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09 03
2022

神秘思想探究

神秘思想家のまとめ本を書いています

 2018年に最初のkindle本を出してから、ずっとまた本を書きたいと思っていたのですが、なかなか構想がわきあがらず、いまになってようやく書きたい本がかたちになりました。

 神秘思想家のまとめや紹介を書けば、入門書や入り口のきっかけになるだろうし、知っている人には要点整理や見直しがまた可能になるだろうと、ふと思いついたのがはじまりです。

 哲学思想ならそういった思想家のまとめ本や要約本はいくらでも出ていますが、神秘思想家ではまずありませんし、現代神秘思想家の研究書も出ていません。すこしでもその隙間を埋められればと思います。

 神秘思想のテーマにはながらく滞留していて、バラモン教やイスラーム神秘主義、キリスト教神秘主義と手をのばしてきたのですが、やっぱりいちばんわかりやすく、深く心に刻まれたのは、さいしょに出会った神秘思想家たちです。

 ジッドゥ・クリシュナムルティ、バグワン・シュリ・ラジニーシ、ニサルガダッタ・マハラジといった人たちの思想をまとめたいと真っ先に思いましたし、そこにリチャード・カールソンやアンゲルス・シレジウス、『ヨーガ・ヴァーシシュタ』もつけ加えたいと思いました。いちばん胸に刻まれて、心に残っている人たちをまとめたいと思いました。

 7月ころから書きはじめて、リチャード・カールソンの章と、クリシュナムルティの章はもう書き上げました。いまはニサルガダッタ・マハラジの章に手をつけています。

 文字数では7万6千文字、原稿用紙では190枚分はもう書いたので、企画倒れの危機期間は脱したのではないでしょうか。

 なにより本を書くことによって、自分のためになったことがいちばん大きかったと思えました。思想家たちのもやもやして、まとまらなかったものが、自分のなかで線を結ぶことができたように思います。

 カールソンは神秘思想家ではありませんが、思考の特質とそれが感情の増幅になることを再認識しましたし、クリシュナムルティは恐怖症のエクスポージャー療法そのものをいっているのだと再認識できました。

 あやしくて、オカルトだと思われている神秘思想を、現代的に、心理学的に、哲学的に「使えるもの」、「利用価値のあるもの」にできないかが、私の探究と創作の目標でもあります。

 だから、本のタイトルを『セラピーとしての神秘思想家たち』や『心理療法としての神秘思想家たち』にしようかと考えましたが、ニサルガダッタ・マハラジの章を書いている現在、それを超えた神秘的な部分に踏み込んでいるのではないかと迷っています。

 神秘思想の核というのは、言葉や思考で組み上げられた世界の客観視や破壊だと思っています。人は言葉でつくった世界を実在のものと思っています。この幻想の世界を打ち壊すのが、神秘思想の要です。禅とまったく同じですね。

 読み込んでいると、神秘思想はどうも言葉や知識のみならず、記憶の敵対視もずいぶん強いことがわかってきました。現れては消える断続的で、はかないこの世界に、言葉と記憶によって継続や実在の幻想が打ち立てられて、実在の夢の世界から人々は出ることができないようになっていると思われます。

 神秘思想は、言葉と記憶のシステムから離れることではないかと思います。言葉の実在の世界は、人々にまことにウソっぱちの世界を実在していると思わせるのに十分です。

 「一なるもの」や「実在」、「一者」との合一という神秘体験的なものは、現代ではどう解釈したらいいのか、現代的に納得できるかたちで見せることができるのかは、今後の課題です。言葉と記憶のシステムをとりはずした先には、刹那に現れては消えるこの世界のほんらいの姿があらわれることになるのでしょうか。


 いぜんはヴァーティカル・エディターという原稿用紙を表示できる縦書きエディターを使っていましたが、いろいろ問題がありましたので、今回はタテエディターというソフトを使っています。縦書きの表示感覚をけっこう大切にしたいわけです。行数や列数を決めて表示できるのですが、フォントの大きさを変えるとそれが崩れるので、どう使ったらいいか試行錯誤です。

 ということで、本の創作がいちばん重要になりますので、ブログの更新もツイッターの更新もおろそかになるのは仕方がないです。

 神秘思想なんて怪しくて遠回しで見ている人も、もっと神秘思想を知りたいと思っている人も、クリシュナムルティやラジニーシ、マハラジを愛読している人も、この本との出会いがあたらしい世界の創造・認識につながればいいなと創作に励みたいと思います。

 この本で言葉の実在を破ったような体験ができれば、悟ったような気分になれるかもしれません。



▼私のkindle本と参考にしたい神秘思想家の本
   


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08 12
2022

書評 社会学

なぜ信じられるのか――『統一協会信者の救出』 全国原理運動被害者父母の会

     

 なぜ人は異常と思われるカルト宗教を信じ、犯罪的・反社会的行為をおこなうのか、脱会や棄教がむずかしくなるのか。にわか読者には、切迫した当事者性はないのだが、思想面から知りたい思いで手にとった。2007年の出版である。

 この本では第三章に「統一協会の教理と本質」という教義の内容がくわしく説明されており、とくに第四章の「統一協会の修練会での狙い」が犯罪行為の正当化の理論などが紹介されていて、この章は役に立った。

 第九章の信者の証言と手記も、家族からの脱会の説得がいかにむずかしいかの内面の動きも独白されていて、参考になる。

 統一協会はキリスト教である。アダムとエバの堕落の話がとくに強調されており、その堕落の罪をなぜか信者や日本人が、家族や日本人の罪まで背負って償わなければならない。霊と肉の二元論も使われていて、物質の罪を地上天国に返さなければならない、献金とか壺売りはそのための罪滅ぼしである。先祖数代までの罪を償わなければ家族の不幸は消えることはないと、何代までの罪が献金によって償われる。

 私はキリスト教自体が、絵空事のフィクションにしか思えないのだが、この文鮮明が語った物語をさらに信じられるのか謎でしかない。神話とか物語を根拠なしに信じることの無防備さが謎なのだが、まあこの世界はだれかから人づてに聞いた話を信じるしかないというものかもしれない。実証主義や根拠がまるでないのだが、まあわれわれにとって科学もだれかの根拠込みの伝道でしかない。

 信者の犯罪行為も、万物を地上天国に復帰させることで救われるといい、人のためになるのだ、世のルールと協会が転倒していても教義のほうが正しいと教えられるのである。信じられないことを信じるのが信仰であると教えられ、実績をあげた信者は賞賛され、実績のない者は信仰がないことと神への謝罪を思うようになる。どこかのブラック営業部署みたいだが、世間での非常識はこうやって信者の中で正当化が成立してゆくのである。

 家族の脱会の説得や勉強会は、協会からもう対処法をしっかりと叩きこまれていて、サタンの誘惑に騙されるなといった考えになっている。脱会も地獄に落ちることだと教えられており、しかも家族や先祖まで巻き込んでしまうことになる。家族も怒ったり、監禁したりして、信者も不信をつのらせて、脱会が困難になる例も多い。もうすっかり協会によって世間から転倒した信仰を教えられているので、家族からの説得も逆効果になるのである。

 世間一般の人はなんでカルト宗教の教義なんて信じられるのかと思うのだが、まずは手はじめにサークルやボランティアで近づいてきて、悩みや問題を聞いてもらっているうちにそれが解消されたり、親身に聞いてもらううちに信頼し、協会であることを知らされて、懐疑や疑問が多かったとしても、信仰というものは信じることだと教えられて、疑問を封印するのかもしれない。さらには恐怖や不安ではさみこまれることも、付け加わる。犯罪も教義のほうが価値が高く、正しいと優先され、ほかの人を救っているのだと転倒した考えをもつようにいたる。

 この本では政治への浸透、接近は問題とされていないので、現在問題となっていることまでの射程はないのだが、統一教会というもののおおよそをつかめる。だが反共産主義、右翼への接近といった政治面を見ないことには、統一教会の正体はわからないというものだ。このカルト宗教は、政治への浸透・接近を果たしており、マスコミも警察も抱えこむという恐るべき政治権力を発揮しており、ひとつの詐欺集団に国家が乗っ取られるような愚かな目に会ったのは、かつて歴史にあっただろうか。






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08 04
2022

書評 社会学

日本は無宗教の国?――『人はなぜ「新宗教」に魅かれるのか?』 井上 順孝

    

 地獄の釜をひらいたかのような統一教会問題だが、にわか読者はこういう新宗教の一般解説書から手にとるのがふさわしいのだろう。しかしこの問題は、献金被害などの金銭問題に向かうべきなのか、政治とカルト宗教の癒着の向かうべきなのか、問いが拡散しそうだ。

 日本人の多くは無宗教だと思っていて、新宗教がメディアに出ることもなく、おおぜいの人にとってはその存在も知らず、あるいはある人たちだけの秘匿的な存在である。そう思っていたら、政治の中枢がすっかりと統一教会というカルト宗教に抱きこまれるようなかたちになっており、オウム以降駆逐されたと思っていた新宗教問題が、国の中心問題となっていて、国民は唖然となるしかない。

 私は神秘思想や仏教などに書物として接近しているので、まったく「こちら側」とはいえないのだが、それらは言葉や概念で組み立てるものをまったく信用しないという無宗教に近い哲学だと思っているので、言葉や概念で立てる宗教は批判できる立場に立っていると捉えている。いや仏教は宗教にほかならないと許してくれない勢もあるだろうが、信仰や崇拝することは私にはムリである。

 私は本で読むなら、怪しいものやオカルトでもかなりつっこんでゆくほうだが、新宗教のような集団に属すること、集団で研鑽を積むという活動をしたいとは思わない。新宗教のようなひとつの教義を信仰してしまえば、ほかのいくつもの知識や思想を吸収することができなくなってしまうと思うのだが、本で知識を得るという方法を第一にもたない人は、教団や教祖、知り合いからの教示というものが大きなものになるのだろう。

 新宗教の信者は女性が多く、教祖も女性が担っていたりする。女性が家庭や経済問題、職場の問題などの解決を知り合いや新宗教に求めることが多く、また女性は友や知人のネットワークを大切にすることも関わりがあるのだろう。男は経済に走り、女性は自分たちの問題を解決する方法を、新宗教というネットワークに求めることが多かったのではないかと思う。所属の欲求を満たすものでもあった。

 新宗教と伝統宗教のちがいは、勧誘の活発さといわれたりするが、観光宗教は賽銭を強要することはまずないだろう。信者の献金によって、新宗教の巨大建築を見かけることがあるが、豪華で斬新な建築物であっても、一般の観光者はスルーしかないのである。

 本もそうである。書店には幸福の科学、GLA、生長の家、創価学会の本がならぶが、近づいてはならない一線をもっている人は多いのではないだろうか。本を読んでみて、納得できそうな教義が書かれておれば、見る目は変わるのだろうが、どうもそのようなことはなさそうだ。

 この本は三笠書房から出ている。巻末に自己啓発書の広告がついているのだが、この自己啓発は新宗教に近づくものなのだろうか。谷口雅春はニューソートをとりこんでいるのだが、日本的な先祖や霊の話も加わるのだろう。

 新宗教は、仏教系と神道系が半々くらいだということだが、仏教系では日蓮・法華系が多いという。創価学会や立正佼成会、霊友会だ。私は『法華経』は上巻だけ読んだが、よさはまるでわからなかった。解脱会、真如苑は真言系。浄土系はまれであり、禅宗系は皆無だそうだ。キリスト教はごく少数で、統一教会はキリスト教であるが、先祖供養の話も聞く。

 新宗教は一般の人が近づいてはならないという一線が引かれているように思うのだが、マスコミも新宗教叩きがワイドショーを筆頭に得意だったのだが、統一教会はマスコミも政治家もとりこんでしまうという裏技をいつの間にか発揮していた。オウム以降、根絶やしにされたイメージがあったのだが、まったく逆だった。

 一般の人は無宗教であり、科学を信奉しているというイメージがあったのだが、新宗教というものはなくなることはない。一線を引かれたものに、「あちら側」といわれてしまう集団になぜ属することができるのかと思うのだが、世界観や信じるものといったものは、われわれが単純に描く一枚岩ではないようだ。

 なにより集団活動や集団行為といったものが、新宗教では満たされることがあり、その集団のなかで承認や評価という自尊心を与えることもできる。そういう集団所属の充実感が、新宗教にはそなわっているように思えた。会社以外に友だちも、属するコミュニティもない孤立する単身者が増えているが、新宗教は教義の異様さをのぞけば、知人やコミュニティの満足を得ることのできる数少ないよりどころなのかもしれない。

 統一教会は、知らないあいだに政治の中枢に忍び込んでいて、マスコミも警察も黙らざるを得ないという驚愕の支配力を発揮していた。日本会議が問題とされたときもあったが、統一教会ははるかに根も、問題も深いものであったようだ。それこそ狐につままれたかのような風景の激変である。





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プロフィール

うえしん

Author:うえしん
世の中を分析し、知る楽しみを追究しています。興味あるものは人文書全般。神秘思想、仏教、労働論、社会学、現代思想、経済学、心理学、歴史学。。 そのときの興味にしたがって考えています。

Kindle本、2冊発売中です。

神秘思想セラピー、おすすめの記事


神秘思想は怪しくて、オカルトだというイメージがあると思う。

だが、それは聖典や名著と呼ばれる本を読んだことがないだけである。

神秘思想は、言葉や思考でつくる世界のフィクション性や非実在性を悟ることである。

その知識を得ることによって、パワフルなセラピーや癒しを得られる。

私たちを苦しめていた偽りの正体を知ることができるようになる。

おすすめの記事を紹介します。



「過去をなんども思い出す「反芻思考」をやめよ」

「心は実在しないと見なしたほうが、人生ラクになれる」

「人は存在しないものに泣いたり、悲しんだり、苦しんだりしている」

「言葉が実在しないことについて」

「思考の実在を解く方法――苦しみからの究極の解放」

「それは実在していない無ではないのか?」

「いやな思い出を思い出して叫びたくなることへの根本的解決策」

「うつ病と神経症は神秘思想で治せる」

「パニック障害と西洋的自我の失敗」

「仏教とは、思考システムを変えることである」

「人類の壮大なミステイク――言葉の非実在性」

「瞑想がめざすのは思考の「脱同一化」ということ」

「瞑想を理解するための10冊の本」

「神秘思想のおすすめ本11冊」

「アドヴァイタ・非二元論者まとめ」

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