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07 25
2005

書評 小説

『NHKへようこそ!』 滝本竜彦


4043747020NHKにようこそ!
滝本 竜彦
角川書店 2005-06-25

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 電車で読む文庫がなかったことと、新しい現代作家を読みたいということで、とりあえずこの本を読んでみた。ブッ飛んだひきこもり具合がおもしろいかな、と。

 どうなんでしょうかね~、さいきん小説なんかめったに読まないから、小説自体がなんのために、だれに向かって、なにをいうために存在しているのかよくわからなくなっているのですが。

 この小説に出てくる登場人物はひきこもりとロリコン・オタクと家庭に事情をかかえた少女という不幸を背負った者ばかりである。そういう底辺をのたうちまわりながら、ブッ飛んだ思考や行動がおもしろおかしく描かれている作品である。

 少女はプロジェクトと銘打って主人公をひきこもりから脱出させようとするのだが、彼女自身も自分よりダメ人間と思われるひきこもりを救うことで自分を癒そうとする少女であった。まあ、なんやかんやでひとりひとりふつうのレールに戻ったのかな~?という話でした。

 ひきこもりについて思ったのは顔に泥を塗られるのをひじょうに怖れるということである。自分の恥に自家中毒しているのではないかと思った。少女は自分より劣った人間を探すことにより救われようとしたが、ひきこもりも世界中のもっと恥を負った人を見つければいいのではないかと。

 主人公は世界に悪や陰謀を見つければ癒されると思ったりするのだが、さいごは少女と死なないと拘束しあうことで幕を閉じる。いうなれぱ、不幸からの脱出するための思考法がずっと模索されているのがこの小説といえるのではないかと思う。


07 29
2005

書評 小説

『娼年』 石田衣良


4087476944娼年
石田 衣良
集英社 2004-05

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 新しく出てきた作家を読んでみたいことと、やっぱりエロいものに魅かれるのは男のサガか、石田衣良のこの本を手にとった。大学生が娼夫になる話である。

 少年が性や欲望の深みを知ってゆくという成長物語のようである。そして幼いときに死んだ母への悲しみが癒されるという話でもあった。女性の欲望を知ることによってなぜ癒されたのかは私にはわからなかったが。

 性が売買されることへの批判的観点はほとんどなく、どちらかというと性や欲望を知ることが肯定されるような物語だったように思う。女性の性や欲望が淡々と描写されている。

 ここには売春への批判や終身恋愛観へのしがみつきが微塵もなく、日陰の生活であるというやましさや不安もほとんどない。欲望を人間の中のふつうにある要素として受け入れているだけである。まるで社会通念や社会道徳がないかのごとくである。

 そういった色づけのされない世界には、「悪く」もない、「けがらわしく」もない、無色透明の欲望があるだけである。ものごとの「良いか悪いか」を裁いてしまう自分が解きほぐされてゆくような物語といっていいと思う。


08 03
2005

書評 小説

『山背郷』 熊谷 達也


4087477649山背郷
熊谷 達也
集英社 2004-12

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 かなりよかった。山や海で生きる人たちの姿を描いて、サラリーマンや会社生活しか送るしかない現代人とはべつの生き方を夢想させてくれるという点で、これはかなり興味津々に読めた。

 都市生活者のわれわれの何世代か前の人たちはこのように自然に向かって生きていたのだ。私はそのような猟師や漁師の生き方とはどのようなものだったのか、漠然と興味をもっていた。せせこましい会社生活以外のほかの生き方はできないのか、という興味があったのである。

 舞台は東北だが、海や山で生きる人たちの内面や生き方を垣間見れた。おそらく民俗学に興味がある人や、網野善彦の農耕民族以外の日本人に興味がある人には、かなり楽しめるのではないかと思う。

 ただ物語の深みや感嘆させる結末などはなくて、物語としてはあまりうまくないように私には思われた。民俗学的、歴史的日本人といった姿を見るにはひじょうに適していると思うのだが。

 いまごろなんでこんな作風の作品が出てきたのだろうと思うが、著者の熊谷達也は1958年宮城県生まれで、動物好きの作者はニホンオオカミの調べものをしているうちに東北の歴史に興味をもったようである。

 人の顔色ばかり気にしているサラリーマンやひ弱になった都市生活者は、かつて大自然の中で骨太に自然と対峙して生きてきたたくましい日本人の姿に、憧憬と畏怖の念を感じないわけにはゆかない。あ~、こんな野性的な生き方ができたらなあと思う。


08 10
2005

書評 小説

阿修羅ガール』 舞城王太郎


4101186316阿修羅ガール
舞城 王太郎
新潮社 2005-04

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 女子高生のうだうだしたひとり言文体はかわいかった。好きでもない男とエッチして悩むような日常的な物語がえんえんとつづけばよかったと思うのだけど、二部からは話が飛んでワケがわかんなくなる。

 アルマゲドンという凶暴な騒乱や、音や声を発すると怪物に殺される森の物語、三つ子を殺したグルグル魔人の独白なんかが出てきて、話についてゆくのがかなりむづかしくなる。

 私が解釈するには自己嫌悪や自己憎悪が殺戮や凶暴性をまねくのだ、この物語に出てくる女高生や森の怪物、子どもを殺したグルグル魔人に通底するのはそれらなのだといっているように思う。

 ある仏像職人がなんども阿修羅像を壊して新しくつくりなおしたように、自分たちを嫌悪し破壊しようとする心に殺人や凶暴性が宿るのだといっているように私には思われた。――かな~?

 まあ、おそらくこのころは犯罪少年ブームで、そういう少年たちの心を主題にしたのではないかと思う。いまはそういう話題はウソのようにすっかりなくなり、マスコミと心理学者が結託したあの犯罪少年ブームってなんだったのだろうと思う。マスコミという知識の商売に乗せられただけなのだろうか。マスコミによる自己反省がまったくなされていない。

 舞城王太郎という作家は純粋に作品だけを評してもらたいから世間にはいっさい顔を出していないそうである。たしかに作家がアイドルとかヒーローになるのは恥ずかしい。自我のナルシズムの肥大を小説はまねいているように思われる。そういう物語自己はコッ恥ずかしい。「物語的自己に酔う私」というのがいやだったから、私は小説を読めなくなっていたんだっけ。

 舞城王太郎はけっこうおもしろそうだからまた読もうかな。


08 15
2005

書評 小説

『パイロットフィッシュ』 大崎 善生


4043740018パイロットフィッシュ
大崎 善生
角川書店 2004-03-25

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 しずかな、青春を回想する小説であった。19年ぶりにかかってきたむかしの恋人の電話から物語ははじまり、そのころを回想してゆく物語なのだが、彼女が見つけてきた出版社がエロ本の雑誌だったところから、どうなってゆくんだろうと話はおもしろくなった。

 「人は、一度巡りあった人と二度と別れることはできない」と冒頭でのべられているように、この小説は人は記憶に拘束されて生きるというのがテーマであるようである。大人たちの生き方を否定した高校時代の友人が発狂してゆく様にそのテーマが見てとれる。

 ただ私は過去の記憶をほぼ重要だと思わない人間なので、すぱすぱ忘れ去ってゆくことを信条としているので、このテーマの意味がいまいちわからない。記憶に拘束されてしまうのは自分自身の姿勢の問題だと思う。こういうメロドラマ的姿勢は感傷的な物語を美化するが、心の持ち方としては賢明ではないと思う。記憶と感情に蝕まれるだけであり、そういう姿勢は捨て去ることもできるのである。

 タイトルのパイロットフィッシュは高級魚に適した水槽の環境をつくるために生態系を用意する魚のことをいい、のちには捨てられる。はて?、物語とどう関連しているのかがわからない。


08 15
2005

書評 小説

『アメリカの鱒釣り』 リチャード ブローティガン


4102147020アメリカの鱒釣り
リチャード ブローティガン Richard Brautigan
新潮社 2005-07

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 ブローティガンがいまごろ文庫になっている。読んでみようかという気になった。『愛のゆくえ』という作品がゆいいつ文庫で読める作品だったから読んだことがあるが、図書館のファンタジーであまり意味がわかるものではなかった。そして今回は――。

 うへへ。「アメリカの鱒釣り」なるものがなんなのかさっぱりわかりませんでした。短い断章ばかりだからすいすい読みやすいのだが、なにを意味するのか皆目見当がつかない。そういう意味やメッセージの拒否がしくまれているのかとも勘ぐるが、あるいはちゃんと象徴されているものがあるのかもしれない。

 ブローティガンはやはり村上春樹がおおいに影響をうけたという点で気になる作家である。初期の村上春樹はこのブローティガンとヴォネガットに強い影響をうけたのがよくわかる。重厚で写実的な物語の拒否は、ポップで現代的なスタイルをもたらしたのである。村上春樹はこの路線から離れていってカッコよくなくなっていった。越える作家はいないものか。


08 17
2005

書評 小説

『あたしのマブイ見ませんでしたか』 池上 永一


4043647018あたしのマブイ見ませんでしたか
池上 永一
角川書店 2002-04

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 むかしの日本人は霊魂をどのように捉えていたかということに興味をもっていたときに気になっていた小説で、いまは小説を読みたい時期なので読んでみることにした。「マブイ」というのは沖縄でいう「魂」のことである。

 むかしの日本人はよく魂を抜けるだとか、抜けない工夫とかをしていたのである。この小説にあるようにそんなことを本気で信じられたのだろうか。魂がうろうろするような世の中って、怪談以外なら、けっこう魅力的な世界観に思えるんだけどな。

 この短編集はそのような不思議で奇妙な沖縄(石垣島)の世界を語ったものである。私は短編を読んでも物語が記憶に残らないことが多いのだが、この作品群はいずれも印象に残った。といってもものすごくよかったわけでも、よくないわけでもなかった。ビミョ~なところである。

 怪談をめざしているわけでもないし、ファンタジーというよりかかなり現実的な話だし、マブイとかユタなどの神秘的な世界がまだリアルに生きている日常を垣間見せてくれる点では興味が魅かれるのである。

 科学的・合理的世界観はそのような闇の世界を葬り捨ててしまったが、神秘や不可解がのこる世界のほうが魅力的な気がするんだけどなぁ。神秘が日常に同居した生活というのは、われわれも子どものときにもっていたものだし、日本人も何世代か前までは抱いていたものである。頭の中でわかり切ったと思う世界ほどつまらないものはない。


08 18
2005

書評 小説

『あしたはうんと遠くへいこう』 角田 光代


4043726031あしたはうんと遠くへいこう
角田 光代
角川書店 2005-02

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 角田光代はふつうになれない人たちを描くという話をどこかで読んだことがあり、気になる作家になった。就職したり、結婚したりというふつうにはなれない若者たちがどんどん増えているのだ。ふつうは拒否したいのだが、ふつうからこぼれ落ちるのもつらいという時代なのだろう。

 この小説は初めての恋愛小説と銘打たれているが、悲惨な恋愛話ばかりである。高校からはじまって、30過ぎまでちっとも関係がつづかない物語が、当時の音楽と絡めながら語られてゆくのだけど、あまり気分のいいものではない。

 主人公は自分を軽くあつかいすぎるのだ。恋人やつきあう男も同じだ。そうして新しい男と長つづきしない関係をくりかえすことになる。

 反省や自己分析をしないのかと思うが、関係がうまくいかない原因を見つけるのってだれでもむずかしいと思う。わからないのである、なんでこの関係がうまくいって、この関係がうまくいかなかったのかって。

 安野モヨコの『ハッピーマニア』みたいな恋愛狂に近いと思うが、こっちのほうがリアルであり、ギャグですまないところがあり、自分をぜんぜん大切にしていないってことが浮き彫りになる。たぷん恋愛のときめき感だけに魅かれて、関係を深めるってことが重要に思えないんだろう。信頼や信用のない浅い関係ばかりがつづいてゆくことになる。

 でもやっぱりそこには親の家庭で見た終身婚の軽蔑や不快感があるのだろうと思う。ふつうで健全な関係というのはムリをしているのだが、そこを暗黙の目標にしてしまうところが、私たち後続世代のなんともいえない欠損感をもたらすのではないかと思う。終身結婚制度は壊すべきなのか、健全な目標でありつづけるべきなのか。

 この物語を読んでいる最中、著者の角田光代自身の恋愛談が書かれているのかそうでないのかとずっと気になったが、小説って個人的体験の狭い範囲に規定されるものではないかと思う。それは読む価値あるものなのだろうか。小説は普遍的体験を描きえるものなのか、疑問に思った。


08 20
2005

書評 小説

『現代小説のレッスン』 石川 忠司


406149791X現代小説のレッスン
石川 忠司
講談社 2005-06-17

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 新しい読みたい作家を見つけてくれるガイドブックを期待したのだが、違った。つまらない近代文学を現代作家がどう乗り越えようとしているかの話で、そんなことは私ほぼ興味がない。だからテーマの根幹が楽しめない。現代作家のおもしろさを見つけてくれる本のほうがよかった。

 文芸評論の本ってこんなことにだれが興味あるのだろうという印象がある。教育関係の人しか読まないのではないかという偏見がある。ひとりの作家、ひとつの作品やトピックを長々と論じる興味や根性はどこからわいてくるんだろうと思う。私は文芸評論は社会問題や時代の問題にコミットメントしてほしいと思うのだけど、そこではじめて興味をもつことができるのだが、違うところに価値があるようである。

 おもに村上龍や保坂和志、村上春樹など論じられている。村上春樹の喪失感は恋人の自殺があったからではなくて、まずはじめから喪失感や罪悪感があり、それを打ち消すために原因がデッチ上げられるというのはなるほどと思った。フロイトは犯罪者に強い罪悪感がはじめからあり、それを打ち消すために犯罪を犯すのだといったが、その構造が村上春樹の作品群にみてとれるというのだ。

 この本は帯に新しい作家がいろい書かれていたからそういう本を期待したのだが、本を選ぶときは内容をしっかりと確かめようということでした。新しい魅力的な作家を紹介したブックガイドはないものかな~。


08 21
2005

書評 小説

『アメリカ文学のレッスン』 柴田 元幸


4061495011アメリカ文学のレッスン
柴田 元幸
講談社 2000-05

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 柴田元幸はアメリカ文学の紹介者として村上春樹とともになくてはならない存在であるそうである。私は村上春樹のカッコよさや影響から逃れたいとずっと思ってきた。アメリカ文学を読むというのは村上春樹の圧倒的な影響力から脱するということでもある。でも村上春樹のひとり勝ち状態はまだつづいているのだろう。

 この本は名前や食べる、建てる、破滅、勤労、ラジオといったキーワードからアメリカ文学を縦横無尽に語った本である。人生の薀蓄や深みについて達しそうな考察や、社会学的・歴史的考察がきらりと光るところはあるのだけど、う~ん、偉そうなことをいうけど、もうあと一歩かなという感じかな。感動や深遠さには達していないと感じるのである。

 アメリカといえば、フランクリン流の「アメリカン・ドリーム」だけど、やっぱり私はヘンリー・ミラーの次のような言葉に共感する。

 「あっちじゃみんな、いつの日か合衆国大統領になることしか考えない。~こっちは違う。~もし何か一丁前の人間になったとしたら、それは偶然であり、奇跡なのだ。
 ~だが、まさにチャンスがほとんどないからこそ、希望がほとんどないからこそ、こっちでは人生も楽しい。一日、一日ただ過ぎていく。昨日も明日もない。~とにかく、絶対に絶望しないこと。
 ~希望のない世界、だが絶望もなし。」


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Author:うえしん
世の中を分析し、知る楽しみを追究しています。興味あるものは人文書全般。ビジネス書、労働論、社会学、現代思想、経済学、心理学、精神世界、歴史学。。 そのときの興味にしたがって考えています。

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