否定である。予告CMでは「誰だって"ヒーロー"になれる」というコピーだったのだが、この映画はその否定ではなかったのか。

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 ▲成功を求めて大王になったターボは怪虫にえがかれる。

 ラルフは冒頭に出てきたグループ・セラピーの「悪役であることを受容する」という体験を一歩も出ない結末におちつくのである。いまの職業に不満をもたずに受容・肯定しなさいというメッセージではないのか。

 この映画は成功や有名になれという背伸びしたメッセージではなくて、「ありのまま」「そのままである」ことがメッセージされた自己啓発の内容になっているのである。自己啓発にもさまざまなものがあって、大きな成功をめざす成功哲学から、ただありのままの自分を肯定する・受容するというニューエイジまでさまざまなものがある。この映画は自分の職業や役割をそのまま肯定・受容するテーマをもっているわけである。

 大きな成功からただありのままの自分へ。『シュガー・ラッシュ』は子どもたちに大きく背伸びした夢から等身大の自分の受容への変化を、語りつたえるのである。自分を否定するのはよくないが、役割や立場を受容するだけなのもすこし問題だと思うのだけど。

 
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04 03
2013

映画評

映画を心理学・哲学で読むとく本を集めてみました

 映画の読み方や解釈ってわからないところがありますね。「おもしろかった」とか「楽しかった」だけで終らない映画の解釈って身につけたいですね。映画はどう読んだらいいのでしょうね。

 それなら心理学や哲学で読み解いた本はないのかと集めてみました。あまりないのですが、というより知らないのですが。。

 わたしの読んだ本より、読んでいない本の比率が多いです。
 

4062563096「本当の自分」をどうみつけるか―映画でみる精神分析 (講談社プラスアルファ文庫)
小此木 啓吾
講談社 1998-12

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小此木啓吾は「モラトリアム」で名をはせた精神科医。二巻に別れているのですが、この巻では「自己」についての映画。見たくなる映画が多いのですが、古い作品が多いので見られないという弱点も。

4062563053愛の真実と偽りをどうみわけるか―映画でみる精神分析 (講談社プラスアルファ文庫)
小此木 啓吾
講談社 1998-11

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この巻では愛や家族がテーマ。映画の違った見方を教えてくれるでしょうね。

4167801256映画の構造分析―ハリウッド映画で学べる現代思想 (文春文庫)
内田 樹
文藝春秋 2011-04-08

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レベル高い分析でした。ただほかの思想家の借り物が多いのかな。「エイリアン」やヒッチコック「裏窓」の解釈が目からうろこでしたね。

4062562111ヒロインは、なぜ殺されるのか (講談社プラスアルファ文庫)
田嶋 陽子
講談社 1997-08

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田嶋陽子はキワモノあつかいかもしれませんが、ここではじつに深い読み方を教えてくれますね。『存在の耐えられない軽さ』の依存をめぐるテーマにはおどろきました。

4641086419シネマのなかの臨床心理学 (有斐閣ブックス)
山中 康裕
有斐閣 1999-12

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こういう本を読むとあらたな解釈をひっさげて映画を見たくなりますね。ただその映画がなかなか見つからないという苦悶もつけ足されるかも。

4480429409映画は父を殺すためにある: 通過儀礼という見方 (ちくま文庫)
島田 裕巳
筑摩書房 2012-05-09

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こういうひとつのテーマで横断的に映画を読み解いてくれる本はひじょうにありがたいですね。人が大人になるための通過儀礼をめぐっての本ですね。

4797671033哲学の冒険 「マトリックス」でデカルトが解る
マーク・ローランズ 筒井 康隆
集英社インターナショナル 2004-12-15

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『マトリックス』や『スター・ウォーズ』などSF映画が多いそうですね。

490537412X父親はどこへ消えたか -映画で語る現代心理分析- (シエスタ)
樺沢紫苑
学芸みらい社 2012-12-06

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メルマガで人気のある方のようですね。

4794967748「死にたい」気持ちをほぐしてくれるシネマセラピー上映中―精神科医がおススメ 自殺予防のための10本の映画
高橋祥友 柳本あかね
晶文社 2012-02-02

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シネマセラピーという考え方もあるのですね。

4532196191精神科医がすすめる“こころ”に効く映画―シネマ処方箋 (日経ビジネス人文庫)
高橋 祥友
日本経済新聞出版社 2011-12-02

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こちらは日経ビジネス文庫だから手に入れやすいですね。

4883850447トラウマ映画の心理学―映画にみる心の傷
森 茂起 森 年恵
新水社 2002-12-10

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「心の時代」とよばれた90年代、トラウマをめぐる物語がたくさんつくられましたね。トラウマになる出来事が増えたというより、心理学で見る目が増えただけなのかもね。

4641086400ビデオで女性学―映画のなかの女性を読む (有斐閣ブックス)
井上 輝子 西山 千恵子 細谷 実 木村 栄 福島 瑞穂
有斐閣 1999-10

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映画で女性学をまなぶ方法もありますね。

4641085196ビデオで社会学しませんか (有斐閣ブックス)
山中 速人
有斐閣 1993-03

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社会学から映画を読んでみたいですね。

4840216428ハリウッドで政治思想を読む (オルタブックス)
副島 隆彦
メディアワークス 2000-07

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映画でアメリカの政治思想が読めるかもしれないですね。ただ著者の考え方はすこしいびつかも。

4901654551寅さんと日本人―映画「男はつらいよ」の社会心理
浜口 恵俊 金児 暁嗣
知泉書館 2005-07

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「フーテン」の寅さんはなぜ人気だったでしょうね。働かずぶらぶらして、恋愛話ばかり。どうして日本人はそうなれなかったのでしょうね。

4393203054はじめての宗教学: 『風の谷のナウシカ』を読み解く〔新装増補版〕
正木 晃
春秋社 2011-09-30

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「ナウシカ」読解が宗教学からおこなわれていますね。この著者は「千と千尋」も読み解いていますね。

4480847081汝の症候を楽しめ―ハリウッドvsラカン
スラヴォイ ジジェク Slavoj Zizek
筑摩書房 2001-07

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内田樹は映画論でジジェクの理論を援用していましたね。

4791753755斜めから見る―大衆文化を通してラカン理論へ
スラヴォイ ジジェク Slavoj Zizek
青土社 1995-06

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精神科医のラカンは難解さで知られていますから、大衆文化でやさしくなりますかね。

4480084649ロラン・バルト映画論集 (ちくま学芸文庫)
ロラン バルト Roland Barthes
筑摩書房 1998-12

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ロラン・バルトの映画論はそうとう古い映画が論じられているのでしょうね。

4588008552シネマ 1*運動イメージ(叢書・ウニベルシタス 855)
ジル・ドゥルーズ 財津 理
法政大学出版局 2008-10-01

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ドゥルーズはひじょうに難解なポエムなみのわからない文章を書きますが、読めるかな。

4498129369シネマサイキアトリー―映画からみる精神医学
ダニー・ウェディング メアリー・アン・ボイド
中外医学社 2012-06

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精神病理をあつかったかなり専門的な書物のようですね。

4788505827「家族」イメージの誕生―日本映画にみる「ホームドラマ」の形成
坂本 佳鶴恵
新曜社 1997-01

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こういうふうに映画が主題になるのではなくて、映画の中の家族が主題になるのが社会学というものですね。

4877142444スクリーンの日本人―日本映画の社会学
木下 昌明
影書房 1997-11

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反体制的で、青春映画も反抗から受容に変わっているとの指摘が。「橋本健二の読書&音盤日記

4990070895アメリカン・カルチュラル・スタディーズ―文学・映画・音楽・メディア
ニール キャンベル アラスディア キーン 徳永 由紀子
萌書房 2002-02-25

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カルチャラル・スタディーズがほかの文化論とどう違うのかわかりませんw

4022598956映画のなかのアメリカ (朝日選書)
藤原 帰一
朝日新聞社 2006-03

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映画で読むアメリカや各国という本も多いですね。こういう本は主軸に映画はあまりおいていないように思うのですが。

4765313174映画にみる心の世界―パノラマ精神医学
中村 道彦
金芳堂 2007-11

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精神医学テキストのような本であるとのこと。

4062560313昔話の深層 ユング心理学とグリム童話 (講談社プラスアルファ文庫)
河合 隼雄
講談社 1994-02-15

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映画の本がすくないと思ったら、童話解釈の本を手にとってみるのもいいでしょうね。こちらのほうが豊穣な学問世界がひろがっています。おなじ物語分析ですからね。子ども向けと思う人は甘いね。

童話はどう読むのかのおすすめの本


 ほかにいい本があれば教えてくださいね。

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うえしん

Author:うえしん
世の中を分析し、知る楽しみを追究しています。興味あるものは人文書全般。ビジネス書、労働論、社会学、現代思想、経済学、心理学、精神世界、歴史学。。 そのときの興味にしたがって考えています。

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