ZARD 坂井泉水の栄光と苦しみ。
【お詫びと謝罪】
この記事にはファンの方や病気の方などが見られると、不快になる表現や内容が含まれているとの指摘が多数の方から寄せられました。
不快に感じられた人にはたいへん申し訳なく思っています。
記事は削除したほうがいいと思うのですが、貴重なコメントの反応の意味が通らなくなりますので、あえて叱責される記事は残さざるを得ないと思います。
この記事は新聞記事や事実に基づいたニュース報道ではありません。随想やエッセイ、評論のジャンルに属する書き物であって、著者の推察や洞察が独善的・短絡的と思われる推論によって書かれています。随想はその点が自由で抑制がないがために自由な推論をくりひろげたために読者のたいへんなご叱責を買ってしまい、申し訳なく思っています。新聞記事ではないとあらかじめご了解のうえ、この記事に接していただきたいと思います。
タイトルは「栄光と凋落」と当初なっていましたが、この箇所がたいへんにご批判をうけましたので、「凋落」を外しました。凋落という言葉のショッキングな響きに著者の配慮が足りなくて、みなさまにはたいへんなご心痛を与えてしまったことを申し訳なく思っています。
【警告】もし記事を読まれるようでしたら、以上のご指摘をあらかじめご了解のうえ、責任をもって読んでください。(「続きを読む」で記事を隠したかったのですが、技術上できないようなので、まことにすいません)
私の配慮のない記事のために多くの方に不快感や怒りを抱かせてしまったことにお詫びと陳謝を申し上げます。たいへん申し訳ありませんでした。
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不快に感じられた人にはたいへん申し訳なく思っています。
記事は削除したほうがいいと思うのですが、貴重なコメントの反応の意味が通らなくなりますので、あえて叱責される記事は残さざるを得ないと思います。
この記事は新聞記事や事実に基づいたニュース報道ではありません。随想やエッセイ、評論のジャンルに属する書き物であって、著者の推察や洞察が独善的・短絡的と思われる推論によって書かれています。随想はその点が自由で抑制がないがために自由な推論をくりひろげたために読者のたいへんなご叱責を買ってしまい、申し訳なく思っています。新聞記事ではないとあらかじめご了解のうえ、この記事に接していただきたいと思います。
タイトルは「栄光と凋落」と当初なっていましたが、この箇所がたいへんにご批判をうけましたので、「凋落」を外しました。凋落という言葉のショッキングな響きに著者の配慮が足りなくて、みなさまにはたいへんなご心痛を与えてしまったことを申し訳なく思っています。
【警告】もし記事を読まれるようでしたら、以上のご指摘をあらかじめご了解のうえ、責任をもって読んでください。(「続きを読む」で記事を隠したかったのですが、技術上できないようなので、まことにすいません)
私の配慮のない記事のために多くの方に不快感や怒りを抱かせてしまったことにお詫びと陳謝を申し上げます。たいへん申し訳ありませんでした。
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『Single Collection』 柴田淳
Single Collection
柴田淳

YouTubeでたまたまみつけた
曲調としてはほとんどスローなバラードばかりで、鎮めるための唄、または癒されるために聴くような曲で占められている。まちがってもノリノリのロックを歌うアーティストではない。
1976年生まれのことし30歳になる、2001年デビューの大人の女性である。だからティーンエイジャー向けの邦楽業界には、大人向けの曲を期待できる女性アーティストである。
ヒーリング的な曲がほとんどなのだが、私はバラードが大好きだが、感動的な盛り上がりのあるバラードのほうが好きである。だから柴田淳は「抑制された情緒」ではないかと思える。いまいち感動や盛り上がりのドラマに欠けるのである。鎮めるにはいい曲なのだが、感動してカタルシスを得るといった曲ではない。そこが個人的には残念である。もちろん聞き込めば深い内容の曲が多いのだけど。
柴田淳はじわじわとチャートを上ってゆくようなアーティストである。だけど大衆的な人気を得るアーティストにはなってほしくないと思うし、好きな人には好きなアーティストであるほうがいいと思う。マス・マーケットに受けるようなアーティストをめざしてほしくない。願わくばピアノの弾き語りをするような吟遊詩人みたいになってほしい。あと、やっぱり大そうな感動的なバラードが聴きたい。めざすところではないかもしれないけど。
この人はなにを歌っているかというと、よくわからない。ラヴ・ソングばかりではないし、人生の応援歌というまでもないし、自分の後悔や日常の想いやありようを詩的につづっているということになるだろうか。気もちを鎮められる曲であるのはまちがいない。
▼YouTubeのプロモーション・ビデオ
片想い
「私から あなたを好きな気もち 奪わないで」…屈折した片想いである。
幻
柴田淳が失恋を歌うとこんな歌になるんですかね。
ちいさなぼくへ
「僕が君の未来だなんて 悲しくて 切なくて 閉じたアルバム」
白い世界
「歩き疲れ 生き疲れて それでも消えそうな夢を……」
ため息
ここではないどこかへということか。
柴田淳オフィシャル・サイト
http://www.shibatajun.com/
『SENTIMENTALovers』 平井堅
![]() | SENTIMENTALovers 平井堅 Ken Hirai Seiji Kameda DefSTAR RECORDS 2004-11-24 by G-Tools |
平井賢はバラードだけ聴いていたい。ポップな曲は聞くにたえない。
『思いがかさなるその前に……』を聴きたかった。
ねぇ いつかキミは君の夢を忘れてしまうのかな
その時は瞳逸らさずにキミと向き合えるのかな
なんか年をとるごとに染みてくる詩である。
ほかに『瞳をとじて』を聴きたかった。感動的で、心を洗ってくれるバラードである。CMや映画で聴いていて気に入った。積極的にラジオや音楽番組を見なくなった私は情報源はそのくらいしかないのである。このアルバムで上記以外に気に入った曲はない。
『傑作撰 2001〜2005』 森山直太朗
![]() | 傑作撰 2001~2005(初回) 森山直太朗 ユニバーサルJ 2005-06-15 by G-Tools |
なんていうか、人生を歌える歌手は少ない。森山直太朗は詩に賭ける真摯な姿勢が、ほかの若手歌手に比べて突出した存在だと思う。
『太陽』の商店街でのビデオ・クリップが楽しそうだった。『生きとし生ける物へ』はこんなスケールが大きな唄を歌える歌手がいたのかとびっくりして好きになった。ウケ狙いとか、一般向けを狙っていないような商業主義でないところが、私の気に入った。十代以外でも聴き応えのある曲を歌っているのが若手歌手にないところなのである。
気に入った詩をすこし引用する。
『太陽』から。
「咲き誇るこの小さな島にこれ以上何を望みますか 殿様じゃあるまいし」
『駅前のぶる〜す』。
「立身出世が男のバロメーター そんなの一抜けた 学校やめました」
長く、深く、シブく、人生を歌っていってほしい歌手である。でもカッコよさとか、クールさをめざさないまじめな歌い手はさっこんの若者にどれだけ受け入れられるのだろうか。シングルヒットより、長くアルバムが愛される歌い手になってほしいものである。




『SINGLES 2000-2003』 鬼束ちひろ
![]() | SINGLES 2000-2003 鬼束ちひろ 土屋望 羽毛田丈史 東芝EMI 2005-09-07 by G-Tools |
『月光』の歌詞はすごかった。
I am GOD'S CHILD
この腐敗した世界に堕とされた
How do I live on such a field?
こんなもののために生まれたんじゃない
壮絶な世界観である。そしてキリスト教的な世界観である。いったいどうしてこんな悲壮な覚悟が、この人に生まれたんだろうと興味をもった。歌う姿も強烈に「入って」いる。こんな姿勢で歌う歌手は商業主義の中できわめて珍しい存在であるが、その痛々しさが愛しいと思ったりする。
このアルバムを聴いてみて、たぶん理想が高すぎて、まわりや自分を攻めてしまうんだろうと思った。壮絶な歌詞をひろってみると、「毒にまみれながら」「身体から零れ落ちた刺」「何かに怯えていた夜」「悪魔が来ない事を祈っている」「爆破して飛び散った心の破片」「私の愚かな病」「こんなにも醜い私を こんなにも証明するだけ」――芸術なのか、それともほんとにうこういう心の状態を生きているのかと心配になってしまう。もっと気楽に考えたらいいのにと、愚かな私は思ってしまうのである。
こういう歌詞を歌っている歌手はとうぜんのように商業主義にのらない。もういまでは活動は休止しているようである。というよりか、音楽業界なんてどんなに人気があったアーティストでもあれ?という感じで消えてしまっているのがあたり前である。数年間でも人気が出たほうがいいほうである。願わくばおだやかな心象風景で生きていってほしいものである。考え方のみが世界や自分を切り刻むのである。
YouTubeの動画にリンク
Onitsuka Chihiro - 月光
衝撃の「この腐敗した世界に落とされた〜」。
Onitsuka Chihiro - Cage
ろうそくとかキリスト教的世界とかのバックが似合う。
Onitsuka Chihiro - 眩暈
背中と声が近くにあることが癒される風景。
Onitsuka Chihiro - Edge
室内と開け放たれた窓から見える風景。
Onitsuka Chihiro - Infection PV
押さえ込んだ色調がマッチしていますね。
Onitsuka Chihiro - 流星群
おだやかに自然に笑っているシーンがあって安心。
Onitsuka Chihiro - Sign
ちょっと明るめの曲なんですかね。
いい日旅立ち.西へ - Chihiro Onitsuka
花鳥風月っぽいビデオ。
We Can Go - Chihiro Onitsuka
住宅街をふつうに歩くビデオが好感。でもさいごには。




むかしのカセット・テープを聴きたくなるとき
ソニーのAHF、BHF、CHFのテープふいにある唄を聴きたくなって、むかし録ったカセット・テープをひっぱりだして聴くことがある。1980年代のはじめ、私が中学のころにFMからエア・チェックしたテープだ。ふだんは死蔵しているのだが、とつぜんに聴きたくなるのである。
聴きたくなる曲のNO.1はおそらくベッド・ミドラーの『ローズ』だ。ピアノのこおん、こおんというイントロからはじまる曲は、ふいに頭の中に想い出して、とりついたように口ずさみたくなるのである。アバの『ザ・ウィナー』もたまに聴きたくなる曲だし、コモドアーズの『スティル』、ポール・サイモンの『追憶の夜』なんかも頭の中でとつぜん鳴り出すことがある。
そうなったら、しばらくは古い時間を閉じ込めたカセット・テープを聴きつづけることになるのである。「あ〜、この曲はいいなあ」とか「この曲は名作だな〜」と再確認しながら、1980年代の音楽の世界にひたるのである。
中学生だった私や、中学生だったころの思い出を思いだすわけではない。その曲を新たに聴き直しているというか、新たに再発見するという感じである。はじめて聴いた曲のように「この曲はこんなにいい曲だったのか」という新鮮な感じを味わうのである。
中学のころに聴いた音楽というのは、多くの人にとって強烈な感動や新鮮な感じを与えるものである。年をとってから出会った音楽とは、インパクトがまるきり違う。自分のからだの血と肉となるようになじんでいるものである。何年たっても、このころの曲は名曲ぞろいだったと、自分の中では感じてしまうのである。やはり中学生といういちばん感受性ゆたかなころに聴き込んだ音楽だからだろう。
FMでエア・チェックした曲は、曲順がそのカセット・テープにしかないものになるので、曲の並び方も強い印象として残っているものである。この曲が終わったら、つぎはこの曲だと完全に刷り込まれているのである。いわば、ひとつのセット曲というか、つながりある曲になったりして、またその調和やハーモニーも楽しませてくれるのである。
80年代に音楽を聴いていた中学生はいまやもう30代や40代になっていることだろう。むかしの曲を聴きたくなる人も多いようで、80年代のコンピレーション・アルバムが出ていたりする。でもそういうアルバムは自分の好みでない曲がたくさん入っていたりする。もう編集アルバムをつくる気力のない世代にとってはかなりやっかいな話である。私は中学のころに録ったテープを残していてよかったなと思うのである。
ただ、さいきんはもうすでにテープ・デッキのないコンポやラジカセが多く出回るようになっている。そんな話は聞いていなかったぞ、といいたくなるところだが、時代や技術の変化はこのように容赦のないものなのだろう。永遠と思っていたものもいつかは古びたり、消え去ったりするのである。
80年代ロック&ポップス・メモリー
やっぱり80年代ロックだぜ!



『My First Love』 浜田省吾
![]() | My First Love 浜田省吾 SE 2005-07-06 by G-Tools |
ハマショーの4年ぶりのオリジナル・アルバムである。バラード・アルバムの『初秋』からは2年ぶりである。
私は根本的にバラード好きである。バラードのいい曲があれば名曲だと思うし、最高だと感動的する。そういう個人的好みからすれば、ノリのいいロック調を前面に押し出したこのアルバムはおそらく私の好みではない。さいきんのハマショーは「やかましい」と思ってしまうのだけど、ノリのいいライブが好きなファンも多いのだろう。
私はどろどろのラブ・バラードの『Sand Castle』をとても愛好しているし、『愛という名のもとに』や『とぎれた愛の物語』、『19のままさ』とか『君に会うまでは』、『君が人生の時』などのバラードを名曲と思うファンである。
デビュー・アルバムの『生まれたところを遠く離れて』のフォークの弾き語りのような曲調も好きだったし、初期の数枚のアルバムの貧相な演奏の曲も好きだった。『J BOY』や『Promised Land』のような社会派のアルバムやサラリーマンを批判した唄などがとても好きだった。
さいきんのハマショーはどのくらいの年齢のどのような人に向かって唄っているのか混乱しているように感じる。そりゃあ、もう50代だしね。十代に向かって切ない恋愛の曲はそう唄えないよね。
この新しいアルバムにはほぼ深刻なバラードがない。私はそういう悲しい曲を聴くことによってカタルシスを得るのだけど。私にとっての音楽とは悲しみによって心を洗うことなのである。
『光と影の季節』や『この夜に乾杯』、『旅立ちの季節』というさいしょの曲はやっぱり私にはよさがよくわからない曲調である。『Thank you』は自殺未遂をおこした女性の詩で、なんでこんな曲が唄われているのかわからない。
『デスク越しの恋』でようやくハマショーのお得意のラブ・ソングを聴けるという感じである。『I am a father』は父親の応援歌で、まあいい感じだ。『花火』はふいに家庭を放り出した男の詩で、しみじみといい。
『初恋』はこのアルバムのタイトルにもなった曲で、ハマショーにとっての初恋――ロックン・ロールへの讃歌を唄っている。なかなかいい曲だ。さいごのほうの『君と歩いた道』と『ある晴れた夏の日の午後』は深刻なバラードが閉めてくれればありがたかったのだが、どうもそういう曲ではないようだ。
まあ、私は完全にバラード好きであるから、このアルバムはそうではなかったということである。ハマショー節を聴いていると「あ〜いいな〜」と思うときもあるけど、愛好するアルバムにはなりえないだろうなと思う。
つぎのハマショーはやっぱりバラードを多く唄ってほしいものだが、人生や社会をもっと語ってほしいと思う。人生の渋みを唄うような、いうなれば演歌のような詩を唄ってほしいのだけど、まだノリのいいロック調の曲ばかり唄うのだろうか。なんかシングルを出して元気のいいハマショーを見るたび、ハズしている感じがするのだけどなぁ。私はバラードのハマショーだけになってほしいんですが。
80年代のラジカセ物語
私の愛蔵カセット・テープラジカセが修理からもどってきた。うれしいからラジカセについてひと言。
80年代に音楽を聴いていた学生にとって音楽はカセット・テープだった。FMラジオからエア・チェック(録音)したり、レンタル・ショップからCDを借りてきてカセット・テープに録ったりしたものである。
驚くことにいまのラジカセにはテープ・デッキがほとんどなくなりつつあり、MDが主流になっている。これまで録りためたカセット・テープはいったいどうしたらいいというのだろう。技術は進歩するのはいいけど、むかしのソフトで聴けなくなるのは音楽愛好家への冒涜である。
FMラジオからエア・チェックするのはなかなか苦労したものである。『FMステーション』などの雑誌を買ってきて、お気に入りの曲がかかるラジオ番組をチェックして、DJの声が入らないようにスタンバイしたり、ほかの曲が重ならないようにと、いろいろ気を使ったものである。そんなに時間と手間をかけたカセット・テープが聴けなくなるなんて、たいへんな損失である。MTVからも録ったりしていたが、容量の多いテープは伸びたりして、すぐ聴きづらくなってしまった。
レンタル・ショップからレンタルして録ったカセット・テープも多いのである。CDは二、三千円もするから高くてしょっちゅうは買えないのである。というか、ほとんどはダビングしてカセット・テープで音楽を聴いていた。当時のヒット・アルバムというのはたしかにいまでも聴きたくなるということは少ないけど、たまには懐かしさを味わいたいのである。そういうときにハードがなければ、もう聴くことができないではないか。
コンポは16万もかけてもっていたことがあったが、故障してもなかなか買い換えるふんぎりがつかなくなるから、故障してもすぐに買い換えられる安いラジカセのほうがいいと思うようになった。音質や迫力は私はほとんどこだわらないのである。
パソコンで音楽を聴くという発想は私にはなかった。スピーカーが小さすぎて、音楽を聴く迫力がまったくないのである。ラジカセがつぶれたときにだけパソコンで聴いていただけだった。TVはパソコンで見るようになったが、音楽もパソコンで聴くような時代になるのだろうな。
テープ・デッキがなくなる前に私の愛蔵カセット・テープをCDにぜんぶとりこまなければならないと思う。パソコンやiPodに入れておくことができるのだろうか。手間と時間がかかりすぎるから、おっくうなのだ。
こんなふうにして若者は年をとるにつれて音楽を聴かなくなってゆくのだろうか。十代の音楽がなければ一時も過ごせなかった私にとって、まるで音楽を聴かない親の存在はふしぎなものだった。だけどいまの私は十代の頃のように音楽にかじりつくということはなくなっていったのである。時代は早鐘のように去ってゆく。。。
『透明な音楽』 S.E.N.S.
![]() | 透明な音楽 S.E.N.S. ファンハウス 2000-08-23 by G-Tools |
S.E.N.SはTVドラマのテーマ曲やCM、ドキュメンタリーなどに使われることの多いヒーリング音楽の大家である。ドラマなんかが好きな人だったら一度は聴いたことがある曲があると思う。
このベストアルバムは私のお気に入りである。飽きない。読書のじゃまにもならない。感動的で気もちを落ち着かせてくれる。清涼な気持ちになる。一言でいったら「陰鬱なアルバム」といったほうがいいと思うのだが、私は陰鬱な曲のほうが気もちが浄化される気がして大好きなのである。
インストゥルメンタルの曲というのは入り口がむずかしいから、ドラマなど聞き覚えのあるセンスが入りやすい。しかもこのアルバムには数多くのドラマのテーマ曲や挿入曲がある。『あすなろ白書』、『出逢った頃の君でいて』、『輝く季節の中で』、『青い鳥』、『ミセス・シンデレラ』などで使われた曲がてんこもりである。そしてこのアルバムは2001年 日本ゴールドディスク大賞インストゥルメンタル・アルバム・オブ・ザ・イヤーを受賞している。
私はこの中では『あすなろ白書』で使われた『風のように』がいちばん好きである。石田ひかりが「掛居く〜ん」と泣くシーンを思い出す。寂しさが煽られるような感動的なもりあがりがいい。このアルバムは中の一曲を好きになるというか、全体の流れの中で曲の美しさを味わえるので、あえて好きな曲を選ぶのはむずかしい。
センスはほかのインストゥルメンタル同様、アルバムを選ぶときがたいへんむずかしい。視聴でもしないとどのアルバムがいいのかさっぱりわからない。しかも33枚もアルバムを出しているのにショップでは揃っていないことが多く、コンプリートアルバムかオリジナル・アルバムを選べばいいのかもむずかしい。けっきょく私は『MOVEMENT』と『The Key』を選んだだけだった。
のちにドラマで使われた『マリア』という曲が大好きだったのだが、この一曲を聴きたいがためにアルバムを買うのもな〜とためらわせた。私は神秘的で宇宙的な音楽が好きだから、センスも感動清涼系より、SF的なものをつくってくれたら凄みが増すんだけどな〜と思うが、まあそれは個人的な好みの話だ。もっとNHKドキュメンタリー的な曲をつくってほしいセンスである。




『ザ・ベリー・ベスト・オブ・ヴァンゲリス』 ヴァンゲリス
ブレード・ランナー〜ザ・ベリー・ベスト・オブ・ヴァンゲリス
ヴァンゲリス

ヴァンゲリスといえば、『炎のランナー』、『ブレードランナー』、『南極物語』などの映画音楽を手がけた、シンセサイザーで神秘的で感動的な演奏を奏でる人である。さいきんではサッカーの公式テーマになっていたっけ。
上記のアルバムなど五枚ほど聴き込んだ。インストゥルメンタルは読書のじゃまにならないので重宝するのである。邦楽なんかぜったいに読書のじゃまになるし、洋楽でもちょっと小うるさくなるし、ボーカルのない曲のほうが読書には集中できるのである。クラシックはどうも好きになれないな。中学のころなんかはラジオを聴きながら勉強なんかしていたけど、どうやって頭に入れていたんだろうと思う。
こういうインストゥルメンタルのアルバムを探そうとすると、ヒットチャートやラジオで知る機会は少ないし、知ってる曲がないとアルバム選びはひじょうにむずかしいのである。さいきんは視聴できる店やamazonなんかでも視聴できるようになったのでようやく選択の機会が増えたというわけである。
ヴァンゲリスの曲を聴いていると宇宙空間にさまよっているような神秘的な気分になる。SF的な音楽が好きな私は何回もオートリピートで聴いたものである。ただCDショップでどの分類にあるのか探すのもむずかしいし、表記も「ヴァンゲリス」と「バンゲリス」と異なっていたりするし、売られていない店や手に入られないアルバムも多いのである。いい曲が多いのになと思う。




『SAND CASTLE』 浜田省吾
![]() | SAND CASTLE 浜田省吾 SE 2003-09-26 by G-Tools |
こんなにハマったバラードのアルバムはこのハマショーのアルバムをほかをおいてない。ともかくどろどろにとろけさせるラブ・ソングのアルバムである。
十代のころ、真夜中、友だちの車で夜遊びしていたとき、このアルバムがかかっていて、よくみんなで熱唱したものである。たちまちハマショーのとりこになった。
ハマショーのラブソングがほかとの歌手と違うのは、物語性があることだと思う。どこでだれと出逢って、どのような愛し方をして、どのような別れ方をしたか、ドラマのシーンを見ているように具体的にイメージさせるのである。この物語性がたまらなくいい。
このアルバムはハマショーのラブ・バラードからピックアップしたものだが、まるでクラシックの雄大な曲を聴いているように全体の曲が一曲のようにつながっている感じがする。私はよく『白鳥の湖』をイメージしたものである。それほどまでにこのアルバムはどろどろの曲調のトーンに全体が貫かれているのである。
まず一曲目の『君に会うまでは』がいい。
腕組み歩くよ 夜の町 二人
踊り疲れて 少しだけ お酒も飲んで
最終電車に 遅れないように
いつもはもう駅への道を歩いている頃なのに
今夜は そっと時計を君はバッグにしまい
僕も気付かない振りで どこまでも 歩くよ
やっぱりこアルバムのよさはこの一曲目のよさにあるのだと思う。
『愛という名のもとに』が最高にいい。というか別れの唄なのだけど、この曲の美しさは私の中では格別だ。真夜中のドライブでみんなで熱唱したのもこのフレーズだ。
眠れぬ夜は電話しておくれ
ひとりで 朝を待たずに
真夜中のドライブ・イン 昔のように
急いで 迎えに行くよ
『散歩道』のんびりした感じか好きだ。『片想い』はまあ大そうな気もしないわけではないが、十代ならそういう繊細さもよく理解できるだろう。さいごの『愛しい人へ』の詩が沁みる。
愛はいつも 失うだけの
寂しがりやのゲームだと
僕は君を 愛するまでは
そう信じていた ひとりぼっちで



















