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10 07
2015

国家と文明の優劣論

中国人の爆買いに文明の一大転換期を感じる

 中国人旅行者の爆買いがテレビなどで報道されることがおおくなったのだが、小売業者や観光業者は大喜びで期待いっぱい、一般の人たちは中国人のマナーや民度の悪さをあげつらって溜飲を下げているような温度差を感じる。

 一般人だって中国人がどんなに日本に憧れているか知れば、べつに喜んでもいいと思うのだけどね。

 この現象は目先の儲けや民度の問題だけではなく、文明史的な曲がり角の一大歴史事件だとわたしは思うのだけどね。



 ■世界の覇権に乗り出した中国

 中国が世界の工場や安い労働力として先進国の下請け立場から一段上がって、消費者として、世界の金持ち顧客として台頭したということの意味は、世界史的にもじゅうぶん大きな意味をもつ。

 日本を「買い叩ける」ほどの購買力をもったということは、中国が世界経済の表舞台に躍り出た、世界の覇権の挑戦に手の届くところまでにのぼりつめたということを意味するからだ。このことが意味するのは文明史的な転換期だということだ。

 かつて日本も三十年前に世界に旅行にくりだして、日本人の購買力で世界を圧倒させて、品やマナーのなさで叩かれた。いまの中国人観光客とまったく同じことだ。

 このとき、日本はアメリカを追い抜いて世界の覇権を握るだろうという予測が世界をにぎわせた。ポール・ケネディの『大国の興亡』やエズラ・ヴォーゲルの『ジャパン・アズ・ナンバーワン』といった本が読まれた。

 その国の観光旅行者が世界に大挙してのりだして、当地の商品を買い占めるときがきたとき、世界の覇権への挑戦舞台に躍り出たということを意味する。日本がそのような世界の表舞台に躍り出たわずか三十年後に、まさか中国が躍り出るとは思ってもみなかった。

 この自国の観光客が大挙して世界に買いに出かけるというささいなひとつの現象は、文明史的な大きな出来事なのである。世界の覇権に王手をかけたという一大象徴なのである。それは自国の圧倒的な力を世界に見せつける瞬間でもある。世界の人たちはその国の購買力の高さに、スーパーパワー国家の出現と、時代の巡りまわりを感慨深くながめることだろう。

 日本が覇権の表舞台からずるずると転がり落ちていったこの三十年のあいだに、中国は圧倒的な勢いで世界の覇権にのぼりつめるまでになった。

 わたしはかつて99年に「豊かになれる者から先に豊かになれ」という中国人の掛け声に、「中国市場化における優越と劣等」というエッセイを書いていた。たった十五年でここまで、世界の覇権に手を伸ばすまでになるとは思ってもみなかった。

 三十年前に日本人が海外に押し寄せてブランド品を買いあさり、世界の覇権を握ると予測されたことが、もう早々とほかの国で再演されようとしている。経験で知っているからこそ、この現象の大きな意味がよくわかる。まさに文明的な転換期の到来がやってきたということだ。

 世界の下請け工場にすぎなかった中国が、圧倒的な購買力をもつ消費者や金持ちに成り上がっていたのだ。世界の覇権は中国の手の内に収まるかもしれないのだ。

 それとも日本みたいに坂道を転がり落ちて、覇権レースから脱落する可能性もいくらでもないわけではない。



 ■世界の覇権のうつりかわり

 ただ世界の覇権はだいたい100年ごとにうつりかわっている。いまは圧倒的なスーパーパワー国家として君臨しているアメリカだって、その覇権はまだ100年にも満たない。

 世界の覇権はだいたい100年ごとにうつりかわっていて、アメリカの前はイギリス、イギリスは覇権を200年保ってもち、その前はオランダであり、その前はポルトガル・スペインであり、その前はイタリアだった。世界の中心、覇権はある程度、規則的に順番に巡りまわっている。


 1900年代 アメリカ ニューヨーク
 1800年代 イギリス ロンドン
 1700年代 イギリス ロンドン
 1600年代 オランダ アムステルダム
 1500年代 ポルトガル・スペイン リスボン
 1400年代 イタリア フィレンチェ・ジェノヴァ・ヴェネチア


 文明は文化の伝播をこのような順繰りで回していき、世界へ最新文化や技術を伝達してゆくのだろう。その象徴的な出来事、ふしめをあらわすのが、購買力をもった自国民が海外でブランド品を買いあさる出来事なのだろう。

 中国は安い労働力、世界の工場として世界から扱われていた立場から、購買力をもつ消費者、金持ちとしての地位にまでのぼりつめた。あとは政治的な覇権のパワーをもつ国になるかの成果が、あらゆる場面でためされてゆくのだろう。もっともスパン的には十年や二十年といった長さで成果が見えてくる気の長いものであるが。



 ■日本は三十年先や五十年先を行っている

 日本は世界第二位の経済大国の地位を2011年に中国に追い抜かれた。

 追い越される焦りや悲哀からか、日本では嫌韓嫌中の本や思想にあふれかえった。こんなみっともない、なさけないひがみ根性で後進国の突き上げにおののくのではなく、後発国と違った一足先に先進国にのぼりつめた文化成熟国家としての道を模索するべきなんだろう。

 中国がいま日本のバブル時代とおなじようなところに立っているとするのなら、日本は三十年先のところに立っていることになる。あるいはまだ高度成長期の五十年前の心性を、中国人はもっているかもしれない。

 中国人は先進国としての日本に大きな憧れをもっていて、われわれがアメリカに憧れたように、中国も日本に憧れて経済成長のパワーを傾けてきたのではないのか。

 日本は憧れや憧憬の目的としてのイメージをもたれているのだ。政治アタマでいっぱいの報道と違って、一般民衆は反日とか政治や国家でアタマをいっぱいにしているわけなどなく、私生活や日常の充実や豊かさだけをめざすものだ。日本はかれらの憧憬と憧れのモデルとして存在している。

 日本は先に豊かになった国として、モデルを提示できる国にならなければいけないのではないか。



 ■文明のエヴァンゲリストとしての日本の役割

 日本は文化発信国として、文化成熟国としての「文明のエヴァンゲリスト(伝道者)」としての世界的役割をになう段階にきている。アニメやマンガで文明のすばらしさは伝道されていたのだが、日本は実生活での豊かさや文化的成熟を伝道できているだろうか。

 けっきょく日本は労働者として縛りつけるだけにとどまっていて、消費者や金持ちの文化成熟を享受できる国民を育てられなかった。文明の豊かさを享受できるライフスタイルを育て上げられなかった。

 文明の頂点にのぼりつめた国は、文明を享受する国としての楽しみや喜びを伝道する役割を歴史に担うのではないのか。

 まあ、キリギリスだよね。キリギリスとなって文明を伝道しなければならない立場だ。「文明を手に入れるためにがんばればこんなすばらしい生活や豊かさが待っている」という伝道をするのが、文明の覇権に手を伸ばした国の役割ではないのか。世界の人たちはそれに憧れて、勤勉にがんばり、豊かさを手に入れようと努力する。

 そんな当の国が長時間労働に苦しみ、文化的豊かさをちっとも享受できず、どんどん貧しくなってゆくのなら、世界に憧れられることもなく、世界からめざされる国とも思われずにそっぽを向かれるよね。日本はどんどんそういう道をたどっているよね。

 金持ちボンボンが文化的趣味にふけるようなものだ。その文化に憧れて、ほかの者たちも押し寄せる。そういう憧憬モデルを伝道する立場に日本はなっている。

 だけど日本は労働者として縛りつけるだけの道をあいかわらず固定していて、そのために文化的成熟や生活の豊かさを楽しめる国になっていない。

 クールジャパンといっても、労働に縛りつけられているだけでは、文化成熟も豊かさものぞめない。豊かな文明のエヴァンゲリストとしてふさわしい国にならないと、文明の伝播と巡回の役割を担えなく、この文明の奔流から早々と弾き出されることだろう。

 日本は豊かな国になった務めとしての転換が必要なのではないだろうか。文明の豊かさや楽しみを享楽する「文明享楽の国」として。


決定版 大国の興亡―1500年から2000年までの経済の変遷と軍事闘争〈上巻〉ジャパン・アズ・ナンバーワン中国が世界をリードするとき・上:西洋世界の終焉と新たなグローバル秩序の始まり「爆買い」中国人に売る方法 ―これが正しいインバウンド消費攻略日本が好きすぎる中国人女子 (PHP新書)


10 01
2015

国家と文明の優劣論

中国人の旅行マナーの悪さもパクリ問題もかつて日本が通った同じ道

 若い人はやっぱり知らなかったか。

 中国人の旅行者のマナーの悪さやパクリがテレビやネトウヨで叩かれたりしているのだが、これはいまから約三十年前、日本もまったく同じように叩かれていたんだけどね。

 バブル以前の昭和の時代を知っている世代なら、だれでも身に覚えがあること。知らないのは若い世代とネトウヨだけ。知らなくて、中国人をたたいて悦に入っている人はハジさらし。







 知らない世代はこちらの比較画像をぜひ見てね。
 衝撃!50年前に日本も中国のような「山寨」(パクリ)大国だった



 バブル以前を生きた中年以上の方はあたりまえに記憶しているできごと。

 日本人はアメリカに憧れて、アメリカ人みたいになりたくて、アメリカの猿マネやパクリばかりくりかえしていた。なんとかアメリカ人になりたい、でもなれない、自分たちはダサくて、カッコ悪いと思っていた。

 当の日本人はパクリや悪いことと思うより、憧れを追いかけていた、憧れのようになりたい、勉強したい、学びたいという気持ちでアメリカをめざしていた。だからパクリとか泥棒という非難も拍子抜けに思えたことだろう。

 いまの中国人もパクリであるという意識より、憧れをめざしたい、手に入れたいという気持ちで夢中で学んでいるだけなんだろう。

 若い人たちはかつて親世代や先行世代が全く同じ道を通ったことを知らずに、中国や韓国をたたいて悦に入っているようだが、ぎゃくに同じことを経験したことを知らないほうが恥っさらしである。


 中国はいまはパクリだの、マナーがないだの、劣悪品だのと叩かれているのだが、三十年前以上は日本もおなじように叩かれていたのだから、早晩こんにちの日本のように品質がいいとか、製造大国とか、後進国が憧れる国になるのだろう。日本のころより高度成長とか、成長のスピードはもっと早まっているから、あっという間にアジアをリードする国になる。中国が経済的にここまで大きな国になると、文明の中心に躍り出ることはだいたいは規定コースになったと思う。


 こういうことが予測できるのは、文明の中心、世界の文化をリードする国、文化はだいたい百年ごとに入れ替わっているからだ。

 20世紀はアメリカの時代であったが、その前の二百年間はイギリスの時代だった。産業革命で世界をリードして、西欧文明が世界を支配した。

 しかしイギリスの前はオランダ・アムステルダムが世界を支配していた。その前はポルトガルやスペインであり、戦国時代に南蛮貿易といってポルトガル人など南蛮人がやってきた歴史は知っているだろう。その前はイタリアのヴェネツィア、フィレンツェ、ジェノヴァが世界貿易の中心だった。

 その前はイスラム圏経済が世界を席巻しており、ヨーロッパは片田舎、イスラムが世界を支配していた。東南アジア圏にイスラム教が浸透しているのはその残香。そのかつての栄華はアラジンの魔法のランプや「千夜一夜物語」にわずかに伝え聞くことができる。


 文明は持ち回りで、順々に世界の文化の中心は約百年ごとにうつりかわっているのである。

 いまの中国人のパクリや旅行者の激増とマナーの悪さは、その文明の移行期の曙光にあたるわけである。後進国は先進国を憧れて、マネして、パクって、学んで、先進国をのりこえて、みずからが先進国として世界に影響をあたえてゆく。

 日本もアメリカや西欧のマネをして、パクって、学んで、いまの先進国や経済大国の地位を築いたのである。バブル期には日本がアメリカを抜いて、世界の覇権を握るだろうといわれたが、残念ながら、経済での凋落ははげしく、覇権レースから脱落しかかっている。ただ文化的にはアニメやファッションなど東南アジアへの影響はかなり大きなものであるが。

 このパターンは百年ごとにくりかえされている。この百円周期はモデルスキーの波といわれている。

 中韓のパクリやマナーの悪さはこの大きな文明の図式でながめるべきである。こういう大きな図式で見れば、なんてことはない、文明に憧れた人たちがいずれは通るただの通り道にすぎないからだ。

 どっちが勝ったとか、負けたとかは、無益なコメ粒ほどの近視眼である。いずれこの道は後から来たものたちが凌駕して、前にいたものを追い去ってゆく。この図式的なパターンはもう何百年もくりかえされて、文化や文明は世界に伝播してゆくのである。

 パクリやマナーの悪さはその過程でのつかの間の泡沫にすぎない。

 日本はかつて世界の覇権や文明の中心に躍り出たかもしれないが、いずれ世界の文化伝播においてゆかれる、中心からはじき飛ばされた国になってゆくだろう。かつての世界の中心だったオランダやポルトガルのような国に。まだまだ遠い話なんだが、文明の伝播というのは、いまも超高速で進んでいるのである。



▼オオカミ少年の浅井隆でも文明の図式は学べるんだけどね。
中国が世界をリードするとき・上:西洋世界の終焉と新たなグローバル秩序の始まり世界システムの動態―世界政治の長期サイクル経済大国興亡史 1500-1990 <上>なぜ大国は衰退するのか ―古代ローマから現代まで国家はなぜ衰退するのか(上):権力・繁栄・貧困の起源


06 08
2014

国家と文明の優劣論

他人様の横取り――『誇りと日本人』 篠田 雄次郎

誇りと日本人―正義の論理・卑怯の論理 (1980年)
篠田 雄次郎
PHP研究所 1980-07

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 1980年にPHP研究所から出たこの本がもう日の目をみることはないだろう。「日本の誇り」といったものはどんなものかという問いから、古本屋で手にとった。

 PHP研究所は、学術書が経済や労働をあつかわない浮世離れした塔にこもるのに対して、一般人のビジネスや経済の世界により近づけた世界を展開する数少ない出版社だと思っている。

 この本にたいして感慨もないし、ほこりについてなにか学べたかというとあいまいである。日本はほかの世界のような執念に満ちた復讐心がないといったことや、南蛮人たちが出会った日本人の優秀さの記述にはすこし印象が残った。

 タイトルと関係ないことがらになるが、ドッグイヤーの箇所から要点を。

 著者は正義感というものはあくまでも自己を律するものであって、他人を律することはできないと考えている。自分の正義の行動規律を他人に押しつけるのがふつうに思っている人が多い中で、意外な言葉を聞いた。

 松下幸之助は社会を富ませることが商売や生産の目的だといっている。商店や工場だけが繁栄するためではなくて。その原動力に対してのみ、工場は社会から活動を必要とされ、許されるといっている。こんにち自社の繁栄だけが正当化されることが多い気がするのだが。ただこのPHP研究所は松下幸之助のそういった理念からうまれた出版社なので、リップ・サービスなんだけどね。

 オランダ人が日本に貿易や布教できていた17世紀から、日本人の優秀さは特筆すべきものとして映ったようだ。判断力や記憶力は西洋人を凌駕する、礼儀は貴族のよう、日雇い者にたいしても尊敬をもって遇しないと拒絶される、本人の同席しないところで悪口をいうことはない、といったことがらが書きとめられている。

 イタリア人が新聞に書いていたこと。ライターにメイド・イン・イタリアと書かれているが、東京にほど近い地に伊太利亜という町があるからと。宇佐という町もあって、ここでつくるとメイド・イン・USAだと。いまはパクリの中国人が笑われているのだが、このとうじの日本もおなじことをしていた。

 利休の集めたものは千人にひとりしかその価値がわからなかったといわれるが、利休は自分だけがおもしろいと思う物を愛好する勇気があったと、岡倉天心がいっている。

 よく「世間をお騒がせてすいません」と日本人は謝るのだが、「騒がせた」ことに対して謝るのであって、その原因となった行為に対して責任はとらない。

 以上で抜き書き終り。わたしは「日本人の誇り」という言葉には否定である。「自分」ではないし、自分の「持ち物」でもないし、さらに自分の「業績」や「功績」でないものに、ほこりをもつというのはおおよそピントを外しているし、そういったものに自尊心を賭すのは、ほんとうにわたしを利して、強くするものだろうか。

 それは「そうでない人たち」の排斥や不都合なことに目をふさぎ、個人の犠牲ばかり生むのではないのか。右傾化の傾向には警戒したいゆえんである。


▼日本人の自慢より、まず「自分自身」の誇りを探すべきだと思うけどね。
学校では決して教えなかった!! 日本人の誇りと自信を取り戻す33話ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本の誇り103人―元気のでる歴史人物講座日本人が世界に誇れる33のこと日本はなぜ世界でいちばん人気があるのか (PHP新書)


06 01
2014

国家と文明の優劣論

心斎橋が「中国人街」になっていて、感無量

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▲手前のファミリーが中国人観光客だとわかる。心斎橋の写真はぶしつけに向けることはできないので撮っていませんが。


 もう何年ぶりだったかもわからないが、心斎橋をウォーキングがてらに歩いたら、中国人観光客ばかりに占領されていることにおどろいた。日本人なんてどこにいるのかと思うほど、変貌ぶりにカルチャーショックをうけた。

 ネットで検索してみるとどうも2008年や2010年くらいから中国観顧客の増加はめだっていたようで、なんばのはしっこのジュンク堂にしか用のないわたしはまったく気づかなかった。大阪城の観光にはもう十年も前から韓国観光客の多さにおどろいたことがあったが。

 十代のころを心斎橋やアメリカ村で遊んでいた者としては感無量というか、疎外感というか、この変貌ぶりには圧倒された。まあ、時間はそのころから二十五年はたったことになる。

 そのころにはバブル景況のおかげで日本人海外旅行者の増加がニュースに多くとりあげられ、集団でカメラをぶら下げてといった批判がされていた。あのころのバッシングとかを知っているものとしては、こんにちの中国人のマナーの悪さや民度の低さといったものは、富裕になって海外旅行に大挙して押し寄せることのできるようになった成金のさいしょの洗礼にすぎないことがわかるね。


 時代が大きく変わった。というか時代がひとめぐりしてしまったんだという感慨がするね。

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▲かに道楽も中国人観光客にとって、大阪のシンボルなんでしょうね。


 心斎橋をひととおり歩いてみて、中国人がどうか識別できるチェックしてみた。日本人にはありえない体格とか、ありえないファッションでだいたいわかる。顔でも中国人でしかない人はすぐわかる。でもそういう目で日本人かどうか見返してみたら、ぎゃくに日本人かどうかすらたしかめられないw

 大阪に来る中国人観光客はUSJや大阪城、心斎橋、日本橋の電気街などをめあてにくるのだろうね。全国では富士山や東京では歓楽街に大挙して押し寄せているのだろうね。

 心斎橋のこの状況をみていると全国も中国人に占領されて、サービス業の人たちもお金をたくさん落としてくれる中国人のほうばかり向くようになるのだろうね。もう消費してくれない若者やお金を出ししぶる日本人なんか見向きもしないようになるかもね。


 文明の移転にいままさに出会っているという感慨にひたるね。

 文明の中心とか繁栄地というのはだいたい百年ほどで世界中を順番に回っていて、いまはアメリカが覇権を握っており、世界の経済と繁栄の中心なのだけど、こんご何十年かのちには中国が順調に成長しつづければ、中国が世界経済の中心や繁栄地に躍り出る可能性もある。

 日本は80年代後半に世界の繁栄の中心になると思われていたのだけど、その後の二十年でみごとに覇権レースから脱落、凋落の坂道をまっしぐら。だけど中国人にとっては憧れやロールモデルとしての崇拝は健在のようである。日本は文化的にも経済的にもまだ手本で、めざすべき将来のヴィジョンであるのだろうね。

 繁栄の中心地の移行は、ヴェネチア、リスボン、アムステルダム、ロンドン、ニューヨークとうつってきて、日本にうつりそうになったのだけど、日本は中国の覇権にバトンタッチするまでの移行・伝達中継点にすぎなかったのかもね。まあ、それなりに覇権挑戦国として、西洋から東洋への覇権の中継国として、時代に刻印される価値と位置づけはあったのだろうが。


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▲心斎橋や道頓堀にいる人の中で何割の人が自国人であって、何割の人が中国人、韓国人であるのか。心斎橋は中国人7~8割といってもいいか。


 中国はまさに西洋の文明ヒエラルキーの序列競争に入ったのだろうね。消費や文化の先進や後進といったヒエラルキーの中で、人々や国家の序列や優劣が競われるゲーム。日本に旅行にきている中国人は富裕者としてそのヒエラルキーの勝利や優越を勝ちとろうとしているのだろうね。

 日本人の若者はそういう競争や比較序列にうんざりしてしまって、消費やマスメディアに踊らされるのを拒否して、その舞台から退場しようとしている。あるいは物質消費の優劣ヒエラルキーをやめてしまっただけであって、文化やソフト面での優劣競争は火花を散らしているのかもしれない。この面での競争や序列に日本人は大きなウェイトをおく時代になったのかもね。

 文明というのは順番であり、世界のもち回りである。こんにちの中国の動向はむかし日本が何十年かまえにおこなっていたことであり、いまは中国の出番になっただけである。中国はパクリばかりであり、民度が低いとバッシングを受けたりもするが、日本もそれとそっくりの経験や蔑視を何十年かまえに受けていた。

 文明のヒエラルキーでダサく思われたり蔑視されるような経験は、いま先進といわれる国が何十年か前に経験したことであり、順繰りにおこなわれるだけであって、いずれはいま蔑視される国もすぐに市場や世界をあっといわせる品質や世評を獲得するようになり、蔑視していた国を凌駕するようになる。そんなに遠くない将来に。あんがい文明の移転はかんたんなのかもね。

 そういうひとまわりの経験はだいたいちょっと時代を長く生きた人は少年時代と老年時代に経験するのだろうね。かつての日本人はアメリカに憧れてアメリカの真似をして、真似や低品質を揶揄され、いずれ品質を凌駕していった。そういう経験を知っているからこそ、中国もいずれ同じ経路をそう遠くもない将来に達成するだろうとね。

 蔑視や憧憬なんてものはただのゲームで感じる感情にすぎないのだろうね。あまりゲーム内感情に入り込みすぎず、距離をおく覚めた目をもちたいね。そういうゲームなんて順繰りだし、ゲームを規定する価値観もだれもが奉じるとはかぎらず、そういうヒエラルキーはその人たちだけの序列である。

 十代にアメリカの憧憬をミナミという街で感じていたころから、まさか中国の人たちでこの街が憧れと大量の訪問者で埋まるような街になるとは思わなかった。大げさに文明の移転を目の前で感じることができて感無量。


中国人観光客が飛んでくる! (マイコミ新書)中国人観光客にもっと売る新“おもてなし術” (PAL CHINA BUSINESS BOOKS)中国人観光客を呼び込む必勝術―インバウンドマーケティングの実践 (B&Tブックス)カラー版 CD付 サービス・接客業でよく使う中国語中国人はいかに思考し、どう動く人たちか。

05 28
2014

国家と文明の優劣論

「西洋先進史観」への挑戦――『中国化する日本』 與那覇 潤

416790084X中国化する日本 増補版
日中「文明の衝突」一千年史 (文春文庫)

與那覇 潤
文藝春秋 2014-04-10

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 おもしろかったね。いままで自明とされてきた西洋近代化という捉え方のカーペットをひきはがしてくれる本だね。うしろ向きに一回転する気分を味わせてくれる。それだけに反発や違和感も噴出するのだけどね。読まれていない方は文庫になったので、ぜひ一読はおすすめしますね。

 なんでもかんでも割り切って説明できるような姿勢は警戒をつよめるし、そんなたんじゅんな図式であてはめればベッドからはみでた手足を切ることにならないかとは思うのだけど、まあ「割り切り歴史観」はひとすじの快楽を与えてくれるね。

 かんたんにいえば、これは経済イデオロギーで歴史を捉えなおしてみた見方なのではないかな。自由主義の体制って西洋近代にはじまったのではなくて、とっくに宋朝時代(960年 - 1279年)にはじまっていたのだと。社会主義体制や反グローバリズムという見方で鎌倉時代や江戸時代を斬ってみせる。

 この宋朝時代が経済に特化した繁栄国だったという指摘は堺屋太一の『現代をみる歴史』で読んだことがあるのだけど、宋朝から自由主義がはじまっていたというのは歴史学ではこんにちでは常識というのはまったく知らなかった。この本ではオリジナルはほとんどなくて、歴史学の常識的な見解をならべただけというのだけど、ほぼ知らなかったことばかりで呆然とするね。

 この本は「西洋=先進、中国=後進」という図式をいちどシャッフルしてくれる。中国が先進に躍り出た歴史学の違和感と不整合はふたをしても止めどもなくあふれてくるのだけどね。

 もともと中国は先進国だったので、日本がGDPを追い抜かれても、まあ仕方ないかなといった慰めのイデオロギーも提供してくれる今日的な言説のかな。後進国で近代化した日本にずっと遅れをとった中国という認識でわれわれは捉えてきたけど、もう千年前から中国は自由主義国だったので、もとの勢力にもどっただけなのだと。

 われわれはながらく西洋だけが文明であってほかの地域にはないとか、西洋だけが文明をおしすすめたという歴史観を思い込まされているのだけど、文明の中心や先進はずっと中国やイスラムであって、西洋は世界の中心から離れた片田舎であったという認識はなかなか受け入れがたい。

 というか西洋だけが「史上最高の文明」という歴史観ばかりがつくられて、「西洋最高史観」、「西洋至上主義歴史観」といった自社製品を宣伝されてきたおかげで、なかなか「アジア文明中心史観」といったものに帰れないのだろうね。中国の台頭によってアジア文明主義の歴史観が地底からわきあがってくる時代になるかもね。

 この本は自由主義と社会体制といった経済主義体制によって時代を切りとるわけだけど、中国の宋朝時代は経済的には自由主義であったが、政治的には専制君主の問答無用の体制であったという。貴族を廃止して、科挙という試験システムで人民を選抜したことも画期的であった。この体制が中国のスタンダードだと。

 日本はそのチャイナ・グローバルを拒否して、貴族・階級性をながらく江戸時代まで意固地につづけて、世界に遅れをとった。明治にようやく自由主義と試験選抜システムをとりいれて、武士や階級を廃止した。

 著者は社会主義的な場所に縛りつけて個人の自由を制限するような体制がきらいなようで、江戸時代や軍国化した日本に社会主義を見て、批判をする立場のようである。割り切り歴史観も、わたしのぐちゃぐちゃ・整理きないもやもや脳のためにもう融解してしまっているかもしれませんが(笑)。

 いうなればこの本は自由主義よりの社会主義体制批判の本になるのかな。池田信夫と共著を出しているのだし。もちろん著者はそんなたんじゅんな二元論的立場には立たないのだろうけど、江戸批判や昭和体制批判のなかに自由主義イデオロギーを嗅ぎとるのではあるが。

 日本が昭和の軍部体制以降、戦後の平和・経済主義の体制においても社会主義体制でやってきたというのはおおくの識者が指摘することであって、殺されるほどまでに弾圧されたのだけど、内実はその体制であったというふしぎな二枚舌体制をかたちづくってきたのかもね。

 北一輝は社会主義に天皇をいただくというアクロバット社会主義を唱えたのだけど、なぜなら平等を標榜する社会主義が階層差を容認するのは矛盾なのだけど、宋朝の専制君主・経済放任体制はこの北の思想と似ているのかな。いや経済体制の社会主義は違うか。北一輝は社会主義の弾圧によって処刑されているのだが、軍部がやる社会主義=軍国主義がその後の時代をおおうのであって、ごちゃごちゃでなにが違うのかと思うが。

 まあわたしも不自由で制限のおおい社会主義体制はうんざりしていて脱出したいと願うのだけど、日本の多くの人は相互扶助的な近似社会主義体制に郷愁や理想をいつももっているようだ。江戸時代であったり、会社の終身雇用であったりね。わたしは安定とか保障は自由が殺されすぎるのでかんべんしてほしいと思うのだけどね。

 この「割り切り歴史観」にひとつの疑問がのこったのは、自由主義体制の中国のはずがなぜ近代に社会主義の体制を選択してしまったのかということに解答があたえられていたのかということだ。どこかに書いていたのを見逃したかな。まあ社会主義と専制君主はおなじようなもので、計画経済とかをほどこせば中央に権力が集中するという面で親和性が高いのかな。

 まあ、おもしろい本であって、自明とされている地盤をぐるっとひっくりかえしてくれる知識はいくらでも歓迎だ。

 西洋は先進で中国が後進という文明のヒエラルキー図式と、中国が先進で日本が後進という図式が頭のなかでなかなか整合性を結びつかない。中国は近代世界にとって後進だというリアルさはぬぐえるものではない。でも中国が再びこの世界の覇権に手を伸ばすとき、「西洋文明史上最強史観」は、「中国帝国最高史観」に押し流されてゆくのかもね。


支那論 (文春学藝ライブラリー)史論の復権 (新潮新書)「日本史」の終わり  変わる世界、変われない日本人東洋文化史 (中公クラシックス)宋学の西遷―近代啓蒙への道

12 29
2013

国家と文明の優劣論

西洋の「極論」、「理想像」だけ見えてしまう件について

 明治の「文明開化」いこう、西洋が進んでおり、日本は遅れていて、「日本的なるもの」は排斥しなければならないという構図でずっとやってきたわけだが、日本の「土俗的」で「後進的なもの」、西洋にないものと思われているものも西洋にあることもあんがい多いのではないのかと気づく。

 進んでいる西洋は「極端なステレオタイプ」になり、遅れている日本も「極度なステレオタイプ」で見られることが多いのではないのか。

 日本には完全に欠如していると思われるものも日本にもあったりするし、西洋にも遅れていて、非文明的なものも多く残っていたりする。極論のステレオタイプは、完全欠如を思わせるのだが、双方には欠如しているものをいくぶん残していたりする。

 極論のステレオタイプは「相対的」なもので、「程度」の問題と見ることが妥当なのではないのか。極論しかないのではない。双方はそれぞれをふくんでおり、程度が違うだけである。

 例をあげるとするとアメリカは「個人主義」や「個性」の国と思われるステレオタイプが充満しているのだが、社会学者のデイヴィッド・リースマンの『孤独な群集』やホワイトの『組織の中の人間』などを読むと、アメリカ人もずいぶん「同調主義」で「画一化」の国であることを思い知らされる。

 
4622083639孤独な群衆 上 (始まりの本)
デイヴィッド・リースマン 加藤 秀俊
みすず書房 2013-02-22

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4488006590組織のなかの人間 上―オーガニゼーション・マン (現代社会科学叢書)
W.H.ホワイト 岡部 慶三
東京創元社 1959-03

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 というか、日本のちまたの人とどこがどう違うのか、われわれ自身のすがたではないのかという錯覚にとらわれる。

 アメリカを1830年代に旅したフランス人のアレクシ・ド・トクヴィルはアメリカを「画一化」と「大量生産」の国だと批判したのだが、日本人の「個性」と「個人主義」の国のイメージとだいぶ異なるではないか。

 
4061587781アメリカの民主政治(上) (講談社学術文庫)
DE・アレクシス・トクヴィル 井伊 玄太郎
講談社 1987-03-04

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 ヨーロッパからすれば「画一化」の国も、日本からすれば「個性」の国だ。比較する対象があるから極論がめだつだけであって、程度や比較の違いにすぎないのである。それをわれわれは極度なステレオタイプを錯覚することになる。

 エドワード・ホールの『かくれた次元』ではアラブ人やフランス人では固体距離は近いのだが、アメリカ人やイギリス人では遠くになり、アメリカ人とアラブ人が対面で話すと部屋のはしからはしまで歩くことになるという笑い話がある。日本人にはアメリカ人はずいぶん近づくと思われるのだが。

 
4622004631かくれた次元
エドワード・ホール 日高 敏隆
みすず書房 2000

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 相対的な程度の問題なのである。極端はなくて、中間のグラデーションのどこかに位置するだけなのである。

 理想像は極端な理想像と蔑視の現実像というものをわれわれに見せつけるのだが、どちらかというと蔑視の現実像は相手も多くふくんでいることもあり、見まいとするそれが多く構成しているということも多分にあるのではないのか。

 アメリカ人は「個性」や「個人主義」のカッコいい国だと思われているのだが、それはおもに映画やドラマなどのメディアによって植えつけられたのかもしれないが、メディアに出てくる人はその国でも「理想像」であって、ヒーロー像の「幻想」であったりする。

 日常の現実の人たちはもっとふつうで、ダメダメで、理想とかけ離れた人たちではないのか。そういうダメダメだからこそマスメディアの憧憬や魅力が光る。メディアで植えつけられたイメージは、「どこにもない理想」をあらわしている、当地においてもそうではないのか。

 西洋列強の仲間入りをするために、明治の日本は裸体禁止やおおらかな性風俗の禁止、性器崇拝の「遅れた、土俗的な日本」の排斥をおこなってきたことも、じつは西洋の極論だけを見ていただけではないのかと思う。

 むかしの日本の性風俗は農耕民の豊穣祈願と結びついていたために積極的な性生活の奨励や敢行がおこなわれていた。けっして愚かでも、乱れていたわけでもなくて、論理的な信仰理由があったのである。

 明治の政府は遅れた後進国の性風俗では恥ずかしいと、キリスト教の純潔思想や貞操観念を民衆に植え込もうとしたのだが、原始宗教のエリアーデやフレイザーなんか読むと、どうも西洋にも豊穣祈願による性風俗というのはむかしには日本とおなじようなものがあったようなのである。

 
4624100085大地・農耕・女性
M.エリアーデ 堀 一郎
未来社 1968-01

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4480087370初版 金枝篇〈上〉 (ちくま学芸文庫)
ジェイムズ・ジョージ フレイザー James George Frazer
筑摩書房 2003-01

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 西洋にはまったくなかったのではなくて、かつておなじようなものがあり、名残りのようなもの、かたちだけがべつのものにすりかえられて残っているものがあんがいあるものだった。

 農耕というものは人間の性と同一化されていたのである。ゆえに豊かな収穫や食糧の豊穣をねがうとするのなら、性行動や生殖を励むことによって、実りが約束されると考えた。おおらかな性はその帰結にすぎない。

 日本には比較的長くその豊穣祈願と性の同一視がのこっていたためにおおらかな性ものこったのであるが、明治の政府ははげしくこの日本の土俗的な習慣をとりのぞこうとしたが、西洋にもその残存がまったくなかったわけでもなかったのである。

 性風俗にかんして日本は極端だけを見て、共通のものを見ようとしなかった、見えなかったのではなかったのか。排斥しようとしたものは、「文明国」の西洋にまったくなかったものだろうか。エリアーデの著作なんか読むと疑問に思えるのである。

 極端だけを見るというのは、うつ病の「全か無か」思考とおなじである。「すべて」か、「まったくないか」のふたつだけになり、極端しか選択肢がなくなる。そのことによって、うつ病の人は絶望や極限に追いつめられるのである。

 明治の日本は「進んだ西洋」と「遅れた日本」という図式で、西洋のキャッチアップにずっとはげんできたわけだが、そういう「進歩史観」は極論だけを見せて、多くのものをとりこぼしてきたのではないのか。

 この図式が適用されるとき、極論と極端だけ見ているのではないかという警戒が必要なようである。「進んだ文明国」にもたっぷり残っている、もしくは「理想像」だけわれわれに見せられていると見なす必要もあるのではないかと思う。


05 28
2010

国家と文明の優劣論

『天皇家とイスラエル十支族の真実』 ノーマン・マックレオド


天皇家とイスラエル十支族の真実―マックレオドの原典日ユ同祖論
ノーマン・マックレオド

天皇家とイスラエル十支族の真実―マックレオドの原典日ユ同祖論


 日ユ同祖論の本をブックオフの百円本で買ってみたら、おどろいたことにこの本は1875年(明治8年)に出版された本だそうだ。『日本古代史の縮図』というタイトルで出版され、わたしは『日本とユダヤ 謎の三千年史』という1987年の本を買ったが、いまは上記のようなタイトルで97年に出版されている。日ユ同祖論の古典という位置づけらしい。

 著者のノーマン・マックレオドはスコットランドの貿易商で明治の日本に12年間滞在した。日本とユダヤのつながりよりか、とうじの日本はどうだったのかという興味もひかれた。講談社学術文庫では幕末・明治の日本におとずれた外国人の目にうつる日本はどうだったかという本がシリーズのように出されている(「外国人が見た幕末・明治の日本)。おそらく西洋人の眼のほうがこんにちの日本人に近いということだろう。

 この本は日本の中にユダヤの痕跡を見つける本というよりか、はじめから「失われた十支族」を見つけたいあまりにむりやり日本人のなかに見つけようとする本に思えた。ユダヤ聖典の痕跡を見つけたいという宗教的熱情が生み出した本に思えた。ユダヤ教の信者にはそういう熱情がずっとあったのだろう。熱にうなされた人の神秘的世界だ。西洋が東のはずれにある日本に注目しだしたころに失われた十支族の熱狂が燃え上がったのだろう。

 1872(明治5)年に第一回京都博覧会がひらかれた。そのときマックレオドは会場でユダヤ人そっくりの顔を多数見かけた。明治の日本人がユダヤ人に見えたなんてわたしのほうがびっくりだ。日本人がユダヤ人に見えたりするか。伏見で見かけた明治天皇はユダヤの高貴な家柄の人たちに似ていたという。

 ついには天皇家の祖先はイスラエル王家だった、エジプト王家の血が流れているというあたりぶっとんだ。ユダヤの系図と天皇の系図は似ているが、それは古事記や日本書紀が系図を参考に神話をつくったと考えるのが穏便だというものだ。血や祖先ではないだろう。

 マックレオドは皇族や平家にはヘブライの血が流れており、源氏や北条氏はアイヌ民族であり、徳川もアイヌであり、イスラエルの血が流れた皇室や公家から権力を奪ったのだと歴史を読み解く。しかし秀吉にはイスラエルの血が流れているのだとじつにご都合主義だ。徳川光圀の肖像画をみるといくらかイスラエルの血が流れているようだがとかいう。笑ってしまう。日本人のなかにどうやってユダヤ人の影を見るというのだろう。

 日本と天皇は世界にイスラエルの十支族とエフライムの王家が健在であることを示そうとしているとマックレオドはたからかにうたいあげている。中国と日本、および朝鮮はユダヤ民族のもとに統一されるだろうとうたいあげるのである。こういう立場をなんというのだろう、ユダヤ聖典原理主義というのか。世界の中に聖典の痕跡やしるしを見いだそうという立場だ。日ユ同祖論はその姿勢の中から生まれている。聖典原理主義だ。やはり冷静でも客観的でも科学的でもないのである。わかっているが、文化伝播や文化流入はあったくらいは考えたいが。

 かつて日本がアジアに侵攻したとき、民俗学や人類学は中国や朝鮮人は同じ民族、祖先であったと学術的に調査した。祖先や同一民族であれば、併合や民族統一がなされるのは正当であり、しぜんであるとの理屈で侵攻がおこなわれた。学問や科学といわれるものも「政治」をふくんでおり、「事実」と思われるものであったとしても「政治」に利用されれば国家侵略や征服も正当化されてしまう。事実というものは爆弾をふくんでおり、もし政治に利用したければ事実をも創作・歪曲してしまえとなるだろう。事実は追求したくなるものだが、政治という面からもその影響面を無視してはならないのだろう。

 ユダヤ人が日本人祖先の血に流れているという説はそのような政治的攻略の面もふくまれていたのかもしれない。アジアの国を併合や侵略化してゆくとき、ユダヤ人や祖先が流れ込んでいれば好都合だ。もちろん信者や学者の中にはそのようなよこしまな、功利的な目的はなかったと思う。しかしその知識は確実に国家的併合をもひきつれてくる、あるいは呼び寄せしまう結果を導くこともあるのだろう。知識とは政治的侵攻の先兵である。祖先や宗教が同じであるとされたときにひそやかに侵攻の足跡はしのびよっているのかもしれない。


聖書に隠された日本・ユダヤ封印の古代史―失われた10部族の謎 (Natura‐eye Mysteria) 古代日本、ユダヤ人渡来伝説 失われた原始キリスト教徒「秦氏」の謎 (ムー・スーパー・ミステリー・ブックス) 日本書紀と日本語のユダヤ起源 (超知ライブラリー) 驚くほど似ている日本人とユダヤ人 (中経の文庫 え 1-1)
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05 24
2010

国家と文明の優劣論

『古代ユダヤは日本で復活する』 宇野 正美

古代ユダヤは日本で復活する―剣山の封印が解かれ日本の時代が始まる古代ユダヤは日本で復活する―剣山の封印が解かれ日本の時代が始まる
(1994/11)
宇野 正美

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 電波。トンデモ。オカルトミステリー。想像力の蛇口が開きっぱなしで、思考の回線がブチ切れている。ブックオフの百円本だからまあいいけどね。古代にキリスト教が伝播していたかだけをさぐりたかったので、トンデモであることは百も承知だったけど。

 中東情勢とか聖書解釈とかけっこうまともなことをいっているのだが、後半の陰謀論、ハルマゲドンや終末思想的な預言になるといっきょに信頼は瓦解。前半の四国・剣山の契約の箱説も信憑性のかけらもなくして、なんの根拠もない話に思えてきた。ひとつも検証のないオカルト諸説の寄せ集めにしか思えなくなった。

 宇野正美という人は86年に『ユダヤが解ると世界が見えてくる』でベストセラーになったそうだ。97年くらいを境に新刊がなくなっているから、それまでの矢継ぎ早の出版ブームも去ってもうみんなあきれて読まなくなったのだろう。まともな調査能力や言語能力はあるのだが、どこからか地上をはなれて天空に飛翔するのがイヤになったのだろう。講演はいまでもさかんにお客がいるようだが。

 剣山にモーセの契約の箱が運び込まれたという説は根拠がひとつも示されない。これはほかの人も唱えているからそのまま紹介したのだろうが、根拠の柱も礎も紹介されないでただ似ているというだけでユダヤ人がやってきたかのようにいう。

 こういう人たちの心理というのは西洋への憧れやキリスト教への崇拝がもたらしたものだろう。憧れ、憧憬するものを身近に引き寄せたいために似たものを見つけると憧れの者が日本にきていたのだ、文化ではなくて人物そのものがきていたのだとなる。キリストが日本に来て死んだとか、失われた10支族が日本にきた、義経がチンギス・ハーンになったとかの話だ。西洋コンプレックス、キリスト教コンプレックスというものが見境なく称揚されるのだ。文化伝播にとめればいいものを熱狂と崇拝、そしてコンプレックスは人物まで来日させないと気がすまないようだ。それで「イタイ」系になるのだが。

 たしかにふしぎな説ものこるが。大嘗祭につかわれる「あら服(たえ)」という神具が徳島の木屋平村でつくられるというのはふしぎだし、『万葉集』で天香具山から見わたした景色に海原とかもめが詠われており、奈良からはぜったいに海は見えないのにおかしい。

やまとには群山あれど とりよろふ天乃香具山 登り立ち 国見をすれば 国原は 煙り立ち立つ 海原は かもめ立ち立つ うまし国ぞ やまとの国は



 四国と和歌山には吉野川や香具山など共通する地名がある。大和=四国説というのもうなってしまう。しかし四国の山奥にうしなわれたアークが運ばれるなんてぶっ飛びすぎだ。皇族が隠すために都を奈良にうつすなんて。話は飛ぶが、奈良に「平群(へぐり)というヘンな地名があるが、もしかして「ヘブル人」かなと思ってしまう。まあ古代ロマンはそういうミステリーが想像できるからおもしろいのだが。

 ユダヤ陰謀説は『タルムード』なんかにはひどい教えが書かれているから陰謀や世界征服のたぐいはささやかれやすいのかもしれないと思った。ユダヤ人以外は獣であり(まあたいがいの民族はそう考えた)、だましてもよい、ごまかしても正しいことだ、裏切り者は殺さなければならないと非情なことをいっている。

 ユダヤ総主教も財産を奪われるのなら子どもを商人にしてキリスト教の財産を奪えばいい、キリスト教に改宗させるのなら子どもを神父にそだて教会を破壊すればいい、などといったそうだから、ユダヤ人はけっこう怖いものを秘めているのはたしかかもしれない。キリストやマルティン・ルターなどはこのような腐敗したユダヤ教に反逆したのだろう。

 宗教的神秘性というものはいろいろなところに聖痕というものをさがしだす心性をつくりだすものだ。崇高なものを各地や各場所にさがす。邪馬台国はどこかという論争なんてそれに近いものがあるし、ノアの箱舟はアララト山のどこにあるかだとか、死海文書のナゾとかそれらの探求には深い神秘性を付与する。わたしもそういう探究にひっかかるし、そういう神秘性、荘厳性をひめた謎には深入りしやすい。

 そして崇高性、至高性の探求にはトンデモ世界へのドアが開けてくるのである。思考の脈絡は飛翔し、現実との接点は断ち切られてしまう。文化と人物の境界はなくなってしまい、溶解する。聖なるものへと近づきたい気もち、コンプレックスの解消がやがてキメラのような真実をつくりだしてしまう。聖なるもの、崇高なものは現実をゆがめてしまう。多くの人にとって迷惑や危険、嫌悪に思われるものであっても救われる人もいるのだろう。現実の平板さやツラさを忘れさせるものであったりするのだ。聖なるものの感情と人間はまだうまく距離をおけないのだろう。


聖なるものとはなにか
聖なるもの (岩波文庫)崇高とは何か (叢書・ウニベルシタス)聖と俗―宗教的なるものの本質について (叢書・ウニベルシタス)宗教生活の原初形態〈上〉 (岩波文庫)奇妙な論理〈1〉―だまされやすさの研究 (ハヤカワ文庫NF)

05 22
2010

国家と文明の優劣論

古代キリスト教伝播説がトンデモになる歴史観こそを問う



 古代にユダヤ教やキリスト教が伝播していたという説をさぐろうとして、古本屋をさがしまわってみたが、いまは日ユ同祖論の本もほとんど手に入らない。ネットではけっこう情報があるのだが、古本屋ではほとんど不人気なようだ。オカルト系のあやしい棚に二束三文で売られていると思ったが、それすらもない。

 ユダヤ人の渡来人といわれる秦氏の根拠地、京都の太秦の広隆寺、三柱鳥居がある木嶋神社、蛇塚古墳をめぐってみたが、こんにち仏教の色合いしかなく、ユダヤ教などの痕跡をさぐろうと思ってもほとんど不可能だ。聖徳太子の四天王寺、八尾の大聖勝軍寺などにもいったが、キリスト教の影響をみいだすのはほぼ不可能だ。徒労感だけがのこる。

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広隆寺の「十善戒」。モーゼの「十戒」に近い。右は木嶋神社の三柱鳥居。三位一体をあらわしているといわれる。

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左は四天王寺の経木をながす亀井堂。右は飛鳥の亀型石造物でそっくりだ。

 日ユ同祖論というのはいつごろがいちばんブームだったのだろう。ユダヤ人が日本人の祖先になったという説はあきらかに日本人はモンゴロイドなのにとなえられる。文化の影響があったといえば抵抗はそんなにないのだが、人種まで同一になってしまうのはトンデモ的飛躍というものだろう。文化伝播と人種流入がいっしょくたになるのだ。「聖なるもの」の追求というのは人にオカルト的言説の加熱を生みだしてしまうものだが、どこかで安全装置が切れてしまうのだ。

 わたしとしては古代にユダヤ教やキリスト教などの文化伝播まではあったと考えたい。しかしキリスト教はザビエルの来日以降になっており、日本は伝統的に仏教や中国の文化圏であったと思われているから、古代の中東、西洋文化の伝播はぶっ飛びすぎだと敬遠される。過去を仏教国と中国の文化圏であったと考えたがるのは、西洋に学びはじめた近代日本と遅れた中国・仏教文化圏であったという古代・中世日本の対比を必要としたからだろう。進歩史観や断絶史観というものをしこんで、西洋推進化の引き金にしたかったのだ。だから過去に国際的な影響があってもらっては困るのだ。ド田舎ジャパンをバカにできないと過去の愛着や伝統を捨てられないのだ。

 日本は中国や仏教の圧倒的な影響下にあったとされる。しかしたまに騎馬民族説やシルクロード・ブームなどがおこったようである。中国だけではなく、日本は中央アジアや中東文化圏の影響もあったと外国の国際色ゆたか説がとなえられる。イナカ仏教圏だけでない壮大で国際的なひろがりをもっていたのだとロマンを語られる。中東の影響をうけたという説もほそぼそと発表されているようだ。天皇をあらわす「すめらのみこと」が「シュメール」と似ているといわれたこともあったようだ。ユダヤ同祖説はかなりむかしから発表されている説らしい。

 しかし中国仏教文化圏の枠組みから外れることはないのである。近代以前の中東や西洋の影響はトンデモ感が強くなる。過去の閉鎖性や人類の移動性はどこかで押しとどめられなければならない、古代の人類が世界中でつながっていたなどと考えたくないようである。それが常識の範疇とされている。

 こんにちの歴史観というのは西洋の強い影響をうけている。西洋の歴史観というのは「西洋はエライ、歴史上のまれにみるはじめての世界国家をつくった国だ」というプロパガンダを色濃くにじませている。コロンブスがアメリカを発見したという歴史はバカな話で、人類は何万年もまえからそこに住んで「発見」していたのだ。「発見」すらでない、生活していたのだ。かれらは「人間」でないのか。西洋人はそのときインディアンを人間でない「獣」とみなす眼を「発見」したのである。「西洋中心史観」とよばれるものだ。

 だから「西洋エライ観」では西洋は「はじめて」でなければならないのだ。世界中を航海したのは西洋がはじめてであって、断じて遅れたアジア人でもインディアンでもあってはならない。オセアニアの人びとが太平洋を数万年前から航海していたという話は断じてあってはならないのである。

 西洋の歴史観というのは自分たちがいかに優れている民族であるかの証明譚のようなものである。だから近代にとつぜん世界にのりだした西洋人は過去を抹殺しなければならなかった。イスラムや中国が世界の中心であった世界は抹殺されなければならなかった。西洋が中東の影響を色濃く受け、学び、片田舎であったという歴史は忘却されなければならない。キリスト教すらもイスラムの宗教といえるものであるし、キリストもアラビア人であったといってもおかしくないといえるのに、あたかも西洋のお手柄のように、西洋人であるかのように語られる。仏教を中国人や日本人のものにしたい気持ちとおなじである。西洋というのはアラビアの継子のようなものであるが、そういう不名誉な歴史は抹殺される。

 日本の歴史観も似たような構造があるのだろう。進んだ近代と遅れた過去。遅れた過去をないものとしたいために、あるいは遅れた文化圏の世界であったと閉じ込めたいがために中世以前の日本は仏教と中国に閉じこめられなければならないのだ。でないとこんにちの優越性、進歩性の証明である国際性、世界性を確保できない。こんにちが優秀で進んでいるために過去の日本はアジアに閉じ込められた遅れた古い国でなければならないのだ。仏教と中国の影響下はそのミソであり、真髄なのだろう。

 そしてそれが日本のアイデンティティになるのはどういうことなのだろう。対比と比較のために仏教と中国は必要だったと考えるべきか。国際性と世界性としての対比になる対象が必要だったのだ、さもないと世界性も拡大性も測れない。わたしが過去のわたしに優れるために比較となる基準が必要だ。わたしが優れるための比較基準が仏教であったということになるか。わたしがこんにち優れるためには過去の国際性、世界性はあってはならないことになった。古代は世界の片田舎に仏教と閉じこもっていなければならないのである。わたしたちが愛し、郷愁する日本というのはわたしたちが輝くための陰のひきたて役なのかもしれない。

 しかしこの考え方だけで古代の日本がなぜ仏教以外の影響を抹殺したのかいまいち説明に弱いと思う。古代日本はどうして中国と仏教の影響だけに閉じこもろうとしたのか。聖徳太子の出生譚はキリスト教の写しと思われるほど類似しているのになぜ仏教一色に染まっているのか。ユダヤ教やキリスト教の影響や伝播はなかったのか。ゾロアスター教やミトラ教の影響や伝播はなかったのか。このつづきはのちにゆずることにする。


西洋中心史観を批判した本

いま「ヨーロッパ」が崩壊する―殺し合いが「市民」を生んだ、「野蛮」が「文明」を生んだ合本 栗本慎一郎(カッパ・サイエンス)
これでいいのか世界史教科書―人類の転換期に問う (カッパ・サイエンス)

ブラック・アテナ―古代ギリシア文明のアフロ・アジア的ルーツ〈1〉古代ギリシアの捏造1785‐1985 (グローバルネットワーク21“人類再生シリーズ”)黒いアテナ―古典文明のアフロ・アジア的ルーツ (2〔上〕)嘘だらけのヨーロッパ製世界史

05 18
2010

国家と文明の優劣論

「紋切り型ジャパン」イデオロギーのウソ



 日本をあらわす紋切り型の表現はだれもが口にしやすい言葉であるが、その裏にはイデオロギーやなんらかの意図がこめられていると考えるべきだろう。いわく「日本は島国で、資源がなく、単一民族で、農耕民族である」うんぬん。ひじょうにポリティカルな操作性のある言葉だと警戒したほうがいいだろう。

 「日本は島国である」というのはそのあとに世界から閉ざされたド田舎だったという批判がつく。日本はむかし国際性や開放性がない鎖国的状態だったという批判である。だから内にこもっていないで外に目を向けろ、外に出よということである。

 ここにこめられているのは批判よりか、単一民族説や一体感意識だろう。純粋な日本民族や隔絶された日本性といったものが純粋培養されており、わたしたちはそこに立ち返り、その強さや力をもっているのだから外国に強く打って出なければならないという教訓である。日本民族や日本文化の純粋性、強さが表象され、郷愁される。

 島国というのは世界から隔絶された、孤立した田舎だったという表象がセットでつくのだが、だから世界で学べ、世界に目を向けろという指示があとにつづく。

 しかしこの言葉ほどウソのある言葉はない。島国というのはこんにちの電車や車で陸地を移動する感覚から出た言葉でそれらがなかった以前は船が移動や運送の大部分をになっていたのだ。つまり海に囲まれた島国であるからこそ、船舶移動や運送が盛んであり、世界につながっていたのである。世界の繁栄した都市というのは海運が盛んな港町からことごとく生まれている。アムステルダムにジェノバにリスボンに地中海に大阪。港だったから世界につながっていたのだ。島国というのは閉ざされた孤島ではなく、だからこそ船舶商業がさかんで世界とつながっていたというべきなのだ。

 国際性や貿易がなかったという表象は進歩史観の優越感には役立つ。こんにちは進んでおり、むかしは田舎で遅れていた、そう思うことによりこんにちの先進性や優越感を安堵できる。むかしの日本は田舎だったとバカにできることでこんにちのわれわれの努力、勤勉、技術の役割や必要性を思い知らされるということである。過去をバカにできるからわれわれは安心してこんにちの努力は優れていて、安心して努力に励みなさいということである。

 おかげで過去の国際性、開放性はあってはならないことになった。過去の日本は閉ざされた日本でなければならなくなった。墨でぬりつぶされた。古代、日本はどこともつながっていないことになった。朝鮮や中国に出かけるのはたいへんな大事業で、生きて帰れない人が続出したことになっている。ペルシャやイスラム、中央アジア、ヨーロッパなどとつながりや文化伝播などなかった、あってもわずかだったという思い込みがおおうことになった。たまに思い出したように世界のつながりがいわれるが、閉鎖ジャパンの表象はゆるがない。日本は世界から閉ざされていなければならない、現代の優秀性、卓越性のために。

 資源が日本にないという言葉はだから日本は技術や工業あるいは勤勉で食ってゆくしかないということである。いまよりいっそう働けということである。しかし堺屋太一がいっていたが、資源がないから外国から安く買いつけることや選ぶことができるのである。もし資源があれば自国の高い資源を買う羽目になるだろう。自国で生産されるものは保護された農業のように高く買わなければならないのだ。否定される日本にはウソがある。

 単一民族説というのは閉鎖ジャパンの核である。まゆでつつまれた純粋な日本文化、日本人がいたという表象をたもつことによって、日本の一体化、一枚岩を演出する。仏教と神道のみが日本の伝統文化だったという思い込みや排除も日本の一体性や隔絶性を強く表象させる燃料になる。朝鮮や中国からの渡来人も仏教や先祖というワードでつつめば、一体感や同一感を演出できる。先祖が同一であったら、併合や植民地支配もOKということになる。かくしてまゆにつつまれた純粋ジャパンはゆるがない。

 農耕民族イデオロギーはなにをもたらしたのだろう。この言葉も日本人の画一性、同質性を表象させる囲い込みの言葉だろう。むかしの日本人はみんな農耕民族であり、一所定住で勤勉にはたらいたということである。周辺やそれ以外ではたらく人は日本人の祖先として切り捨てられた。海運や漁業ではたらく人、山で猟や運搬、鉱山ではたらく人も切り捨てられたし、商業や工業ではたらく人も捨てられた。こんにちの社会がおおくの分業でなりたつように歴史的な社会もおおくの分業でしかなりたたないはずなのに、あたかも農地を耕す人だけで社会がなりたっていたかのように思い込む。

 農耕民族はヨーロッパ的な狩猟民族との対比で語られる。純朴な農民と対比される獣を狩り、野蛮な肉食人系のヨーロッパ人。あるいは平和的な農民と、好戦的な狩猟民族。いっぽうは血を好み、いっぽうは平和で純朴な生活を好んだ人たち。善人と悪人、という対比といったらいいか。この対比においてわれわれはどんなに純朴な善人に祭りあげられてきたことか。きっとこの言葉には西洋への非難がこめられているのだろう。しかしこのイデオロギーのおかげで日本のおおくの先祖の歴史は見えないものにされ、存在しなものとしてされてきたことだろう。西洋より優れているという表象を得るために先祖の歴史とおおくの日本人はかき消されたのだ。

 紋切り型の日本像が固まってゆくごとに日本のおおくの姿は切り捨てられてゆく。そしてそれと相反する価値観は日本の歴史からかき消され、事実と違う歴史像として反発され、うけいれられることがなくなる。事実があるのに見えない、うけいれられなくなってゆく。つまり歴史とは今日のわれわれがそうあってほしいもの、見たいもの、好都合な表象のかたまりと化してゆく、それと相容れない歴史ははじきとばされるか、忘れ去られるだけである。紋切り型にあわない歴史は切り捨てられ、歴史のピースにも入れられないのである。

 紋切り型の日本像というのはこんにちのわれわれにとって都合のいい製造装置のスイッチなのだろう。優越感がほしければ劣等型の日本像がつくられ、善人になりたければ悪人の外国像が形成されてゆく。まあ、歴史なんてものに客観性や中立性はなくて、たんなるご都合主義的な取捨選択しかないと限界を知るほかないというものかもしれない。ならばせめてその歴史がなにをあらわすのか、なにをいいたいのか、なにを意図してその歴史はピックアップされたのか、透徹した眼で見るしかないというものである。

 この歴史はだれがなにをいいたいがために映し出されたものか、そう見るしかないということである。歴史とは人間の欲望でしかないというほかない。


参考文献
南島イデオロギーの発生―柳田国男と植民地主義 (岩波現代文庫)日本人という自画像―イデオロギーとしての「日本」再考「日本文化論」の変容―戦後日本の文化とアイデンティティー (中公文庫)比較文明 (UP選書 (243))

柳田国男讃歌への疑念―日本の近代知を問う
風媒社 1998-04


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うえしん

Author:うえしん
世の中を分析し、知る楽しみを追究しています。興味あるものは人文書全般。ビジネス書、労働論、社会学、現代思想、経済学、心理学、精神世界、歴史学。。 そのときの興味にしたがって考えています。

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